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第33話 前準備




「これは派手すぎるかな?でもこれだと地味だし…」


 クローゼットから服を選んで、コーディネートしてから姿見の前でポーズを取る。前から、横から、振り返り際から入念にチェックする。そんなモデルや自分に溺れた女がやりそうなことを真剣にしているのは。私、平塚紫(ひらつかゆかり)です。


 明日は幼馴染の天神党夜がどうしても日向モールに行きたいって言うもんだから、仕方なく、本当に仕方なく付き合ってあげることになったわけ。


 べ、別に付き合うってそういう意味じゃないからねっ。ただ遊びに誘われただけ。それが二人っきりなだけ。トーヤと二人でなんて昔はよくあったもん。


 それに今回は特にだ。私のご機嫌取りのために誘ってきたのは分かってる。そもそも別に全然怒ってなかったし。何回電話しても何度メールしても連絡を寄越さなかったぐらいで怒るほど沸点低くないし、導火線も短くない。勘違いしないでほしい。


「紫〜」


 勘違い繋がりで、明日のやつをデートとか勘違いされたらこっちが迷惑だし。そもそもトーヤはただの幼馴染で、小さい頃からよく遊んでた仲だっただけで、小中高と同じ学校に通うことになっただけで、ホントただの幼馴染なだけだし。私とジンだって幼馴染だけど、別にどうというわけでもない。二人共友達以上幼馴染以下の存在。


 自分で言うと嫌な女だと思われるかもしれないけど、私はそこそこモテる。男女から共に、という但し書きが入るけど否定はしない。わざわざ近場の幼馴染を選ばなくても、そこそこ選択肢はある。


「紫〜」


 ならなぜ私はここまで服装を決めかねているのか。それはちょっとした私のプライドによるもの、だと思う。こんなことをしている自分に釈然としないものを感じながらも妥協しようとも思わない。我ながら面倒な性格とさえ思えてくる。


 でもやっぱり、あのトーヤが折角誘ってくれたのだし中途半端な格好で行くわけにもいかないじゃん?変な感じになってトーヤに笑われるのも癪だし。ってか笑われたら殴るし。ちなみに陸上部の私は無闇に蹴ったりして足を傷つけることはしない。陸上は足が第二の命だから。どうでもいいか。


「紫〜」


 話が逸れたけど、つまりプライドありきで、ちゃんとした女の子っぽい服装にしないと私が廃るというか……そもそも日向モールのリア充率は舐めたらいけないし。そんな連中に舐められてももいけない。部活を言い訳にするなんて以ての外。


 長くなったけど、ここで手を抜いたら負けな気がするの。トーヤとの二人きりのお出かけで張り切ってるわけでも、デートだと浮かれてるわけでもないことは理解してほしい。てか理解しなさい。絶対に違うんだかんねっ!


「紫!呼んでるでしょ!早く返事しなさい!」


「っ………!?ごめんママ。何の用?」


 すっかり自分の世界に入ってたようで、ママの呼び掛けに気付かなかったみたい。質問の答えに検討は付いているものの、答え合わせも兼ねてママに用件を訊く。


「ちょっとヘルプお願い。オーダーとレジ打ちでいいから」


「分かった。すぐ行く」


 私は急いで準備にかかる。もちろん明日の準備ではなく、うちが経営する洋食屋のヘルプの準備。髪をいつもみたいに一つに縛り、愛用のエプロンを身に着け、部屋を出て階段を駆け下りる。


 うちの家は一階が洋食屋“(くれない)”で二階が自宅と少し変わった形ととっている。洋食屋“紅”は母方のお祖母ちゃんの代から経営していて、今はパパとママが引き継いでいる。老舗というほどの歴史はないけど常連さんは多い。


 それに立地の問題もある。駅からも住宅街からも程々の距離にあることから客足も良い。特にお母様方からの評判が良く、気軽に行ける外食先として家族連れで来てくれる。


「紫ちゃーん!ビール追加よろしく!」


「はい!ビール1お願いします」


 厨房にいる両親に聞こえるように大きな声でオーダーを伝える。


「紫ちゃん、会計お願いできるかな?」


「大丈夫ですよ。全部で700円になります」


 少し忙しくなると私がヘルプに入ることが多いので、常連さんはお互いに顔を覚えるほど。ちなみにパパとママ以外に従業員はいない。お祖母ちゃんの頃からお祖父ちゃんと二人で回し、困ったら今の私みたいにママがヘルプに入ってたらしい。


 夕方から夜にかけてが一番の混み時。仕事終わりの会社員や外食の家族連れで店が一杯になる。ここだけの話、売り上げのほとんどがこの時間。ランチはママさん達が来るぐらい。


 あとは実家が自営業で飲食店あるあるで言えば、ご飯は基本的に余り物。良いように言うなら賄い。あれ?これって良い言い方なのかな。分かんないけど、同じ境遇の人なら分かるはず。


