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第42話 再会の先に

今回はいつもより長めです(約2倍?)

ここは一気に読んでもらいたかったので……

最後までお付き合いください




「なぜお前がここにいる!鎖男ぉ!」


「会いたかったぜ!クソ野郎ぉ!」


 党夜と鎖男はお互いに気持ちを露わにする。


「待ちわびたぜ。俺はこの時が来るのを。てめえに復讐するのを。やられた分を倍返しする機会をな」


 エキサイトしていく鎖男。


「まさかこんなにも早く、こんなところでてめえに借りを返す機会がやってくるなんて思いもしなかったぜ。監視カメラ映像でてめえの姿を見た時は鳥肌が立ったぜ。何度も見返した。見間違いじゃなくて嬉しいことこの上ないぜ」


「御託はいい……」


「ああ?」


「紫を……俺のダチをどこにやった!?」


「忘れてたぜ。あの女だな。おらご対面〜」


 鎖男がパチンと指を鳴らす。するとジャラジャラと金属音を立てながら宙へと鎖が移動する。そしてその鎖に繋がれた人物こそが。


(ゆかり)っ!」


 党夜が見たのは両手を鎖で繋がれ宙吊りにされていた幼馴染、平塚紫の姿だった。しかも党夜が驚いたのはそこだけではない。この状況を以前にも見たことがあった。それもつい先日に。七瀬涼子の姿と重なる。


「いいね。その顔。てめえのその顔を見たかったぜ。どうだ、てめえの連れが鎖に繋がれた姿は。背徳的だと思わねえか?ああ?」


 鎖を起用に動かし、紫を自分の横へ移動させる。そして鎖男は紫の顎を取る。


「よく見たら結構可愛いじゃねえか。そうだな。てめえを殺した後、この女は俺が可愛がってやるよ。俺の能力って縛りプレイにもってこいだと思わねえか?なんせ鎖を手足のように動かせるんだぜ?興奮するだろおい?」


「下衆が」


「最低ね」


 鎖男の挑発に党夜と飛鳥は悪態を付く。すでに党夜の怒りは爆発寸前だ。これでも怒りで我を忘れないのは未桜の教えによるものが大きいだろう。何事にも冷静に、それがこの数週間で未桜から学んだことだった。


「まあ、それはてめえが死んだ後だ。寝取られのシーンを見せるってのも乙だが、恐らくてめえをギリギリで生かすように手加減出来る自信がねえ。ただでさえ、てめえを殺したくて仕方ねえんだ。死にたくなかったら足掻けよ?」


 くくくっく、と笑みをこぼす鎖男。そして必死に食いしばる党夜。紫が向こうの手の中にある以上、余計な真似はできない。今は我慢の時だと自分に言い聞かせる。


 飛鳥はそんな党夜に感心していた。この状況で単独で飛び出さないことに。冷静とは言えないが、きちんと状況把握をしようとしている心意気を感じていた。


「そんなわけで、とりあえず俺はそのクソガキを相手しなきゃならねえ。お前らは後ろにいる奴らの面倒でも見てやれ。チビは殺すなよ」


 鎖男はそう取り巻きに伝える。チビとは月夜見のことだろう。


「解ってますよ。死なない程度にいたぶってやります」


「そうですね。にしてもあの赤髪めっちゃべっぴんさんやん。あの顔が苦痛に歪む瞬間が楽しみ、ふふふ」


「任せたぞ」


「「了解」」


 そう答えると取り巻き二人はすっと前に出る。


「ということだけどあの鎖使いは新人くんに任せるね。下っ端二人は私一人で十分だからさ」


「大丈夫ですか?飛鳥さんを信じてないわけじゃないですけど……二対一なんて……十中八九あの二人も能力者ですよ?」


 相手の話を聞いていた飛鳥は一人であの取り巻き二人の相手をすると言い出す。流石に党夜も飛鳥を心配する。喧嘩ですら複数人相手取るのは難しい。しかも相手二人が能力者なら尚更だ。


