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第36話 ビュッフェ




「申し訳ありません」


 女性店員が頭を下げる。特に誠意が篭っているように感じないのは、女性店員の態度が悪いせいではなく、今日だけでも何度も同じように頭を下げていたことに起因するだろう。良い意味で慣れた謝罪に党夜と紫もまた気にすることはなかった。


「折角足を運んでいただいたのに恐縮ですが、ゴールデンウィーク最終日分の限定ネックレスは既に完売いたしました。その他にも日本初上陸ということで、先行発売されたものも多数取り扱っておりますので、是非ご覧になって下さい」


 今日だけで何度言ったのか。そんな感想を抱くほどに女性店員の流れるような対応に関心せざるを得なかった。


「じゃあ仕方ないわね」


「ま、まあそうだな」


「でも欲しかったなぁ、ゴールデンウィーク限定ネックレス。しかも限定中の限定で、ゴールデンウィーク3日間で限定100個しか世に出回らないのよ。それにシリアンナンバーが彫ってあるの。つまりこの世に一つしかないネックレスになるわけ」


 興奮しきった紫は如何にそのネックレスに限定性があるのかを党夜に熱弁する。


「まあ手に入らないのは本当に仕方ないのよ。ここ、日本の平塚ヶ丘支店限定販売って情報は全世界に発信されてるの。だからこの日のために来日する外国人もいたとかなんとか。で、限定100個といっても一日目50個、二日目三日目に25個ずつの販売数が規定されてるわけ。なかなかシビヤなのよ」


「そ、そうか」


「それに、私昨日も一昨日も部活だったでしょ?流石にブランド品買いに行くからって部活休めないし。まあ今回は悔し涙流して諦めるわ」


「そんだけ欲しいなら平塚のじいさんに頼めば手に入ったんじゃねえの?」


 平塚のじいさんというのは平塚財閥の頭取である平塚統のことである。そして日向モール計画を立案した日向グループは平塚財閥の傘下であり。つまりは日向モールの親は平塚統といっても過言ではない。


「はぁ?あんた馬鹿じゃないの!?そんなの意味ないじゃない。コネや伝手が悪いとは言わないけど、今回ばかりはダメ。何でって言われたら回答に困るけど、ダメなものはダメ」


「そういうもんなのかね」


 紫の予想外の反応にたじろぐ党夜。


「今回は特別。シリアルナンバー入りだから、やっぱり自分で手に入れたい。まあプレゼントなら嬉しいけど、コネや伝手で正攻法以外で手に入れるのは私が認めないだけ。ネットオークションもなしかな」


「面倒なプライドだな」


「女の子にも譲れないものがあるのだよ、トーヤくん。ブレゼントしてくれてもいいのだよ?」


「はいはい解りました解りました」


「そこっ!流さないっ!」


 へいへい、と本格的に流しながら受け答えする党夜。


「とりあえず一番目当てだったとこは見たしどうする?昼飯にするか?」


 現時刻は2時。集合が11時前、日向モールに着いたのが12時過ぎ。これでもない、それでもないと、ブルーペガサスで一時間ほど物色していたことになる。


「そうだね。お昼のラッシュは過ぎた頃かな」


 ショッピングモールの多くには専門店の他にフードコートと呼ばれる食事場所がある。もちろん日向モールにも存在する。人気ファストフード店に、ショッピングモールと提携しているラーメン店など様々だ。


 友達と家族と恋人と。その手と比べると回転率の悪い専門店ではなく、軽くぱぱっと食べれることをメインとした店の集合である。中には喫茶店ではなく、フードコート内で長居し、話に花を咲かせる者もいる。


 お昼のラッシュ、つまり12時から1時にかけて、お昼ご飯を食べるであろう時間帯はフードコートに人が溢れかえる。すでに飽和状態であるフードコート内で空いた席、またはこのあと空く席に目を光らせて、時に牽制しながら席を奪い合う。まさに戦場である。


 特に大盛況である日向モールではその光景は顕著に現れる。意図していたわけではないが、紫の買い物が思ったよりも時間が掛かったお陰で、恐ろしいお昼のラッシュが過ぎつつあった。


「で、どうする?フードコートで済ませる?それともどっか店入るか?」


 ここで党夜の言う店とは各店舗ある程度の席数が確保された専門店のことである。


「う〜ん。折角来たんだし店入ろうよ。フードコートにはデザート的なの食べき行けばいいしさ。てか党夜が食べたいんじゃないの?あそこのアイスクリーム」


「ま、まあな。やっぱ目の前にあるのに食べないとかあり得ないし」


「ほんと甘党バカ。仕方ないから付き合ってあげるわよ。じゃあ店のラインナップでも見よ」


 ブルーペガサスの場所を探すのにも大活躍した電光案内板のところへ移動する。もちろん先程と同じ場所のものではない。この電光案内板は至るところに設置されている。この規模のショッピングモールでは1、2個では到底無理で、軽く二桁は設置されている。


