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第32話 暗躍

冒頭にもありますが時間が少し巻き戻ります

第31話の二つ目の時間経過間の話です

 



 時系列にしてほんの少し遡る。ゴールデンウィーク二日目。昼食と午後からの訓練の間のに起きた党夜の知らぬ出来事。


 党夜らに断りを入れ、食堂を出た未桜は真っ直ぐエレベーターホールに向かった。待機していたエレベーターに乗り込むと1Fのボタンを押した後、閉ボタンを連打する。そうしたからといって早く閉まるわけではないことぐらい未桜も理解している。理解していても自分を止めれなかった。


(早く確かめないと……)


 未桜はエレベータで地上一階にたどり着くと、はたまた待機してきた別機に乗り込む。こちらは地下へではなく地上へと伸びるエレベーター。向かうは最上階。


 ぐんぐんとエレベーターが加速する。加速度による力を受けるが気にはならなかった。階を示す電光掲示板の数字が次々に入れ替わる。そして目的の階にたどり着いた。


(ホントはここに来たくないんだが……この内装やはり好かない……)


 心の中で呟くと廊下を進む。これまでどの階でも見られなかったほどの高級感溢れた内装。それはこの場所が特別であることを物語っている。そして目の前に現れた大きな扉の前に着くと、未桜はノックする。


コンコン


「入っていいよ」


「姉川だ」


 扉越しに名を名乗り、扉を開けて中に入る。


「おお、これはまた珍しい訪問者だ。どうしたんだい、サクラくん?」


「少し確認したいことがあってな。なければこんなとこ来ない」


「冷たいなぁ……なんで銀の弾丸(うち)の女性メンバーは俺のことを目の敵にするんだ?流石に傷付く」


「なら本当に傷付いた時にもう一度言ってくれ」


「ハハハ。そうするよ」


 真剣な未桜と、笑顔の絶えない男。この状況が未桜の心を逆撫でする。早く用件を済ませ、すぐにでもこの場から去りたい未桜は早速本題に入る。


「お前は何を考えている?」


「上司にお前はないだろ、サクラくん。まあ今回は不問にするよ。堂々巡りにしてサクラくんを虐めるのもありっちゃありだけど……今は気分じゃないし。こう見えても俺暇じゃないし」


「チッ……」


 自然と放たれる舌打ち。それほどに未桜は目の前に鎮座する男に苛立っている。


(全く何も変わらんな、こいつは……しかし今そんなことは二の次だ)


「なら単刀直入に訊く。党夜に何をさせるつもりだ?」


「何のことだい?」


「とぼけるな。極秘任務の場所と日時が党夜の予定と合致してる。まるで誰かが仕組んだように」


「それはサクラくんの思い込みじゃないかな?たまたま極秘任務の場所と日時が、偶然にも銀の弾丸(うち)のメンバーの予定と被っていた。ただそれだけに過ぎないだろ?こんなこともあるもんだね。いや本当に偶然とは恐ろしいね。怖い怖い」


 問い詰める未桜。しかし返ってきた答えは予想通り白々しいものだった。まるで隠す気など更々ないと言わんばかりに。


「解った。よぉく解った。質問を変える。極秘任務の担当は誰だ?誰が請け負った?」


 攻め口を変える。知りたい答えへたどり着けるのなら、解法はなんだっていい。最終的に落ち着くとこが同じなら、時に過程が異なっていても構わないことなんていくらでもある。それを未桜が実行する


「それを訊いて、そして聞いてどうするんだい?」


「そいつと話し合う」


「う~ん……それは難しいんじゃないかな」


「まさか……」


 未桜の答えに返答を濁す男。その反応だけで、たったそれだけで、付き合いの長い男の所作で、言わんとしていることが未桜には伝わった。


「どのまさかか分からないけど、多分そのまさか。と言ってもキュウリくんには担当を渋られたから、担当を決める役を任せただけだけどね」


「っ…………!!!やはりか。よりによってスバルを……」


 絶句する未桜。事態は最悪な方向に向かっているかもしれない。そう思えてならない。未桜は今ある情報で状況を俯瞰的に見る。


(極秘任務と党夜のブッキング、偶然か必然かは判断できない。しかしそれをこいつが利用しようとしていることだけは解った。だからこそ、この重要な任務をスバルに託した。この男の懐刀。どんな任務でも必ず遂行してみせる銀の弾丸の秘密兵器。チッ、状況が悪すぎる)


