第45話 フラペチーノ
殴った。抵抗しない相手をボコボコになるまで殴った。これ以上すれば死ぬ間際まで殴る蹴るを続けた。危なくなれば元に戻す。そうすれば何も問題はない。続けられる。
人がいないことには気がついた。でもそんなことはどうでも良かった。ただ目の前に転がるゴミクズを掃除できればそれだけでよかった。俺の心の中で失ってしまったものの代わりに埋め合わせするように。
紫のため?いや、そんなかっこいい理由だけなんかじゃない。確かに腹が立った。身体の中が熱く、内臓まで煮えくり返っていた。紫がやられたことに対する怒りはもちろんあった。ダムを決壊させる非常ボタンはそこにあった。
だけどその後は?一発目で満足しなかったのは何故だ?紫の無事が保証されたのに俺は止まらなかった。俺が俺自身を止められなかった。破壊衝動に飲み込まれた。それに身を任せた。
だから俺は奴を殴り倒した。倒すたびに治し、倒して治しを繰り返した。何でこんな力が使えるのか、そんな疑問を放り投げて。心を折るためでも、二度と紫にちょっかいを出させないためでもなく。二撃目からはそんな理由は消し飛んでいた。ただ殴るだけ、ただ蹴り飛ばすだけ。我を忘れて何度も何度も。
紫を失うのが怖かったのは紛れもない事実。もう二度と大切な人を失いたくなかった。またあんな思いをするのは嫌だった。似ていたんだあの時の状況と、あの時の情景と。だから塞ぎ込んでた何かと重なった。
俺が油断したから、甘さが出たから、詰めが甘かったから。反省したはずだった。あの人の顔を思い出すたびに俺は後悔したんじゃなかったのか。でも結果はこの通りだ。やる事なす事すべて裏目に出た。
結局あの人の力に助けられた。俺だけの力じゃ紫を助けてやることなんて出来なかった。譲り受けた力を自分の力だと勘違いして、強くなっていく自分に酔っていたんだ。自分が如何にちっぽけな存在で、あの人に生かしてもらっていることも忘れて。
俺では何も守れないんだ。守れやしない。手に届く範囲ならいけるなんて判断は間違いだらけだ。調子にのってるからこんなことを招いたんだ。
もっと早く行動できていればこんなことにならなかった。嫌われてでも紫に付いていくべきだった。あの状況で一人にした俺の責任だ。そもそも俺が日向モールに誘いさえしなければこんなことにならなかった。俺の判断ミスで紫を殺すところだった。また一人俺のせいで命の灯火が消えるところだった。
俺がいるから、周りが巻き込まれるんだ。いや違うな。いつでも俺が巻き込んでいたんだ。今回も、あの時も。どうすればいいんだ。俺は何度も過ちを繰り返せば気が済むんだ。
『過ちから学ぶこともあります』
そんなのは欺瞞だ。過ちから得られることとその過ちで被った損害が釣り合うとは限らねえ。それに例えどっちの天秤に傾いたとしても、被った被害がなくなることなんてないんだ。
それに取り返しの付かないことだってある。人生にリセットボタンなんてないんだ。後悔した時にはもう遅いなんてよく聞く話だ。俺も経験したことだ。それにな、学んだところで俺の責任が消えることはねえ。
『責任から逃げてしまえばいいのです』
そんな事出来るわけねえだろ。責任を放棄しちまったらそれこそ終わりだ。今回なら紫に、紫に合わす顔もねえ。ただでさえ紫には土下座してもしたりないぐらいの借りが出来たんだ。
逃げるなんて許されるはずがねえ。それにあの人に顔向けできねえ。あの人は俺が責任から逃げるために生かしてくれたわけじゃないんだから。
『ならば受け止めなさい』
受け止める?俺には受け止められるほど人間できてねえよ。所詮は高校に通うガキだ。
『それが君の運命だと諦めなさい』
諦める?運命を言い訳にしろってことか?
