第25話 発勁
「美味しい昼食も食べ、適度な休息も得たことだし。そろそろ始めようか党夜」
「はい」
昼食を摂り、ミランダらと談笑した後、多目的訓練ルームに戻ってきた党夜、未桜、涼子の三人。ここに戻る途中に更衣室に寄り、訓練用のウェットスーツもどきを着てきている。党夜達か昼食を摂っている間に、シスター達が使用済みのものを回収し、新しいものを補充してくれていたのだ。
基本的にこの訓練用ウェアは各自数枚補給され、名前が刺繍されている。数枚補給されるのは今回のように立て続けに訓練し着替えを要する場合に備えたもので、刺繍は同じ見た目なので他の人のものと区別が出来るようにするためだ。
今回は涼子も参加するので同じく訓練用ウェアを着ている。着る人の体型に完全フィットするように作られたそれは、着用者のボディーラインを否応なく表現する。もちろん未桜や涼子も例外ではない。
この二人のスタイルの良さは党夜がこれまで見てきた女性の中でもダントツで。主張の強い胸と尻と引き締まった腰回りがこのウェアを着ることで、何割増にもなる。
党夜にとって目のやり場がないとはこのこと。二人を視界に入れれば、嫌でも首より下の凹凸に視線が誘導されてしまう。
加えて党夜は見てしまっている。未桜は下着姿のものを。涼子に関しては裸体だけでなく細部の感触まで知ってしまっている。その時の情景と今目の前の風景が重なり合って相乗効果を生み出して……
「どうした?ぼーっとしているが、食べ過ぎか?」
党夜の顔をのぞき込み、声を掛けてきた未桜。その一連の行動で党夜は現実に戻ってくる。
「だ、大丈夫です。始めましょう」
「大丈夫ならいいが。ウォーミングアップはやっておくか?」
未桜の言うウォーミングアップとは過負荷粒子の発散→収束→維持までの一連の動作のことを指す。
「はい」
「では私も」
ということで党夜と涼子は共にウォーミングアップを始める。二人とも発散と収束を行い、維持の状態に入る。
銀の弾丸では党夜の方が先輩だが、能力者としては涼子の方が先輩だ。それに能力の性質上、過負荷粒子の扱いには自信のある涼子。発散と収束へのシフトが自然で流れるように行っていた。
「そこまで」
維持の状態を30分過ごした二人は未桜によってストップをかけられた。
「二人ともなかなか板についてきたじゃないか」
「「ありがとうございます」」
「では修行を行う……とその始める前に二人に質問だ。発勁とは何かしっているか?」
「はっけい?何ですかそれ?」
聞き覚えのない単語に訊き返す党夜。それに対して涼子は。
「確か中国武術のやつですよね?詳しくは説明できないですけど」
「正解だ。流石、涼子だな」
「涼子さんって博識ですよね」
名前だけは知っていたらしく、遠慮気味に答える涼子。そして感心する未桜と党夜。
「そんなことないですよ。中国武術に気功術ってのがあって、治癒関連で勉強した時についでにね」
「すごいよ」
「えへへへへ」
意中の党夜に褒めされて照れる涼子。時々見せる仕草は党夜よりも年上だということを忘れさせるそれがある。
「ゴホンッ!まず発勁について説明したいと思うが構わないか?」
涼子の出す甘ったるい空気を咳払いで払拭した未桜。
「「お願いします」」
「発勁は、中国武術における力の発し方の技術のことで、勁を発するとは即ち激しく力を発するという意味だ」
「ん?そもそも勁ってなんですか?」
「勁とは運動量のことを指す。決して超常現象の類ではないぞ。それでいうなら過負荷粒子の方がよっぽど超常現象だからな。因みに力とは違うものだと言われている。その説明はまた今度してやる」
「解りました」
党夜は質問して、疑問点を解消する。涼子はというと黙って聞きに徹している。今のところ、問題ないようだ
「続きを行くぞ。発勁とは発生させた勁を対象に作用させる事だ。特定の方法によって発生させた勁を接触面まで導き、対象に作用させる事。発勁とされているは体重の移動に拠る突き飛ばしであるが、これらは発勁の構成要素の一部であり発勁そのものではない。というのも発生させた勁を接触面まで導く工程、運勁が欠けているからである。実際の発勁は3つの工程分けられる。勁を発生させ、接触面まで導き、作用させる。これら三つが同時に進行するものが発勁だ」
「ん?」
「そういうことですか」
イマイチ要領の得ない党夜と納得した様子の涼子。真逆の反応を見せる。
「簡単に言ったら、一連の動作に沿って自分の質量を効率的に相手へと伝えるための技術ってことだ」
「なんだ、そういうことか」
そんな党夜を見かねて、未桜は掻い摘んで党夜でも理解出来る言い回しでまとめる。お陰で党夜もぼんやりと発勁について理解したようだ。
未桜にとって戦闘で最も重きを置くのが効率性。相手に対してどれだけ効率よく立ち回れるかを極めようとしている。
手を抜くのとは違う。相手の力量を見極めた上で、自分の中のどれぐらいの力で倒せるかを定め、制御しながら戦う。能力戦を想定して、相手がどんな秘技や隠し球を持っているのか分からない以上、燃料切れだけは避けないといけないからだ。
「ここからは説明をしながら見本の型を見せようと思う」