 といってもバイト先で出てくる賄いとは感覚的には違うと思う。なんたって作っているのは身内、それも両親だ。それってつまり賄いでも何でもないような……定義が曖昧かな。ま、いっか。


 そんなこんなで、ラッシュを過ぎても解放してもらえず、結局閉店時間まで無給労働させられた。家事の手伝いの範疇ということなので給料は出ない。小遣いもまた同様に。


 でも不満があるかと言われればそんなことはない。実際、楽しんで働いている自分がいるからだ。パパもママも何も言わないが、私はこの店を継ぐことになるだろう。先代から受け継がれた紅の看板を託してくれるなら、喜んでこの店を継ぎたい。それほどに私はこの店が好きなのだ。


「ありがとう紫。今日も助かったよ」


「別にいいよパパ。私だって家の手伝いぐらいするよ」


「そういえば、勉強の途中だったのか?(みどり)が呼びかけてもなかなか返事がなかった気がするが」


 翠はママの名前、平塚翠(ひらつかみどり)。そしてパパが平塚修(ひらつかしゅう)


 見ての通り、パパは婿養子としてこの家に来た。なら何故平塚姓なのか。それは私に問題がある。父方の実家はあの平塚財閥。そしてお祖父ちゃんの平塚統(ひらつかみのる)がその頭取だ。


 本来なら長男であるパパが実家を継ぐはずだったんだけど、ママと出会って家を飛び出した。ドラマみたいに駆け落ちとまではいかないけどね。なかなかロマンティックな展開。


 そしてパパは勘当されて、平塚を名乗ることを禁じられた。それでもパパは平塚財閥の力ではなくママを選んだ。自分の両親の話だけど羨ましい限りである。やっぱり一度は憧れるよね。


 でも私が生まれてきて事情が変わった。婿養子にいっているにも関わらず平塚を名乗っているのは私が生まれたことに起因している。


 お祖父ちゃんは私のことをすごく可愛がってくれて。私には同じ苗字でいて欲しかったらしく、そうなると両親と子供の苗字が違う問題が発生。それは私が困るだろうというお祖父ちゃんの配慮の下、流れでパパとママも苗字が平塚になったってわけ。ちなみにママの旧姓は藤宮(ふじみや)ね。


 あっ!そんなことをしてる時間はない。まだ明日の準備が終わってない。服をまだ選び切れていないこと。


「それはね……」


「デートの服選びでもしてたんでしょ?」


 ただ考え事をしてただけ、と答えようとした私よりも前にママが余計なことを言い出した。しかもとんでもない爆弾を投下するという形で。


「で、デート!?」


「そんなんじゃないよママ!」


「あらそうなの?てっきりママは明日(とぉ)くんとデートなのかと思ってたんだけど…」


 素っ頓狂な声を上げるパパは置いといて……いつもいつもママは無駄に鋭い。部屋の中に仕掛けた監視カメラで見てましたと言われても納得するレベルで。本当に監視カメラなんて設置されてないよね?ちなみにママは昔からトーヤのことを党くんと呼んでいる。


「党夜くんとデート………紫が党夜くんと………」


「な、な、な、なんであんなやつと……で、デートしないといけないのよ!」


「この前だって党くんに家まで送ってもらって、喜んで帰ってきてたじゃない!」


「そ、そんなことない!」


 実の母親ながらしつこい。でもあながち間違ってないからこちらも強く出られない。でもね、二人で出掛けるけどデートじゃないから。送ってもらって喜んでたのも事実じゃないから。パパは完全にうわの空だと明記しておく。


「まだ服選んでないんでしよ?ママが選んであげようか?」


「余計なお世話よ!」


 そう捨て台詞を吐いて私はその場を去る。ダンダンダンと無意識に階段を駆け上がる力が強くなっているのを感じる。


 いつもそうだ。トーヤのことになると冷静になれなくて、素直になれない自分がいる。そんなことは自覚してる。この感情の正体に気付かないほど馬鹿じゃない。きっとこれが………ダメだ。どうしてもこの先に踏み込めない。


 いつからだろう。こんなにも気持ちに振り回されるようになったのは……





〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜





 時を同じくして。



「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」


「なんだよ」


 俺、天神党夜は聞き慣れた声に対して適当に返事をする。


 場所は天神家、つまり自宅だ。銀の弾丸の施設から無事帰宅した俺はリビングのソファで寛いでいた。やっぱり落ち着く。


 そんな中、ソプラノに近い声が家中に反響、そして木霊する。声の主は現状この家の家主とも言っても過言ではない天神結夏(あまがみゆいか)。正真正銘血の繋がった俺の妹である。


 まだまだ幼児体型を抜け出せていない彼女ではあるが、それはそれで相応の可愛さはある。というよりも結夏はそこそこモテるらしい。女子校である星城女子中学校(略称は星女(せいじょ))に通っているにも関わらずだ。


