第26話 組手は偉大
「発勁とはどのようなものか大まかに理解してもらえたと思う。ならばここからは発勁習得のための本格的な修行を始めたい」
「「はい」」
ここは地下施設の多目的訓練ルーム。時は未桜による発勁の実演で負傷した党夜が涼子の治療を終えたすぐ後。
「そのためにはまず纒絲勁を身につける必要がある」
「さっき言っててやつですね」
党夜は先程の未桜の説明の中にその単語があったことを覚えていた。
「ああそうだ。発勁に際に必要なのはさっきも説明した通り、勁を発生させ、接触面まで導き、作用させることだ。ならば勁を発生させる過程が必ず必要となる。厳密には勁を練り、練った勁を蓄え、蓄えた勁を発するといった、これまた3つの過程が必要だ。それぞれ纒絲勁、蓄勁、発勁と呼ぶ。ここまで言えば最も大事になるのは纒絲勁になるのは分かるはずだ」
「練らねば蓄えず発せず、ですね」
「うんうん……」
未桜の説明を簡潔にまとめる涼子。これは党夜のための行動なのかは本人のみぞ知ることであるが、涼子のお陰で党夜は未桜の説明を咀嚼したようだ。
「ふっ……そういうことだ。そして私はこれまで実戦で何度も発勁を絡めて戦ってきたが、勁を練ると同時に過負荷粒子も活性化しているように思える。原理こそ解らないが、これこそ私が発勁、いや勁力に拘る理由でもある」
「つまり能力者にとって纒絲勁を行うことは理に適っているってことですね」
「少なくとも私はそう思っている。立証はされてないから私個人の意見でしかないがな」
自嘲気味に涼子の問いかけに答える未桜。自身の感覚でしかない事案だけにそれほど自信がないようだ。
「そこですまないが、もう一度説明へと戻らせてもらう。纏絲勁には内外の働きがあり、それらがひとつになって、その纏絲勁が成り立っている。つまり内側では内纏 と呼ばれる、意・気・神で導かれる内側に隠れた纏絲の運行が生じている。また外側には外繞 と呼ばれる、筋・肉・骨に由来する螺旋運動が現れてくるわけだ」
「筋・肉・骨ってのは雰囲気で解るんですけど、意・気・神ってのがよく解かんないです」
未桜が二人がついてこれているかどうか一区切りしたところで党夜が生じた疑問を口にする。
「意・気・神、または意・気・心とも言われる。心を以て気を巡らし、気を以て身を運び、全身の意は神に在って気に無し、神が気にあれば即ち滞る。党夜にとってはこれも堅苦しい言い回しかもしれんな」
「はい……」
「精神を集中させると意訳すればいいさ」
「そんなんでいいんですか?」
思った以上に簡潔な回答が返ってきたことに驚く党夜。
「その辺りは本人の感覚でしかないからな。意味さえ取り違えていなければ、一番自分が解りやすい言葉に言い換えてしまっていい」
何事においてもすべて額面通り受け取る必要がないのは、決して今回のようなことに限ったことではない。如何に自分の中にストンと落ちてくるか、頭に入ってくるか、身につくのか。そこが大事なことであり文字列などは理解出来ればいい場合が山ほどある。
「党夜の疑問が解決したところで話を戻す。纏絲勁の訓練は、意・気・神で導かれる内纏から始められなくてはならない。言うまでもないが、纏絲勁を誤解して、外側に現れる螺旋運動をどれほど真似て、腕やカラダをグルグル捻り回しても、決して正しい纏絲勁にはならない。ここが見様見真似だけでもどうしようもない点ではある」
つまり目に見える外繞を真似たところで、身体、特に腰に負担をかけるだけで全く意味がないということ。内から外へのプロセスを踏んで、初めて纒絲勁ならびに発勁が成り立つというわけだ。
「人体は関節という各ジョイントで繋がれた物体であり、如何にその連結を効果的に繋げるかが武術としては重要だ。纒絲勁というのは身体の各関節で別れた部分を一斉に統合させ効率的に運動させる技術であり、その際精神を集中し、気を捉えることだ」
口説いようだが、気とは体の伸筋の力、張る力、重心移動の力などを指し、過負荷粒子などといった超常現象の類ではい。
「そしてもう一つ発勁に繋げる手順が存在する。それは化勁から蓄勁へと移行する場合だ」
「かけい?また新しい単語が……」
ここにきてまた違う種類の勁が出てきて党夜は頭を抱える。ただでさえ発勁に関する膨大な知識(これでもほんの一部なのだが)で頭が一杯であるのに、これ以上は処理しきれないと党夜の表情が物語っている。
「案ずるな。化勁はすでにお前達が体験しているものだ」
「えっ!?」
「私達がですか?」
思ってもいない未桜の言葉に驚きを隠せない党夜と涼子。それもそのはず。化勁という単語はもちろん、意味も知らない。なのにすでに体験していると言われても思い当たらない。
「毎回もやってるだろ」