「待ってました」
「まず蹲式になる。所謂膝カックンの姿勢だ。そして気を丹田、へその辺りに落とすと共に左右の身体のバランスを調節する。気というのは過負荷粒子ではなく、体の伸筋の力、張る力、重心移動の力などを指す。また、力むと屈筋に力が入ってしまい、張る力を阻害するため逆効果だから気をつけろ」
未桜は中腰、彼女が言うところの膝カックンの姿勢を取る。
「次に身体を真ん中で割るような動きをしながら、左腕を徐々に曲げながら正面に上げていく。これに合わせて重心を右足に移していき、逆に左足をつま先立ちにする」
「何だか拳法ぽくなりましたね」
「だろ?しかしここまでは発勁を行うための準備動作に過ぎない。かといって蔑ろにはできない。各種の姿勢の要訣が守られることによりその後の体の運用法が効果的に打撃へと転嫁されるわけだ」
「「ほぉぉ………」」
未桜の動きと解説に感心と関心を示す党夜と涼子。
「ここからが大事になる。瞬間的に沈身すると共に左足を落下させ、体内の質量によるエネルギーを一旦地面より地球に送る。これを震脚と言う。身体の中からエレベーターが足の裏より抜け出て、一気に地球の中心に向かうような感覚に近いな。
結果として足を強く踏み鳴らす震脚が起こる訳だが、震脚をしてすぐに飛び出す訳ではない。この時必要なのは身体の質量が上手く体を抜け落ちて蓄積されることであり、また一旦右側に預けた身体の質量を上手に誘導する必要がある」
説明をしながら、未桜は震脚を行う。この訓練ルーム内に震脚による爆音が響き渡る。
「その後、地面からの反発力を活かして、一気に右足を進めてその運動の頂点で爆発呼吸を行う。爆発呼吸に関しては、冲捶は胸部で行う。この下方より登ってきた力を、今度は腹部の横隔膜の運動によって更に反発力を得るのである。
これは、通常の突き技が呼気による伸筋の伸張力を上手に働かせることを主眼にしているのに対して、重力に対する反発力を更に踏み台にして横隔膜を打ち当て、その反発力を拳打に利用するものだ」
因みに、ここでの動作をロケットを打ち上げるのに第一段階の噴射後、更に第二エンジンを点火し加速を得るようなものだと例えている者もいる。
「最後に右爪先が地面に付くか付かないかというぎりぎりの状態で、爆発呼吸を行いながら腰を左に切り始める。次いでその腰のベクトルを上手く右手に伝えながら右拳を伸ばしていき、右足も腰の動きに合わせて内旋させつつ着地しながら震脚する。これは纏絲勁と言う」
ここで区切ると、準備動作から今説明したところまで連続で行う。二度の震脚と右拳の突き出しの音が響き渡る。未桜は中腰のまま肩幅ほどに足が開かれ、右腕が正面に突き出された状態だ。
「あっ!よく漫画とかで見るやつですね」
「私も見たことあります」
見覚えのある型にテンションが上がる二人。
「打ち出しの際、腰の動きは下方よりの反発力を加速させるものだから、爆発呼吸は更にこの腰の動きを早める効果もある。これは実際に敵体に触れるまでは、腰は正面を向いたままであり拳が触れてから始めて腰を切り始めることになる。その結果、相手に当たってからの力積のトルクが大きくなり、高い打撃となるわけだ
この腰の回転を上手く合わせることができなければ、打撃力は激減してしまう。見た目よりも遥かに精妙なその動きになっているが故、纏絲勁と呼ばれる技術による整勁が不可欠であり、この纏絲勁により始めて全身に起こった数々の運動を拳打に集約することが可能となるんだ」
「なかなかシビアな動きが要求されるんですね」
「そうだな。何回も何回も同じ動きを繰り返して身につける他ないというわけだ」
未桜が用意した過負荷粒子によるウォーミングアップと同様、一朝一夕ではいかない。いや、それ以上に困難なものかもしれない。
「これだけではピンとこないだろうから、私が発勁を行うから党夜、お前が受けてくれ。私と向かい合わせに立て。そうだな……そのぐらいの距離でいい」
未桜が党夜に指示し、二人は向かい合わせに立った。距離にして約1〜2m。
「涼子はそこで見ていればいい。私はこの力で党夜に掌打を加える」
未桜は右腕を突き出し、過負荷粒子を握った右拳に集中させる。
「党夜、きちんと視たか?私はこれと寸分変わらない力でお前に打ち込む。今のお前ならどの程度の力か視たら解るはずだ。それを養えるだけの修行をしたつもりだが?」
「はい、姐さん。問題ないです」
「ならこれの5、いや10倍で私の拳を受け止めろ」
「10倍でですか?」
てっきりこちらも同じ力で防御するものだと思っていた党夜はオウム返ししてしまった。
「ああ、構わない。百聞は一見に如かず。視たら解るさ。行くぞ。党夜、涼子準備はいいか?」
「いつでもオッケーです」
「私も大丈夫です」
未桜の確認に党夜と涼子は元気よく答える。
確認を取った未桜は先ほど説明した発勁の準備動作に入る。蹲式を取り、左腕を正面に上げながら右足に重心を移し、左足はつま先立ちに。
滑らかに行われるこれらの動作に党夜は洗礼されたものを感じた。未桜はこの動作を幾度となく行い、熟練していたのだと。しかし党夜が捉えられたのはここまでだった。
轟!!!!!!!
