第35話 デートコースは計画的に?
日向モールに足を踏み入れた二人が目にしたものは……これまでのショッピングモールの規模を逸脱した内装だった。
どれだけのお金が注ぎ込まれたのかと思うぐらい細部までこだわったであろう色とりどりのステンドグラスが天井に敷き詰められており、日光を吹き抜けへと導く。しかしショッピングモールという枠からははみ出さぬように、設計されていることが見て取れる。
ただただお金を掛けて造りました、といったアピールが強いだけのショッピング施設にしてしまえば、嫌悪感を抱く客が出てくることへの配慮であった。だからこそお金を掛けたことは隠さずに、かつ日常から逸脱しない程よい内装になるよう試行錯誤された結果がこれである。今日のように晴れた日は色彩あふれる反射光がモール内を照らす。
吹き抜けにより二股に分かれた通路には、日向グループによって選び抜かれた店舗が建ち並ぶ。海外の一流ブランドから庶民的な大手衣料品チェーン店まで幅広い。この守備範囲こそ日向モールの強みだ。
“ゆりかごから墓場まで”というを掲げているだけあって店の種類の豊富さだけでなく、子連れの親御さんのための託児所やベビーカーへ配慮された造り。年配の人が快適に買い物が出来るように段差などは徹底的に排除されたり、バリアフリー化もされている。
老若男女誰もが楽しんで過ごせるように、多くの人が長年考え抜かれて出来たのがこの日向モールなのだ。
「凄いの一言だな」
「うん。凄いね」
日向モールに圧倒されて、ただでさえ少ないボキャブラリーがなお枯渇する。二人共先程から凄い以外の単語が出てこない。日向モールという化物施設に完全に呑まれてしまった。
「とりあえず、このエリアから回ろうか」
「うん」
日向モールは二つの縦長のモールが十字形に交わるこれまでにない形をしている。十字の交点を中央広場とし、それぞれ大きく4つのエリアからなっている。それぞれ方角に従って東館、西館、南館北館となっており、中央広場で繋がっている。
といっても館によってメンズ館などといった店の特色が決まっているのではない。そうした方が見る側としては纏まって見て回ることが出来るのだが、日向モールは敢えてその形を取らなかった。
それはある程度見る店をピックアップしてもらい店と店を梯子している間に、元々ピックアップしていなかった店をお客の視界に入れることで立ち寄ってもらおうという策略である。
といっても館の端から別館の端まで離れすぎていては流石に嫌悪感を抱かせてしまい、かえって逆効果なので心理学的に丁度いい距離感で店をバラしてある。あとは、赤ん坊やまだ小さな子供を連れた親子やお年を召した年配の方などの層に向けた店はある程度店を固めてある。
「えーっとどうする?」
党夜は日向モールの全体図の表示された案内板を見て、隣りで一緒に見ていた紫に尋ねる。
「私が決めていいの?」
「どうした?らしくないな。いつも通り「私について来なさい」ぐらいの勢いでこいよ。テンポ狂うわ」
「私いつもそんなんじゃないでしょ!」
党夜の軽口に対して、心外だと言わんばかりに否定する紫。
「ああ、そんな感じそんな感じ」
「トーヤのくせに生意気っ!」
お互い愚痴愚痴言いながらも電光案内板をいじりながら、日向モールに入っている専門店を見ていく。最近の大規模施設ならば大抵設置されている電光案内板。タッチ式携帯端末とほぼ同じ仕組みになっているそれは、タッチまたはスワイプすることで目当ての店を探すことができる。
それだけではなく、モール内の至るところに組み込まれた対人センサーから得た各店・各通路の混み具合が随時自動更新され、効率よくモール内を見て回りたい人が飛びつくであろう機能も備わっていた。
そんな情報も視野に入れつつ、党夜は紫に話を振る。
「なら、やっぱりブルーペガサスか?」
「えっ?」
党夜の指摘に虚を付かれた紫。
「だってお前好きだろ?」
「覚えてくれてたの?」
ついつい質問返しをしてしまう紫だったが。
「いつも言ってたじゃねえか。ブルーペガサスぅ〜ブルーペガサスぅ〜って」
「そんなことないわよ!」
そんな紫に対して、党夜はいじるように返事をする。小馬鹿にされたと感じた紫は強い口調で言い返す。しかしこれは紫なりの照れ隠しだった。
やはり自分が好きなものを知ってくれているというのは女の子にとって嬉しいことではある。それが食べ物だったり、スポーツだったり、今回のようにブランドものだったり。別になんだっていい。この際嫌いなものだっていい。
大事なことは好きな人が自分のことを知ってくれていること。人は興味があること、関心があることに対して積極的に動く。記憶することもそれに含まれる。興味のない他人のプロフィールなんて知りたいと思わないし、知ったところで自然と記憶からなくなっているだろう。