「ウォーミングアップですか?」
未桜からのヒントで、党夜はここにきて行うウォーミングアップのことだと思い至る。ウォーミングアップとは過負荷粒子の発散→収束→維持までの一連の動作を指す。
「半分正解としよう。ウォーミングアップの後にする組手式、それこそが化勁と言ってもいい。中国武術での意味合いとは少し異なるが、動きはそれに近い。お前達がやってきたことはここに繋がるわけだ」
「てことは姐さんが組手式を取り入れたのはこのため?」
「それもまた半分正解だな。確かに勁への取り組みの先駆けとしてでもあるが、単に組手を通して肉弾戦への慣れを身につけて欲しかったのが第一だ」
「姐さんはそこまで……」
「すごいです」
ウォーミングアップ一つ一つに大切な意味があった。そのことを実感させられた党夜と涼子は感心せざるを得ない。未桜によってここまで練られた訓練だったなんて誰が想像できたのだろうか。
「そんな大層なことではないさ。ただ私は効率を最優先した。これはその結果に過ぎない」
そう。効率よく実戦で戦えるように。そのために効率よく訓練する。今回の場合、後に発勁へと繋げるため、そして根本的な戦闘力向上のために最も効率が良かったのが組手式であった。未桜の中にある一本の筋である効率性に則ったものがここにあっただけだ。
「まあそういうことさ。化勁とはあの組手式に集約される。相手の力を受け流したり、躱したり、あるいは吸収してしまう方法などを用いて無力化してしまうことを言い、これらの方法を総称して化勁と言われている。がそれは外見上そう見えるだけのことで本質的な説明にはなっていない。本質を言えば化勁・蓄勁・発勁の一連の流れをもって業を完結させるものであり化勁だけの動きだけを取り出すことは本質から外れるものだ」
交互に打ち出し、それを躱したり、受け流したら直ぐに反撃に出る。これこそが未桜から教えられた組手式訓練法。それは化勁から発勁までの道筋を沿っているとも捉えられる。
つまり日本武術にある流水技法に見られる受け流しで完結するものではなく、受け流しから反撃までが繋がった一連の動作になるわけだ。
「化勁は弸勁を用い、相手の攻撃を同質化、無力化する技法。また、蓄勁から発勁に至る過程で用いられるチカラおよび作用のこと。化勁とは、円弧による化で、柔らかく弸勁を内に含む力である。相手の攻撃動作を化により処理するもので、この勁の用い方には二種類ある」
「二種類ですか?」
「なに、もうお前達の動きに取り入れられているものだ。一つ目は相手の勁の方向を変え、勁を自分の身体のすぐそばを通るようにしむける。具体的方法としては、相手が正面から直線的に攻撃してきた場合、こちらは後方右、或は左斜めに化する。二つ目は相手の勁が向かう方向である勁勢に黏随して、引進落空する。具体的方法としては、相手の勁勢に合わせ及び、勁の方向に従ってこちらの勁を過不足なく用いて引進落空する」
黏随、または粘随。くっついて粘りついて随うことを指す。
「勁って運動量のことでしたよね?」
「ああそうだ。敢えて難しい表現で説明はしたが、私が言うまでもなくお前達はすでに使っている。だからこれから意識すべきは相手の動きに合わせ、利用して攻撃に転じることだ」
「合わせて利用する……」
「そうだ。これからはその点にも意識を傾け組手をしてみるがいい。勁による化勁では蓄勁へと至る過程にもう一段階あるのだが、前にも言ったが私達が目指すのは中国武術の達人ではない。これ以上複雑にし過ぎると動きが悪くなると私は思う」
厳密には未桜の言うとおり化勁の際にはもう一つポイントが存在する。
例えば相手が100の力で攻撃してきたとしよう。その場合未桜達の組手では100の力で相殺しながら受ける、または受け流していた。
しかし本来の化勁では100の攻撃に対してマイナス100の力で無力化するものだと言われている。その後、100の攻撃とマイナス100の防御で生じた合計200の力を蓄え、発勁へと繋げる。相手の動きを利用するこれが本来の型である。
今回未桜はこの説明を省いたのはマイナスの力が認識し難いものであるが故だ。中国武術はただでさえ謎、秘匿が多く解明されていない点がある。これもまた諸説あるものの一つである。
「つまり私達がすべきことは自ら勁を練る纒絲勁からの発勁と相手を利用する化勁からの発勁ということですか?」
またも涼子が未桜の説明をまとめ上げる。
「本当に涼子は要領がいいな。私の長ったらしい説明を分かりやすく簡潔にまとめてくれる」
「あっ!すいません。そんなつもりは……」
「別に責めてるわけじゃない。逆だよ逆。そのお陰でそこの馬鹿も自分がすべきことをきちんと把握しただろうからな」