 男の口から聞かされた一人のメンバーの名。昔から同じ組織のメンバーでありながら、数えるほどしか顔を合わせたことがない青年のことを思い出す。


(そういえば、涼子の素性を洗ったのもスバルだったと真冬が言っていたな。すぐにまた違う任務で遠征していると勝手に思っていたが、まだこの辺にいたのか。それとも……)


 未桜たち古参である銀の弾丸のメンバーでさえ、キュウリと呼ばれる男について知ることは少ない。しかし相当出来る男である、というのが共通認識だ。未桜と対峙している男以外に、その男と親交が深いのが水無月桃香。党夜の担任である水無月玲奈の妹であることも知られている。


 しかし男の情報はその程度だ。目の前の男も桃香もキュウリと呼ばれる男について多くを語らない。語らないように言われているのか、それとも自主的に語らないようにしているのかさえも謎。


 謎とは時に人々に恐怖を与える。人は知ることで安心を得る。自分の知らない未知のものに恐れ、恐怖する。見えないものに恐怖することと似ているかもしれない。


 つまりキュウリ、またはスバルと呼称される人物について語りたがらないのもまた真。謎であり、その上実力も兼ね備えている。そんな取り扱い説明書のない器具には触れようとしない。下手に触れて怪我を負うのを恐れて。


 未桜もまたその一人であった。


「だからね、話し合うも何もキュウリくんに連絡する術がないんだから無理だよね。全く彼には困ったものだよ」


(なら少しでも困った素振りを見せろ、このペテン師が!)


 心の中で悪態をつく未桜。完全に冷静さを欠いている。男に対する感情を上手く制御できずにいる、


「なら話し合いはなしだ。私もこの任務に就く。それで党夜の安全を確保できるなら安いもんだ」


「え?でもコマツナくんはサクラくんが長期休暇を取るって言ってたけど?任務受けるの?」


「それはこの一件を知る前に決めたことだ。知ったからには見てみぬふりなど出来ない」


「う~ん。困ったな。サクラくんが参加するまでも、完全に飽和状態なんだよね」


 顎に手をやり悩む素振りを見せ、やんわりと未桜の意見を拒否する男。断られるのは未桜は読んでいた。そして次の一手を打つ。


「そうか。だったら任務はいい。その代わり、約束通り休暇を頂く。あとは私のプライベートだ。流石に私用までは口出ししないだろうな?」


 一度無理な要請をした後、それよりも安易な案を提示し、妥協を引き出す。よく行われる交渉術の一つだ。


「はぁ……いつからこんなにもサクラくんは頑なになったのかな……」


「お前の卑屈さに比べればマシだ」


 しかしそれでも顔を縦に振らない男。


「なぜそうまでする?君らしくないな。いつもの君なら効率を重視するはずだよ?なのに今回に限ってはえらく直情的だ。言ってしまえば非効率極まりない。感情に流されている気がする。そんなにも弟子が可愛いかい?」


 男の指摘は正しい。図星だった。未桜自身もそのことには気付いていた。本来効率を取るのであるならば、少しばかり危険なことが起きたとしても、それを対応することで経験として身体に身につく。さらに緊張下であればあるほどいい。


 先日、党夜が初めて能力者と相まみえたことがいい例だ。未桜の教えを守りながらも、その場その場で対応し、結果的に相手を退けることに成功した。成功しても失敗しても、その経験は必ず己の糧となる。経験できるものならした方がいいに決まっている。なんせ修行するより効率的なのだから。


 しかし命が関わってくるのなら話は別だ。いくら実戦で経験を積もうと死んでしまえば何の意味がない。ハイリスクハイリターンとはこのことだ。それほどまでに今回の件について、未桜はそのリスクを危険視している。


(何せこいつが一噛みしてるんだ。それに保護対象もきな臭い。新人の党夜が絡んでいい事案ではない。急ぐ時期じゃない。経験なんてもう少し鍛えてからでも遅くないんだから。それに党夜はまだ……)


「ほら、またそうやって感情的に物事を考えているね?顔を見れば解るよ。長年の付き合いだからね。そしてそれは君も同じだろ?この状況で俺が引かないことを君よく知っているはずだ」


「だが、今回は違う。引いてくれ。まだ党夜は未熟だ。発展途上なんだ。高校生の喧嘩じゃないんだ。命と命のやり取り。能力者との戦いはそうだろ。それなのに能力者としては駆け出しで、しかも能力が使えない党夜には荷が重すぎる。この前のことだって本当なら避けて欲しかったぐらいだ。それこそ過負荷だ。無茶すぎる」


