第34話 日向モール上陸
「早く来すぎたか」
ゴールデンウィーク最終日。党夜は最寄り駅である人物を待っていた。待ち合わせ時間は11時だったのだが、思ったより早く待ち合わせ場所に着いてしまったのだ。
学校では遅刻魔として知られる党夜であるが、この手の待ち合わせに関してはこれまで遅れたことがない。というよりも待ち合わせ時間よりも早く着く傾向がある。
ならば学校も早く行け、と思うかもしれないがそうもいかない。学校、特に高等学校と呼ばれる義務教育外の教育機関では自主性が求められることが多い。文字通り、義務ではないから。よって遅刻などは自己責任であり、党夜は自己に重きを置いていないことが多い。そして自分に甘い。
決して自己を蔑ろにしているわけではない。勿体つけた言い方にはなったが、簡単に言うならば眠たい時は寝る。それで遅刻することになっても、自分で取り返せばいい。そう考えているからだ。
しかし、待ち合わせは別だ。他者が絡むものということは、つまり自分だけの問題ではなくなることを意味する。自分に甘く、他人にも甘い党夜は相手を待たせることを良しとしない。特に一対一の場合は顕著に現れる。
その結果、現在待ち合わせ時間よりも半時間早くに現地入りした次第である。
「にしても人多いな」
南改札口の近くで立っている党夜からは否応なく人の流れが視界に入る。次々に改札へと消えていく人の渦が。
もちろんその理由も大凡見当がつく。彼らの多くは自分と同じ目的地を目指しているのだろうと。
などとこの後待ち構えているであろう人混みに頭を悩ませていたところに、
「お待たせ。私遅れてないよね?」
待ち合わせ相手の声が聞こえた。もちろん、党夜が待っていたのは平塚紫だ。紫は党夜を見つけると、少し歩く速度を上げてこちらに来た。
「ああ遅れてないよ。早いくらいだ」
「でも待ったよね?」
「俺も今来たところだから気にすんな」
時間を気にする紫に、テンプレだが効果てきめんな台詞で心配ないと言い聞かせる。
ホッと胸を撫で下ろした紫。幼馴染なので党夜が時間よりも早く来ているだろうことは容易に想像できた。だからこそ、紫もまた早く来ることができた。傍から見れば、相思出来た良いカップルだ。
「にしても久しぶりだな、私服姿の紫を見たのは」
今日はいつもの制服姿ではない。前日から考えに考えて来てきた勝負服だ。ピンクと白を基調としたペプラムトップスに、発色の良い青と紺の中間色のショートパンツ。加えて灰色のニーハイソックスによって絶対領域を創り出す。普段の紫からは想像出来ない程、女の子らしい服装だった。
「どうせ似合ってないわよ……」
それ故、紫は自分の選択に自身が持ててなかった。派手すぎず、かと言ってアピールを忘れず。頑張ってオシャレしたつもりだ。しかし出たのは、らしくない弱気な発言だったが、
「いや、とても似合ってるよ。可愛いじゃん」
「っ…………!!」
予期せぬ党夜からの褒め言葉によって紫の体温が急上昇する。ここへ来るまで何とか抑えていた胸の鼓動が再度跳ね上がる。褒めてくれた。可愛いと言ってくれた。それだけで紫の気持ちは高ぶる。
「……ありがと」
「おう」
これが今の紫が発せる最大限だった。まだ今日という一日は始まったばかりである。この程度でやられていてはいけない。紫はそう自分に言い聞かせる。
「じゃあ、少し早いが行こうか」
「うん」
良い意味で出鼻をくじかれた紫は党夜に導かれて改札へと足を運ぶ。改札を抜けた党夜達は階段を上り、ホームへ向かった。
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党夜と紫が改札を通り、ホームへ向かう姿を駅前の喫茶店から見ていたものがいた。その数は2人。駅側のカウンター席に座り、党夜が来る少し前から駅前の様子を伺っていたのだ。その人物とは。
「紫ってば、あんなにもオシャレしちゃって。今回ばかりは本気ね」
