第37話 葛藤の内で
作者イチオシキャラが再登場します
「作戦開始だ。警戒を怠るなよ」
移動中の車の中で、上司らしき男が部下に声をかける。男の声には緊張が感じられた。万が一があっては困るので、尾行などの警戒は怠らない。
「はい」
「作戦を確認する。日向モールへ着いた後、俺と館山と青山で周囲を固める。塙山は少女を連れて、指定の場所へ向え。決して周囲に悟られるな。只でさえ人の多いんだ。中に能力者共が紛れてる可能性は高い」
「わかりました」
「了解です」
「………」
館山と青山と呼ばれた男は同意の意を示す。しかし塙山という男は返事をしない。
「おい、塙山!返事は!」
「あっ、はい……」
「全く……この作戦はお前の手に委ねられていることを忘れるな。お前だけがその少女と意思疎通出来るんだからな」
「解ってます」
塙山は俯きそう応える。そのトーンは低い。この作戦に乗り気でないことは火を見るより明らかだ。
指揮をする男が車を運転し、助手席には館山が。二列目に塙山と少女が。三列目に青山が座っている。前方は館山が、後方は青山が、少女は塙山が警戒・監視をする形をとっている。
「お前の良心を責めるつもりはない。俺には解らん感情だが、人は誰しもが別の人格を持つ。同じ人格を持つ人間などおらん。全ての感情を相互に理解することは叶わないことは俺も理解しているつもりだ」
諭すように話す男。
「だがな、これはもうすでに決定された計画だ。先方と取り決められた必ず達成しなければいけない契約だ。反故にしたら最後、俺達全員の首が消し飛ぶ。いや、それだけで済めばまだマシだな。家族、親戚、知人。どこまで制裁の手が伸びるか解らん」
男は館山と青山にも再認識してもらうように、塙山に話す。尚且つ、言葉にすることで自分にも現状の危うさを言い聞かせる。
「だから今回は諦めろ。割り切るんだ。ほんの数日共にした少女のことは切り捨てろ。頭から消し去れ。なかったことにすれば良心の呵責で心痛めることはない。そもそも今回の俺達はただの運び屋だ。荷物を運ぶことだけに集中しろ」
そう言ってのける男に塙山は些か疑問を感じた。
(忘れる?そんなことが本当に出来るのか?ふざけろ!忘れられるのならどれだけ楽か。こんなにも悩んでいない)
このメンバーの指揮を取る格上の男に心の中で悪態をつく塙山。そしてそっと隣に座った少女の頭に手をのせる。不意に頭を撫でられた少女は塙山を見る。
先程から計画を少女の前で話しているのは理由がある。今少女は目隠しとヘッドホンが付けられ、視覚と聴覚が制限されている。少女が言葉を発しないのはそのためだ。
(家族や親戚とこの少女を天秤にかけるのは間違っている。そんなことは俺にだって解る。身内が大切に決まっている)
塙山も心では理解している。今ここで少女の肩を持てば、自分だけでなく家族らに危害が加わることを。
(でもこの少女を見捨てることも間違っている!)