「にしても多すぎる……これじゃあ料理どころか入る店を決めるのに一苦労だな」


 電光案内板に表示された飲食店の数に党夜は参ってしまった。只でさえ店舗数が多い上、その種類も多岐に渡る。どうしても食べたいものがない現状で、この中から一つ選ぶのは困難を極める。


「ならビュッフェにすればいいじゃない」


「ん?なんだそれ?実験器具かなんかか?」


「ビュレットじゃないわよ!ビュッフェ!トーヤ、ビュッフェも知らないの?」


「なんだよそれ」


 党夜の無知さにはぁと深くため息をつく。しかし停滞した現状打破するにはもってこいの選択肢を紫が提示する


「これのことよ」


 紫はそう言うと電光案内板のある箇所を指差す。そこには長テーブルに和洋中様々な料理が並んだ写真だった。


「これがビュッフェ。正確にはビュッフェ形式の店よ。作り置きの料理を各自で適量を取り分けて食べる店のこと」


「は?それ食べ放題とは違うのか?」


 元々知識自体多くない党夜にとってビュッフェとは未知のもの。手短に、そして身近な表現に言い換えたくなるのは無理もない。


「食べ放題の形式の一つがビュッフェなの。実際この店はビュッフェ形式だし、それにこっちの表現の方がオシャレでしょ?立食や、立食用テーブル、軽食を意味する英語が語源とされてるんだけど、ビュッフェはフランス語らしいの」


「よく知ってるな」


 紫の知識に感心する党夜。


「それにね、ビュッフェ形式には大まかに3つあるのよ」


 人差し指を立てて、紫は続ける。


「一つ目がスタンディング・ビュッフェ。立食パーティというもので、会場内に料理を載せた台と、利用客が皿を載せて食べるためのテーブルがいくつか置かれていて、利用客は自分のペースで好みの料理を、適当な量だけ皿に盛り、テーブルに移って食べるの。

 自分の席が決められていないこともあって、そのような時は状況に応じて各テーブルにつき、たまたま同じテーブルに居合わせた人と会食を楽しむのよ。昔、お祖父ちゃんが開いたパーティがこのタイプで色々大変な思いをしたのよね」


 紫は二本目の指を立てる。


「二つ目にシッティング・ビュッフェ。スタンディング・ビュッフェ形式に対し、椅子に座って食べる形式。それ以外は立食と同じで、各自が好みの料理を取り分けて、予め決められた席に戻って食べるの。

 今写真で見た店はこのシッティング・ビュッフェ方式ね。というかショッピングモールなんかの大型施設に入ってるこの手の店は大体この方式よ。一般的にバイキングもこれよね」


 そして三本目の指を立て紫は言う。


「最後にオンテーブル・ビュッフェ。スタンディング・ビュッフェとシッティング・ビュッフェの二つを合わせたような形式。利用客は数人~10人程度の人数ごとに大きなテーブルにつき、その中央に盛られた様々な種類の料理を、椅子に座ったまま取り分けて食べるの。もっとも分かりやすいのは中華料理で、大きなターンテーブルに料理が乗せて、各自が回して好みの料理を取るやつあるでしょ?あれよ」


「な、なるほどな……」


 紫が披露した知識に若干引きつつも、また新たな知識を得たと前向きに考える党夜。まあこの知識は後々生きてくると党夜は信じている。なぜなら……


「まさかデザートバイキングもビュッフェ形式ってことか?」


「まあそうね。今はデザートバイキングよりも、デザート・ビュッフェやスイーツ・ビュッフェという表現が主流じゃないかしら。にしてもすぐ甘党(そっち)方面に行くなぁ。女子か!」


 自称甘党を語る党夜の話題はスイーツにあり。己が女子であることも忘れ、ツッコミを入れる紫。


「スイーツに性別は関係ない。それこそ男女平等だろ?俺はその甘いものは女子のものみたいな風潮が気に入らねえんだよ。甘党男子の肩身が狭いのなんの。紫にはもう少し柔軟な思考持ってもらわないと困る」


「カタブツで悪かったわね」


 紫のツッコミにすぐさま党夜による反論する。それもドのつく正論でぐうの音も出ない紫。甘いもののことになると頭の回転が二段階ほど上がる党夜に言い包められるのはいつもの光景だ。