もちろん例外的に何でも記憶してしまう天才や、それこそ瞬間記憶能力の持ち主などもいうがそれはそれ、これはこれ。話の趣旨が違うので今回は除こう。
つまり人は今ある限られた記憶力の中に、自分についての情報が残されていることを嬉しく思うのだ。それが好きな人、想いを寄せている人なら尚更だ。平塚紫もまたその一人である。
一見、邪険にされて怒っているようにも見えるがそれは違う。紫は党夜が自分のことを見てくれていることが嬉しかったのだ。しかし面倒な性格である紫は直接その気持ちを党夜には伝えられない。感情の裏返しとはこのことではないだろうか。
「うん、まあ初の日本支店だからね。是非見ておきたい」
「オーケー。じゃあまずブルーペガサスに行くか。行く途中で気になる店があったらその都度寄ればいいか。よし、行くか」
「そうね」
視線を電光案内板から離した党夜は紫と並んで海外ブランドブルーペガサスへと向うことになった。
党夜らが日向モールに入ったのは駅から陸橋が繋がった南館。そしてブルーペガサスが入っているのは東館。十字形となっているのでどの館へ行くにも中央広場を経由しなければいけない。かと言って屋外に出るわけではないので問題ないといえば問題ない。
目的地に着くまでの間、視線を流しながら店を吟味していく。もちろんそこら中人だらけだ。はぐれないように出来るだけ距離を詰め、並んで歩く。紫が顔を赤らめながら、頻繁にグーパーグーパーと手を動かしていることに党夜が気付いた様子はない。
紫が己の気持ちと葛藤しつつも、何の発展もないまま二人は無事はぐれることなく、ブルーペガサス日向モール支店にたどり着いた。
ブルーペガサス。その名の通り透き通った淡い青、水色の角の生えた馬が描かれた看板が視界に入った。幻獣、想像上の生き物とされるペガサスをモチーフにしたそれは幻想的で、商品だけでなくこのマークさえも女性からの支持が高い。
看板を見た紫は先程までのもやもやした想いなどどこへ行ったのか、嬉々とした表情へと変わっていた。これまでネット通販という画面内の店舗しか見たことがなかった憧れのブランド店に訪れることができた喜びは計り知れない。
有名ブランドというだけに店内が大勢の女性客で溢れていた。もちろんそれは予期できたものだし、先程電光案内板でも確認済みだ。それでも他の店に比べて敷地面積が広い。もちろんブルーペガサスだけでなく入った店の規模によって融通されているのだが。
ブルーペガサスがその中に選ばらているのは大手有名ブランドだからか、可愛い孫娘が推すブランドだからかは二人には解らないし、そんなところまで思考が及ばなかった。
「やっぱりすごいよ!ブルーペガサスだよ?あのブルーペガサスだよ?夢みたい!」
ブルーペガサスに近づくにつれて紫のテンションは上がっていく。それは鰻登りであり、二次関数のようでもある。
「良かったな。じゃあ好きなだけ見てこいよ。俺はこの辺りで待っとくから」
紫が気の済むまで商品を吟味させてあげようという、党夜なりの気遣いからの言葉だった。しかし紫はそんな党夜の意図を読み取れなかった。
「なんで?いいから一緒に来て」
「でも俺ブルーペガサスとか名前しか知らねえし、ファッションの知識皆無だぞ?」
「いいから!今日は一日私に付き合ってくれるんでしょ?なら付いてきてよ」
紫の言葉には
「解ったよ。でも俺は戦力にならないからな」
「うん。初めから戦力に見てないからいいの」
笑顔で答えた紫の後について行く党夜。二人はブルーペガサスの店内へと歩み進めた。
一方その頃。
「にしてもすごい人ね」
「そうだね。流石日向グループの一大プロジェクトだけあるよ」
党夜と紫の尾行及び監視のため、同じ電車の違う車両に乗り、同じく日向モールに足を踏み入れた風霧陣と伊織楓。
「で、あの二人は早速ブルーペガサスかしら」
「みたいだね。お目当てがそうなんだから、焦らしても仕方ないさ」
党夜らの進路方向にブルーペガサスがあることは二人も把握していた。
「それとさっきも言ったけどあまり党夜達に視線は送らないでね」
「ああ、喫茶店で言ってたことよね?あの二人を監視するなら視線を送らず、視界の隅に入れるようにしろって。さっきは訊かなかったけど、改めて尋ねてもいい?」
陣に楓は尋ねる。
「紫は問題ないんだよ。勘は鋭いけどね。でも問題は党夜の方」
「天神君の方?」
陣の答えが意外だったのかオウム返しする楓。
「党夜はね、人の視線に敏感なんだよ。しかもその視線が自分に対して良いものなのか悪いものなのかも感覚的に解るんだ」
