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第28話 殺気は本気?

 



 すでに夕刻。室内ならまだしも地下に設けられているこの多目的訓練ルーム内では完全に日の光というものが入ってこない。夕焼けに染まることはないが時間は同じく進む。


 休憩を挟みながらも、党夜と涼子は発勁の習得のため組手式による訓練が続けられていた。二人の訓練風景を子供達が羨望の眼差しで見ていた。この地下施設で暮らしている子供達ではあるが、間近で訓練の様子を見る機会が多いわけではない。むしろ稀なことである。興味を示すなという方が難しい。


 ワァーキャー騒ぎながら、時には未桜が子供達の質問に答えながら夕方まで見学をしていた。そして、夕刻も迫りシスターミランダが夕食の準備のため子供達を連れてこの場を去った。その準備の手伝いを、と涼子もついていった。


 子供達はまだ見ていたかったらしく、抗議をしたがミランダの一喝で無かったことになった。どこの子も先生は怖いらしい。たいうよりもミランダを怒らせたら怖いと党夜らも知った。


 そして現在、この多目的訓練ルームには党夜と未桜の二人しかいない。



「今は私とお前の二人っきりだ」


「そうですね」


「身体の方は大丈夫か?」


「まだいけますよ」


「それは良かった」


 未桜はそう言うと、その場で軽く準備運動を始めた。


「どうだ。見てるだけでは退屈だったからな。私と実戦をしてみないか?」


「実戦?訓練じゃなくて?」


 いつもとは違う言い回しだったので聞き返すと党夜。準備運動を終えた未桜は不敵な笑みを浮かべ答える。


「実戦は実戦だ。男ならたまには本気を出したいだろ?」


「言ってる意味が……」


 未桜の伝えたいことがいまいちピンとここない党夜。そんな党夜姿をみかねた未桜は目つきを変える。


「本気でやろうてことだよ、党夜」


 そう言うよりも早く未桜は過負荷粒子を身に纏う。量も質も濃度もまだまだ素人の党夜では到底届かない域にある未桜の過負荷粒子。


「なっ……」


 しかし目の前にいた未桜はこれまで党夜が見てきた未桜ではなかった。これまで見てきたのは偽物だったと言われても信じてしまうほどに劇的で。見惚れてしまうほど綺麗で。敵わないと相手の心を一瞬で打ち砕くほど圧倒的で。


 ここまできてようやく解った。これが姉川未桜の本気であると。


「とりあえずこの辺でいいか。どうだ?闘争心に火はついたか?」


 言葉の節から伝わるのはこれが全力ではないということ。全力ではなくても本気ではある。


「最近生温い任務ばっかりだったから本気で殺り合うこともなかった。党夜、以前こんなことを訊いたよな?「姐さんはどれくらい強いんですか」って」


「………」


「答えをその身体に直接教え込んでやろう」


 党夜は言葉が出ない。訓練は厳しいし、口が悪いのは短い付き合いだが知っていた。しかしここまで好戦的な未桜を見たのも初めてだった。


「本気でかかってこい。本気で私を殺すつもりでな」


「殺すって……」


 明確に発せられた殺すという単語。テレビや漫画の世界でしか知らなかった言葉が党夜に向けて発せられる。


「いいか党夜。お前はもう銀の弾丸のメンバーだ。うちは仲良しグループなんかじゃない。すでに能力者(こちらがわ)に足を踏み入れたんだ。それもDoFの移し鏡という爆弾を背負ってな」


 一区切り置いて、未桜は再び口を開く。


「今はまだ殴り合いで済むかもしれない。でもな、事態は刻々と進んでるんだ。いつかお前は能力に目覚める。そうすればもう後戻りは出来ない。本機の殺し合いが始まる」


 ゴクリと党夜の喉が鳴る。


「今すぐにとは言わない。まだ能力者としては素人で初心者だ。でもいずれその時はくる。絶対にだ。だからこそ予行演習が必要だ」


 言い終わると未桜はゆっくりと腰を下ろし、戦闘態勢に入る。と同時に凄まじいプレッシャーが党夜を襲う。


(なんだこれ……全身がピリピリする……過負荷粒子だけじゃない。これはまさか殺気?)


