表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/73

第40話 コードネーム:スネイク

第39話の前書きにも書きましたが

6/12に第38話に1パート分挿入しました

まだ改稿してから読んでない方は先に第38話から読んでください




「連れてきました」


 オールバックに薄めの色のサングラスをかけた男がそう告げる。オールバック男の横にはもう一人の男性が。


「よくやった。久しぶりだな」


 答えた男もまたオールバック。しかもグラサンをかけている。違いと言えば髪の色。日の光で照らされ、綺麗な金色が輝いている。


「よくもまあのこのことやってきたな」


 金髪グラサンが含みを持たせた言葉に侮蔑を込めた笑みで連れてこられた男を睨む。


「………」


 連れてこられた男は金髪グラサンの言葉に苦虫を噛み潰したような悲痛に満ちた表情を浮かべる。連行されたのは塙山だった。


 少女を逃がしたのはいいものの、計画性も何もなかった塙山はただただ日向モール内で時間が過ぎ去るのを待つしかなかった。だが事態はそう上手く進まない。その結果がこれだ。


「まあお前に見せたいものがあってな。これだ」


 パチンと指を鳴らすと屋上の床からむきっと起き上がる人影が。両手両足を鎖で縛られ、宙吊りになった少女の姿だった。


「何をしてる!?」


 よく晴れた空の下。風も穏やかで気温も今の季節としては暖かいのではないだろうか。そんな快適な環境下で少し低い声が木霊する。


「何って……見りゃ解んだろ?人質だよ人質」


「そんなことは訊いてない。私は何故一般人の少女を捕縛しているのかを訊いてるんだ、スネイク!」


「ああ?そっちこそ、何寝ぼけたこと言ってんだ、ラビット?どこからどう見ても関係者様だろうが!」


 問い詰めるラビットとキレるスネイク。もちろん二人共本名ではなく仇名、いやコードネームではないかと推測できる。もちろんラビットとは塙山のこと。二人の温度差は目に見て明らかだが、違うベクトルで二人はお互いに怒りをぶつけ合う。


「ただ仕事現場にいた少女を関係者として括るのは間違ってる。早く解放するんだ!私達の標的は彼女じゃない!」


「チッ……てめえは一から十まで言わねえと解んねえのか?そんなんだから、てめえはネズミ野郎と一緒に飛ばされたんだよ。使えねえクソ(うさぎ)だからな」


 何も言い返せないラビットこと塙山。金髪グラサンのスネイクと呼ばれた男の言うことは正しい。


 塙山とて初めから今のような組織の下請け業者のような仕事をしていたわけではない。もとは今の自分のような下請けの連中を手足のように使えるぐらいの立場にはあった。


 部下想いで人情深い塙山は直近の部下からは慕われていた。しかしそれは長く続かない。籍を置いていた組織は決して善良とは言えない。なら手を汚す仕事は湯水の如く流れ込んでくる。


 これも自分の決めた仕事であると言い聞かせながらも、仕事をこなしていた塙山だったが、ほんの少し抹消対象に情を移したせいで、部下共々致命的なミスを犯すことになった。


 組織内で一度でもミスを犯した者への処罰は厳しい。塙山とその部下はその失敗の結果、組織の下請けへと降格させられた。処分されなかっただけマシと言えるのが皮肉なことである。因みに塙山と部下はバラバラに切り離された。


 そのようなラビットこと塙山の事情はスネイクも知っていた。


「こいつはな、お前が逃がしたガキを保護した野郎の連れだ。その足りねえ頭でよぉく考えてみろ。どう見ても関係者だろうが!ああ?クソ兔ぃ?いや、今は塙山(はなやま)ったか?」


 蛇男が高笑いする一方、兔男改め塙山は心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥る。この男にはバレていた。自分があの少女を故意に逃がしたことを。


 しかもバレてはいけなかった相手に。連れてこられた時点でバレていることは覚悟していた。しかしそれでも相手が悪すぎた。目の前の金髪が今回の取引を率いていたとは露にも思っていなかった。


