第29話 聖との会合
「ふぅ………疲れたぁ」
ミランダ率いるシスター軍による豪勢な夕食、中華料理の数々を満足いくまで胃袋に詰め込んだ党夜。その後みんなと談笑しながらダラダラ過ごし、現在党夜は銀の弾丸地下施設の大浴場に来ていた。
大浴場と言っても規模は様々であるが、ここに設けられたものは一線を画していた。一般的な大浴場にある何十人も入れる大浴槽はもちろんのこと。岩風呂、電気風呂、噴水式泡風呂、サウナも当然のようにあり、一際目立ったのは五右衛門風呂。
中々バラエティーに飛んだ造りになっている。設計主が如何に風呂に拘ったか解る。そして地下であるにも関わらず、設計主の要望通り造ってしまうのもまた凄いことだと解る。
因みに男湯と女湯は別れているのだが、混浴風呂というのも存在する。誰得と言われればその通りなんだが。なぜならここの利用者は銀の弾丸のメンバーに限られる。そんな中わざわざ混浴に入りに来る女性メンバーがいるだろうか。いやいない(反語)。
そんなわけで党夜は全身洗い終わり、すべての風呂を一通り満喫した後、泡風呂で落ち着いていた。
「ホントどこ見てもすげえアジトだな。どんだけ金かかってんだよ」
少しの賞賛とほんのちょっとの呆れ。そしてこんな施設を立ち上げた銀の弾丸の頭への憧れ。男として少年時代に持った秘密基地への夢は心の隅にあるだろう。党夜も例外ではなかった。決して口には出さないが。
「湯加減どうすっか?」
「え?」
独り言に対する返事に驚きつつも背後を振り返った。そこには。
「聖か。驚かさないでくれよ」
「党夜が勝手に驚いただけっすよ」
大浴場に入ってきたのは八頭葉聖。銀の弾丸で党夜の先輩に当たるものの、年齢はほとんど変わらない、らしい。それ以外、聖の情報を党夜はまだ知らない。
「驚くだろ普通。いつから?」
その疑問は正しい。党夜はゴールデンウィーク初日にも関わらず、昼頃からここ銀の弾丸の地下施設に赴き、修行していた。修行の合間、何度か中をブラブラしたが聖と会うことはなかった。夕食の席でも見かけなかった聖がここに来るなど予想する方が難しい。
「さっき帰ってきたとこ。ついてなんで、久しぶりに大大大浴場でも寄っていこうかなと思っただけっすよ」
「仕事か」
「そんなとこっす」
そう言うと聖は党夜の横に腰を下ろす。やはり聖とて組織に身を置くだけあって身体は鍛えているようだ。ムキムキとまでは言わないが無駄な脂肪がない引き締まった身体といえるだろう。党夜もここ最近運動量が増えて聖に負けず劣らずの体付きになっている。
「にしてもすごいっすよね」
「だよな。こんな風呂これまで見たことねえよ」
「いやいや風呂のことじゃないっすよ。党夜のことっす。党夜は変わり者だなと思っただけっす」
「どこがだよ」
いきなり変わり者だと言われて、心外だと言わんばかりにツッコむ党夜。
「別に変な意味じゃないっすよ。ただ俺からすれば姐さんにしごかれるなんて考えられないってこと」
「そういうことか。確かに今日は死にかけたけどな」
「それ、変わり者以外何者でもないっすね。強いて言うなは変人?」
「それ印象悪くなってね?」
苦笑いしながら湯に浸かりながら天を仰ぐ党夜。因みに上を見ても天井しかない。などと話しながらこの機会に訊きたいことを訊こうと党夜は話を進める
「でもさ、銀の弾丸でやっていくには少なからず力が必要だろ?なら特訓、修行は必須じゃないか。俺は姐さんに見てもらえて良かったと思うけど……」
「まあ、将来的にはそうかもしれないっすけど……姐さんはねえわ。だから好き者というか何というか」
「そういう聖は誰に?」
党夜は銀の弾丸について常々疑問に思っていたことが幾つかある。銀の弾丸の活動についても謎が多いが、それよりも銀の弾丸の構成メンバーについてだ。
党夜がこれまで出会ったのは古夏真冬、姉川未桜、水無月桃香、七瀬涼子、八頭葉聖、ミランダらのシスター軍団、能力孤児の子供達だけだ。
初期に比べればかなり顔見知りは増えたものの、未だ全貌が見えないのがこの銀の弾丸という能力者集団である。そもそもシスター達と子供達は非戦闘員であり、戦闘員だけで見ればまだ5人しか知らない。
「俺っすか……そうっすね……分類するなら俺は独学っす」
「一人で、ってことか?」
「もちろん能力や能力者についての知識は元々あったから教わることもなかったのもあるし、過負荷粒子は姐さんにちょろっと説明受けただけっすね。修行やらは見てもらわなかったっす。そもそも俺も水無月さんと同じく正確には戦闘請負人じゃないっすから」
「それって……?」
「まだ説明受けてなかったっすか?なら教えるっすよ」
