表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/73

第23話 初日




「今日もよろしくお願いします、姐さん」


 体を45度の角度に折り大声で、かつ丁寧に挨拶するのは党夜だ。場所は大手ゲーム会社SILVER MOONのビル地下。銀の弾丸(シルバーブレッド)の本拠地に設けられた多目的訓練ルーム。


「ああ、みっちり絞ってやる。覚悟しろよ党夜」


 そして党夜の前にいるのは姐さんこと、姉川未桜である。銀の弾丸の古参だ。


 今日は5月3日。憲法記念日であるゴールデンウィーク初日に党夜は何をしているのか。それは訓練にほかならない。修行パートだ。


 鎖男との死闘を繰り広げたあの日以来(正確にはその後の休養を経た後)、時間を見つけてはここへ赴き、未桜と訓練に励んでいる。今日もまた同様に。


「いつも通りの順番でウォーミングアップをしろ」


「はい」


 党夜は未桜に教えられた準備運動を行う。指示を出した未桜はその場で座禅を組み始めた。党夜は気にすることなくウォーミングアップを始める。


 まず過負荷粒子(アニマ)を活性化させる。普段の生活では基本的に過負荷粒子は不活発な状態で、血液を通して体内を循環している。その不活発な過負荷粒子を時間かけて刺激し準備を整える。


 その次に活性化させた過負荷粒子を体外に発散。イメージはアニメでありがちな気の解放に近い。活性化した過負荷粒子を一気に吐き出す。


 そして発散させた過負荷粒子を瞬時に自身の体に収束させる。ここの切り替えが特に大事だ。如何に無駄なく放出させたものを収束出来るかが肝だからだ。


 例えば100の過負荷粒子を発散させたとする。瞬時に収束することが出来れば95を身に纏うことが出来る。しかし、それがうまくいかないと80、70、60と身に纏えず空気中に霧散してし効率が悪くなるのだ。


 未桜ほどの能力者になれば100の発散でほぼ100を収束することが可能なので無駄がなく効率の良い過負荷粒子の使用が出来る。


 ならば一気にではなく、徐々に発散させればいいのでは?と疑問が出てくるかもしれない。が、それは否である。そんな悠長なことが出来るのは修行の時だけ。敵が待ってくれるわけでもあるまいし、実戦となればそうはいかない。


 如何に迅速かつ丁寧に行えるかが生死を分けることもあるからだ。だからこそ、未桜はウォーミングアップとしてこの工程を組み込んでいる。


 その後過負荷粒子を身に纏う状態を維持する。これは能力者同士の戦闘では必須条件だ。どれだけ密な状態で、どれだけ長い時間維持出来るかが肝になってくる。


 こればかりは修行あるのみ。持久力だけは一朝一夕では身につかない。繰り返しと慣れが必要となってくるからだ。


 ウォーミングアップはここまで。本題はここからだ。維持した状態で30分程経つと、今まで座禅を組み瞑想していた未桜が徐ろに立ち上がった。そして党夜に目配りで合図をする。


 合図を受けとった党夜は腰を落とし臨戦態勢を取る。ここからは未桜との実戦訓練だ。まず組手を行い身体を慣らす。


 組手は以前行った交互に攻撃を仕掛け、受け止めながら、時には受け流し戦闘での基本に沿って行うもの。初めはゆっくりと身体を動かし、徐々に速度を上げていく。相手の過負荷粒子をよく視て対応しないと攻防を繰り広げることは出来ない。


 50の攻撃なら50の防御で対応しないとどちらかが身体のバランスを崩し、次に繋げることが難しくなるからだ。実戦では必要のない動きに思えるがそれは違う。相手がどの程度の力で攻めてくるかを過負荷粒子を視て瞬時に判断するのが組手の目的だからだ。


 実戦で50の攻撃を60で防御するのは悪いことではない。守れればそれでいいという考えもある。しかしこの過剰防衛での非効率的な戦いを未桜は嫌う。無駄を削ぎ落とし効率よく戦うのが未桜の教えである。


 徐々に速度を上げるのも身体を慣らすためだけでなく眼を慣らすためのプロセスでもあるのだ。未桜程ではないが、党夜も様になってきている。多少誤差はあるものの、未桜がその都度補正しているので問題なく組手は続けられる。


 一定速度まで達しある程度の攻防を続けた後、組手の時のように相手に気を遣うそれではなく、本気で一撃を入れにいく動きに切り替える。死なせない程度に全力で。


 この訓練には終了時間に制限はない。二人のどちらかが相手に一発食らわせた時点で終わると取り決めたからだ。言い換えれば、一発与えないと終わらない。


 攻防は続く。すでに30分程経過している。実戦ほど精神的負荷はないにしろそれでも相当の運動量になっている。それに単調な動きの中に敢えて複雑な動きを混ぜてみたり、フェイントを交えたりしながら進められている。


 過負荷粒子の視認、相手の攻撃の見極め、己の攻めの一手。開始時よりも行わなければいけないことが増えていくので、それだけ負担が増えることになる。集中力が切れれば決定的な隙になる。


 となれば決め手は何になるのか。体力や健康状態、才能や天性の何かなど要因は様々あるが、一番はは経験の差。これまで積み上げてきたものの差だ。そしてその時は来る。


 党夜の繰り出した左ストレートを未桜が右手で防御する。しかし党夜には焦りはない。ここまでは想定内。そのまま左足を軸に体を捻り、回し蹴りへと繋げる。防御された右手によって、僅かに空いた未桜の右脇腹へと。


 これまでの訓練で未桜の癖を党夜は見抜いていた。右手の防御の際に空く右脇腹を。決まったと思われた次の瞬間。


 轟!


