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第24話 お色気事故

 



 更衣室。制服などに着替えて仕事や活動を行うための準備をする、または着替えの為の荷物を保管する場所の部屋のことを指す。スポーツ関連施設ではシャワールームが隣接されている場合もある。


 銀の弾丸の本拠地であるこの地下施設の更衣室もまたその一つだ。訓練や任務での汗を流すために設けられているのだ。


 因みに大浴場は別に存在する。シスターや子供達が居住しているので、更衣室のシャワールームでは何かと不便だからである。もちろん男女別であり、混浴は原則的に不可である。


 党夜は支給されている訓練用のウェットスーツのようなものを脱ぎ、設置されている脱衣カゴへ放り込み、代わりにロッカーからタオルを取り出す。脱衣カゴに入れておくとシスターさんが洗濯してくれる仕組みになっている。


 下半身を隠すようにタオルを巻いて党夜は隣接したシャワールームへ向かう。シャワールームはガラスで区切られているので、党夜は扉から一番近いところへと入る。


「冷てぇ」


 勢いよく出た冷水に思わず声を上げてしまう党夜。温水になるまで待つのはどの家庭も同じだろう。このシャワールームも例外ではない。


 温水が出たら頭から浴びる。一気に汗が流される感覚に党夜は病み付きになっている。ある程度浴びたら据え置きのシャンプーに手を伸ばす。ここにはシャンプー、ボディソープ、リンスまで揃えられている。もう一度言うが大浴場は完備している。それでもここまで用意されているのは、手っ取り早く体を洗うためらしい。


 党夜はシャンプーで頭を洗い終わると、シャワーで洗い流す。そして、次にボディソープに手を伸ばそうとした時、


「お背中お流しします」


「へぇ?」


 背後から声を掛けられ素っ頓狂な声を上げる党夜。それも無理はない。そこにはバズタオル一枚の涼子の姿があったからだ。しかし、これはおかしい。なぜならここは男子更衣室のシャワールームだ。


「涼子さん、ここは男子更衣室で……」


「今は党夜さんしかいないので問題ありません」


「………」


 党夜が言い終わるよりも前に涼子が食い気味に答える。党夜以外の男がいないなら女の自分がいても問題ないという涼子のぶっ飛んだ発想に党夜は言葉を失う。有無を言わせぬ気迫がそこにはあって。


「では失礼します」


 涼子の言いくるめられ、仕方なく党夜は涼子に背中を向ける。背後ではポコポコッとボディーソープのノズルを押す音が聞こえた。その後、タオルが肌け床に落ちる音を党夜ははっきり聞いた。


「涼子さん?何をなさってるんですか?」


 党夜は嫌な予感がしたので丁寧語で恐る恐る尋ねてみると、


「丹精込めて党夜さんの背中を綺麗にして差し上げます」


 そのような答えが返ってきた。党夜には涼子の意図が掴めない。言葉と行動がちぐはぐで整合性がないように思われた。


 しかしそれは単なる党夜の経験不足から生じるものだと気付かされることになる。涼子の豊満な胸が党夜の背中に押し付けられたからだ。


「ちょっと涼子さん!」


「いいから!」


 党夜を無視して涼子は自身の胸を上下させて党夜の背中を洗っていく。確かに態度や口調は優しいものになったのかもしれないが、本質はそう簡単に改善されない。つまりエロさはまだ涼子の中に確かに残されていた。


「党夜さん、気持ちいいですか?」


「気持ちいいけど……」


 本心からの答えであり心の声でもある。党夜だって男だ。綺麗な女性にこんなことをされて嬉しくないはずがない。涼子の大きな胸を背中で擦られて気持ちいいに決まっている。まだここまでは良かった、ここまでは。


 気持ちが高ぶってきた涼子は党夜を後ろから抱きしめ、より一層強く胸を押し付けてきた。結果的に顔が党夜の耳元にまで寄った形となり。


「あっ……党夜さん……ぁぁあん」


 次第に涼子が耳元で艶っぽい声を上げ始めた。胸を背中に擦りつけた結果、先端が刺激されて感じてしまったらしい。すでに先端は呼応するようにぷっくりと膨らんでいる。


「涼子さん。もういいです。十分綺麗になりましたから」


 涼子の女としての声を聞いた党夜は流石にマズイと思って止めようとする。止めるためには立ち上がり振り向かないといけない。これは仕方ないことだと自分に言い聞かせて振り向き、出来るだけ涼子の裸体を見ないように身体を離せばいい。


 さっきまでの修行に比べれば至ってシンプルかつイージーな作業なのは火を見るより明らかだ。涼子の暴走が止められる内に止めるが最善で最良。自分に言い訳をしながら党夜は振り返る。