『いいえ、その上で全力を尽くせばいいのです。そうすれば納得してくれる』
そんなわけ……そんなことって……
『大丈夫です。君なら出来ます。なんたって私が認めた最初で最後の男ですよ』
ああ……まさか……
『自信を持って生きなさい。私がこれからも見ててあげます』
本当に……本当に……
『弱音を吐くのは私の前だけにしてくださいね。それと目が覚めたら小さな少女に感謝しなさい。あの子が君の心を掬い出したのですから』
月夜見ちゃんが……
『ええ、お願いしますよ。私の愛しの人……』
待って……俺がその言葉を口にするより先に世界が暗転した。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「ん……ここは?」
党夜が目を覚ますとそこは見知らぬ天井。何故だがこの感じ、以前にもあった気がすると党夜は感じた。しかし以前は銀の弾丸の地下施設に設けられた保健室(仮)であり、ここの天井とはまた別だ。つまり党夜が本当に知らない場所であることを意味する。
そんな状況を掴めない党夜を現実に引っ張り戻したのはやはりあの少女だった。
「お兄さん、目が覚めたんですね」
「月夜見ちゃん?」
ベッドの横で簡易椅子に座っていたのは粟岐月夜見だった。
「ここは日向モールの医務室です。係の人には席を外してもらってます」
どうしてとは訊かない。学生だけを置いて医務室に常駐の係の人が席を外すとは考えにくい。月夜見が力を使ったことは容易に想像できる。
「なるほど。じゃあ……あの後どうなったか説明してくれるか?」
「もちろんです」
そう言うと月夜見はあの後、つまり水無月玲奈と月夜見が党夜の前に現れた後のことを説明していく。
まずは鎖男、コードネームはスネイク、本名相模恭助について。相模は暴走した党夜に心身共に参っていた状態であったため、月夜見の能力で難なく処理したとのこと。どう処理したのか詳しいことを月夜見は語らなかったが、悪いようにはしていないと党夜は悟る。
次に党夜。暴走が何故か玲奈の手で止められ、放心状態だった党夜をまたもや月夜見の能力で落ち着かせたとのこと。相模のように意思を植え付ける方向で心を操作したのではなく、荒れ狂う感情の渦の底に落ちていた党夜の本来の心を掬い取ってきたらしい。
党夜とて心に関与する能力を持っているわけではないので、月夜見の表現はどこかピンと来なかったが、中々厳しい状況だったという説明だけは解った。自分でも自意識というか意識すら曖昧だった感覚があった。まるで感情だけで動いていたかのような。
何はともあれ、党夜が月夜見に心を掬ってもらい、窮地から救ってもらったことには変わりない。
「ありがとう月夜見ちゃん。お陰で助かったよ」
「いえ、戦闘力のない私にはそれぐらいしか出来ませんから」
感謝を言葉にする党夜と自嘲気味に応える月夜見。
「で、あれは月夜見ちゃんが見せてくれたんだよね?」
「なんの事ですか?」
「いや、あれだよ。卑屈になってた俺を励ましてくれただろ?俺の心を落ち着かせるためにさ。でも月夜見ちゃんの声じゃなかったな……何だか聞き覚えのある声だったんだけど……誰の声だ?」
「ヨミは何も……お兄さんの心を掬い取った以外には何もしてませんよ。掬い上げたら直ぐに心が安定しましたから」
少し食い違いをみせる党夜と月夜見。
「夢だったのか……」
その結果、夢だと判断した党夜。夢は起きてすぐは思い出せても、時間が経つにつれてぼやけてくるもの。だからこそ党夜はそう判断した。誤認した。しかし党夜が気付くことはない。
そこで党夜はもっと大事なことを思い出す。
「そうだ!紫は?紫のやつは大丈夫なのか?」
暴走した直後、紫を治療した記憶が朧気にある党夜。それでもあれから紫を見ていない。万が一がある。一気に不安に駆られる党夜だったが。
「紫お姉さんならここに」
焦る党夜に対して落ち着いたまま対応する月夜見。月夜見が指差した先はもう一つのベッド。そこには平塚紫、その人が眠っていた。
「無事なんだよな?」
「はい。息もありますし脈拍も安定しているとのことです。今はちょっとした貧血症状らしいです」
「良かった……」
寝息を立てる紫の姿を確認し、ほっと息を吐く党夜。
「紫お姉さんは飛鳥お姉さんが、お兄さんはおじさんが運んでくれました」
「そうだったのか」
飛鳥お姉さんとは明日原飛鳥、おじさんとは塙山のことである。