と言ってこれまで同様軽い口調で説明を始める聖。その説明を完結に纏めると以下の通り。
この銀の弾丸のメンバーは大きく分けて2つのグループに分かれる。戦闘員と非戦闘員。分かりやすくいうならこれは戦える人と戦えない人。
戦闘員は未桜や聖などの任務を請け負うメンバーのこと。非戦闘員はシスターや子供達のような任務に向かない、戦闘を行えない、幼いなどの理由があるメンバーのことを指す。
そして戦闘員の中にも二種類に分けられる。近接型と遠距離型。これも分かりやすく言い直すならば、直接戦闘する者とそれを掩護する者となる。
近接型は未桜など。遠距離型は桃香など。今回の話を踏まえれば聖も遠距離型に所属することになる。
この分け方は主に能力に依存する。敵対する相手に対して直接行使または執行出来る能力ならば近接型に。近接型を掩護するような能力ならば遠距離型に。といったみたいな感じで大雑把に分けられる。
「……ってことっすね。党夜は完全に近接型決定ってわけ。姐さんのしごきは避けて通れないわけっすよ」
「なるほどな……」
人それぞれ特技があるように。能力者にもそれぞれ異なる能力が与えられている。それに見合った行動を取るのが自然である。適材適所とはこのこと。役割分担は重要だ。
わざわざ自分に適さないような真似をすることは無駄とまでは言わない。弱点克服だって時には必要だろう。だが、何よりも長所や他人よりも優れている点が優先されるのではないだろうか。
これは日常生活でも同じことが言える。学校、仕事場、家庭内など自分に適した役割があるだろう。別にそれは能力者だからというわけではない。しかし、こと能力者との戦いとなるとその役割分担が肝になったりもする。
例えば、涼子のように電気療法に応用できる能力があるにも関わらず、最前線で戦闘に参加するよりも後衛で前衛の掩護をする方が効率的であり、治療できるメンバーが後ろに控えてるだけで戦闘をするメンバーからしたら支えにもなる。
それに戦闘向けの能力をもって後衛で掩護するのは非効率。もちろん、遠距離火力として発揮する能力だってあるだろう。しかしそれは近接型に含まれ、距離を取って戦うことに過ぎない。最も完結に纏めるなら、戦闘向けの能力か否かである。
つまり聖は桃香の魔眼同様、戦闘向けではない妨害や索敵などの掩護系能力だということだ。
「聞かないんすね」
「もうあらかた訊きたいことは聖に答えてもらったが?」
「ホント徹底してますね。ルーキーの能力者とは思えないっす。ルーキーなら普通訊くっしょ。俺の能力は何か、って」
またもや党夜と聖の話が噛み合わない。それもそのはず。党夜は相手の能力を訊くことはタブーだと担任の水無月玲奈に教えられたからだ。先生の忠告は守る賢い生徒だったに過ぎない。というより玲奈の教えは絶対だと刷り込まれている。党夜に限らず玲奈の担当しているクラス全員が。
「タブーなんだろ?なら訊かないよ」
「でも知ってて損はないっしょ?」
「は?お前が損するだろ?」
「いやいや………ハハハ面白いこと言うんっすね」
水掛け論になりかけ笑う聖。しかし直ぐ様空気が変わる。湯船に浸かっているにも関わらず、党夜は背筋が寒くなったのを感じた。
「もしかして俺の能力を訊いてリークする予定でもあるんっすか?」
笑ってはいる。しかし聖の目は少しも笑っていなかった。寒気を感じた正体がそこにいた。これまでおちゃらけた姿しか見てこなかった聖からは想像もつかなきほど真剣で冷酷な眼。党夜は初めて八頭葉聖という少年の一端を見た気がした。
「ハハハ………冗談っすよ」
「…………」
「そんな怖い顔しないで欲しいっす。誰も党夜のこと疑ってないっすから。そもそも裏切り者になるやつなら古夏さんの選定に引っかかるはずないっすから」
それに、
「どっちかというと俺らの情報を持ち出されるより、党夜と党夜が持ってるDoFの能力が他の奴らに渡る方が銀の弾丸としては打撃なんすよね」
現金な話っすけど、と付け加える聖。確かに銀の弾丸に勧誘された大きな理由は党夜がDoFの能力を引き継いだ移し鏡だったからだ。
「それに俺達はみんな党夜の能力を大まかに知ってるんっすよ?なら党夜も俺達の能力を知るのが筋ってもんでしょ。違うっすか?」
「確かに」
党夜は考えてもなかった。これまで相手のことばかりで自分に焦点を当てたことがなかった。まだどこかで主観的になりきれてなかった。客観的に、というよりも他人事のように扱っていたのかもしれない。
なんせ党夜はDoFの移し鏡だ。凶悪な第一世代とも言われる能力者の能力を受け継ぎし者。有名であり能力者で知らないものも少ない。それはつまり能力も全貌とまでは言わないがある程度知られているということ。タブーなんて通用しない。有名になれば情報が出回るのは世の常だ。