 すると涼子の一糸纏わぬ姿が嫌でも目に入った。先程まで背中に押し付けられていた凶悪な胸、引き締まった腰、張りのある尻から伸びる太腿。見惚れてしまった。それが結果としていけなかった。


「うわっ」


「きゃっ!」


 勢い良く立ち上がり振り返ったことで、タイルに溢れていたボディーソープに足を取られた党夜はそのまま涼子を押し倒す。可愛らしい涼子の声がシャワールーム内に響き渡る。


「痛ててて…」


 むにゅ


「ん?」


 倒れた時にきちんと受け身を取ったはずなのに、党夜の右手の感触がたいるのものとは違った。弾力性があり、程よい柔らかさがあるもの。党夜はこの感触に覚えがあった。正確にはつい先程背中で経験した気持ちよさ。


 そこで思考が至ると同時に視界を下へと移動させる。そこには赤面した涼子の顔があり。そしてそのまま自分の右手が掴んでいるものを見た。手に収まらないはち切れんばかりの胸を。


「党夜さん……まだ心の準備が……」


「い、いや」


 涙目になりながら党夜を見つめる涼子。水滴とボディソープで塗れた涼子の躰は官能的で、党夜の理性を飛ばすには十分な威力で。


「でも私頑張りますから……いいですよ?」


 極めつけにはこの言葉。覚悟を決めつつも照れた表情に可愛らしさと色っぽさがあり。頭がどうにかなりそうになったその時、


「随分良いご身分だな、党夜?」


 二人しかいないはずのシャワールームに響く第三者による怒気を含んだ低音ボイス。


「あっ……」


 音源へと視線を向けると、そこにはすでにシャワーを浴びた未桜の姿が。


「いつから?」


 恐る恐る党夜が未桜に尋ねると、


「お前が涼子を押し倒そうとした辺りからだな」


「ある意味ベストタイミングだな、おい」


「ああ?タメ口か?」


「すいません」


 ついついタメ口でツッコんでしまった党夜。未桜の氷のように冷たい眼差しで党夜は背筋が寒くなったように感じる。


「違うんです。これには……」


「何が違うんだ?現に涼子を犯そうとしているじゃないのか?」


「犯そうなんて思ってないです……」


 どんどん声量が小さくなる党夜。少なからず涼子の恍惚とした表情に理性が飛びかけた自覚があるが故、強く否定しきれないでいる。


「涼子に跨り胸を鷲掴みしているこの状況こそ、判断の理由で何が悪い?私が悪いのか?今誰が悪いのか。そんなことも解らないほどお前は阿呆だったのか、党夜?」


「いいえ」


「違うんです。私が党夜さんの背中を流そうと無理やり……」


 淡々と説教をする未桜に対してフォローに入る涼子。


「涼子……お前が党夜を大切に想うことはいいことだと私は思う。大切な人がいない人生は寂しいからな」


 一瞬だが未桜の目の奥に陰りを見た党夜。今の言葉は未桜にとって重みのあるものだったように感じられた。


「しかし節度は守らないといけない。私などに言われなくても涼子、お前なら解るはずだ」


「少しはしゃぎ過ぎました、ごめんなさい」


「解ってくれて嬉しいよ」


 姉のように諭す未桜と妹のように未桜の言葉を飲み込む涼子。まるで本当の姉妹かと錯覚してしまうろうな雰囲気がそこにはあった。


「すいません。俺が全て悪いです」


 党夜は素直に謝罪する。事実悪いのは自分だ。涼子の申し出を断らなかったことも、結果的に押し倒したことも。


「党夜、知ってるか?」


「なにをですか?」


 すでに姉妹愛のよつな甘い空気ではない。しかし怒りでもない。未桜の口調は余計に党夜へ恐怖を与える。今の党夜には聞き返すことしか出来ない。


「ごめんで済んだら警察はいらん!」


 未桜は瞬時に過負荷粒子を全身に纏う。それこそ全身全霊で。党夜は悟る。


 避けるなんて無粋な真似はしない。でもつい考えてしまう。


(ふぅぅぅ……いくぜ?…………流石に理不尽だぁぁぁぁあああ)





〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜





 午後二時を過ぎ、昼下がりといえる現在。これまた地下施設に設けられた食堂で、党夜達は遅めの昼ご飯を食べている。


「シスターミランダ、このミートソースパスタ美味しいです」


「ありがとう。お口に合ってよかったわ」


「高級イタリアンにも引けを取らないですよ」


 涼子からの報告通り、昼ご飯はミートソースパスタだった。絶妙な茹で具合のパスタに自家製のミートソースが絡み合って最高のハーモニーを醸し出す。


 自家製というのは言葉通りの意味だ。シスターさんたちはこの地下施設で野菜を育てたり、ベーコンやハムの熟成なども行っている。もちろん足りない食材は買い出しに行くのだが、出来るだけ自分の目が行き届いた食材で作った料理を子供達に提供したいという気持ちがあるからだそうだ。