「飛鳥お姉さんは連絡するところがあるとかで席を外してます。おじさんは飛鳥お姉さんと一緒に外に」
「そうか……」
そこまで説明を受けると、横開きのスライドドアが開けられた。
「新人くん目が覚めたかい?」
紅のツインテールをなびかせ、医務室に飛鳥が入ってきた。
「お陰様で」
「それは良かった良かった。新人くんが寝てる間に話は進めておいたからね。といより今ちょうど話し合いが済んだところ。じゃあ真冬先輩の言葉を伝えるね」
飛鳥はそう言うと、月夜見を見た。
「まず粟岐月夜見。君は私達が属する組織“銀の弾丸”で保護することになりました。異論反論は認めないとのことです」
「強制?それじゃ保護じゃなくて監禁じゃ……」
「まあ言い方を変えればそうなる……いや監禁というより軟禁に近いかな。部屋に閉じ込めるわけじゃないから」
「それでもあの地下からは」
「極力出せないし、出ない方が月夜見ちゃんの為だね」
「そんな……」
あんまりだ、と党夜は思う。まだ小学生の月夜見にこの仕打ちは受け入れられない。しかし。
「仕方ないです」
党夜は受け入れられなかったが、月夜見はあっさりと受け入れた。
「母はもういませんし、母子家庭だったので父親もいません。母は実家とは絶縁状態なので、ヨミを引き取ってくれる親戚もいないでしょう。ならお兄さん達がいる組織に身を置くのが安全ですよね」
月夜見は大人だった。小学生にしてすでに悟っていた。身の回りの状況、自分の境遇、能力……全てにおいて理解し、納得し、諦めていた。
「別に取って食おうってわけじゃない。悪いようにしないよ。それに君と同年代で似た境遇の子か銀の弾丸にはいっぱいいるからさ」
飛鳥が言っているのは銀の弾丸で保護されている能力孤児の子供達のことだ。彼らもまた月夜見のように、能力に目覚めたせいで親に捨てられるなどの悲惨な運命を辿った少年少女達なのだ。
「君ならあの子達と仲良く出来ると思うよ。でもあの子達に無闇やたらと能力は使ったらダメだよ」
「解ってます。友達作りで力を使うなと母からの教えにもありましたから」
「そう。この年で本当に良く出来た子だね」
月夜見の心意気に感心する飛鳥。
「まあ詳しくは私と一緒に帰ってから真冬先輩交えて話をしよう。次に塙山さんの処遇についてね」
この事件のサブキーマンともいえる塙山。元を辿れば月夜見を攫った敵である。月夜見とそのことを解っているのか、顔を顰める。
「塙山さんは粟岐月夜見拉致監禁に加えて、他にも多くの余罪があることがある筋の報告から解りました。本当なら処罰するところですが、今回は既のところで思い留まったということで情状酌量の余地ありと判断。なので身柄をうちで引き取って、私達のお手伝いをしてもらうことになりました」
「「え?」」
重要なことを幾つかさらりと言い切ってしまう飛鳥。驚く党夜と月夜見。
「まあこのまま放置で向こうさんに消されるのは気分良くないでしょ。それに悪い待遇にはならないと思うんだよね。余罪といっても殺しや薬物には手を出してないし。それに元は今の下請けじゃない、上の立場にいたことも解ったから、情報提供も兼ねてね」
つまり塙山は銀の弾丸の監視の下、観察保護を受けることになったということだ。
「すでに了承は得てるから、私と一緒に施設に戻るから。あ、月夜見ちゃんも付いてきてね」
「解りました」
飛鳥は塙山と月夜見を連れて、一度地下施設に帰還するとのこと。
「で、天神党夜こと新人くんはお隣の眠り姫が起きるまで待機。目が覚めたら、彼女を家まできちんと送り届けること。そして後日、真冬先輩のアポを取って、今回の経緯もろもろを説明すること」
「了解です」
概ね予想通りの連絡で素直に応じる党夜。もとより紫は自分が責任をもって家まで送るつもりだった。紫を巻き込んだという自責の念もある。他の誰にも任せるつもりはなかった。
今回の事件の経緯説明にしても、自分から言いに行くつもりでいた。自分が仕出かしたことを自分の口で伝えたかったから。加えて真冬に訊きたいこともあったからだ。
「じゃあ真冬先輩の言伝は以上ね」
「ちょっと待ってください!」
シメようとした飛鳥に待ったを掛ける者がいた。それはドアを勢い良く開けて入ってきた水無月桃香だ。
「あれ?桃香ちゃんどうしたの?」
「いきなりすいません。少し聞きたいことがあって。お姉ちゃんを知りませんか?」
「お姉ちゃん?」
桃香の要件は言葉通り、姉の水無月玲奈の所在だった。桃香は党夜の過負荷粒子暴走に加えて、玲奈の能力の副次的に生じた時空干渉余波を感じ取り、日向モールに駆けつけた。
