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第44話 暴れる狂人

好き嫌い分かれる話かも




「何が起きた……」


 遠く離れた場所で見動きの取れないでいた鎖男こと、相模恭介(さがみきょうすけ)はそう呟くことしか出来ずにいた。今この一瞬だけは自身を苛む痛みが和らいだように錯覚さえした。


 相模の能力は過負荷粒子によって具現化した鎖を両指で操作するものだ。もちろん鎖は相模にとって手足のようなものであり、つまりは破壊されれば相模自身知覚可能だ。


 人質の急所を鎖で貫いていた直後、相模は人質を縛りつけていた二本の鎖がほぼ同時に破壊されたことを知覚した。だがそれでもいいと思っていた。何せ急所を捉えた感覚があったからだ。今更足掻こうが人質の少女の命が尽きるのも時間の問題だと思っていたから。


 一矢報いた。相模はそう感じていた。勝負には負けたが、殺し合いという面ではギリギリ引き分けといったところか。何とも卑怯な殺り方ではあったが、能力者同士の戦いではあり得ることだ。


 それに相模は初めから最後の手段として人質の抹殺は視野に入れていた。恨みのある少年の心を蝕めるのなら手段は選ばない。相模はそんな人間だったのだ。


 そんな相模だったが、少女に突き刺さった鎖が破壊された時、眉をひそめることになる。なぜ破壊したのかと。相模とて医学知識があるわけではないが、あの状況で鎖を壊せばどうなるかはあらかた検討はつく。


 少女を助けたいと思うのなら鎖はそのままにし、治療すべきだと。相模は眉をひそめはしたが、それ以上に感情を吐き出すことはなかった。それこそ鎖を破壊しようがしまいが、少年らが絶望の淵に立った後に鎖の具現化を解き、奈落に突き落とそうと考えていたからだ。何とも下衆な考えだが、相手の心を無茶苦茶にするなら最善とも言えるかもしれない。


 ここまでは言ってしまえば、少年に負けることを除いて相模の計画通りであった。少年が怒りで過負荷粒子を暴発させた時など、相模は嬉しくてたまらなかった。怒りで我を忘れた少年の顔を正面から見たいとさえ思った。背中からでも解るほど少年の心は瓦解寸前だった。なのに。


「何なんだ……」


 想定外。一言で表すならこの言葉が相応しいだろう。そう、相模にとってこの展開は想定外以外の何者でもない。


(なぜ戻ってきた……?)


 まず思った疑問がそれだった。少女は死に絶えている。なのになぜ自分の前に戻ってきたのか。しかしその答えは少年の顔を見て解決する。


(何て顔をしてるんだ……こいつは……?)


 少年の顔を見た相模は驚きを隠せなかった。先程まで怒りで我を忘れた者の顔ではない。いや、それ以上に相模はこれまでこんな顔を見たことがなかった。言葉で表現するのなら無表情がそれに近いということは相模にも解った。


 無表情とはいえ、目だけは違っていた。確かに目から感情が伺えないし、そもそも人に向けるような目ではなかった。まるで湧いて出た害虫を見るかのように。無表情とは決定的に違うそれは、相模の身体を震え上がらせるのに十分だった。


 次の瞬間、相模は今日一番の驚きを覚えることになった。痛みが引き、身体が完全に治癒したのだ。


 そして冒頭へと戻る。


「何が起きた……」


 相模は呆然と少年を見上げるのだった。




〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜




 相模の身体を戦う前の状態まで戻した党夜。党夜は完治した相模を見下ろす。相模の呟きなど党夜の耳には入ってこない。党夜の頭の中にあるのは一つだけ。


(紫の(かたき)……)


 瀕死だった紫はすでに党夜の手で救い出された。それでも党夜の怒りが収まるはずがない。溢れ出した怒りなどの負の感情に呑まれた党夜の思考回路は一本しか残されていなかった。


(許さない……)


 目の前の男を許さない。許しはしない。その一心だけだった。だからこそ党夜は相模を治癒した。己の心が満足するためだけに。


 相模は未だに自分の身に何が起きたのか理解できていない。理解させるつもりもない党夜にとって好都合だった。呆然と自分を見上げる相模に対して党夜は拳を振り上げる。


 一見すればただ拳を振り上げたようにしか見えなかっただろう。だがそれは違う。一瞬にして濃縮された過負荷粒子が党夜の拳に集められる。それはもう致死量といえるほど膨大な過負荷粒子を。


 先程受けた一発とはまるで違う。身体に染み付いた攻撃の型は同じでも、過負荷粒子の輝きが先とは異なっている。党夜の心を映し出したかのように、暗く輝いている。


 党夜はそれをただ振り下ろす。正確には相模に向けて振り下ろす。結果は火を見るより明らかだろう。


ドゴォォォォン!!