 どこでバレたのか。どの点でしくじったのか。男は自分の行いを振り返る。監視カメラの映像を盗み見ていたなんて想定の埒外だろう。


 それでも自分が決定的なミスをしたことに気付かず考え込むも、目の前の男に途中で止められる。


「まあ今回は見逃してやる」


「なっ!?」


 スネイクの言葉に驚きを隠せない塙山。塙山の知っているスネイクと呼ばれる男はこのようなことを言う者ではなかったからだ。


「そう驚くことじゃねえだろ。俺も以前失敗してる身だしな。それに思わぬ副産物も手に入った。俺からすればお前の愚かな行動のお陰で役得したわけだからな」


 そう。スネイクもまた以前の仕事中に失敗した身だった。だか似た立場だからといって、スネイクが塙山に同情しているわけでないことは口振りから察せられる。


「何の事だ?」


 塙山は急なスネイクの態度の変化には焦る。短い付き合いだが、スネイクが直情的で手に負えないことはよく知っていた。故にいきなり感情を抑えたことに違和感を感じた。


「おいおい、口の訊き方には気をつけろよ?お前は今しくじった。その上で俺が黙っておいてやると言ったんだ。後は自分がどうすればいいか解るよな?」


 蛇に睨まれた兎の構図。弱肉強食のピラミットが完成した。この時点で勝敗は決した。すでに塙山には拒否権は無かった。


「何をすればいい?」


「よく解ってんじゃねえか。黙って俺の言うことを聞いとけばいいんだ。そうだな。とりあえずガキと一緒にいるであろう野郎の二人をここまで連れてこい。生きて連れてこれれば何でもいい。方法はお前に任せる。ガキ二人と交渉して組んでもいいし、不審な動きを見せて誘導してきてもいい。好きなようにしな」


「…………わ、解った」


 男は奥歯を強く噛みしめる。折角、機会を伺って少女を逃がしたにも関わらず、そのせいで関係のなかった者を巻き込んでしまった。それも一人は既に目の前の男によって捕まっている。完全に自分の落ち度だと悟る。自分の無計画さがこの事態を招いたのだと。


 その上でこの後、取るべき行動を模索する。今となっては逃がした少女も目の前で捕縛された少女も、男にとっては奪ってはいけない命だ。裏に足をついたこともない少女らに危害を加えたくないと思うぐらいには男には良心があった。


 だからこそ少女を逃がした。逃がしてしまった。その結果がこれだ。己の行動がどれほど浅慮であったか痛感させられた。もっとうまく出来たのではないだろうか、などと過去を悔いても仕方がなかった。もう起きてしまったことは変えられない。改変出来るような能力は男にはない。