 党夜は直感した。未桜から放たれる恐ろしいほどのプレッシャーの正体は殺気であると。目の前にいる党夜へと向けられた殺意の塊なんだと。未桜の殺気に晒され身体が強張る。


「私はお前を殺すつもりでいく。お前も私を殺すつもりでかかってこい。でなければ死ぬぞ?」


 開始の合図はなかった。いや、未桜が腰を下ろした時点で始まっていたのかもしれない。


 二人は直線距離にして7〜8m離れていたにも関わらず、すでに未桜は党夜の目と鼻の先まで迫っていた。


 未桜は過負荷粒子で覆われた右拳を全力で振り抜く。咄嗟に党夜は顔の前で腕をクロスにし防御態勢に入る。もちろん過負荷粒子を両腕に集中させることも忘れない。しかし。


「きちんと視なくていいのか?」


 未桜からの忠告の意味を理解するより前に、党夜は吹き飛ばされていた。途轍もない速度で吹き飛ばされた党夜は受け身を取る間もなく、壁へと叩きつけられる。


「がぁっ……」


 党夜は未桜の拳に纏っていた過負荷粒子をきちんと視ていた。その上で相手の加速度なとで上乗せされる運動エネルギーを考慮し、過剰防衛をした。本来ならばこの攻防なら党夜は未桜の拳を受け止めることができたはずだ。


 しかし結果はこの有り様だ。理由は単純明快。党夜が腕をクロスし自分で自分の視界を奪った後、未桜が拳の過負荷粒子を上乗せしたからことに起因する。だからこそ、あの忠告。


「ハァ……ハァ……」


 何とか立ち上がり態勢を立て直そうする党夜。先程の一回の攻防で両腕の感覚がすでにない。未桜の重たい先制攻撃で痺れてしまっている。痺れた両腕に意識が行く。本能に近いこの行為は仕方ないと言えば仕方ない。だがこの状況では悪手、いや死そのものかもしれない。


 両腕に意識をやり、未桜から意識を逸らしたその瞬間を未桜が見逃すはずがない。これまた瞬時に党夜との距離を詰め、次に繰り出されたのは膝蹴り。しかもそれに党夜が吹き飛ばされた距離を詰める助走が加わる。


 党夜が顔を上げた時には脅威が真下から襲いかかっていた。党夜の顎を正確に捉えた飛び膝蹴り。最後の踏み込み時に震脚を行っており、擬似発勁による威力の付加。党夜の顎を粉砕するには十分すぎるものだった。


ゴリッ


 骨が砕ける音が党夜の神経を逆撫でる。反射的に過負荷粒子を顎一点に集中させることで粉砕は免れたが、顎の骨にひびが入ったのは間違いない。


 そして党夜は再び壁へとは叩きつけられた。顎に加え、二度背中を強打。二回の攻防だけで党夜の身体へのダメージは深刻なものだった。党夜が本気になりきれなかった事がこの結果を誘ったのだ。


「どうだ?痛いだろ?少しは死への恐怖を味わえたか?」


「………」


 未桜の問いかけに党夜は答えない。立ち上がりはしたが俯いて応えない。党夜の顔色は伺えない。


「死にたくないのなら死ぬ気でこい」


 未桜は言葉ではなく、行動で示した。効率を重視する未桜だからこそ選んだ選択。決して党夜が嫌いで憎くてこんなことをしているわけではない。未桜だって仲間を痛めつけることはしたくない。