震脚とその後の着地による地響き、突き出された右拳が風が切る風音、そして未桜と党夜の攻防の際に起きた爆発音。これらがほぼ同時に鳴り響く。
それらを負う様に、党夜が壁に叩きつけられる音が続く。気がつけば党夜は10m以上離れた壁まで吹き飛ばされていたのだ。
「嘘っ………」
「10倍でも到底足りなかったか」
この状況がうまく飲み込めず唖然としている涼子と自分の計算とは異なる結果に反省する未桜。
「はっ!未桜さん!未桜さん!党夜さん吹っ飛んで言ったじゃないですか!」
「悪い悪い。私としたことが計算を間違えたようだ。テヘッ」
「テヘッ、じゃないですよ!すごい爆裂音で飛んでいきましたからね!私、声も出せなかったんですよ!」
「そう、詰め寄るな涼子。あの程度でへばる奴じゃない、はずだ」
「はずだじゃないですよ、姐さん……えらい目に合いましたよ」
壁まで吹き飛ばされた党夜は重い足取りで未桜達がいる場所まで戻ってきた。左手は顔に添えられており、隙間からは鼻血が垂れてきている。
「思ったより元気そうでなりよりだ」
「どこをどう見たら元気そうに見えるんですか?右手は姐さんの掌打をまともに受けたせいで、痺れて感覚はないし。受けきれなかった衝撃が顔面を襲うわ。気付けば壁に叩きつけられるわ。満身創痍一歩手前ですよ」
「それだけ喋れれば問題ないな。すまないが涼子、手当てしてやってくれ」
「は、はい!党夜さん、座ってください」
党夜の文句を聞き流し、涼子に治療をお願いする未桜。涼子は嬉々として党夜の治療を始める。その場で座ってもらい、自身の電気・雷系能力を応用した電気療法で党夜の自然治癒力を増強する。鼻血はハンカチで丁寧に拭う。
今回は身体強化を付随させないので、“刺激的な愛情表現”は使用しない。そもそも奥の手であるそれは、燃費も使い勝手も悪い。ここぞという時にしか使えない秘技なのだ。
党夜が涼子の治療を受けている間に、二人の隣に腰を下ろした未桜が解説を始める。
「今ので分かったと思うが、10倍の力で防御したとしてもこれだけのダメージを相手に与えることができるのが発勁の最大の利点だ。しかし、これだけの威力に還元出来たのは発勁によるものだけではない」
「まだ別の要因があったと?」
「ああ、そうだ。私達は能力者だ。ならそこを利用するに越したことはない。震脚や纒絲勁の際に瞬間的に過負荷粒子で身体をブーストしてやればいい。もちろんその時に重心などにも意識を傾ける必要が出てくる分、負担は増えるがな」
未桜は発勁を行う動作の中で、身体を過負荷粒子で強化していた。そもそも打ち出しの拳にも過負荷粒子を纏っているのだから、思いつかない方が難しい。
しかし、ここで問題となるのは強化した身体下で気を制御すること。再度記載するが、気とは体の伸筋の力、張る力、体重移動の力などのことである。
ただでさえ緻密な動きが要求される発勁であるが、強化して力も速度も跳ね上がる状態で同じように気を制御できるのか。それは限りなく不可能である。訓練なしに、という但し書きが付け加えられるが。
「お前達二人にやってもらうことは大きく分けて二つだ。一つは発勁の習得。もう一つは過負荷粒子を併用した発勁の応用。これだけで接近戦闘でかなり優位になる」
「「はい」」
「私達が目指すものは中国武術の達人ではない。これは戦闘力強化の一貫として発勁の利点を吸収することに意味がある。目的を履き違えるなよ」
「「はい」」
「フッ……本当に返事だけは一丁前だな」
こうして未桜の指導のもと、党夜と涼子は発勁習得のための修行を開始した。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです
発勁に関してはかなり調べたのですが私自身もすべてを把握したわけではないので設定が甘めです
すいません
第26話は土曜日18時投稿予定です
あと3/1に短編を一つ投稿したので「まだ読んでないよ!」という方はお暇な時にでも読んでみてください




