第22話 呼び出し
党夜は玲奈に呼び出され、職員室の横手にある生徒指導室に向かっていた。前にも似たようなことこあった。あれは4月半ば、玲奈から能力者について教授された時だ。そして、玲奈が能力者であることを知った日でもある。
今回何故呼び出されたのか党夜には心当たりがない。鎖男撃退後、玲奈は家庭訪問と称して事情を聞きに来た。党夜は事細かに玲奈に説明した。
ならば今回はなんなのか。何とも言えない不安を抱えながら党夜は生徒指導室の前に辿り着いた。そして、ノックをしようとした時、
「天神だろ?入れ」
中から声をかけられた。声の主はもとろん玲奈だ。前回と同じパターンなので、前ほど驚きはしなかったものの、依然何故自分が来たことに気付いたのか疑問に思う党夜だった。
「失礼します」
「そこに座れ」
座るように促され、空いた椅子に腰を下ろす。玲奈と向かい合わせに座る形で。
「あの……俺なんかしましたか?」
「身に覚えがないのか?」
と言われてもやはり党夜には身に覚えがない。不安だけが積み重なる。もとより先生からの呼び出しにビビらない生徒がいるのだろうか。加えて相手は玲奈だ。
「ないですよ」
「本当か?」
捻っても捻っても出てこない。ならばHRのことからゴールデンウイークのことかと当たりをつけた党夜はあのことを話す。
「あるとすればゴールデンウィークに日向モールに行くことぐらいですかね」
「ほぉ……あの日向モールにか。一人でか?」
玲奈がこの話題に食いつく。興味をそそる内容だったらしい。
「いや、紫と行く予定ですけど……」
「そうか……」
流れでペラペラと白状する党夜。玲奈は特に責めるわけでもなく聞きに徹する。違和感を覚えた党夜は玲奈に尋ねる。
「で、そろそろ教えてもらえないですか?呼び出された理由は?」
「教師が生徒を呼び出すのに理由が必要か?」
「それって……理由なしってことっすか!」
予想外の回答。それは開き直りだった。
「そう怒るな。理由ならある」
「回りくどいですよ」
話が読めない党夜。なかなか本題に入らない玲奈に苛立ちを覚えるも、顔や態度には絶対に出さない。間違っても出さない。
「天神、修行の方は順調か?」
「修行ですか?ええ、姐さん…いや姉川さんに良くしてもらってます」
いきなりのことでつい聞き返してしまう党夜。
「姉川未桜か。お前も物好きだな」
「玲奈ちゃん、姐さんを知ってるんですか?」
ゴン!
「痛えぇぇ」
「ちゃん付けするなと何度言えば解るんだ?お前のその頭は飾りか?」
凄まじいスピードで玲奈の拳が党夜の頭に振り降ろされた。党夜は全く反応できずまともに食らってしまった。
「すいません」
玲奈を怒らせるとおっかないことは党夜が身をもって体験している。初めて玲奈を玲奈ちゃんと呼んだあの日の放課後に。だからこそ直ちに謝罪したのだ。謝るぐらいならするなと言われても仕方ない。何せ普段の癖はなかなか治らないから。
「全く……そういえば姉川未桜のことだったな。真冬と知り合いなのは前にも言ったな?その繋がりで何度か会ったことがあってな。なかなか面白い能力者だった記憶がある」
「姐さんの能力を知ってるんですか?」
「まあな」
党夜はあの日、鎖男との戦闘以降未桜に修行の相手をしてもらっているが未だに未桜の能力を知らされていない。といっても党夜は修行の相手をしてもらっているに過ぎないのだが。
「といっても教えてもらった訳じゃない。無理やり引き出したまでだ」
ニヤリと不敵な笑みを零す。党夜はそれを見逃さなかった。というより見てはいけないものを見たのかもしれない。
「引き出したって……」
「私も若かったからな。手荒な真似をしたもんだから真冬に止められてな。手の内を全て見たわけじゃない」
「へぇ……」
党夜は何故かその状況が想像できてしまった。玲奈が強襲し、未桜が応戦、その二人を真冬が嗜める。何だかんだいって玲奈は強引なところがある。未桜の能力が気になり戦闘で引き出そうとしたのだろう。
「たぶんお前が想像したようなような光景じゃないと思うぞ?」
「それはどういう……」
「それは実際にお前の目で確かめるといい。何事も人から聞くだけじゃダメだからな。目で見て、耳で聞き、全身で体験することがお前の経験値になる」
「いきなり教師っぽいこと言うんですね」
「おいおい、私は一応教師だぞ」
玲奈は笑いながらそう言った。
「気になるなら直接本人に聞けばいい。まああの姉川が見てくれているなら問題はなさそうだな」
「ええ、良くしてもらってますよ。あのそれより気になってたんですけど……」
党夜がこれまで気にしてたことを口にする。
「前にも思ったんですけど、こんなところで能力者とかの話してもいいんですか?」
「はぁ……私が何の配慮もしてないと思ったのか?」
心外だと言わんばかりに玲奈は顔を顰める。
「この部屋内に能力を使われた痕跡や盗聴器の類がないかは調べてある。それに今この部屋には細工がしてあってな。声が漏れることはない。もちろん前回も同様にだ」
「そうだったんですか……」
党夜は驚きを隠せない。玲奈が対策を取っていたもだが、ここで玲奈の能力の一部を公開したからだ。玲奈は細工が能力によるものだとは言っていないが、十中八九そうだと党夜は確信している。
しかし深追いしない。それは玲奈本人に言われたからだ。能力者に能力を聞くのはタブーであり。
