第38話 迷子かはたまた
6/12 1パート分挿入しました
「じゃあこれもよろしく」
「はいよ」
そう言うと紫は今買った服の入った紙袋を党夜に渡す。ウィンドウショッピングをしながらも、時折欲しいものがあれば買うスタイルで日向モールにある目当ての店を見て回る。
「思ったよりだな」
「なんのこと?」
党夜の言わんとしていることが解らず、尋ねる紫。
「いやあ、女子の買い物ってもっと大変だってイメージがあったからさ。荷物持ちは覚悟してたけど、大したことなかったというか。なんていうか、拍子抜け?」
「はあ?そんな分け隔たりなく、手当り次第買えるわけないでしょ。私だって限られたお小遣いで生活してるんだから。無駄遣いは出来ないのよ」
心外だ、と言葉の裏と表情で訴える紫。
「ホントこういうとこはえらく現実的なよな、紫って」
「浪費癖になったら終わりよ。一定の収入がない今、支出をセルフコントロール出来なかったら将来目も当てられないわよ。私はね、学生生活中で貰うお小遣いで金銭面のやり繰りを学ぶのものだと思ってるの。特に私の場合、洋食屋の娘でしょ?大人になってから身につけるなんて遅いの。そもそも人の価値観って二十歳までの経験で決まっちゃうらしいの。その後はまるっきり環境が変わらないと、価値観も変わらないんだって。自衛隊とか、ある意味非日常の檻に入れられないとね」
「そ、そうなのか?」
紫がこれほどまでに将来のことを考えたいた事に党夜は驚きを隠せない。自分は一体将来何がしたいのか、未だに決めかねている党夜にとって紫はとても大人に思えた。
「だからこそ日頃から気を付けてるの。女の子として身だしなみの最低ラインは満たすのはもちろんだけど、あまり高校生の枠を超えないようにね。だから私は出来るだけ普段ピアスとかはしないようにしてる。どこかで大人ぶっちゃうと無意識に広げちゃうのよ。ファッションのバランスって言うのかな。このピアスに合うように次はグロス、その次は財布みたいに」
「そういうものなのか」
紫の言う日頃や普段というのは学校生活のことを指している。もちろん党夜も理解した。
党夜と紫の通う平塚ヶ丘高校は校則にうるさくない。高校生の品位を損なわない程度ならスカートを短くしても、髪を染めても、ピアスをしても注意はされない。
といっても何事にも限度はある。以前バンドを組んでいたある生徒が髪の毛を緑色に染めてきたことがあった。流石に度の超えたものには対処する。生徒指導室に呼び出され、バリカンを手渡されたとかなんとか。次の日には黒に戻したそうだ。
といったように、茶髪やピアス程度なら大目に見てもらえる。どこにでも不良っぽい生徒はいる。暴力行為など直接的なものはなくても、外見はそれと限りなく等しい生徒もいる。
紫はその点一般生徒に混じって、悪目立ちしないように学校生活を謳歌している。といっても容姿のせいで目立たずにはいられないのだが、紫は特に気にしていない。恋する乙女は盲目なのだ。
話を戻そう。一つだけオシャレでは頭でっかちになりがちだ。特に中高生だと違和感を感じることもある。大人であれば時計だけがオシャレで高級でも違和感を感じることは少ないように思える。しかし中高生ならどうだろうか?