塙山の根底にあるこものはこの感情だった。これまでに手を汚したことはある。血に染めたことも。だが、これまでは仕方ないことだと割り切れた。自分と同じくらい、消されても仕方ないような連中だけを相手にしていたからだ。
しかし今回は塙山の中での認識が違った。拒否反応を示した。
(この子は何も悪くないじゃないか。大人の都合で好き勝手にしていいはずがない)
女の子を助けたい。偽善行為なのは重々承知だ。自分がしたからといって何かが変わるとは到底思えない。例えば一時逃したとしたも自分達が消された後に、再び少女が捕まってしまう可能性が高い。自分のすることはその場しのぎの時間稼ぎでしかないことは理解している
それでも言い聞かせる。やるんだ。作戦前に心に誓ったはずだ。この少女を助けてみせると。
塙山は隣に座っている少女の頭を軽く撫でる。触られたことに気付いた少女は塙山を見上げ、ニッコリと微笑んだ。目隠しとヘッドホンで五感の内に二つの制限を受けながらも、健気に笑みを浮かべる。
塙山は胸を締め付けられた。自分達がどれだけ愚かな人間なのかと突き付けられたような錯覚に陥る。少女の笑みは塙山の心をえぐり、決心されるだけの威力を備えていた。
(だから、俺は……)
「まあいい。失敗はするなよ。必ずやこの少女を先方に届けろ」
「はい」
男に対する返事なのか、はたまた己の決心への現れなのか。指揮する男は気付かない。こうして男4人と少女1人は日向モールに降り立った。
何たる運命のイタズラか。それは党夜と紫が、そして陣と楓が日向モールに着いたすぐ後、12時頃のことだった。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「美味しかったね」
時間軸は戻る。現在二時すぎ。党夜と紫は無事昼食を済ませ、日向モールを散策している。
「ああ、特にあの溢れんばかりのドルチェの数々。チーズケーキ、ガトーショコラ、パンナコッタ……名だたる戦士達が一同に介するのはやっぱりたまらないな」
「はぁ……トーヤはホント甘党が過ぎるわよ……デザートだけでお腹いっぱいにするとか正気の沙汰じゃないわよ。完全にカロリーオーバーよ」
「大丈夫、別腹だから」
「別腹とか意味変わらないんだけど」
ブュッフェを思う存分楽しんだ党夜と紫。しかし決定的に感想が食い違う。
「で今からどうする?」
「そうだね……ブルーペガサス以外にも幾つか見たいとこあるかな。でもいいの?私ばっかり」
「ああ、今日一日は紫に付き合うさ。じゃあどこいこうか」
「ここからだとDIADILLかな」
「じゃあそこへいこう」
次の予定が決まった二人は歩き始めた。
一方、そんな二人を観察していた人がいた。
「どっかで見た顔なんだよね。どこだったっけ?」
手に持ったソフトクリームをぺろぺろ舐めながら、党夜と紫に視線を送ってたのは明日原飛鳥。先日任務を終え帰ってきた銀の弾丸の一員である。
「絶対見たことあるはずなんだけどな」
一際目立った紅色のツインテールが揺れる。飛鳥はむーっと思案し、記憶の中から欲しい情報を引き出そうとする。
「もう喉まで出てるんだけど、喉仏が邪魔して……うん」
独特な表現をしながらも、必死に思い出そうとする飛鳥。そしてついに。
「あっ!思い出した!新入りくんだ。確か天神党夜だったっけ?」
飛鳥が見ていたのは紫ではなく党夜の方だった。
「にしてもまさか新入りくんに出会うなんて。しかも女の子連れてるし。彼女かな?ううう……彼氏いない歴=年齢で万年処女の私に見せつけやがって」
さっきまでとは一転、党夜にあらぬ怒りの視線を送る飛鳥。感情の起伏が激しい。
「挨拶はいいよね。私の方が先輩だし。いずれ施設で顔合わせるでしょ。私もオフの日まで銀の弾丸に縛られたくないし」
にしてもこのソフト美味しいわね、と言いながらソフトクリームを食べることに戻ろうたした飛鳥。しかしそうは問屋が卸さない。ポーチの中に入れていた携帯電話に着信が入った。
「はぁ……何ですかこんな時に。今日はオフですよ。誰ですか」
片手がソフトクリームで塞がっているので、もう片方の手で器用にポーチを開けて携帯電話を取り出す。画面に“古夏さん”という文字が。
「マジ?」
思わぬ上司からの電話に素っ頓狂な声を上げる飛鳥。すぐ様がプッシュボタンを押し、電話に出る。
『もしもし』
「はい、こちら明日原飛鳥です」
『ごめんねぇ、飛鳥ちゃん今日オフだったのにね』
「いえ、全然大丈夫です。私も銀の弾丸のメンバーです。オフであったとしても、一時も気を抜くことはありません」