 ならば目の前の少女も、自分が逃がした少女も、そして少女を保護した少年も。彼らを全員を表の世界に戻してやる方法はないのか。必死に考える。


 そして導き出す。己の出した解法を信じて足を進める。ラビットと呼ばれる塙山の賭けが今始まる。




〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜




「こちらノーダ。配置につきました。これより準備に取り掛かります」

『標的は確認したか?』

「はい。問題ありません」

『結構。ならすぐに迎撃態勢へと移行しろ』

「はっ!」


 日向モールから少し離れた高層ビルの屋上。そこに一人の男が配置についていた。


「質問よろしいでしょうか?」

『構わんぞ。私が答えられる範囲のもので構わないならな』

「お心遣い感謝いたします。では。今回の要請に些か疑問がありまして」

『私は回りくどいのが嫌いだ。なんせ時間の無駄だからな。用件だけを簡潔にだ』


 無線相手の男はそう言う。しかし苛立ちを含ませたような言い方ではなかった。


「はっ!何故長距離対物ライフルなど物騒なものを持ち出さないといけないのですか?それほど我々に危害が及ぶ程なのでしょうか?」

『そう考えてもらって構わない。これは“(きさき)様”直々のものだからだ』

「“妃様”直々ですか!?」

『ああ、だがこれ以上詮索することはおすすめせんぞ。知りすぎればお前だけの問題ではなくなるぞ?可愛い女の子が生まれたのだろ?』

「ご配慮感謝します」

『今回君を抜擢したのは私だ。“妃様”に直接推薦させてもらった。もちろん長距離射撃の才だけでなく、君の人柄も私は評価しているのだよノーダくん』

「有り難き幸せ」

『特に何事も柔軟に対応し、決して上の意向を拒否しないところもね。NOだ、とは言わないからノーダくん。洒落が効いているじゃないか』

「はっ!」

『期待しいるよ。言わなくても解っていることだと思うが相手は能力者だ。今更君にいう事ではないが、手加減はもちろん情に流されるなよ』

「はっ!ご期待に添えるよう善処致します」

『では頑張ってくれ。良い報告を待っているよ』

「はっ!」


 そう答えると通信を切った。


「思わぬ形で“妃様”と繋がりが出来た。しかも待機してるだけでも同じだけの報酬が舞い込んでくるときた。こういうのは何て言うんだっけか?」


 言葉通り、思わぬ形で思わぬ繋がりができ、ついつい頬を綻ばせるノーダと呼ばれた男。


「日頃の行いがいい、ではないか?」


「ああ、そうそう。それだよ。日頃の行いが……な、何者だ!?」


 ここまで来てようやく自分以外の誰かがここにいることに気付いた。しかし気付くには遅すぎだ。


「人にものを尋ねる時はまず自分からだと教わらなかったか?」


 ノーダは謎の男と向かい合う。


(何だこいつ。隙がない。いや違うな。隙ではなく存在そのものが希薄だ。意識系統の能力者か?くそっ。ここまで接近されたら今の俺には何も出来ない……)


「俺はノーダというものだ。貴様は何者だ?」


「ノーダ?コードネームか何かか。まあいい。俺には関係のないことだからな」


 名乗ったのにも関わらず、あっさりと切り捨てる謎の男。ノーダはその理由を身をもって体験することになる。


「なっ………」


 それは一瞬の出来事。視界が揺れ、目の前にいる男も姿がぼやける。何が起きたのか。


(何が……ちくしょう……)


 それすら解らぬままノーダの意識は刈り取られた。


「全く日向家のご令嬢は………こちらスバル、任務完了しました」


 耳につけたインカムでどこかに連絡をするスバル。


『お疲れさんキュウリくん』


 そして次の瞬間にはスバルの姿はそこにはなく、屋上の地面とキスする男しか残されていなかった。




〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜




「紫のやつ遅いな」


「そうですね」


 紫がトイレへ行くため席を外してからすでに半時間以上経過していた。ショッピング施設やアミューズメント施設などで女子トイレが混雑しているのはよく見かける。特にこういった食事処から一番近いトイレには長蛇とは言わないが、多くの女性が順番待ちしていることが多々ある。


 だからこそ始めの20分程度までは党夜も疑問には思わなかった。というより詮索する方が野暮だと考えていた。女性のお花摘みを気にするなどあってはならない。あってはならないのだ。


 しかし半時間を超えた辺りで流石に党夜もおかしいと感じ始めだ。それは共に紫の帰りを待ち、党夜と話をしていた月夜見もまた同じだった。


「まさか……」


 ここで楽観出来なかったのは党夜の悪い癖なのか。今は判断がつかない。一度考えてしまえば、目を背けることが出来なかった。


(まさか紫が狙われた?月夜見ちゃんと関わりのある何者かが、月夜見ちゃんが俺と紫に接触したところを見ていた。そして紫か席を外して、俺達の視界から消えたところで攫われた?考えすぎか?)


「その可能性は高いと思います」


 党夜の心を読み、その上で党夜の考えに同意を示す月夜見。


「でも……」


「考えたくないのは解ります。でも可能性はゼロじゃありません。私が関わったせいでお姉さんが連れ去られた、仮説としては辻褄が合います」


 自分と月夜見の考えを切り捨てようとしたが、月夜見に諭される。まだ小学生である少女に目を背けるなと言外に言われたのだ。


「もちろんこのまま何事もなくお姉さんが戻ってくるに越したことはないですけど……」


 月夜見はそう言うが、党夜は簡単に割り切れなかった。


(くそっ。問題が山積みだ。紫のことも気になる。それにそういえばあいつらは俺のことを見失ったのか?それとも一通り確認して帰ったのか?)