 バスケ部と生徒会を掛け持ちしているのだが、もちろんバスケ部の方では他校との練習試合をすることがある。場所が星女であっても他校であっても、結夏のファンクラブが一定数訪れるのだからすごい。そもそも中学生にファンクラブがあること自体おかしい。


 中には告白する阿呆もいるらしいが、結夏は全て断っているそうだ。なんでも「家事が忙しいから今は男の人とお付き合いをする時間がない」といった感じでお断りしているだとか。とにかく俺の妹はこんなにも可愛いやつなんだよ。


「そんな可愛い妹がお兄ちゃんに何の用だ?」


「可愛いなんて……お兄ちゃんそんなこと言っても、晩ご飯のハンバーグ大盛りになる以外何も出ないよ!」


 ちょっとした甘言がハンバーグに変わる瞬間を目の当たりにした。やったぜ。結夏の煮込みハンバーグは絶品なんだよな。長い時間煮込むことによってトマトソースがハンバーグに染み渡って。肉汁とトマトソースのコントラスト。マジで店出せるまである。


「それはうれしいな。結夏のハンバーグがあればご飯何杯でもいける」


「今回は特に美味しく出来たと思うから何杯でもおかわりしてもいいよ……っておい!」


「へ!?」


 なんだ?いきなりなんですか?ノリツッコミの時みたいな掛け声出しちゃって。結夏がお笑い番組好きでいつも見ているのは知っていたが、この流れは読み切れなかった。


「そんなことはどうだっていいんだよ!」


「はあ?結夏の煮込みハンバーグより大事な話があるって言うのかよ?」


「うぅぅ…ズルイよお兄ちゃん…」


 おっと。少し妹をいじめ過ぎたようだ。そんなうるうるした目で俺を見るな。いくら妹耐性を持っている俺でも折れそうだ。


「ごめんごめん。で、何だ?」


「お兄ちゃん、明日日向モール行くんだよね?」


「よく知ってるな。ん?え?」


 謝るとさっきまでのことが嘘のようにケロッとした表情で質問してきた。くっ、演技か。解ってたけど。


 てか、なんで結夏がそのことを知ってるんだ。明日出かけるとはいってあるが、日向モールに行くなんて一言も言ってない。そして今回な場合、最も有力な情報源たりうる紫が連絡したこともないだろう、恐らく。


「うん。楓さんから連絡があったんだよ」


 伊織かぁぁぁぁ。俺に助け舟を出してくれたと思ったらこの仕打ち。そういや、結夏と伊織って妙に気が合って仲良かったな。連絡先を交換してても何ら不思議はないか。ないのか?


 まあ、いいや。別にやましいことがあるわけでもないし。


「そうだ。お兄ちゃんは、明日あの死地、日向モールに馳せ参じようと思う。で、何かお使い事か?」


「ううん。特にないかな。折角の紫さんとのデートに水を指すようなことしたくないし」


「は?デート?そんな御大層なもんじゃねぇよ」


「え?」


「は?」


 二人の間で時間が止まる。二人しかいない家の中で物音一つ聞こえない。部屋が静寂に包まれる。


「はぁ……」


 その空気を壊したのはため息。結夏が大きなため息をついたこだ。


「なんだよ」


「いやぁね、お兄ちゃんがこんなにもダメダメのゴミぃちゃんだとは思わなかったんだよ。妹として恥ずかしい限りだよ。全く……なんでこんなんになったのかな。私の管理責任なのかな……妹としてもっと目を掛けておくべきだった……後悔ってのは文字通り、後から悔いることしか出来ないってことを私実感したよ……ごめんね、ゴミぃちゃん。はぁ……」


 今、酷いこと言われたんだよな俺。ゴミは酷いだろう、我が妹よ。家族から毒吐かれると堪えるんだよな。そもそもなんでそんなこと言われるか俺にはなんだかさっぱりなんだ。


 てかその目やめろ、その可哀想な人を見る目は。お兄ちゃん情けなくなってくるだろ。謝られても「ま、いっか!」ってならないよ。


「説明を求め……」


「自分の頭でよく考えなよ、お兄ちゃん」


 食い気味でそう言って結夏はキッチンに戻っていった。夕食の支度がまだ残っているのだろう。


 う〜ん。結夏が何を言わんとしてたのかさっぱり分からん。紫とは幼馴染だぞ。付き合いも長い。家族みたいに大切に思ってる相手だ。


 だからこそ、明日は全身全霊で紫に楽しんでもらう。本当にデートなんて大層なものじゃない。俺は紫が喜んでくれればそれでいいと思っている。そのために明日は頑張らねえと。


 その前に結夏には機嫌を直してもらう必要がありそうだな。全く困った妹だ。でも大事な俺の家族なんだよな。こんな妹でも俺が守ってやらないと。


 とりあえずは結夏特製ハンバーグ食べて、明日の準備でもするか。この時の俺はその程度の認識しかしていなかった。









読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです


第34話は土曜日18時投稿予定です

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