「流石の平塚もここで決めたいかもな。幼馴染とはいえども今の関係に満足はしていないだろうし」
「そういうもう一人の幼馴染さんはこんなところで何をしているのかしら?」
「呼び出したのは君だろ?全く……」
コーヒーを飲みながら党夜達について話していたのは、風霧陣と伊織楓だった。何故こんなところにいるかは聞くまでもないだろう。党夜と紫のデートを尾行し、見張り、監視し、見守るためである。
「私達もそろそろ行かないと見失っちゃう」
「そうだね。次の電車は5分後だから同じ電車に乗るなら急がないと」
「きちんと調べてるんだ。ならエスコートは任せたわよ風霧くん。じゃあ行きましょうか日向モールへ」
そう言って楓は席を立ち、喫茶店入口へと足を進める。
「仰せのままにマイレディー」
「そんな冗談を言うキャラだっけ?それとも家の教えとか?」
陣の台詞に違和感を覚えた楓は足を止め、振り返る。少し小馬鹿にした態度も忘れない。
「党夜の冗談に合わせてる内に染み付いちゃってね。うちの中じゃこんな冗談が言えないから。ちょっとした息抜きだよ」
「ホント幼馴染してるわね、あなた達。それと私を息抜きのどうぐにしないでよね」
呆れたのか関心したのか、もしくはその両方なのか。楓はそう言うと出口へと向かい、陣もその後を追う。こうして喫茶店を出た2人もまた駅構内へと向かっていく。
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日向モール。敷地面積25万㎡超、テナント数700を超える平塚ヶ丘に出来た大型ショッピングセンターである。以前より計画されていたプロジェクトであったため、待ちわびた市民は多くいた。そしてつい先日、4月2日に無事オープンすることができた。
なぜ1日ではなく2日にオープンしたのかという疑問を持つ人もいるだろう。特に大した理由ではないのだが、日向グループの親会社である平塚財閥会長である平塚統の「エープリルフールにオープンするなどあり得ん」という圧力というかワガママがあったからである。
いい機会なのでショッピングセンターについてまとめておこう。ショッピングセンターは作りによって大きく3つに分けられる。
1つ目はリージョナルしょ型ショッピングセンター、略称RSC。店舗面積4万㎡以上、半径8〜25km程度の広域を基本商圏とする大型ショッピングセンターである。
総合スーパーや百貨店などを核店舗にした“1核1モール型”や、それらの核店舗に映画館や家電量販店など、集客性の高い大型専門店を加えて副核店舗へ集約し、相互の中間にモールを設置する“2核1モール型”を形成している施設などがある。専門分野の有名専門店、飲食店、サービス店、アミューズメント店など多種にわたる店舗が並び、その施設だけで1日買い物を楽しむ事を目的とした時間消費型の施設である。
2つ目にコミュニティ型ショッピングセンター、略称はCSC。店舗面積1万〜3万5000㎡程度、半径5〜10km程度の地域を基本商圏とし、総合スーパーやディスカウントストアなどに専門店が出店する中規模のショッピングセンターだ。
日本では大店法廃止以前の総合スーパーといえばこの形態が多く、専門店は最寄品やサービス店などが中心である。近年ではこういった旧来型の店舗にモールの増築を行いリージョナル型に拡張された施設もある。
3つ目はネイバーフッド型ショッピングセンター、略称はNSC。店舗面積3000〜1万5000㎡程度、半径5km程度の近隣地域を基本商圏とした小商圏型のショッピングセンターとしては比較的小規模な施設だ。
食品スーパーやホームセンターなどを核店舗に比較的実用的な商品を扱う専門店で構成され身近な買い回りを得意としている。日々の買い物に使われるため、商圏人口は少ないが来店頻度は高いのが特徴だ。
さらにリージョナル型よりさらに広範囲を商圏とする超大型ショッピングセンターのスーパー・リージョナル型ショッピングセンター、略称SRSCと呼ばれる派生型も存在する。店舗面積10万㎡以上で基本商圏も8kmから40km程度まで設定している施設を指す。そして日向モールはこれに属する。