本当にどの口がそれを言うのか。ツッコむ人がいたならそう言うだろう。何たって片手にはソフトクリームが握られているのだから。何の説得力もない。
『良い心掛けねぇ。でもオフの日ぐらいは身体を休めなさいよぉ。大事なときに動けませんじゃお話にならないからねぇ。まあ飛鳥ちゃんは少し羽を伸ばしてたから大丈夫かなぁ?』
しかし飛鳥の今の状況は真冬の知らぬことだ。真冬は素直に感心している。
そして真冬が言う羽を伸ばしたとは、飛鳥が任務終わりにバカンスしていた件である。といっても責めているわけではない。なんたってその件を取り次いだのが真冬本人であるからだ。
「本来なら今日から任務に行きたかったんですが……」
『別にいいのよぉ。飛鳥ちゃんは働き者だから特に気にしてないわよぉ。というよりもっと休むべきだと思うぐらいよぉ。それに行きたかったんでしょ?日向モール』
「はい。気になってました」
『ならいいじゃない。今日一日楽しみなさい。これは上司命令よぉ。なんてね』
「ありがとうございます」
可愛く戯ける真冬。そんな真冬の言葉に、ふっと頬を緩ませる飛鳥。
「そういえば、真冬先輩用件は何ですか?まさかわざわざこんな話するために電話してきたわけじゃないですよね?」
飛鳥も列記とした銀の弾丸のメンバーだ。これぐらいの考えは巡らせることができる。
『ああ、忘れてたわ』
そのわざとらしい言い方に、飛鳥は疑問を持つ。何かあると。
『その辺に党夜くんがいると思うのよ。ああ、新入りの子ね。この前資料見せたわよね』
「ええ、その資料は拝見しました。DoFの移し鏡ですよね。その新入りくんがどうかしたんですか?」
ついさっき記憶の中から引き出してきたのがその資料だ。顔写真とともにその人の個人情報がある程度記載されている。
『ちょっと探して彼が日向モールを出るまで見守って欲しいのねぇ。これは任務じゃないから強制はしないわ。でももし良かったら、飛鳥ちゃんの行動に支障が出ない程度にお願いできないかしら?』
この回りくどい要請に飛鳥はある推測を立てる。
(強制ではなく任意。しかも私が天神党夜を視界に入れたこのタイミングで。何だか出来すぎですね。まあ真冬先輩のことだから、モール内の監視カメラでもハッキングしちゃったんですかね。ちょっと待って。なら私がソフトクリーム持って電話してることバレちゃってるんじゃ!)
少し横道に逸れる飛鳥。今それはそこまで重要なことじゃないだろ、とツッコむ人はもちろんいない。
(まあ、それはそのことに気付かなかった私の落ち度よね。ふぅ……問題はそこじゃなくて、真冬先輩の要請のこと。恐らくこの日向モールで何かが起きる。もしくはもう起きてる。そしてそれに新入りくんが関与する。さっき見た様子だとまだ新入りくん自身には何も起きてなかった。何が起きるの?)
規定の線路に戻り思案を続ける飛鳥。
『飛鳥ちゃん?』
「あっ、はい!」
ここでまだ真冬との電話中だということを思い出した。
『どうかな?頼まれてくれるぅ?』
どうしたの?何考えてたの?なんて無粋な質問はしない。飛鳥が真冬の意図を読もうとしたのは誰の目にも明らかだ。わざわざそのことを付くのは意味がない。
「見守るだけでいいんですか?」
『ええ、今のところはね。飛鳥ちゃんが本当にヤバイと判断した時だけ手を貸してあげて』
また含みのある言い方をする真冬。もう飛鳥は気に留めない。
「解りました。引き受けます」
『ありがとう。助かるわぁ。じゃあよろしく頼むわねぇ』
そう言うと真冬は電話を切った。そして飛鳥は少し溶けかかったソフトクリームを舐める。糖分を摂取し、考えを進める。
(う~ん。引き受けたものの、私一人だけじゃ判断できないなあ。見守るだけって言っても、これ普通じゃないよ。真冬先輩が裏で動いてるのは証拠だよね。ここ最近なかったことだし。まあ私が知らないだけかも知らないけど)
「とりかえず困ったときは未桜先輩に相談しよう」
そう小声で呟くと、飛鳥はちょちょいと携帯の画面をスワイプし、目的の番号を出してくる。そしてそのまま電話をかける。
『現在お掛けになった電話は電波が届かないところにあるか、電源が入っていないため掛かりません』
「えっ!?」
電話口からの予想外過ぎる返答に驚く飛鳥。
「未桜先輩忙しいのかな?う~ん。仕方ないな。適当かつ適当にやりますか」
こうして飛鳥もこのあと起きるであろう何かに参入することになる。
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第38話は土曜日18時投稿予定です