 しかし、これはしなくてはならない通過儀礼なのだ。これまで何事もなく平穏な日常を過ごしていた党夜だからこそ通らなければならない通過点。


 能力者同士の戦闘で死はすぐそばにある。敵はこちらに情けや容赦をしてくれるとは限らない。する方が珍しいくらいだ。


 ならばいずれは命と命の取り合いに発展することもある。銀の弾丸でも命を奪うことは推奨していない。可能な限り相手の命を奪うことなく任務を遂行するのが通例になっている。だからといって相手が同じルールで戦ってくれるか?それは極めて否。


 だからこそ仲間内で共有しなければならない。戦うということはどういうことなのか。能力戦とはどのようなものなのか。言葉で解らないのなら身体と身体をぶつけ合い意思疎通を図る。


 人生にやり直しは効かない。リセットボタンはないのだ。仲間が道を踏み外さないように。これからも共に戦い続けれるように。それが人生の、そして銀の弾丸の先輩として教えてやらねばならないと姉川未桜は考えている。


 その志があるからこそ嫌われ役はかってでる。仲間を失わないためにも……


「ふっ」


 党夜が笑う。


「ふっふっふふふっ」


 その笑い声は徐々に大きくなる。


「ふっふっふふははははっははは」


 終いには腹を抱えて笑いだした。


「流石にやりすぎたか……」


「ははっ……違うよ、姐さん」


「っ………!?」


 すでに笑い声は止み、そして党夜は顔を上げる。


 未桜が見たのは党夜の笑顔だった。自身の身体が強張るのを未桜は感じた。目の前の少年に恐れを感じている。


(なんでこの状況でそんな笑みを浮ばられる……?)


 未桜の疑問は党夜の口で解消されることになる。


「やっぱり凄いですよ姐さんは。段違いっていうか、桁違いっていういうか……これまでの訓練では見せてくれなかった姐さんの片鱗を垣間見れて良かったです」


 脈絡のない言葉に未桜の頭に疑問符が生じる。党夜はそのまま続ける。


「でも。やっぱり。それでも。俺は姐さんを殺す気で戰うなんて無理です」


「まだそんな甘いことを……」


 つい反射的に反応してしまう未桜。解っている。自分だって解っているはずなのに。


「俺甘いですよね。あの人(・・・)にも散々言われましたから、これでも自覚してるつもりです。でも出来ないものは出来ないです。それに甘いのは姐さんも同じでしょ?」


「なっ………」


 姐さんのことなら解ってますよ、と言わんばかりにニヤリと笑う党夜。党夜は気付いていた。


「その代わりといってはなんです……」


 党夜は全身からありったけの過負荷粒子を放出させる。


「全力で姐さんに勝ちに行きます!」


「ふっ。やはりお前は面白いやつだな、党夜!」


「お褒めに預かり光栄です!」


 今度は仕掛けたのは党夜からだった。未桜との会話の間に両腕の痺れはほとんど引いていた。右拳を未桜の顔面目掛けて全力で打ち出す。未桜は避けることはせず、真っ向から受けに入る。


 未桜は防御の姿勢を見せたことで、党夜は口角を釣り上げる。右左右左と怒涛のごとく攻撃の手を緩めない。攻撃こそ最大の防御を体現した党夜の攻撃に未桜は攻めあぐねていた。手を抜くことのない猛打で未桜は後退しながらその都度威力を逸らす。


(チッ……さっきのダメージはどこにいったんだ?)


 党夜のそれは顎への強打などでダメージを負っている者の動きではない。だからこそ未桜は動揺する。自分が見てきた教え子の成長ぶりに。


 党夜の攻と未桜の防で膠着状態になったと思いきや、ここで仕掛けたのはまたもや党夜だった。どれも全力の攻撃だったからこそできる、相手の意表を突く選択。それは全力の一撃から繰り出されるフェイント。歴戦を繰り広げてきた未桜をも騙す完璧なフェイント。


(しまった……!!)