加えて能力を他者に知られることは命取りになるのは党夜自身身をもって体験した。鎖男との戦闘での能力を見極めたからこそ優位に立てた場面があったからだ。
しかし玲奈の行動は党夜の想像の斜め上を行っていた。まるで嘲笑うかの様に。
「空間に関するものだ」
「えっ!?」
党夜は目を見開く。それもそのはず。
「私の能力だ。お前になら少しだけネタバラシをしてやっても構わないと思ったのでな」
「でも…」
まさかこのタイミングで玲奈の能力を知ることになるとは思わなかった党夜にとって完全に不意打ちだった。しかし不意打ちはこれだけではなかった。
「なあに心配するな。私の能力はちょっと特殊で特別でレアで。真冬を含めて片手で数えられるくらいしいか知る者がいないだけで。もし誰かに話せばお前の身体から代償を払ってもらうだけだから。な?心配ないだろ、天神ぃ?」
「ははは……はい」
つまり話せばただじゃ済ませないということらしい。勝手にネタバラシをしておいてこの仕打ち。全くもって理不尽だ。知らなかった方が幸せとはこの事なのかもしれない。
それほどまでに能力者にとって能力の詳細は大事なものである。それこそ銀の弾丸のメンバーの中でさえ党夜が知るのは二人。
一人目は水無月桃香の持つ能力者の能力を解析する能力。二人目は七瀬涼子の電気・雷系統の能力。
知っていると言ってもどんな感じの能力かを大雑把に把握しているだけで、能力の全貌を知っているわけではない。
これは情報漏洩を出来るだけ避けてのことなのか解らないが、銀の弾丸が能力管理を徹底していることだけは伺える。
「そういえば肝心なことを話していなかったな」
「もうお腹いっぱいなんですけど」
玲奈と未桜の関係に加えて、玲奈の能力の一端。すでに十分すぎる情報を得た党夜はすでに胃が痛い。そんな党夜などお構いなしに玲奈は続ける。
「お前の能力の情報が漏れ始めている。襲われる危険性がこれまで以上に高くなるはずだ」
「っ…………!」
党夜自身、この事については散々考えてはいた。それこそ銀の弾丸に入る前から。この力を受け継いだあの日から。
しかしこの状況で忠告されれば嫌でも考えてしまう。自分の周りに影響を与えるのではないかと。それも悪影響という形で。
「恐らく前回の戦闘が原因だろう。まだ能力自体覚醒したわけじゃないが、移し鏡だと見破った奴は少なくないだろう。それほどまでに貴重なんだよお前の受け継いだ能力は」
「………」
先程までの口調はどこへ行ったのやら。徐々に玲奈の口調は真剣なものへと変わっていく。党夜もそれを感じて玲奈の言葉を呑み込む。
「本来なら私が助けてやりたいが、如何せんお前ばかりに気を回せないのでな。だからこそ強くなれ。己を守れるだけの力はつけておけ」
それと、
「決して状況を見誤るなよ。したいことに目が眩み、今すべき最低ラインを見失うな。お前がすべきことさえすれば、周りがいくらでもケツ持ちはしてくれる。一人で無理なら二人で。二人で無理ならみんなで。銀の弾丸のメンバーに頼ればいい。それこそ教師の私を頼ってくれてもいい」
だから、
「何もかも一人で解決しようとするな。抱え込もうとするな。お前はまだ子供なんだ。大人や仲間や友達に頼ればいい。きっと手を貸してくれるから」
党夜は目頭が熱くなるのを感じた。玲奈は教師にしては言葉も荒いし、生徒に手を出すタイプだ。本来なら生徒からの嫌われたり、親から苦情が来たりするのがこのご時世だが。玲奈に関してそのような問題は聞かない。
それは生徒も親も玲奈を受け入れているからだ。玲奈の情熱はきちんとそれぞれの胸に届いている。生徒は学校生活内で、親は懇談会や家庭訪問の際に。それほどまでに水無月玲奈は素晴らしい教師なのだ。
「解りました」
「解ればいい。説教臭くなったがこれでも私はお前のことを心配しているんだ」
(伝わりましたよ先生)
心の中で党夜は思う。玲奈が担任で良かったと。玲奈ちゃんではなく先生と呼ぶほどに。
「おいおい、辛気臭い顔をするな。これからお前達はゴールデンウイークだぞ?そんな顔しててどうする」
「すいません。俺嬉しくて」
「恥ずかしいことを言うな馬鹿者」
玲奈は頬を赤らめながら党夜から視線を外す。照れ隠しなのは一目瞭然だ。
「話は終わりだ。もう帰れ」
「はいはい」
この空気が居たたまれなくなったのか党夜に帰るよう促す玲奈。流石の党夜も玲奈の照れ隠しに気付き、流すように返事をする。
「はいは一回でいい」
「はい、玲奈ちゃん。では失礼しました」
そう言って党夜は席を立ち上がり、ドアへと向かう。すでに部屋の仕掛けは解除されていたようで、何事もなかったかのように党夜は生徒指導室から出ていった。
「ゴールデンウイーク何事もなければいいが……」
これまでにないトーンで玲奈は呟く。危惧しているのだ。党夜がまた何かに巻き込まれるのではないかと。これは一教師としては出過ぎた想いだろう。しかし彼女を責めることは出来ない。
それこそ玲奈がわざわざこの平塚ヶ丘高校へ赴任してきた理由だから。
「それと教師をちゃん付けで呼ぶな、馬鹿者」
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです
第23話は土曜日18時投稿予定です