「まあ党夜の心掛けはいいと思うっす。敵を騙すなら味方からとまではいわないっす。仲間内で情報の共有もいいっすけど、時にそのことで足元掬われることもあるのも事実。能力の中には相手の思考を読むみたいなのもあるだろうし、お互い知らない方が得な時もあるっす」
そう、能力は能力者の数だけ種類があるといえる。それこそ小説やアニメの中で見るようなポピュラーなものからマイナーなものまで多種多様だろう。警戒し過ぎるに越したことがない。
「因みに姐さんに能力は知ってるんっか?」
「まだ教えてもらってないな」
銀の弾丸に加入してから最も長い時間を過ごしているのは真冬ではなく未桜だろう。ゼロの状態からここまで鍛えてくれたのは未桜なんだから。しかし党夜は未桜の能力をまだ知らない。
「そうっすか。まあビックリすること請け合いっすよ、姐さんの能力は。そのせいで肉弾戦に拘ってる部分も無きにしもあらずってことっすから」
「そうなのか?」
「俺はそう睨んでるっす。確かに能力者との戦いは能力だけでなく過負荷粒子を用いた肉弾戦も大事っすけど……姐さんあんま能力使いたがらないっすから」
「なるほどな……」
これまで涼子はもちろんのこと、真冬の能力の一端も垣間見た。しかし未桜だけは能力の断片すら見せたことがない。聖の話から察するに隠しているというよりも見せたくないという意味合いが強そうだ。
「まあそこまで党夜がタブーを気にするなら無理には言わないっすよ。無理強いはなしの方向で。そう遠くない未来にネタバラシする機会がやってくるはずっすから」
逆上せそうなんでお先に、といって聖は立ち上がり浴場から出ていった。なんだかんだで党夜が聖とここまで話したのは初めてのことだった。というよりも初めて会った時に挨拶した程度の面識しかなかった。
「曲者だらけだな、銀の弾丸は……」
ブクブクと顔を湯につけ考えに耽る党夜だった。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「おじさん、これ外して」
少女の声が小さく薄暗い小部屋で木霊する。年相応のソプラノ声が部屋の中に響く。
「ゴメンな。それは出来ないんだ」
おじさんと呼ばれた男が申し訳なさそうに謝罪する。親戚の子供のおねだりを諌めるような口調で。
「ほら口を開けて。あ~ん」
「自分で食べたい」
「ゴメンな。それも出来ないんだ」
「おじさんのケチ」
本当に親戚のおじさんと子供のようなやり取りのようだ。だが決定的にそれとは違う。それはこの場所と少女の身なり。
「それにおじさんって歳でもないんだが」
「だって見えないもん」
「それもそうだね。おじさんが悪かったよ」
「悪いと思うなら助けてよ」
少女の懇願。しかし少女も解っている。自分の主張は無理難題だと。目の前にいるおじさんを困らせたしまうだけだと。二度目はない。すでにチャンスは過ぎ去っていた。
「本当にゴメンな」
男には謝ることしかできない。そういってスプーンで掬い上げた液状の食べ物を少女の口へと運ぶ。
「シチュー美味しい」
「それはよかった」
少女の無垢な笑顔に男は胸を締め付けられた。仕事とはいえ良心が傷んだ。なぜこんなことしなくてはならない。どこで間違ったのか。男には分からなかった。仕事でこれまでもっと酷いことをした自覚はある。他者を貶めるなんて日常茶飯事だった。
しかしこれは違うと男は思う。何か一線を超えてしまった時の罪悪感が溢れだす。こんな感情を持つ資格など自分にはないと解っているものの思わずにはいられない。色んな感情に板挟みにされながら、男の心は疲弊していた。
助けてやりたいけど出来ない自分が情けなく、しかし自分ではどうしようもなくて。これ以上少女を傷つけないためにも、現状維持という選択しか選べない自分を許せなかった。
「おじさん、おかわり」
「ああ。あ~ん」
「あ~ん」
様々な感情が交錯するも男は口には出さない。ただ指示通りに動く傀儡となっていた。男は少女がシチューを食べ終わるまでゆっくりとスプーンを動かし続けた。
そして少女が食べ終わると男は部屋を後にする。話し相手になれるのは食事の時と水分補給の時だけ。終われば速撤収が命じられていた。少女は一人狭く暗い部屋に残された。
「それもこれも明後日までだ。辛抱してくれ」
男は己に言い聞かせるように何度も何度も同じ言葉を口ずさんだ。例え罪深く、清算しきれないものだとしても。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
第30話は土曜日18時投稿予定です