身の丈にあったものと言われるものである、例外があったとしても、やはり着こなせるのは一部であり、多くは服を着ているというより服に着られているといった感想を抱くかもしれない。
自分磨きといえば聞こえはいいが、ファンションで己を着飾るのことは自分磨きに入らない。だからこそモデルを職にする者はファンションセンスと共に身体をも磨きをかける。服や装飾品に見劣りするようなボディーラインを避けるために。
つまりは紫が言いたいのは全体のバランス。服と装飾品、それらを身につける身体。これらのバランスを取ることが重要であると。
その上でどこか頭でっかちになるとバランスを損ねる。それを補うため、頭を引っ込めるならまだいい。だが飛び出た方にバランス調整を施すなら、そこで新たな出費が出てくる。イタチごっこに陥るのだ。
だからこそ紫は身の丈にあった範囲でバランス良く、高校生として出過ぎたものにせず、その上お小遣いの範囲で、という自分なりにセルフコントロール出来るルールを決めているのだ。
これは紫の考えであり、女性全体の総意ではない。それぐらい党夜も判断できる。だからこそ感心している。
「もしかして平塚のじいさんに頼まないって今言った理由もあるのか?」
「無きにしも非ずかな。だってお祖父ちゃん、私達と金銭感覚ズレてるんだもん」
紫の何たる言い草。確かに莫大な資産を持つ紫の祖父こと平塚統は金銭感覚は他者とは違うことだろう。しかし孫に喜んでもらおうと好意でプレゼントしているのだ。やはり孫は可愛い存在だ。
例えあの平塚統でも心に大きなダメージを受けることだろう。何たって孫から「お祖父ちゃんは私と違う」なんて言われた日には仕事どころか生活もままならないのではないだろうか。それほどまでに孫の一言の重みはすごい。良い意味でも悪い意味でも。
「そういう点ではユイカちゃんはすごいよ」
「結夏が!?」
「ああでも、ユイカちゃんはまた違うわよ。あの子は私達何かとは別次元。もちろんいい意味でね。何たって中学生をやりながら母親と父親もやってのけるんだもん。金銭面だけでも一般的な中学生とは一線を画していると私は思う」
紫の結夏に対する高評価に、自分が褒められたような感覚を得る党夜。やはり身内が褒められると嬉しいものだ。結夏という家庭内の財布を握る出来すぎた妹の姿を間近で見ているだけに、紫が言わんとしていることがすんなり理解できた。
「この際だから言わせてもらうけど、トーヤはもっとユイカちゃんの負担を減らしてあげるべきよ。トーヤが手伝えることは積極的にするべき。今だって放課後は生徒会と家事の両立でしょ?星女はうちよりも学業に力入れてるんだから明日の予習も大変なはずよ」
星女とは結夏が通う星城女子中学の略である。
「ああ、そうだな。気を付けるよ。にしても紫がそこまで考えてるなんてなんか見直したよ。良い奥さんになるんじゃねえか」
「な、な、な、な、な………」
素直な感想を述べた党夜。対して、無意識かつ他意のないそれにより、完全に不意打ちを食らった紫。頬か赤みを、身体には熱を帯び、金魚のように口をパクパクさせている。
「でもさ、今日はえらく力入れてないか?ネックレスとピアスつけてんじゃん」
「きょ、今日はいいの!」
余韻はあるものの、なんとか現実に戻ってきた紫は反発する。反発せずにはいられなかった。悟られる訳にはいかない。
「日頃の積み重ねとか言ってなかったか?」
そんな紫の気持ちなど露知らず、揚げ足を取る党夜。これもまた他意はない。ついでに気遣いやデリカシーもない。
「な、な、何事にも例外があるのよ!今日は特別オシャレしてきたんだから感謝しなさいよね」
ある意味いつも通りの鈍感な党夜に対して苛立ちを覚えつつ、高飛車な態度を取る紫。
「お、おう」
「やっばり……変だった……かな」
そういってもやはり今日は普段しないオシャレをしてきた。普段見せない格好をすると不安になる。それは紫も同じ。でも直接的な表現は出来ない。党夜のためにオシャレしてきたなどと口を滑らしたら最後、再起不能になることは紫も解っている。
「変じゃねえよ。いや、なんかさ。紫とは小さい頃からの仲だろ?だからか……なんつーか……女になったんだなみたいな」
「はっ……はあ?な、な、な、何言ってんのよ……ばっかじゃないの!?」
急にしおらしくなった紫に疑問を持ちつつも、今日の紫に対して感じていたものをほんの少し打ち明ける党夜。そんな党夜の一言は紫が取り乱すには十分な威力で。
ドンッ!