「がばぁっ………!!」


 一瞬の出来事で為すがまま党夜の拳を受けた相模。真下への攻撃である故に、もちろん方向ベクトルもまた下である。その結果、相模はさっきまで天井だった瓦礫とともに突き落とされた。


「ぐはっ……がはっ……だっあ……」


 屋上からその下の階の床に叩きつけられる。だが勢いは止まらない。その床をぶち抜き、更に下の階へ。それを繰り返す。何度も何度も背中を叩きつけられ、その度に肺から空気を吐き出される。すでに呼吸もままならない。


ドーーーーーーーン!!!


 最後に凄まじい爆発音と共に1階の床に叩きつけられ、ようやく相模は止まることを許された。


「かは……かは……」


 血反吐すらでない。完治したはずの身体はこの一瞬で先程と同じくらい満身創痍に陥っていた。必死に出ていった空気を吸い入れる。折れた肋骨が肺に突き刺さっているのだろう。呼吸するたびに胸が痛む。


 それでも尚、呼吸を止めない。痛みなどより呼吸を優先させるそれは、人として生まれ持った生存本能だったのだろう。我先にと左右の肺が酸素を求めて活動し、それに伴い相模は呼吸を続ける。それは必死に、死にものぐるいで。


 相模は気付かなかった。党夜がそんな自分の真横に降り立ったことを。


 そして次の瞬間、またもや不可思議な現象が起きた。さっきまで酸素不足で苦しかったはずなのに、今は何ともない。身体の痛みも感じない。呼吸の度に胸が締め付けられるような痛みもない。またしても相模の怪我が完治したのだ。


 デジャヴなのだろうが。地面に這いつくばっていた相模はまたもや見上げる。そこには自分をこの状況に追いやった人物、党夜がいた。その顔はやはり無表情に近い何か。そして相模は悟る。


(やばい……こいつは……)


 党夜の意図を理解した相模であったが、理解したからといって、完治したからといって避けれるとは限らない。いや避けれるはずがない。


(飽きるまで俺をいたぶるつもりだ……)


 党夜は再度拳を握り、腰を落とす。最近では慣れ親しんだ所作。自意識が欠けていても党夜の身体が覚えている。発勁に至るまでの所作を。


 爆裂呼吸によって腰の凱旋運動を促進し、勁を練り上げる。練り上げた濃密な勁と濃縮圧縮された過負荷粒子を拳に纏い、撃ち出す。的はもちろん相模。


「もうやめ……」


 相模が言葉を最後まで発することなかった。党夜が撃ち出す拳をまともに食らった相模はその運動方向へ吹き飛ばされる。運動ベクトルを変えることなく、地面で何度もバウンドしながら吹き飛ばされた先は女性が立ち寄るであろう可愛らしい小物を取り扱う店だった。


「がへっ……はっ……」


 玲奈によって構築されたこの空間は店の細部まで再現されている。それは小物の一つ一つ細密にだ。相模は棚に並ぶ小物を撒き散らしながら、店内の壁にぶつかり勢いが止まった。そのままずるりと地面に落ちる。


 全身が軋むように痛む。身体を構築する全ての骨が粉砕されたような感覚が相模を苦しめる。実際には何十本もの骨が砕けているだろう。そんな状況に相模は涙を流す。男泣きか悔し泣きか。それは解らないが、目から涙が溢れる。


 今日だけで三度も経験した、酸素不足にも嫌に慣れ、呼吸を行う。そこで忘れていたことを思い出す。そして見上げる。見上げた先にはやはり党夜がいた。


「ひぃぃ……」


 恐怖だった。もう党夜に対する恨みなど何処かへいってしまった。恨み辛みは今自身に降りかかる恐怖が追いやった。


 満身創痍の身体である相模には抵抗する力は残されていない。党夜の為すがまま、襟首を捕まれ店内の地面を引きずられる。地面との摩擦で、ただでさえ熱を持った身体がより一層熱くなる。