未桜の発言に皮肉は一切ない、ただ未桜に馬鹿と言われた党夜の理解が追いつくようにまとめてくれた涼子に対する純粋な感謝の念だ。
「馬鹿は酷いですよ姐さん」
「間違っちゃいないだろ?涼子の補足がなければ理解出来なかったと思うが」
「っ…………もう話終わったなら始めましょうよ」
図星だったようで、この話を終わらせにはいる党夜。
「そうだな。長くなってすまないな。では涼子、今から自分達がする訓練は何か解るか?」
「そうですね……纒絲勁は一人で行えるものだから自主練習出来るので、今は組手式の中で化勁を再認識すること。ですかね?」
「全く出来のいい後輩を持てて嬉しいよ」
未桜の質問に、制作者の意図を読み取った完璧な解答を提示する涼子。やはり己の電気系能力を医学と組み合わせることに成功した涼子の頭脳は伊達ではない。
「俺だっていい後輩でしょ」なんて野暮なことは言わない。党夜はそのことが藪蛇だと直感しているからだ。情けない話である。
話が落ち着いたところに、チーンとエレベーターがこの多目的ルームの階に着いた音が鳴った。
「わぁ〜い」
「未桜姉ちゃんだ」
「涼子お姉ちゃんもいる」
「党夜お兄ちゃんも」
「お姉ちゃん達は今訓練中よ。静かに見学しなさい」
「「「「は〜い」」」」
エレベーターから降りてきたのは子供たちとシスターミランダ。子供たちはこの地下施設で暮らしている能力孤児だ。シスターらはこの施設を切り盛りしている柱的存在である。シスターらの仕事の中にはもちろん子供たちの世話も含まれており、一般教養を教えてもいる。社会科見学もその一つなのだろうか。
「未桜ごめんなさいね。子供たちがどうしてもお姉ちゃん達の修行が見たいって言うもんだから」
「私は構わない。二人共問題ないだろ?」
「俺は問題ないです」
「私もないです」
「ありがとうね。みんなもお姉ちゃんとお兄ちゃんにお礼を言いなさい」
「「「「ありがとう!!」」」」
大きな声でお礼をいう子供たち。
「子供たちが見ているが気にせず続けるぞ。では組手式を始める。発散と収束だけ行い、そこから組手に繋げる。始めはゆっくり、徐々に速度を上げるのはこれまで通りだ」
「「はい」」
「党夜と涼子が組手で交わるのは初めてだと思うが、お前達の力量はそこまで差異はない。私が相手の時と同様に立ち回ればいい。終了の合図は私が行う。相手に一撃をいれることは考えるな」
「「はい」」
「では始め!」
未桜の開始の合図で、党夜と涼子は過負荷粒子の発散と収束を始める。もう熟れた動作が故、維持の体勢までの流れに無駄が少ない。無駄がないわけではないが及第点といったところだろう。
準備が整った二人はすぐに組手へと入る。初撃は党夜から涼子への蹴り上げ。身体のバランス、重心を意識しながらゆっくりと蹴り上げられた右足を、涼子が左腕を地面からみて鉛直方向に構えて受ける。
受けたと同時に涼子は次の動きへと移行する。空いた右手で党夜の胸元へと突き出す。党夜はその間に右足を戻し体勢を立て直しつつ、迫る右拳に対して側面から左掌を添えることで運動方向を逸し、受け流す。
受け流されたことで右半身から前傾姿勢になった涼子は右足で踏ん張り、腰を旋回させ左膝を党夜の右下腹部目掛けて繰り出した。自身の右方向からの膝蹴りを確認した党夜は左拳を握り、受け流しの動きに沿って攻撃の相殺を試みる。
徐々に速度を上げながら攻防を続ける党夜と涼子。何十回もの攻防の中で、時には受け流し、時には受けきり、時には攻と攻で打ち消している。
化勁を意識するだけでなく、いつも通り相手の攻撃を視て過負荷粒子の調整も怠らない。調整を怠れば、その時点で重心移動など気が紛れることに繋がる。しかし攻防が続けられているということは、二人共誤差はあるものの過負荷粒子をきちんと視て、調整できていることを意味する。
「すげえ」
「速いです」
「俺もいつか……」
「お前じゃ無理だよ」
「そんなことないさ俺だって……」
「私もなれるかな」
「追いつけるように頑張ろうぜ」
党夜と涼子による組手を目の前で見学していた子供たちはそれぞれの感想を口にする。中にはこの動きに感銘を受け、目的設定する子もいる。
「ミランダ、お前まさか」
「未桜、流石にそれは深読みし過ぎ。私は単に子供たちが見たいって言うから引率しただけ」
「どうだか」
未桜とミランダが腹の探り合いをしているなどこの場いる他の面々は知る由もない。そんな未桜がミランダと談笑している間、党夜と涼子の組手が繰り広げられた。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです
前回同様説明口調が多い話になりました
次回少し話に進展ありかも
そんな第27話は土曜日18時投稿予定です