 しかし党夜は決して紫を言い負かして終わらない。最後に紫を軽く貶すことで、相手に反撃の隙を与える。これによってお互い発散し消化不良を無くすという高等テク。


 意図してやってるかは定かではない。が、そのお陰もあって紫は落ち込むこともなく、いつも通りの態度で振る舞えるわけだ。


「じゃあこの店にするか」


「そうね」


 こうして二人は少し遅い昼ご飯を摂りに足を向けるのだった。




〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜




「あら、本当に楽しそうね」


 耳にかかった綺麗な漆黒の髪をかきあげながら、呟く少女。場所は平塚ヶ丘高校の一室。限られた生徒しか立ち入ることが許されない生徒会室。


 生徒会メンバー以外、教師すら入ることがないこの場所で、しかもゴールデンウィーク最終日という校内に誰もいないこの状況で。生徒会室にいたのは平塚ヶ丘高校生徒会長である日向妃咲(ひなたみさき)


 日向ブループを率いる日向家の一人娘である彼女が見ていたのはある映像。目の前に開かれたノートパソコンの画面は分割され、それぞれに異なった映像が流れていた。しかし場所は同じ。日向モールの監視カメラの映像だった。


 そして、分割された画面の中でも一際大きな面積を占めていたのはある少年が映りこんだ監視カメラ映像。妃咲は昼食時の過ぎた日向モールの中を歩く少年の姿をいくつもの監視カメラを駆使して追っていた。


「何なの、この気持ちは。愛らしく、そして妬ましい。でも何故か心地良い。感情の坩堝(るつぼ)という表現が正しいのかしら、ふふふふ」


 右手で書類に判を押しながら、画面を食い入るように見つめる妃咲。その表情はこの学園内の生徒が誰として見たことのないものだった。感情の坩堝。妃咲の表現方法に間違いがないのかもしれない。


 少年が微笑ましく愛おしい、しかし少年の隣には自分がいないことへの悔しく、喜々して隣を歩く少女が妬ましい。そんな軽い嫉妬を覚えている自身が情けなく、それでいて強い意思と覚悟の熱情が現れている。それがまた色っぽく、艶のあるものになるのは妃咲の持つ美貌があってのことだろう。


 複雑で、相容れない感情が交錯する妃咲の心の中。その根底にあるものを理解するものはいない。当事者の一人である少年すら理解に及ばない。


「それでも私はあなたを見てる。ただそれだけで……」


 その言葉に偽りはない。妃咲の偽らざる感情であった。そこには愛する者への執着はあるが、何としてもといった卑しさや固執は伺えない。偏執者(ストーカー)ではなく観察者(オブザーバー)。それが妃咲自身が取り決めた少年との距離感だった。


「ん?」


 そんな中、視界の隅である右下の小さな画面に映りこんだ映像に妃咲は違和感を覚えた。違和感の正体を掴めぬまま、妃咲はノートパソコンを手慣れた様子で操作し、その映像画面を拡大する。


「女の子?」


 そこに映っていたのは、白のワンピースを着た小さな女の子と女の子の手を引く背の高い男性の姿だった。日向モールは家族連れも多く訪れる。一見、その光景は父娘、はたまた歳の離れた兄妹に見えたかもしれない。


 だが妃咲が感じた印象はそうではなかった。


「なんだろう。このちぐはぐな感じ。男性がというより、女の子の方が男性を誘導してるの?」


 違和感の正体をぼんやりと捉えながら、自身の認識を再確認するため口に出して纏める妃咲。


「まあいいわ」


 しかしその思考は何らかの意思に基づき強制的に中断される。


「誰が、何を企もうが、私には関係ないわ。日向モールを失うのは心苦しいけれど、それもまた運命。私の代まで形が残れば御の字ね」


 日向グループの社員が聞けば、背筋が凍ること間違いない。それほどに恐ろしいことを言い放つ日向グループ次期当主。


「私の庭でちょこまかされるのは些か不愉快だけれど……まあ、お手並み拝見といきましょうか。遊ばせてあげるのだからがっかりさせないでね。中途半端な計画であの子はやられたりしないわよ、ふふふ」


 含みのある笑みを溢しながら、コーヒーを口にする。妃咲の思惑は如何に。


「万が一のため駒を幾つか動かそうかしら。出来れば使わずに終われば良いのだけど」


 そう呟き、机の上に置いてあったスマートフォンを操作しある人物に連絡する。


「私よ。ちょっと頼まれてくるないかしら?……そう、私用よ……はいはい、愚痴は他の人にしてくれないかしら……ええ……構わないわ、今は待機してくれるばいいから……ええ、彼なら信用できるわ……もちろん同じだけの報酬を支払うわよ……本当よ……私がこれまでに取引で嘘をついたかしら?……解ったなら早く行動しなさい、私の機嫌が変わらないうちに……ええ……よろしくね」


 電話し終えると、再度コーヒーを口に含む。


「三次元に存在する多数の直線。限られた範囲と条件で交わり合うのはどれなのかしら」


 誰にも気付かれぬまま、妃咲もまた裏で暗躍する。






読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです


第37話は土曜日18時投稿予定です

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