「まあまあ。ここは先輩に任せなさいな。君はあのイカレ鎖使いのことだけ考えればいいから」


 しかし飛鳥は笑顔で答える。私のことは気にせず、思う存分戦えと。


「わ、解りました。お願いします」


「お願いされました」


 胸を張って答える飛鳥。それにより大きな胸が強調される。


「ふっ、話し合いは済んだようだな。ここは広いからな。互いに干渉せずに戦えそうだ。お前ら相手が女だからって油断すんじゃねえぞ」


「心配しすぎですよ相模さん」


「今はスネイクでしょ。ま、大人気ないけど二人がかりで戦闘不能にしてきますよ」


「じゃあ戦闘開始だ!」


 鎖男の合図とともに両者二手に別れる。党夜と鎖男はその場に留まり、飛鳥と敵二人は東館屋上へと向かう。


「紫お姉さんっ!」


 月夜見と塙山は咄嗟に紫の元へと駆け寄った。


「心配するな。その女には手を出さねえよ。てめえが俺の相手をしてる限りはな」


「心配なんてしてねえよ」


「なに?」

 

「さっさとお前をぶっ倒して紫を取り戻すだけだ。それ以上でもそれ以下でもねえ。そうだろ?」


 お返しとばかりに挑発する党夜。


「相変わらず口が達者なガキだ。虫唾が走る。まあいい。上からものが言えるのは今のうちだ。この後てめえは俺の前で跪くことになるんだからな」


「………来いよ相模さんよお!」


 人差し指をクイッと動かし、相模と呼ばれる男を挑発する党夜。同時に過負荷粒子を身に纏うことも忘れない。戦闘態勢は整った。


「その名で呼ぶな!クソガキがっ!」


 相模もまた過負荷粒子を全身に纏う。そして両手を突き出し、能力を発現させる。


 相模の能力は発現した鎖を、思うがままに操作するもの。発現できる鎖の数は十本。それは相模の両手の数と同じであり、一本一本が相模の指の動きに連動している。


 そして現在紫の両手に一本ずつ、計二本の鎖が使われている。つまり党夜との戦闘で使える鎖の数は八本。相模はその内五本を具現化する。


「まずは俺の訓練の成果を見せてやる。てめえにやられてから、これまでやってこなかった訓練を積んできたんだ。こんな惨めな日々を過ごしたのは初めてだ。だからこそその鬱憤も同時に晴らさせてもらうぜ」


「……口数が減らねえな」


 相模の自分勝手な言い分を党夜は切り捨てる。相手にすらしない。今はそんなことはどうでもいい。いち早く紫を救出する。そのために目の前の敵を倒す。それだけだった。


「くそったれが!踊れ!鎖ども!」


 相模を取り巻く五本の鎖が党夜に向けて放たれた。党夜と相模の戦いが今始まる。






〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜






「向こうは始まったみたいね」


 飛鳥は党夜らの方に視線を向け、そう呟く。目の前にいる男二人そっちのけで。


「余所見とはいい度胸だな」


 そんな飛鳥を見かねてか、茶髪オールバックは叫ぶ


「うるさいわね。あんたたちの相手してあげるんだから、早く名乗ったらどうなの?明日まで覚えてるか保証はしないけど、倒した奴の名前ぐらい知っときたいじゃないの」


 あくまでもこちらに主導権があると言わんばかりに高圧的に物を言う飛鳥。


「生意気な……」


「まあまあ落ち着いてよ。一時でもこんな可愛い娘に名前を覚えてもらえるならいいじゃん」


「俺達がナメられてることに気づいてないのか?」


「いやいや、もちろん負けるつもりはないよ。でも名乗っておこうよ。そうすれば彼女の名前も知れるわけでしょ。このお得感ってないよ」


 文句を言う金髪オールバックを嗜める終始ニヤけ顔の男。


「お前ってやつは……こんな時まで女の子とで頭いっぱいなのかよ」


「そりゃ可愛い娘に目がないからね」


 そんなやり取りをする鎖男相模の取り巻き二人。


「じゃあ僕から。僕の名前は折花基弥(おりはなもとや)。でこっちの茶髪は日々宮勝児(ひびやかつじ)