 党夜の動きを見て未桜は直感する。これはマズイと。


 全力の一撃からのフェイント。しかしそこで終わらない。そこから踏み込みまでが一連の動作となった。それは未桜が二人に教えた発勁へと至るそれだった。


 未桜は先までと同様に前からの攻撃を受ける姿勢。ならば党夜狙うは前ではなく死角となった下から蹴り上げ。拳ではなく足による発勁だったことも未桜の意識を逸らした結果となった。


ドンッ!!


 強烈な蹴りが顎へジャストミート。奇しくも同じ顎への強襲となった。


 未桜は咄嗟に顔を党夜の蹴り上げの軌道上に動かすことで威力軽減を図るも流石に完全に逸らすことは叶わなかった。が後ろに飛ばされるも受け身を取ることには成功した。


「ふっ、女の顎を狙うか普通?」


 笑いながら未桜は党夜に問いかける。顎へのダメージはあまりないが、衝撃で脳が揺らされたようだ。


「本気で来いといったのは姐さんですよ?お返しです」


 党夜も笑って答える。会話の節々で党夜は顔を顰める場面もある。顎の痛みが引いていない証拠だ。


「まだやるか?」


「もちろん!まだこいつの借りを返しきれてないですからね」


 未桜の問いかけに対し、顎を指差し党夜は答える。


「後悔するなよ?」


「やらずに後悔よりやって後悔ってやつですよ!」


 二人は同時に踏み込み、共に攻撃を仕掛けた。





〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜




「下顎骨と肋骨2本の骨折に右足の打撲。無理しすぎです」


「ごめんなさい」


「御免で済んだら警察は要らないんですよ?」


「はい……」


 党夜と未桜の殺し合い?の末、党夜が負った負傷がそれである。もちろんそれは主だったものであり、かすり傷なども含めればキリがない。これだけ負傷しながら党夜は善戦したものの、やはり未桜に勝つことができなかった。しかもまともに入ったのはフェイントからの蹴り上げの一発のみ。まだまだ未桜は遠い存在のようだ。


 そんな党夜はさっとシャワーで汗を流した後、食堂へ来ていた。食堂へ入ってきた党夜を見た涼子はすぐに駆けつけた。シャワーで血は洗い流したのも関わらず、涼子は党夜がかなりの負傷を負ったことを見抜いての行動で。そんな涼子の第一声は。


「党夜さん!そこに座ってください!すぐにです!」


 であった。圧倒された党夜は素直に涼子の指示に従い椅子に座る。涼子は隣に座り治療を始める。涼子は己の電気系統の能力を攻撃というよりも治癒の方面に使うことが多い。


 そのため医療知識も豊富である。しかもその全てが独学。そしてその治癒力は真冬の治癒結界に負けず劣らずであるというのだから驚かざるを得ない。


 涼子は治療しながら食堂へ入ってきたもう一人へと視線を移す。


「未桜さんも何してるんですか!こんなになるまで……」


「いやぁな。久しぶりに燃えたというか……テンションが上がってな……つい」


「そんなはにかんでもダメですよ。それに、未桜さんに目立った負傷がないのも問題じゃないですか?」


「うむ」


 そんな感じに涼子が過度な訓練をした党夜と未桜に説教をするという型にはまったわけだ。そして15分もしないうちに党夜の治療は終わった。


「私、専属の医療スタッフとして銀の弾丸(ここ)に入ったわけじゃないですからね」


 利口な涼子ではあるが、ツンデレのテンプレートに沿った発言であることは気が付いていない。


「ありがとう涼子さん」


「ぶ、無事ならいいんですけど……」


 素直に礼を言う党夜に消え入るような返事をする涼子。頬を赤らめ、耳を真っ赤にした涼子は恋するアレである。甘酸っぱい空気が食堂に充満していく。


 そんな中、涼子の説教から解放された未桜はというと。


「ミランダ、今日の晩ご飯は何だ?」


「今日は中華。炒飯、春巻き、酢豚もあるわよ」


「それは楽しみだ」


 すでに思考は晩ご飯にシフトしていたのだった。




読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです


中々話が進まなくてすいません


第29話は土曜日18時投稿予定です

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