 党夜とは逆回転に体を捻り、運動エネルギーを乗せた未桜の左肘が党夜の顔面にクリンヒットする。そのまま党夜は運動エネルギーの方向へ吹き飛ばされる。脳が揺れ一瞬気が遠くなるのを感じたが、なんとか意識を保つ。体勢を立て直し、受け身を取った。


「くっそぉ〜」


「まだまだだな」


 党夜の口からは悔しさの念。それもそのはず。


「何で……」


「何でとは右脇腹の癖のことか?」


「っ………!!まさか気付いて…」


 未桜の発言に驚きを隠せない党夜。未桜は気付いていたのだ、自分の癖を。しかしその認識すら浅慮なものだった。


「あんなあからさまな癖があってたまるか。わざとだ。わ・ざ・と」


「………」


 言葉も出なかった。これまで自分が見ていたのはダミーの癖。未桜による演出。つまり先程の左肘のフィニッシュまで既に考えられた布石だったということ。


 しかし恐ろしいのはそこではない。まだまだ党夜のレベルではこの程度の小細工が出来るほど余裕があるということ。それほどまでに二人の間には何層もの壁があることを党夜は実感する。自分にはまだ力が足りないと。


「ふふふ、その反応が見れただけでやった甲斐があったな。いつ仕掛けてくるかヒヤヒヤしたぞ」


「ズルいですよ」


「実戦では何でもありだぞ?」


「ですよね」


 未桜の言うとおりだ。実戦において勝ちこそが全て。能力者との戦いでの負けの多くは死に繋がるからだ。


 そういえばと言って未桜はニヤリと笑い、あることを尋ねる。


「これで戦歴はどうなったかな?」


「わざわざ掘り起こさないでいいでしょ。俺の10戦10敗ですよ」


 未だに党夜が未桜に勝てたことがない。一発も未桜にクリンヒットを入れれてないことを意味する。それ故の全敗。


「因みに姐さんって銀の弾丸の中でどれくらい強いんですか?」


「能力戦となると私は真ん中ぐらいかな。でも純粋な打撃戦なら3番目ぐらいだと思うぞ?」


「マジすか……」


 銀の弾丸の総員数を知らない党夜だが、それでもトップ3と言われれても納得できた。これでもまだ未桜は全力を出していないのだから。


 しかし、見方を変えれば未桜の上には少なくとも

まだ二人いるということ。味方としては頼もしい限りだが、上には上がいると思い知らされる。


 などと雑談しているとウィーンという機械音と共にエレベーターが開いた。


「お疲れ様です」


 そう言ってエレベーターから姿を現したのは七瀬涼子だ。党夜と未桜の訓練が一段落ついたらいつもタオルとドリンクを持ってきてくれるのだ。


 涼子はつい先日銀の弾丸に加入した新参だ。党夜の後輩に当たるが年齢は涼子の方が上だ。何故涼子が銀の弾丸に入ることになったのか。それは党夜との出会いに起因する。


 元々涼子は大きな組織の末端グループに所属していた。涼子に与えられた任務は天神党夜の監視。


 監視のはずだったが、つい接触してしまい平塚ヶ丘中央公園で一度目の戦闘が起きる。当時の党夜は戦闘力ゼロだったが、同じく党夜の監視していた水無月桃香によって涼子は撃退された。


 その後、己の失敗を挽回するため涼子は党夜を誘導し捕らえる作戦を決行。錆びれた廃墟で二度の戦闘が起きた。が、ここでもまた乱入者の鎖男によって場が荒らされる。


 鎖男の目的は党夜の捕獲と涼子の排除。ここで、党夜が鎖男を撃破、殺される一歩手前で涼子は党夜の手によって助けられた。そのまま、恩人の党夜に説得され涼子は銀の弾丸のメンバーとなったのだ。


「未桜さん、党夜さん。タオルとドリンクどうぞ」


「いつも悪いな涼子」


「ありがとう涼子さん」


 未桜と党夜は涼子からタオルを受け取ると今までの訓練で流した汗を拭う。体力を奪わない程度に冷やされたタオルは汗だけでなく火照った身体の熱をも吸い取ってくれる。カラカラな喉を潤すためにスポーツドリンクをグイッと飲む。