しかしどうだ。駆けつけた時には既に遅し。事件は解決し、その上目的であるはずの姉の姿がないではないか。
「玲奈ちゃん……いや水無月先生なら多分とっくに帰ったと思うよ。ね?月夜見ちゃん?」
党夜は桃香の姉が担任の玲奈であることを知っているため、直ぐに回答できた。そして最後まで玲奈と会話していたであろう月夜見に党夜は訊ねる。もちろん月夜見が玲奈の心を覗いているまたは、玲奈が自己紹介していることを前提に。
「はい。残念ながら私達を元の次元に送るからと言って先に戻ってから会ってません」
「そっか……また逃げられちゃったか……大丈夫かな……」
月夜見の回答に渋々納得した様子の桃香。しかし党夜は桃香の言動に違和感を感じた。それは月夜見もそうだったのだろう。
「ごめんね。押しかけちゃって。じゃあ私はこの辺で」
そう言うと行きと同じく、颯爽とこの場を後にした。
「今日の桃香ちゃん、いつにも増して落ち着きがなかったね。どうしたんだろ」
この中では一番付き合いの長いであろう飛鳥も桃香に疑問を持っていた。がそれもほんの僅かのこと。
「とまあ、ちょっと脱線したけど……眠り姫のことはよろしくね新人くん。じゃあ行こっか」
「はい」
飛鳥は部屋を後にする。追いかけるように付いていく月夜見だったが、扉を前に振り返る。
「お兄さん、今回はありがとうございました。また日を改めてお礼をしたいと思います」
「気にしなくていいよ。俺が好きにやったことだから」
「でも……」
「ほら、飛鳥さんが待ってるよ。早く行ってあげて」
「は、はい。解りました。ではまた」
「うん、またね月夜見ちゃん」
こうして党夜は月夜見を見送った。そして党夜はふぅと一息つくと、ベッドから降りさっきまで月夜見が座っていた簡易椅子に腰掛けると、隣で眠る幼馴染へと視線をやった。
「無事でよかったよ。ホント」
引き攣った笑顔で党夜は呟く。決して涙は流さない。必死に笑顔を作る努力をする。
「死んじまうかと思ったんだぞ……心配かけやがって全く……」
涙は流せないが、その代わりに堰き止められていた言葉が党夜の口から吐き出されていく。
「今度こそ俺が守ってやる……守れるような男になってやる……だから本当にすまん」
寝ている紫に対して謝る党夜。
「はは、腐れ縁と思っていたけどホント黙ってれば可愛いやつなんだけどな……」
「うるさい上に可愛げなくて悪かったわね」
「へっ!?」
独り言のつもりだったが、思わぬ返答があり、素っ頓狂な反応をみせる党夜。もちろん返答の主は平塚紫だ。
「いつから聞いてた?」
「「腐れ縁だと思ってたけど……」のところからよ。全く人が寝てるのをいいことに好き勝手言ってくれるじゃない」
「悪ぃ」
聞かれていたことでバツの悪い党夜。
「それよりここどこ?」
ツッコんだことで後回しにはなったが、紫もまた今自分の身に何が起きているか把握していないようだ。
「ああ、ここは日向モールの救護室だよ。お前トイレ行ったっきり帰ってこないから、探しに行ったらぶっ倒れたって放送があって……貧血だとよ」
「へ、へぇ……そうだったんだ……」
紫にの質問に笑顔で答える党夜。しかしそれは嘘だ。トイレ行ったっきり帰ってこなかったのは真実だが、その後は丸っきり嘘。本当はその後相模の取り巻きの一人に攫われ、致命傷まで負った。党夜があの時暴走してDoFの力を一時的に一部だけでも使えるようになっていなければ、紫が今こうして話をできていたか定かではない。
党夜はそういった真実を伏せることにした。隠し事をしているようで後ろめたい気持ちはある。でも、それでも話さないという選択を取ることに決めた。その意志は月夜見も飛鳥も読み取ったのだろう。だからこそ先を急ぐ形でこの場を去ったのだ。
不幸中の幸いなのが、ほんの一瞬を除いて紫は意識を失っていたので、事実を伏せ誤魔化すことが出来る点だろう。
(でも俺は忘れてはダメなんだ。俺だけは絶対に覚えておかないといけない。紫に話さないのと俺が無かったことにするのとは別問題だ。俺が背負っていかないといけない責任なんだ)
党夜はそういった決意の元、この事を紫に打ち明けないと決心したのだ。
「なんか、心配かけちゃってごめんね」
「別にどうってことない。お前に振り回されることには慣れてる。俺たち幼馴染だろ?」
「ふふっ、そうだね……」