 店内を出た党夜は相模を瞬時に治療する。相模がその現象を知覚したら真上に放り投げた。そして落ちてくる前に迎撃体勢を整える。丁度いい位置まで降りてきた相模の身体を、党夜は蹴り上げた。もちろんその足には勁力も過負荷粒子も乗っている。


 撃ち落とされ、吹き飛ばされ、その次は撃ち上げられた。この行為は何度も続いた。傷つく度に治され、そしてまた傷つけられる。


 一撃で治癒されることもあれば、殴り飛ばされた先に回り込まれ地面に叩きつけられるなど数度傷めつけられた後に治癒されることもあった。どれも最終結果は同じ。元通りに戻され、また始まる。


 党夜は止まることはなかった。日向モールの模造品は至るところにクレーターを形成しており、ボロボロだった。倒壊しないのが不思議なくらいだ。


(あ、悪魔め……)


 相模は叩きつけられた壁に背を預け、心で呟く。死ぬに死ねないこの終わりない所業に心身共に参っていた。党夜に対する敵意などもうない。


 終いには相模は許しを乞うた。助けてくれ、許してくれ、この通りだ。それこそ何度も党夜に叫んだ。だが党夜が相模の言葉に耳を貸すことはなかった。


(いっそこのまま殺してくれ……)


 地獄のような今から抜け出せるのなら死すら厭わない。それほどまでに相模は疲弊していた。身体は癒せても心までは癒せない。心に受けたダメージまでは完治されない。


 相模は思い知った。自分が如何に愚かな人間であるのかを。なんて恐ろしい化物に手を出したのかを。しかし全ては後の祭り。後から悔いるから後悔と書く。後になってから解るのだ。


 現在、相模は中央広場にいる。何者かによって造られたの模造空間であることを相模は初めの応酬で理解した。なんせ人が誰一人いないのだから。誰もいないから党夜は気兼ねなく相模を非人道的なやり方で傷めつけることができた。


 逆に言えば、相模を助けに来るものはいない。相模の取り巻きであった折花と日々谷は屋上でノびている。いつ終わるか知れない現状を打破する方法を相模は持ち合わせていない。ただひたすら耐える、それしかない。


 そして、相模をは顔を上げる。そこにはお決まりともいえる、党夜が立ち尽くしていた。全身に相模が撒き散らした血反吐を染み込ませた党夜はまるで鬼神。相模にもそう見えた。


 と同時に諦めた。もう無理だと。自分は助からない。助かったとしても、もう戦えないと。


 党夜が相模の胸ぐらを掴み、持ち上げる。これも何度もされた。この後目一杯殴り飛ばされることも知っている。相模はすべてを受け入れ、そして瞳を閉じた。しかしこれまでならすでに飛んできてもおかしくない拳が来ない。


 殴られる覚悟を決めたはずなのに来ない。相模は閉じた瞳をゆっくりと開けた。そこで見た光景に目を見開いた


 背の高い黒髪の女性が今にも殴りつけようと構えた党夜の右手を掴んでいた。その女性が言葉を発する。


「もう満足だろ天神(あまがみ)ぃ。お前のお陰で平塚は無事だ。だからその手を降ろせ。な?」


 聖母のように薄く笑いかけ、諭すように党夜に話しかける女性。


「れ、な……ちゃん……」


 自意識などほとんど残されていない党夜の口から女性の名が発せられる。党夜は握る左手の力を緩め、相模を解放する。構えていた右手もそっと下ろす。離された相模は呆然とその場で尻餅をついた。


「教師をちゃん付けで呼ぶなと何度言えば解るんだ。全く……手のかかる生徒だ」


 これまでに幾度となく繰り返された言葉。党夜の耳にすっと入っていく。荒れ狂う過負荷粒子は少しばかり落ち着きを取り戻したが、心の中まではそうはいかない。玲奈とて手が出せない。しかし。


「あとは頼んだよ」


 玲奈は後ろを振り返り、言う。そこにいたのは月夜見だった。


「解りました」


 月夜見はしっかりと返事をする。いきなり屋上へ現れた目の前な女性は月夜見を見つけるな否や、モール内へと連れ出した。


 様々なことが起きて混乱していた飛鳥と塙山であったが、突然姿を現した謎の女性が月夜見を連れて行こうとしたのだから、止めようとするのは必然。しかし逆に月夜見が二人をを止めた。