「そう、私の名前は明日原飛鳥(あすはらあすか)よ。まあどうせ二度と会わないけどね」


「明日原飛鳥ちゃんか……いい名前だね。そうだ、もし僕達が勝ったら僕の彼女になってよ」


「は、はあ?」


 いきなりの告白とも取れる折花の言葉に、ここに来て初めて動揺する飛鳥。それもそのはず、飛鳥はその手の話題に滅法弱い。そんな反応を敵は見逃さなかった。


「へぇ……見かけによらずうぶな反応するんだね。余計気に入っちゃった。飛鳥ちゃんって処女なの?」


 そんな軽口を叩く折花。飛鳥の眉間にシワがよる。


「止めとけ。初めてでキャンキャン泣き喚くのがオチだぜ。それにこの年まで処女とか訳ありに決まってんだろ。性格に難ありとみた。処女前提だかな、ハハハッ」


 便乗する日々谷。飛鳥は拳を強く握りしめる。 


「……ろす」


 そして空気が一変する。飛鳥を中心に肌をチクチクと刺すような重苦しい空気へと。


「キレやがった。これだから処女は面倒くせえ」


 日々谷のこの台詞が呼び水となり、飛鳥の心の堤防が決壊した。特定の話題での沸点は党夜よりも明らかに低い飛鳥だった。


「……殺す!!」


 飛鳥は一気に過負荷粒子を纏う。それも過剰ともいえる量を放出したことで、日向モール全体が揺れた。飛鳥を中心に風が吹き荒れる。


「日々谷、君のせいで怒らせちゃったじゃないか」


「うっさい。お前が敵を口説こうとしたからだろ」


 言い合いをする日々谷と折花。


「……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……」


 しかしそんな二人は飛鳥の視界には既にない。呪詛のように呟く飛鳥は依然過負荷粒子を発散し続ける。その量は留まることを知らない。


「どうすんだよこれ」


「抑えるしかないよ。まあ僕の能力はもう発動してるからね」


 そう言うと折花は飛鳥に向けて手をかざす。


「“鎮静の香り”」


 日々谷がそう呟くと飛鳥が纏う過負荷粒子の勢いが収まっていく。と同時に風も止み、揺れも止まる。


「マジでおっかねえ能力だな。嗅覚に作用するとか防ぎようがねえそれにどぎつい香水でカモフラージュしてるあたり趣味が悪い」


「そうでもないよ。能力バレしてたら鼻栓やらで対策されるしね。僕だって本当はこんなキツイ香水は付けたくないんだけどね。念には念をってやつさ」


「初見潰しには出来すぎてるぜ」


 飛鳥を抑えきった安心からか饒舌になる日々谷と折花。


 そう折花は飛鳥たちが屋上に上がってきた段階から能力を発動していた。その能力は嗅覚に干渉する微細な臭い粒子の生成と操作。本人以外視認することが出来ないミクロな臭いの粒子を生成・操作し、時には風に乗せて対象者の鼻目掛けて発射する。


 しかも戦闘開始時に風上に位置取りしたので仲間である日々谷に対して間違っても能力が発動しないように考慮していた。折花の能力の性質上、鼻孔内に粒子が入っただけでは発動しない。干渉後に折花本人が発動許可を出して、初めて神経に作用する。その上、同じ種の臭い粒子感染者は同時に能力の影響を受ける。


 そのため飛鳥の戦闘力を削ぐためには、鎮静型の粒子を撒くことが最適であるが、万が一でも日々谷に感染してしまうと、同時に仲間の戦力も削ぐ結果となる。粒子の操作は出来るものの、風までは操作できない。その辺りが難点である。


 臭い粒子の種類は多数あり、今回折花が用いたのは精神安定剤などに含まれるSL-164やエタクアロンを基礎にしたもの。対象者の精神を安定させるだけでなく、体内から発される過負荷粒子を抑える効果がある。


 濃度調節も可能な上、自身にも能力を使える。自身の精神が不安定になった際に自ら生成した臭い粒子を吸い込み、精神を落ち着かせるなどの使い道がある。その時、過負荷粒子を抑える効果を取り除くことも可能だ。


 この様な理由で折花本人がデパブ効果のある粒子を間違って吸い込むことがあったとしても、すぐに取り消すことも、打ち消し合うこともできるわけだ。


「それに見た感じだと意識も薄れてねえか?」


「念のため意識が朦朧となるような臭い粒子も乗せておいた。刺激臭と呼ばれる部類にはその手の効果もあるしね」


「おっかねえ。お前が敵じゃなくて心底良かったぜ」


 飛鳥が会話に入ってこない、いやこれなかったのはそれが理由だった。気持ちの高ぶりを、過負荷粒子の発散を、飛鳥本人の意識を抑えつけていたのだ。完全に退路を断たれた上、見動きが取れない状況に陥った飛鳥。