他愛もない会話。いつも何気なくしていた会話だが、党夜は何だか心地良い感覚を覚えた。一度は失いかけたこの日常を再認識出来たからだろう。
「あのさ、何だか喉乾いちゃった。トーヤ、何か買ってきて」
「しゃーねえな。炭酸か?それともお茶がいいか?」
「間をとってフラペチーノ!」
「どう炭酸とお茶の間をとったらそんなオシャレでカフェテリアンなドリンクが生まれてくんだよ!」
「文句言ってないで、早く行った行った。あっ、チョコのトッピングとホイップクリーム増量も忘れないでね」
「注文が多いこと。まあ俺も行く時も似たトッピング注文するから問題ない。それよりもあのカフェ、モール内のどこにあんだよ」
などと文句をいいつつも買い出しに行く党夜。こうして党夜がいなくなった室内で紫が一人取り残される形になった。
党夜の足音が聞こえなくなったことを確認し、紫は自分の胸を擦る。まるで自分の胸にあった何かを探すみたいに。
「私だってずっとあんたの幼馴染やってきたんだからね。あんたが嘘つく時には決まって、一瞬右下を見る癖があることも私知ってるんだから……」
紫は党夜の嘘を見破っていた。別に紫にに能力があるわけでも、況してや月夜見のように心を覗くこともできない。長年の付き合い、幼馴染だからこそ気付けた相手の些細な癖。
「あれ夢じゃなかったんだね……私がドジ踏んだせいでトーヤにあんな顔させちゃった……」
途切れ途切れ想いを口にする紫。
「それに私もう知ってるんだよ……トーヤが能力者だったってこと……」
誰かに聞かせるでもない、小さな声で呟く紫。紫なりに口に出して現実と向き合っているのかもしれない。幼馴染が能力者だったこと、それを今まで隠してたこと、もろもろを含めて紫は考える。
ほんの一瞬、本当にほんの一瞬だけ意識が覚醒した時に紫の目は党夜を捉えていた。党夜の悲しみに暮れる表情と、それに伴って荒れ狂う大気の異様さを。
能力者による事件はテレビやネットなどあらゆるメディアを通して、これまで数多く取り上げられてきた。能力を超常現象だと捉える能力者ではない、力を持たず持つ者を恐れる一般人だからこそ気付くことができる違和感があっても不思議ではない。
特に今回の党夜の過負荷粒子暴走は他の能力者と比べても異常とも言えるものだった。どこかの宗教の教えを受けた人が見たならば神災と表現するものもいるかもしれない。ただでさえ勘の鋭い紫が気付かないわけない。
「最近始めたバイトもやっぱり……」
そもそも党夜がバイトを始めたなんて言った時から、何か違和感を感じていた紫。その後もずっと連絡が取れない日が続いたりと、党夜を心配することも多々あった。
「でもこれで繋がった……」
紫の中でバラバラになっていたパズルのピースが綺麗に埋まっていく。玲奈の呼び出し、バイト、長期療養、そして今回見たもの、感じたもの。一つ一つは小さな変化、出来事だとしても、塵も積もれば山となる。紫は自力で辿り着いた。党夜が能力者であることを。
そして意地悪とかではなく、自分を巻き込またくないからこそ能力者であることを黙っていることも。そんな党夜の優しさに気付いたからこそ、紫もまた決心する。
「トーヤが話してくれるその時まで私は待ってるから……いつまでも」
追求するなら簡単だ。今手持ちの証拠を提示すればいい。初めは誤魔化すだろう。でも紫には解る。問い詰めたら党夜はきっと打ち明けてくれるってことを。
でも今は。そんな無粋な真似はしない。甘んじてその党夜の優しさに甘えるという選択を取る。幼馴染だから踏み込むんじゃない。幼馴染だからこそ踏み留まる。これは紫からの優しさでもあった。
そんな感じに自分の心を整理していたら。
「遠すぎだろ……真反対のところにあるとか新種のいじめか?」
党夜がドリンク片手に戻ってきた。
「ほら、ご要望のやつ。ちゃんとチョコトッピングとホイップクリーム多めも忘れてねえぞ」
「ありがと」
党夜からフラペチーノを受け取った紫はストローで飲み始める。そして一言。
「甘いなあ」
紫は満面の笑みでそう呟いた。その言葉に何が込められているのか、はたまた単なる飲んだ感想なのか党夜は知る由もない。他の意味が込められていたとしても、今の党夜が気付くことないだろう。
党夜は守るべき紫の笑顔を目に焼き付けていたから。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
第二章は次の話で完結かも
そんな第46話は土曜日18時投稿予定です