専門分野の有名専門店、飲食店、サービス店、アミューズメント店など多種にわたる店舗が並び、その施設だけで老若男女どの世代でも1日買い物を楽しむ事を目的とした時間消費型の施設になっている。
だからこそキャッチコピーは英国の社会福祉政策のスローガンから頂戴して“ゆりかごから墓場まで”となっている。
もう一つ重要なのは日向モールがショッピングセンターではなくモールと呼ばれている所以についてだ。
日向モールはエンクローズドモール形式と取っている。施設自体が大きな1つの建物となっており、通路が建物内にあるタイプのショッピングセンターのことだ。気候や天気に左右されないのが特徴で、大型のリージョナル型ショッピングセンターや、中型のコミュニティ型ショッピングセンターでよく見られる形態だ。
モール(通路)の中央を吹き抜けとして圧迫感を減らし、見通しを良くすることで回遊性を上げるガレリア式モールを採用したものにモール型ショッピングセンターと名付ける開発業者もある。
欠点としては建設コストが高いため出店リスクが高いことにあるが挙げられるのだが、そこは問題はないと言える。出資者が平塚財閥とその取り巻きなのだから資金源としては申し分ない。
ここまでオープンまで時間がかかったのは、決して建設費用云々の話ではなく、ただ平塚統らの強いこだわりで設計図完成まで時間を要したこと。それと国内外から殺到したテナントを選定するために時間を食ったことに原因がある。
そして、今まさに党夜達は日向モールを視界に捉える。最寄り駅から約1時間かけ、日向モールのために事前に作られていた日向モール前駅に着いた党夜と紫は目の前の光景に目を奪われた。
因みに日向モール前駅は日向モール開店に先駆け、新設されたら駅である。これだけ大きなショッピングモールを造るとなると、それだけ広大で地盤も申し分ない土地が必要となる。さすれば郊外で、となるのは自明の理。
そして鉄道関連の企業はこの時のために表向きは平塚財閥の傘下へ加入したようになっている。現実は吸収に近いのかもしれないが、少なくとも企業側もいい思いをしているので特に荒れることはなかったという。
それもそのはずこの新設の駅も日向モールの建設と同じく日向グループが資金投資している。鉄道企業はノータッチ。しかし鉄道利益は企業に明け渡すのだから文句が出るはずもない。鉄道企業側は日向モールへのお客様を無事にお連れするだけでいいのだから。
平塚財閥はそこまで手回しした上でこの計画を実行を命じた。日向グループも抜かりない。出来がいいのは言わずもがなだろう。
そんな日向モールの情報はテレビや新聞でも取り上げられ、ネットでもその話が尽きることがなく。ここ一ヶ月、日向モールの記事を見ない日はないくらいで。党夜らも全てとまでは言わないが、それらを見て日向モールの外見は知っていたはずだった。
にも関わらず、その風貌から目が離せなくなっていた。写真や映像では伝わらない何かが実物を見たことで、その圧倒的な雰囲気が奔流となってやって来た。
「デカイな」
「うん、すごく広い」
こんな幼稚な感想しか出せなくなるほどに衝撃だった。しかし、これはまだ序章だ。外装、外見を見たに過ぎないのだから。
駅の改札前からは連絡橋が繋がっており、駅から楽に来店出来るような仕組みになっている。こうなると駅までが日向モールの一部とさえ思えてしまう。
今日はゴールデンウィーク。電車内はもちろんのこと、連絡橋は人で溢れかえっていた。行き来がしやすいように連絡橋は二股に別れており、左側通行である。
人の流れに身を寄せて、党夜と紫は連絡橋を渡りきり。そして、日向モールに足を踏み入れるのだった。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
第35話は土曜日18時投稿予定です
 