 しかし、この時折花も日々谷も気づいていなかった。飛鳥の過負荷粒子を無理矢理抑えつけたことで、無駄な発散を抑えていたことに。その結果、飛鳥が纏う過負荷粒子の密度が上がったことに。


「さて、勝負ありですね。耳は聞こえているでしょう?僕の勝ちですから約束通り僕の彼女に……」


 折花がそこまで言った次の瞬間、異変が起きる。忽然と飛鳥の姿が消えた。


「なっ!?」


「なにっ!?」


 当然のことで折花と日々谷が虚をつかれた。飛鳥は折花の能力で見動きが取れないはずだと、二人は思い込んでいた。飛鳥がその場から動かないから、そう勘違いしていた。


「がはっ……!!」


「折花っ!!」


 そんな二人が見せた隙を飛鳥は見逃すはずがなかった。二人が認知出来ない速度で移動し折花の目の前に現れた飛鳥は、折花の鳩尾に一発、回り込んで首筋に手刀を一撃加える。過負荷粒子の乗った飛鳥の攻撃に対して、勝ちを確信し無防備だった折花に耐えれるはずもなく、そのまま意識を失った。


 一方、姿を見失い、見つけ出すより先に折花が倒されたのを日々谷はただ見ていることしかできなかった。先ほどまで自分達が優勢だったはずなのに。そんなことだけが頭の中を駆け巡る。


 その次に何故こうなったのかという疑問に考えが移行する。仲間の能力はきちんと発動していた。何度も組んできた、認めたくはないが相棒として共闘してきた。その都度見た相棒の能力と今回とは何も不自然がないくらい黄金パターンが決まっていた。


 そのため安心しきっていた。だからこそ湧き出てくる疑問。何故この女は視認できないほどの速度で動けるのかと。しかしその答えは見つけ出せない。こんな展開これまでになかった。例外の対処を経験してこなかった。経験不足。それに尽きる結果となった。


 そして飛鳥は。


(ふぅ……危なかったぁ)


 折花を撃破したことで、とりあえず一段落していた。すでに感情を高ぶらせ、我を忘れていた飛鳥の姿はもうない。


(私もまだまだだな)


 党夜に対して冷静になれなどと言っていた自分が、冷静さを欠いたのだ。なかなか恥ずかしいことである。説得力に欠けるとはまさにこのことだ。それほどまでに飛鳥は処女などの煽りに滅法弱い。


「何しやがった」


 思案した結果、日々谷は問う。


「敵にネタバラシするほどお人好しじゃないよ私」


 完全に落ち着きを取り戻した飛鳥は律儀に答える。本当なら答える間もなく、日々谷の意識を刈り取ることが出来たのだがそうはしなかった。


「ちくしょう!」


 初体験というものは恐ろしいものである。誰でも何事にも初めてはある。初めてがない人はいない。誰もが初めてのことに緊張し、恐怖し、戦慄する。それは当たり前のことで、仕方がないこと。


 だがそれが己の命に関わる事案であればどうだろう。その恐怖は計り知れないものになるのではないだろうか。まさに今、日々谷勝児がそれに直面した。


 日々谷は整えられたオールバックをなびかせ、過負荷粒子を纏いながら飛鳥に一直線で向かってくる。無計画に、そして単調に飛鳥へと繰り出す。


「うおおおぉぉぉぉ」


 日々谷は雄叫びを上げ、左拳を振り上げる。そして能力を発動。日々谷の能力、それは過負荷粒子を変換し体の一部を金属の合金で覆うもの。攻撃、防御どちらの用途でも応用可能で、使用の幅が広い。


 今日々谷は左拳を合金で覆う。イメージはボクシンググローブ。革生地ではなく正真正銘金属であるそれは、高質量で硬化された拳となり過負荷粒子も乗る。


 能力を問題なく発動できたのはいいが、日々谷は叫ぶことで恐怖から意識を逸らそうとしているのが丸わかりだ。飛鳥はそんな迫りくる左拳を……


 バチンッ!