 結果として党夜の感想は本心から出たもの。高級イタリアンなど行ったことはないが、これまでに食べたパスタでは確実に一番であると確信したからだ。残念ながらあの結夏の料理を超えるものを食べることになるとは党夜も思っていなかった。


「うん、ミランダたちが作るの料理は一級品なのは私も同意見だな」


「私もそう思います」


 党夜の感想に未桜と涼子も賛同する。未桜は党夜の訓練に付き合っていたから、涼子は党夜を待っていたからという理由で二人も同席している。


 先程の1件はまるでなかったかのようないつもと同じ雰囲気の三人。ここに来るまでは未桜は不機嫌で、涼子は照れっぱなしだったのだが、ミートソースの香りで全てが上書きされたようだ。


「照れるわね。まあ料理は私達の大事な仕事の一つだからね。あなた達には美味しいものを食べて頑張ってもらわないと」


「だそうだ、党夜。この後の訓練は本当に手加減なしにしよう」


「ちょ、ちょっと姐さん……」


「私もご協力します」


 先程の不慮の事故によって未桜の機嫌が悪くなったものの、ミランダらの料理でこのように元通り。この後の訓練に影響がなくなったと思った矢先、不用意なミランダの一言で逆戻り。


 しかも涼子の助力も借りての訓練になるとのこと。真冬の治癒結界には劣るが、涼子の電気療法もなかなかのもので。つまり党夜の疲労はあってないようなもの。疲れれば涼子が電気療法を行うという流れになる。


 結果として地獄のシゴキが未桜が飽きる、または涼子の過負荷粒子が尽きるまで続くことを意味する。そのことを悟った党夜は、


「えっとですね……そういえば今日」


 このあと予定があったことを思い出しました、と地獄のシゴキから逃げようとしたのだがそれよりも前に。


「そうだったな。真冬から聞いたぞ。党夜今日ここに泊まるんだろ?」


 未桜の口からそう発された。そうなのだ。党夜は今夜、銀の弾丸の地下施設で泊まる予定になっている。


 本来なら家で結夏が待っているので党夜としては何が何でも帰らないと行けないのだが、今日は結夏が天神家で友達とお泊り会を開くとのことで。党夜は家に居辛く気不味いのだ。


 母親は仕事漬けでゴールデンウイークも家には帰れないと連絡があった。こちらはいつも通り平常運転。そもそも月に一度帰ってくるかこないかのレベルだ。ゴールデンウイークに帰ってこなくても驚くことはもうない。


 そこで真冬からのお誘いがあった。


『じゃあウチの施設に泊まっていけばぁ?党夜くんが子供達の相手をしてくれたらお姉さん的にも嬉しいかなぁ』と。


 陣か紫の家にお世話になろうかと思っていた党夜からすれば、有り難いお誘いなので二つ返事で承諾した。よく考えればこうなることは容易に想像は出来たはずだが、その時はそこまで頭が回らなかった。


 といういった事情で党夜は泊まることになったのだが、これを聞いて黙っていないのは誰だかもうお分かりだろう。


「本当ですか!?」


 そう、涼子である。もうこの反応は恋する乙女のそれではないだろうか。満面の笑みで党夜に問いかける。この笑みに対して党夜は逃げ場など無くなり、嘘をつくことなども出来ず。


「うん。今日はここに泊まらせてもらって訓練に励もうかと。休みですしね」


「そうなんですか!」


「子供達も喜ぶと思うわ。あの子達、天神くんに興味津々だったから」


 党夜のお泊りに全く別のベクトルで喜ぶ涼子とミランダ。ミランダはやはり子供達のことを真っ先に考えているシスターなのだと党夜は改めて思った。


「なんで皆さんよろしくお願いします」


「何言ってんの。天神くんも銀の弾丸のメンバーでしょ?ならここはあなたの第二の家と言っても過言じゃないわ。私達はもう家族なんだから」


「ありがとうございます」


「いいのよ。今晩は腕によりをかけてもてなさないとね。涼子ちゃんも手伝ってくれる?」


「善処します!」


 軽く頭を下げた党夜だったが、ミランダの言葉に胸が熱くなる。まだ出会って数週間だが、自分は良い仲間に恵まれ、良い家族を得たと改めて実感した。


「話は纏まったようだな。まだまだ一日は長いぞ」


「お手柔らかにお願いします」


「気が向いたらな」


 ニカッと笑う未桜。この後、その笑顔の裏を思い知らされることになるのだが、この時の党夜知る由もなかった。




読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです


第25話は土曜日18時投稿予定です

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