「はぁ……生き返る〜」


「そうだな。汗として出ていった水分が一気に補給させるこの感覚は、運動した者の特権だ。本当に美味い」


 市販のスポーツドリンクだというのにこれだけのことを言ってのける未桜は何というかアレだ。


「だが毎回気を遣ってくれなくてもいいんだぞ、涼子」


「いいんです。好きでやってる事ですから」


「それならいいんだが……まだ前のことを気にしているならそれは無用だぞ?」


 前のこととは党夜と敵対し、罠にハメて捕らえようとしたことだ。敵から味方へ。いきなりの状況の変化に涼子は戸惑っていたのだが。


「そのことならもう十分悩みました。でも党夜さんのお陰で解決したことなので。私は大丈夫です」


「ははっ、涼子は党夜にゾッコンだな」


「そ、そんなんじゃないです。ただ党夜さんは私の命の恩人で、その恩を一生掛けて返ししたいと思ってて……」


 涼子は党夜に命を救われたことに多大な恩を感じている。保健室(仮)で目覚めた時はまだその認識がなかった。しかし銀の弾丸に入らないかと党夜に言われた時に思った。自分のことをここまで考えてくれる人がいたのかと。命だけでなく心までも救われたのだと。


 それから涼子が心を開くのに時間は掛からなかった。自分を大きく見せようとする口調ではなく、言葉節々から優しさが感じられるようになり。他のメンバーとも仲良く接している。


 極めつけは党夜に対する態度だ。年下の党夜をさん付けで呼び、党夜が銀の弾丸のアジトに来る度に顔を出し世話を焼いている。


 前の組織から狙われる可能性があることを党夜が銀の弾丸の実質トップ2とも言われる古夏真冬に説明したことから、涼子は現在この地下施設に住んでいる。シスターミランダらや能力孤児の子供たちと一緒だ。だから党夜が訪れればすぐにでも駆けつけることが可能なのだ。


 命の恩人に恩を返す。一度失ったはずの命だ。それこそが今の涼子の生き甲斐であり残りの人生のすべてであると考えている。しかし涼子自身まだ気付いていない。その気持ちが党夜への恋心であることを。


「そういえば姐さん。玲奈ちゃんと知り合いなんですよね?」


 むず痒い空気を変えるため、党夜は昨日玲奈から聞いた話を未桜に尋ねた。


「玲奈?水無月玲奈か?桃香の姉の?」


「そうです」


「党夜、お前は水無月玲奈の知り合いか?」


「はい……クラスの担任なんですよ」


「そういえば教師をしていると言っていたな。憎き相手だよ。それも殺したいほどにな」


「いぃぃぃ」「えっ!?」


 未桜のこれまで聞いたことのないほどの乱暴な表現に党夜と涼子は各々反応を示す。特に党夜は真横で未桜の表情を見てしまい悲鳴に近い声を上げてしまった、見てはいけない鬼の形相だった。


(玲奈ちゃん、姐さんに何したんだよ……)


「すまない。あの女のことを思い出してつい感情的になってしまった」


「あの姉川さん……その水無月さんという女性に何をされたのですか?」


 果敢にも涼子は未桜と玲奈の間での因縁にも似た何かについて言及した。党夜としても気になっていたことだ。あんなにも取り乱した未桜をこれまで党夜は見たことがなかったからだ。


「今思えば同族嫌悪ってやつだ。加えてちょっかいをかけられて、ついカッとなって。そしてあの何でも分かってますって態度……むっ、思い出したらイライラしてきた」


 未桜の機嫌をすぐ様察知した涼子は、


「少し遅いですけどお昼にしませんか?ミランダさんが取り置きしてくれているので」


 昼ご飯を提案する。現時刻は午後1時過ぎ。党夜が正午前に来たので、身体を動こしてからご飯にしようと未桜が提示したのだ。


「そうだな。今日は何かな?」


「ミートソースパスタです」


「それは楽しみだな」


 未桜の顔に笑みが戻る。意外と子供っぽい一面がある未桜である。


「その前にシャワールームで汗を流そう。行くぞ党夜」


「はい」


 そして党夜達はシャワールームのある更衣室へと向かう。階が違うのでエレベーター移動なのだが、エレベーター内で。


「覗いたら八つ裂きにするからな」


「わ、解ってますよ」


 党夜が記憶の片隅に放置していた記憶が自然と蘇る。それは未桜に初めて訓練の面倒を見てもらった日。真冬の策略に勝手に溺れた党夜が男女の更衣室を間違えてしまい、未桜の下着姿を直視してしまったことだ。


 党夜の脳内には未桜の下着姿がフラッシュバックする。大きな胸と尻を押さえつけた扇情的な黒のブラとショーツ。恥辱で頬を赤らめた女の子らしい未桜の顔。気丈に振舞っているが故、事故とはいえ普段見せないあの顔は党夜が忘れることはないだろう。


「思い出したな?」


「い、いやそんなことは」


 鋭い指摘に対し、捲し立てるように返答する党夜。図星であることが丸分かりだ。


「午後の特訓では容赦しない」


「………そんなぁ」


 党夜は少しばかりの執行猶予を得て、午後を迎えることになった。その時の涼子の同情に満ちた顔は見なかったふりをしてエレベーターを降りた。


 

 


読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです


第24話は土曜日18時投稿予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