「なっ……!?」


 受け止めた。それも人差し指一本で。


「あっ…あっ……」


 冷静さを失い、算段なしで突っ込んだとはいえ、女性の細い指一本で自分の拳を受け止められた日々谷は完全に折れた。そう、勝手に心が折れた。


 あとは簡単だ。気持ちの切れた人形を止めるだけの作業。受け止めた左拳と左腕を掴み、日々谷の身体を持ち上げる。そして地面に叩きつける。


「がっはっ……」


 トドメに鳩尾目掛けて踵落とし。こうして日々谷も意識を失った。


「私と戦うなら全身金属で纏わないと。でもそうしたらスピードが消されるね。まあその辺は工夫しようね」


 飛鳥は日々谷にそう言うが、すでに意識を失った彼の耳にこの助言は届かない。


「ふぅぅぅ……ちょっと手間取っちゃったかな?う~ん。向こうはどうなったかな……」


 盛大に息を吐く。その後一度伸びをしてから、飛鳥は党夜らの戦闘がどのようになったのか確認するため視線を向けた。


「ん?……えっ!?」


そこで見たものは。





〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 





「くそっ!くそっ!くそっ!くそっぉぉぉぉお!!」


 鎖男こと相模は両指を高速で動かし、鎖を操作し、党夜に攻撃を繰り出す。その様子に余裕は見られない。


 その理由は党夜にある。初めは五本だった鎖が八本まで増えている。しかし縦横無尽に襲いかかってくる八本もの鎖を、全て器用に受け流している。相模と比べて党夜には余裕が見られる。


 前回は鎖が増えたことで、対応しきれなくなり痛手を負ったわけだが、今回は違った。全方位に神経を巡らせ、襲いかかる鎖に順応していた。手が届く範囲なら、手の甲で弾き、受け流す。それが叶わない場合は最低限の動きで躱す。


 その無駄のない動きがとても美しく、敵との戦闘中とは思えない。まるで社交ダンスのように党夜と鎖を息がピッタリと合っていた。つまり党夜には一切のダメージを与えられないことを意味する。


 その美しさが相模の心を蝕む。


「何故だ!?俺はこの数週間、これまでしてこなかった訓練に取り組んだ。基礎から叩き直した。鎖の初動速度から精密な動きを再現するに至るまで、自分を鍛え直した。なのに何故てめえに当たらねえんだ!」


 心を蝕み、その結果生まれた隙間を埋めるような勢いで叫ぶ相模。その様子を見た党夜の顔は失望を隠せない。


(こいつは解ってないんだ。俺がその数週間で同じだけ、いやそれ以上の修行を積んできたことに。俺だってこの鎖に一度やられたんだ。次相まみえたことを想定してシュミレーションもしてきた。そんな簡単なことをこいつは理解してないんだ)


 党夜はそんなことを考えながらも、先程までと変わらず暴れまわる鎖に対応していた。相模が取り乱したことで鎖の動きも雑になる。単調になりつつあるそれはもうすでに党夜の敵ではない。


「くそったれが!こんなクソガキに負けるなんてありえねえ。ぶっ殺す」


 物騒な言葉を吐く相模だが、その気持ちの荒ぶりは止まらない。戦闘を始めた頃の冷たい怒りは既にない。


「今楽にしてやる」


 党夜はそう言うと、荒れ狂う鎖の檻から抜け出し相模へと迫る。鎖は逃げた獲物を捉えようと背後から党夜を追う。


 しかし届かない。そう判断した相模は鎖を一度空間にしまい、再度自分の目の前に展開する。以前ならこの速度で能力を発動できなかったことを鑑みれば、訓練分の成長は見られるだろう。


 相模の成長と党夜の成長とでは質も量も決定的に違っていた。そのことが勝敗を分けた。


(こんなもの……鎖ごと……)


 自分と相模の間に展開された鎖など無視して、党夜は拳を撃ち出す。党夜は遊び半分で相模の鎖を相手していたわけではない。あの鎖との攻防は、必殺となりえるこの一撃のため。