 党夜は陣と楓が自分達を尾行していたことに気付いていた。それは待ち合わせの最寄り駅からだ。陣は細心の注意を払い党夜に悟られないようにしていたが、楓はそうはいかない。視界の端に入れながらなどと普通の高校生が一朝一夕で出来ることではない。


 楓の視線に気が付いた党夜は、芋づる式に陣の存在も確認。明らかに自分達の行動を視ていたのだが、特に何をしてくるわけではなかったので、こちらも気付かぬふりをしていた。


(まあ帰ってたらそれに越したことはない。万が一相手と殺り合うことになった場合、ここは戦場になる。あいつらを巻き込みたくない)


 やはり党夜の思考は一辺倒。知り合いを巻き込みたくない。只でさえ紫の安否が解らぬ状況だ。紫はともかく、まだ陣と楓の存在は相手には勘付かれていないだろうというのが党夜の考察。


 知り合いだとバレて、人質にでもされたら見動きが取れなくなる。帰っているなら巻き込まれずに済む。そういうことだ。


(そしてもう一人。ソフトクリームの姉ちゃん。昼食を摂ったあと辺りから、こちらの様子を伺ってる。敵意はないようだけど、何者だ?)


 党夜は視線に込められた善意や悪意を読み取ることが出来る。これは党夜が引き継いだDoFの力とは別で、特技といったところか。そして党夜は当然のように飛鳥の視線にも気付いていた。飛鳥があまり丁寧に監視任務についていないことも起因しているだろうが。


「お兄さんのお友達までは解りませんが、あのアイスの人はたぶん大丈夫ですよ」


「え!?」


 考えていると党夜の心を読んだ月夜見がそう言った。党夜は驚きはしたものの、すでに月夜見の能力を知っているのでそれ以上取り乱すことはなかった。


「じゃあ何者?」


「えっとですね……」




 

 一方その頃。


 党夜と同じ疑問を感じていたものがいた。それは明日原飛鳥だ。その手には先程とは違う味のソフトクリームが握られており、ペロペロと舐めながら思考に耽っていた。


(さっき席を外した子が帰ってこないな……モール全体がなんだかきな臭い雰囲気になってるわね)


 飛鳥もまた紫が戻ってこないことに気が付いていた。加えてモール内の空気がピリピリしていることも肌で感じてきた。


(真冬先輩にはギリギリまで手を出すなって言われたしな。どの辺りで線引きすればいいのやら。にしてもストロベリーも美味しい)


 この段階ではまだ党夜に協力する意向はないらしい。真冬の言いつけを守り、監視に徹する。


 飛鳥もいくつもの現場を経験したプロだ。監視対象に悟られるような甘っちょろい監視はしない。ソフトクリーム片手に監視をしているのは謂わばカモフラージュのつもりらしい。


 しかし時折党夜を視界に入れていた。それは監視たる故に。しかし今回の場合は相手が悪かった。党夜は自分に向けられた視線に過度に敏感なのだ。そんなことは知らない飛鳥は向こうがこちらに気付いていることに気付いていない。


 だからこそ不意打ちというのものが成立する。


「すいません」


「へっ!?」


 ストロベリーのソフトクリームを舐めることに気を取られて、決定的な隙を作ってしまった。素っ頓狂な声を上げる飛鳥。それもそのはず、目の前に現れ、自分に声を掛けた人物は。


「先輩。俺達に手を貸してくれませんか?」


 監視対象であるはずの少年、天神党夜に接触を許してしまった。完全な不意打ちで飛鳥は頭が真っ白になるがそれも一瞬。口元についていたアイスをペロリと舌で舐め取り、そしてニヤリと頬を緩める。


「(まあこの展開も面白いか……)人にモノを頼む前にすることがあるんじゃないのかな?」


 こうして天神党夜と粟岐月夜見と明日原飛鳥の三直線が一点で交わる。






読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです


第41話は土曜日18時投稿予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