党夜の言葉の数々に翻弄され、前方不注意になっていた紫に何かがぶつかった。
「な、何?」
紫にぶつかってきたのはブルーのワンピースを着た小さな少女。それに気付いた党夜と紫が視線を少女に合わせるようにしゃがんだ。
「ごめんね、大丈夫?」
「大丈夫か?」
心配する二人に対し、少女の返答は予想の斜め上に行くものだった。
「お兄さん。助けて」
「えっ!?」
「助けて!おじさんを助けて!」
こうして党夜と少女による運命の直線は交わることになる。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「フフフッハハハッ」
晴れ渡る空の下、ちょうどいい具合に雲も見られ、日差しが強くなく心地よい昼時。日向モール屋上で影になった場所を陣取り、ノートパソコンを操作している男とその取り巻きがいた。
「どうしたんですか?」
ノートパソコンである映像をチェックしていた男が声を上げ笑い始めたことで、取り巻きの一人が尋ねた。
「ラビットの野郎が俺達へ引く渡すはずの少女を逃しやがったのはもう言ったよな?」
「はい。まさか裏切り者がいるとは……でも泳がせといてよかったんですか?取引時刻までもうすぐですよ?」
「そんなことはもうどうでもいい」
取り巻きの言葉を簡単に切り捨てる男。心底どうでもいいのだと男の様子から見て取れる。男たちはノートパソコンでどうやら日向モール内の監視カメラ映像を見ていたらしい。
「こいつを見ろ」
ノートパソコンを弄っていた男は取り巻きに映像を見せる。
「高校生ですかね?」
そこに映っていたのは今回取引されるはずの少女とカップルらしき高校生二人が一緒にいる映像であった。
「でもこれがどうしたんですか?」
「予定変更だ。これから俺の言う通りに動け。異論は認めねえ」
そう言うと指揮する男は簡潔に今考えた計画を話し出す。粗雑でその場の思い付きでの作戦になりそうではあるが、誰も文句一つ言わないどころか、口すら挟まない。取り巻きは男の言うことをただじっと聞いていた。男が話し終わると。
「各自作戦通り動け。しくじるなよ」
「「はい」」
返事をすると取り巻き達は屋上を後にした。残されたのは指揮していた男ただ一人。
「面白くなってきたじゃねえか。まさかこんなところで……神の悪戯か、それとも神の采配か……くっくっ……面白くて仕方ねえや」
口角を吊り上げ不気味に笑う男の声だけが屋上に響き渡った。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「…………」
見知らぬ少女に出会い頭に助けを求められた党夜と紫。事情も何も知らないままでは、どうすることも出来ないので一旦少女の話を聞くことに。
場所は日向モール内のフードコートに移動した。少女にはアイスクリームを買ってあげ、席についた。流石に党夜は一緒に食べることはなかった。
もちろん日向モールには迷子センターもサービスカウンターも存在する。こんな事態に陥った場合、そのどちらかに委託するのが筋だろう。しかし二人はそうしなかった。
「おじさんを助けてほしい」という言葉を真正面から受け止めたこともある。少女の目は真剣そのもので、面白半分で自分達を騙そうとしているとは考えられなかったから。
それに内容が内容だった。おじさんを助ける。つまり少女がおじさんと呼ぶ人物が何かしらの事件に巻き込まれ、助けを要する状況に陥ったということ。
そしてそれを警察でも大人でもなく、党夜と紫という高校生に救助を求めたこと。紫は子供だから年齢が近く、たまたまぶつかった自分達に白羽の矢が立ったと思っているだろう。しかし党夜は違った。
(恐らくこの子は能力者だ。そして俺達に助けを求めたのは俺がいたから。何らかの方法で俺が能力者であることを突き止め、助力を乞うた。もしかしたら能力者か判断できる能力かもしれない。桃香ちゃんがそれだしな)
党夜は独自に考えを進める。
(それが確かなら、高確率でこの案件は能力戦になる。助け出すおじさんを含め、複数人の能力者が絡んでると考えたほうがいい。最悪俺一人なら、敵を倒すことが出来なくても、おじさん一人を助けるだけなら何とかなる気がする。でも今日は紫がいる。こいつをこの事件に関わらせたくない)
党夜の中でネックとなったのは紫の存在。紫は党夜が能力者であることを知らない。