「へぇ〜そんな特殊能力あったんだ。私も一応中学からの付き合いだけどそんなの知らなかった。もしかして隠れ能力者だったりするの?」
隠れ能力者とは言葉の通り、自身が能力者であることを世間に隠している者のことを指す。もちろん中学に上がる前に能力者かどうか調べることを義務付けされている。だが中にはその検査を受けない者が現れることもよくある。
それに検査は義務付けされているが、周りに公表するかは己の采配に委ねられる。能力者だと診断されても、能力者専門の中学への進学を国から強制は出来ない。つまり能力者だと隠して一般生徒に紛れていることはよくあるのだ。それにあくいがあるかないかはそれぞれだが。
それに義務付けされている検査期間は中学に上がる前の一度のみ。基本的に12歳までに能力に目覚めるとされているからだ。例外的にそれ以降に目覚めることも稀にあるが、そこまで国としても検査しきれないのが現状だ。
そういう背景があって、楓本人も党夜が能力者だとは思っていない。話の流れで党夜の奇怪な力を茶化したに過ぎない。もちろん陣もそのことをきちんと理解している。
「いや、党夜は能力者じゃないよ」
それでも陣はきちんと答える。党夜が能力者ではないと。
「ならなんでそんな面白い能力持ってるの?」
「それがね……」
楓の問いかけに陣は苦笑する。この後自分が伝える党夜の秘密を改めて考えた故のものだった。
「党夜が甘党だってことは知ってるよね?」
「そりゃもちろん。中学の頃から自分でも無駄に甘党アピールしてるわけだし」
「そうだね。まあ甘いものが好きなのは小学校の頃から変わってないからね」
党夜と紫と陣は小学生以前から、楓とは中学からの付き合いだ。
「だからさ、党夜は甘いのには目がないわけ。特にティラミスにはね」
「あのティラミス好きは異常よ。紫からこの前聞いたんだけど、天神君の行きつけには天神君考案のティラミスパフェまであるんでしょ?それを取り入れる店もそうだけど、天神君自身もなかなかのものよ」
党夜のいないところで言いたい放題言う楓。陣もそれには笑うしかない。党夜の行きつけとは、良田善三郎・奈々父娘の甘味処良田屋のことだ。
「まあそんなんだからさ、党夜も気になった店があったらチェックして食べに行ったりしてるんだよ」
「女の子みたいね」
「まあね。それも党夜自身気にしてるから、甘党アピールはしても食べ歩きをしてるまでは拡散しないんだよ」
と言いつつも党夜の隠しておきたい秘密をペラペラと話す陣。
「で、本題はここから。まあ俺たちもう高校生だからさ、一人でカフェ行ってパフェ頼むのって結構勇気いるよね?特に男ならさ」
「まさかそんなことで周りの目を気にした結果、視線に敏感になったってこと?」
「ご命答」
楓の鋭さに心の中で拍手を送った陣。
「ははは、馬鹿みたい。ある意味凄いことなのかもしれないけど。それなら堂々と注文して、堂々と食べる姿勢を身につける方が先じゃないの?」
「それは俺には解らないよ。どんな理由があるにせよ、党夜は自分に向けられる視線の良し悪しを判断できるようになったんだから、俺はすごいと思うよ」
「まあそうよね。風霧君はどうなの?」
「どうって?」
楓からの急な自分についての問いにとぼけてみせる陣。
「あなたも持ってるんでしょ。視線の有無とか敵意とかの判別とか」
「どうしてそう思うの?」
「だってそうじゃないと説明できないじゃない。風霧君が天神君の力を肯定する根拠がないし。自分も出来るからこそでしょ?」
「(なかなか鋭いね)それはご想像にお任せするよ」
ここは受け流しに徹する陣。
「あら、逃げるの?お家柄ってことかな?まあいいや。今は紫達の方が優先だからね。今回は私の胸のうちにしまっておくから」
「お気遣い感謝します」
「ならもっと感謝しなさい」
感謝の意が全く篭っていない陣の言葉に、ふふふと笑みをこぼしながら答える楓。冗談を言い合えるほど二人の関係が親密であることが伺える。
「随分紫に似てきたね。元から似た者同士だったのかな?」
「私と紫は全然違うわよ。私、紫ほど優柔不断じゃないし」
「まあそうだね。でないと紫の相談相手が務まらないもんね」
紫が泣きつき、相談する相手は中学のことから楓の役割だった。前任の陣からバトンを渡されたのである。やはり女の子同士の方がしやすい話もあるのだ。
「そういうこと。行き先が解ってるから見失うことはないだろうけど、私達も急ぎましょ」
「了解」
こうして陣と楓の二人は歩み続ける。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
第36話は土曜日18時投稿予定です