 視たからだ。謎の女性の心の中を。いや視せてもらったという方が状況を正しく表現できるだろう。月夜見の能力を知った上で、伝えるべき情報を心の中で簡潔に纏めていたのだ。どうぞ覗いてご覧と言わんばかりに。月夜見はそれを掬い取ったに過ぎない。


 目の前の女性、水無月玲奈がどういう意図でどのような思惑を抱いているのか。この空間が玲奈によって為されたものだということも、党夜の通う学校の担任であることも。だがそれだけだった。


 月夜見は玲奈の心の上辺に用意されていた情報を読み取り、理解したがその奥までは覗けなかった。月夜見が理解したタイミングで、玲奈が過負荷粒子阻害のコンタクトをつけたからだ。


「これ以上は見せれないな」


 付いてきてくれるか?と訊く玲奈に月夜見は従った。従うしかなかった。それに疑問もあった。疑問の答えを訊くためにも、この女性と行くべきだと月夜見は判断した。


「どうして?」


 月夜見は玲奈に尋ねる。何故自分が用意済みの情報を読み取り終えたタイミングが解ったのかと。


「君はまだ小学生だったな。なら、仕方のないことだが……人に尋ねるときは主語、動詞、目的語をはっきりと言わないと相手に伝わらんぞ?」


 如何にも教師らしい弁を述べる玲奈。阻害コンタクトをつけている玲奈の心を月夜見は読むことができない。次はぐらかされたと感じたが。


「勘だな」


「はい?」


「先程の答えだ。どうして読み取り終えたか解ったのかと訊きたかったのだろ?単なる勘だよ。残念ながら私は君の倍は生きているし、君の数十倍は修羅場を潜り抜けてきた。別に君の境遇が取るに足らないという意味ではないよ。ただ私は他人(ひと)よりも場数を踏んできたと自負しているだけだ。それ故の勘、女の勘とも言うかな」


 党夜達の前では見せない、柔らかい表情と言葉遣いで月夜見に話をする玲奈。玲奈の答えを聞けばはぐらかされたと感じる者もいるだろう。だが月夜見が感じたものはそれとは別種のものだった。


(私の心が読まれてる……)


 いつもなら読む側だった月夜見が心を読まれた。これまでとは真逆の立場で立った。新鮮であり、自身の能力の恐ろしさを再認識した上で、玲奈に対する評価を下す。


(この人は他の人とは一線を画している……)


 月夜見は素直にそう思った。


 それが玲奈と月夜見がここに来るまで起きたこと。たどり着くまで、轟音が鳴り響いていたが玲奈は何の躊躇いもなくここへと足を進めた。


 月夜見からしたらこのことも疑問であったが、これは単純明快である。壊されている日向モールの模造品は玲奈によって造られた。つまり相模の鎖とまるで規模が違うが、玲奈もまた知覚できる。ただそれだけに過ぎない。


「じゃあお前達を元の次元に戻す。こっちに来た時同様、違和感を感じさせないようにするつもりだ。如何せん、こいつは消耗が激しい。それに少し時差がある。その間に私の心から読み取ったことをやっておいてくれ」


「お任せください」


「よろしく頼むぞ」


 そう言うと玲奈は姿を消した。


「ふぅ………」


 月夜見は深く深呼吸し、とりあえずは何が起きたか理解しきれていない相模から取り掛かる。呆然とした相模に月夜見は能力を使う。党夜に心をズタボロにされていたので、容易に事が進む。終えると共に、相模は意識を失った。もちろん、月夜見の仕業だ。


「これで大丈夫。お兄さんに関する記憶を綺麗に処理したので問題ないですよね。問題は……」


 月夜見は見上げる。党夜は何をするでもなくただ立ち尽くしていた。後は党夜の心を整理する。それが月夜見に残された最後の使命。


「失礼します」


 党夜に対しては一言いれ、能力を発動させた。




読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです


解決方法が少し杜撰だったかもしれませんが最善を尽くしたつもりです

第二章もあと少し、是非ともお付き合いください


第45話は土曜日18時投稿予定です

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