(紫には俺が能力者であることは極力知られたくない。こいつに危害が加わるなら出し惜しみをするつもりはない。でも、やっぱり……知らない方がベストなんだ。でもこの状況で紫が手を引くか?ちくしょう)
党夜は歯噛みする。少女と関わってしまった以上、紫が少女を助けようとするのは明白だ。党夜は長い付き合いでそのことを理解している。目の前で困った人がいれば助けようとする。普段口煩いが、平塚紫は心優しい女の子なのだ。
「とりあえず、自己紹介しよう。俺は天神党夜。高校二年だ。で、こっちが」
「同じく二年の平塚紫。よろしくね」
少女、そして自分が一度落ち着いたタイミングで党夜は少女に名前を尋ねた。ここに来るまで特に何も訊かなかった。移動中に少し頭を整理したかったからだ。
「粟岐月夜見です。小学六年です」
買ってもらったアイスクリームに一口だけ手を付けて、俯いていた少女が顔を上げ答えた。
「ツキヨミちゃんね。じゃあ状況を説明してくれるかな?」
次に紫が尋ねる。やはり手を引くつもりはないらしい。党夜もそのことを再認識し、少し顔を顰める。
「ヨミも詳しくは解りません。ここに連れて来られて、おじさんがヨミを助けてくれて。でもおじさんは命令を守らなかったから。おじさん、きっと殺されちゃう」
本当に事情を知らないのかたどたどしく説明する月夜見。そして明確に放たれた死に直結する言葉。殺される。すでにその段階に突入していることを示している。
流石に紫の顔色も変わる。党夜は想定内だったのかそこまで表情には出さなかった。
「イマイチ状況は掴めないが、そのおじさんがヤバイ位置にいることは解った。もともとおじさんは月夜見ちゃんの敵だったけど、何故か逃がしてくれた。良心がそうさせたのか。そこまでは判断できねえけどな」
これまで考えていたものと月夜見の説明で推論を立てる党夜。
「でもどうするのトーヤ?私達の手で何とかなる問題かな?」
やはり相当やばい連中が絡んでいると悟った紫。
「解かんねえ。でも敵さんと真っ向から戦う必要はない。何たってこちらには戦えるだけの武器も知識もない。なら最低ラインを引く。それはおじさんを助け出すこと」
「そんなにうまく行く?」
「うまくいくかどうかは作戦次第だな。月夜見ちゃんを日向モールに連れてきて何をするつもりだったのか。もちろんおじさんを助ける上では考える必要がないのかもしれない。でも月夜見ちゃんがこちらの切り札になるのは確かだ」
自分が能力者であることは隠したまま、話を進める党夜。
「でも……」
「ああ、大丈夫だ。作戦は俺の方が動く。紫にまで危険な目にあって欲しくない。だから話し合いにだけ参加してくれればいい。俺と月夜見ちゃんだけじゃ不安だ。紫、お前の第三者からの眼と直感を頼りにしてる」
不安になる紫にそう告げる党夜。ここで紫だけ帰す手もあることはあった。しかし党夜はそうはしなかった。ここで帰れば紫の無事はあらかた保証される。
だかそれでは紫が納得しない。心で解っていても納得できないことが往々としてある。ここで帰って党夜や月夜見に何かあれば紫は後悔することになる。心の傷はそう簡単に癒せない。
だからこそ自分に鞭を打ち、党夜はこう決断した。話し合いへの参加。これで紫もまた良い意味で共犯となった。手打ちとしては及第点だろう。
「解った」
紫も納得せざるを得ない。
「じゃあこの先どうするかだが……」
「その前にちょっと……」
「どうした?」
作戦を立てようとした矢先、紫が席を立った。そんな紫の行動に疑問を覚える党夜。
「ちょっとといえばちょっとよ」
「ん?トイレか?」
「うっさい!そこは黙って行かせるもんでしょ!」
デリカシーの欠片もない党夜な発言にプンプン怒る紫。そのまま紫はお手洗いに向かった。残されたのは党夜と月夜見の二人。少しあった沈黙の後、口を開いたのは月夜見の方だった。
「どうしてですか?」
「何が?」
月夜見の言葉の意図が掴めない党夜。
「どうしてヨミのお願いを聞いてくれるんですか?」
「何でって……」
「ヨミも自分が怪しいことは解ってます。でも何で?」
何かを縋るような視線を送る月夜見。
「理由はもちろんある。でもその前にな少し突っ込んだ話をしようか」
党夜は前置きをした後、告げる。
「月夜見ちゃん。キミ能力者だろ?」
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
第39話は土曜日18時投稿予定です