 未桜から学んだ発勁(はっけい)の所作。相手の攻撃を用いて発勁へと導く化勁(かけい)から始まり、勁力を練り蓄える蓄勁(ちくけい)を経由し、発勁に至る。


 つまり相模の力量を測るためだけでなく、発勁を発動させるために敢えて相模の鎖を受けることで化勁を行ったわけだ。そして今二つの目的を達した党夜は仕掛けた。


 そしてここからは応用。発勁への過程は大きく分けて二種類。化勁による発勁か、纒絲勁(てんしけい)からの発勁か。噛み砕いて説明するなら、他者との接触で勁力を練るか、独力で勁力を練るのかの二種類である。


 今党夜が行ったのは前者。そして今から行うのが後者だ。


 計算された動きで、最高の一撃を撃ち出せる相模との最適な距離まで詰める。そしてその位置に着地すると同時に、震脚(しんきゃく)を行った。それにより爆裂音が鳴り響く。


(練習通り身体が自然と動く……)


 本来別々の動きをする関節が一体となる感覚。関節と関節が何かで結び付けられ、統合し効率よく動けるように作用する。纒絲勁の内なる作用、内勁(ないてん)を終える。


「なっ……!?」


 相模が党夜の所作の不気味さに気付いた。それもそのはず。ついこの間まで素人丸だしの動きをする少年だったのだ。なのに今はどうだ。熟練された武術の使いが乗り移ったかのような洗礼された動きを見せている。だかもう遅い。気付くのが遅すぎた。


 纒絲勁の外なる作用、凱旋運動へとシフトする。腰を落とし、撃ち出す右手対象者である相模へと向ける。


 最終フェーズ。化勁と纒絲勁の両方から練られた勁力を一気に右手に集約させる。その時に腰の凱旋運動が生きてくる。


 何度も何度も取り組んだこの凱旋運動までの流れ。ここでタイミングがズレれば全てが水の泡。渾身の一撃となり得たはずの攻撃が台無しになる。党夜はそのようなことがないように仕上げてきた。


 爆裂呼吸で腰の回転速度を上げることを忘れることなく、練り上げた勁力を伝えていく。と同時に勁力を練ることで活性化した過負荷粒子もまた伝える。


 そしてその時が来た。莫大に膨れ上がった勁力と過負荷粒子を纏った右拳が撃ち出された。速度もあるので運動エネルギーも上乗せされる。


 まず相模との間にある鎖と接触。接触と同時に金属製であるはずの鎖が砕け散り、粒子となったそれは空気中に霧散する。しかし党夜の一撃は止まらない。


「ま、待て……」


(吹っ飛べ!)


 相模の言葉は党夜には届かない。速度を落とすことなく撃ち出された拳が相模の腹部を捉えた。


轟!!!!!!!!!


「がぼっかっあっぁ………」


 空気が破裂したような爆裂音と共に上がる相模の悲痛な断末魔。上乗せに上乗せを重ねた文字通り、必殺の一撃を受けた相模はその運動エネルギーに逆らうことなく、吹き飛ばされた。


 外だけでなく内にも作用する発勁。それによ今の一撃だけで相模の肋骨は粉々に砕け、運動直線上にあった内臓もダメージを受けた。加えて肺が圧迫され、肺の中にあった空気が血液と一緒に吐き出された。


「ぁぁぁあっはっぁ……」


 凄まじい速度で吹き飛ばされた相模は日向モールの隅に設置された貯水タンクに衝突することで止まった。その衝突で僅かに吸い込んだ空気が再度身体の外へ。そして貯水タンクから溢れた水が相模を濡らす


「…はっ……はっ……ふっは……ふっ」


 重たい一撃を受けたことに加えて、酸素の枯渇と急激な体温低下で意識が朦朧とする中、必死に酸素を求め呼吸する相模。これだけのダメージわ受けてもなお、意識を失わなかったことは賞賛に値するだろう。それでも致命傷であることには変わりない。


「やったか……」


 距離を詰めながらそんな相模の様子を見ていた党夜は呟く。改めて発勁の力と恐ろしさを目の当たりにした。たった一撃、されど一撃。一撃で相手の戦闘力を削いでしまうほどの力が発勁にはあった。


 飛鳥に忠告され落ち着きは取り戻していたものの、紫のことでほんの僅かに我を忘れていた。もう少し力を込めていたら相模は死んでいたかもしれない。今になって自分がしでかしたことを悟る党夜。