「はぁ……話にならないな」


 未桜の弁を男は軽く切り捨てる。


「なん、だと……!?」


「御託もいいところだよ。それならば素直に(こうべ)を垂らし願いを乞う方が幾分か俺の心に響く」


「ふざ、けるな……ふざけるなよ!!」


 未桜はこれまで溜め込んだ怒りを露わにする。整った顔に青筋が浮かぶ。怒りが込み上げて、ダムは決壊した。今すぐにでも目の前の男を殺してもおかしくない。それほどまでに姉川未桜は怒り狂う。しかしそれは。


「ふざけているのはお前(・・)だ!未桜(・・)!」


「………っ!!!」


 急激に室内の温度が下がる。いや、下がったかのように錯覚する。未桜は全身が強張るったのが解った。怒りで身体に帯びていた熱も徐々に引いてゆくことも。


 男はさっきまでおちゃらけた男とはまるで別人だった。未桜のことをサクラくんとは呼ばず、名前で呼んでいることがそれを物語っているだろう。


 目の前で鎮座する男の眼に光はない。どこまで行っても光の見えぬ闇。冷酷で、冷徹で、冷え切った眼をしていた。背筋が寒くなる。


 男から放たれる圧力に未桜は見動きが取れない。足が地面に貼り付けられているかのように、押すも引くも出来ない。腰を抜かすことすら許されない。それほどに目の前の男は異質だった。


「見ない間にお前も言うようになったな。強気なお前も嫌いじゃない。だが時と場合は弁えろ。俺がダメと言えばダメだ。そんなことも解らぬお前ではないだろ?」


 優しく説き伏せるように未桜を言いくるめる男。しかしそこには未桜を黙らせるだけの鋭さも存在した。


「そしてお前が無理するのは俺も理解している。このままお前に効率よく手を出されると困る。だからお前には明日任務が終了するまでここ、銀の弾丸の施設から出ることを禁止する。一歩たりとも敷地外に足を踏み出すことを許さない」


「なっ………!?」


 男の命令に驚きを隠せない未桜。男が言い渡したのは出禁。厳しい表現に直すならば、軟禁。男は未桜を軟禁すると言ったのだ。


「そんなこと許されるはずが……」


「許されるんだよ。俺の命令だからな。それでもお前は無理をするだろうからな。そうだな……もしお前が外に出たなら、その時はお前を殺そう。出た瞬間に命が散ることを心に留めておけ。姉川未桜という逸材を失うのは惜しい。銀の弾丸にとって大きな損失だろう。俺もお前を失いたくない。だから解ってくれ。俺の邪魔をするな」


 俺にお前を殺させないでくれ、と男は光のない真っ黒な瞳で未桜を見つめ、言った。未桜にはもう男に歯向かう気力がなかった。根こそぎ奪われた。


「解ってくれたかな、サクラくん?」


「はい……」


 既に男の雰囲気は部屋に入った時のものに戻っていた。その強弱に未桜が完全に参ってしまった。


「失礼しました」


 そう言って未桜は部屋を後にする。重い足取りでエレベーターへと向かう。


(忘れていたのか私は。あの男の恐ろしさを……何も出来なかった。クソッ……私はあいつに恐怖したのか……情けない……あいつが化物なら、あいつを動かける真冬は魔王かなにかか?まだ私では無理なのか……畜生っ)


 先程のやり取りを思い出し、悪態をつく。そしていつも笑顔の絶えない同僚の真冬を少しばかり貶す。


(とにかく私は手を出せない。だがそれだけあいつも切羽詰っているということ。やはり何かある。党夜を使って何かしようとしていることは明確だ。党夜が危険なのはほぼ確実。そして誰にも邪魔されたくないほどの何かがある。銀の弾丸のメンバーには頼れない。なら……)


 エレベーターに乗りこんだ未桜は携帯を取り出し、慣れた手つきで画面をスワイプし、ある者の連絡先を出してくる。


(あまりこいつには頼りたくなかったんだがな……緊急事態だ。背に腹は変えられない。それに今回に限っては最も頼りになるのは確かだ。癪だがな)


 意を決した未桜は発信ボタンを押す。耳元で鳴るコール音を何度か聞いた後、呼び出し相手が電話に出た。


「姉川未桜だ。久しぶりだな」


『珍しいな』


「少し頼みがある」


 未桜は電話相手にそう切り出すと、順序立てて要件を告げた。そして全て説明し終えた後。


『解った』


 電話相手はそう一言言い残すと、それ以上何も言うことなく電話を切った。


「これで一矢報いることができるか……お前の好きなようにはさせん」


 悪い笑みを浮かべた未桜を乗せたエレベーターは地上へと降りていった。








読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです


第33話は土曜日18時投稿予定です

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