 一方である仮説が党夜の中で証明された。それは相模自身の強さ。前回も今回も党夜は過負荷粒子を纏っただけの肉弾戦で相模を破った。能力が使えない党夜としては合格点であるが、これは例外だと言い聞かせる。


 それは未桜に言われた言葉があったからだ。


『鎖と両指が連動した能力?好都合だな、党夜。お前にとって格好の的みたいな相手だ。そいつは能力を使うためには両手で操作しないといけないのだろ?なら鎖さえ対処できれば、恐らくやつ本人には力はない。お前の話を聞く限り、能力に依存している節がある。だったら肉弾戦に持ち込めばいい。推測の域を出ないが、奴は接近戦に慣れていないはずだ。なんせ戦う時は拳として両手を使っていないそうなやつだ。叩け、全力で。今のお前の拳なら届く』


(姐さんの言うとおりだった。俺の発勁を受ける時も腕でガードするよりも前に鎖で防御することを優先させた。だからこそ、鎖を破られた後の対処が遅れた。その結果がこれ……)


 党夜はそんなことを考えつつも、相模の前へとたどり着いた。


「ぎ……ぎざぁま……こんな……はずじゃ……」


「もういい……もう黙れよ」


 恨み辛みを吐こうとする相模だが、うまく話せない。そんな状態の相模にも容赦しない党夜。


 満身創痍で横たわるこの男はやってはいけないことをした。涼子の件もそうだが、今回の紫の件が党夜の琴線に触れた。


(殺しはしない。だが……)


「もう気が済んだだろ?お前じゃ俺に勝てない。解ったなら二度と俺たちの前にその無様な顔を晒すな」


 今できる最大限の威圧を言葉に乗せて行う党夜。過負荷粒子は依然纏ったままだ。抵抗するなら続けるぞと言外に示す。そして相模に背を向け、紫や月夜見がいる場所に戻ろうとする。


 敢えてとどめを刺さない。それもまた相模にとっては大きな屈辱を与えることになった。お前には価値がないと言われたような別種の敗北感。


「ぐぞがっぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ」


 ありったけの声量で叫ぶ相模。年下のガキに二度も負けた悔しさ、嫌っていた修行の成果が出なかった惨めさ、好き勝手言われたまま立ち上がれない非力さ。様々な感情が相模の心の中で渦巻き、我を忘れた相模は最後の切り札を切った。

 

「死ねええぇぇぇぇ」


 叫ぶ相模。すでに何もできないと判断した党夜は振り返らない。相模に切り札があるなんて知るはずもないのだから。いや、振り返らなかったからこそ、党夜の視界が捉えた。


 相模の能力である鎖には使用範囲が存在する。それは相模の視界内に限定される。と言ってもはっきり認識できないほど遠すぎると視界内とはいえ鎖を発現することができない。


 逆に言えば認識さえしていれば鎖の具現化は可能である。それは視覚に限定されない。布石が役に立ったと内心微笑む相模。そして実行する。


 遠く離れても視認できない人質。しかし正確な位置は感じている。繋がれた二本の鎖を通じて。ならばその周囲もまた相模の能力発動圏内となる。


 そして党夜は見た。宙吊りにされたまはまの幼馴染を。その幼馴染の胸部が一本の鎖で貫かれた瞬間を。


「えっ……」


 思考が強制停止される。思考停止に追いやられた党夜は何が起きたのか判断できない。だけど足だけは動いた。行かないと、それだけは無意識下で解った。


 徐々に距離が短くなる。それにつれて状況がはっきりしてくる。


 月夜見が泣き叫んでいる。飛鳥が鎖を破壊した。塙山が紫を受け止めた。そして紫の胸には鎖が刺さっていた。地面には赤い液体が流れる。


「紫ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」


 叫ぶ。幼馴染の名前を全力で叫ぶ。と同時に。




『君は私が死んでも守るから』




 党夜の心の底に沈んでいた情景がフラッシュバックする。その景色もまた血に染められていた。思い出したくない過去であり、忘れてはいけない過去。何より、繰り返してはならない過去。


「うわぉあぁああああああがぁぁああ」


 全てを理解した瞬間、党夜の中で何かが壊れた。




読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです


第二章も大詰めです

次回はいつも通りの分量に戻ると思います、たぶん


第43話は土曜日18時投稿予定です

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