第17話 誘導と尾行
「ん?あれは…」
党夜の視線の先には見覚えのある女の顔が。忘れるはずもない。あの時党夜を尾行・監視していた女である。以前とあまり印象の変わらないOL調の着こなしだ。ここはオフィス街の最寄り駅だけあって違和感などなく周りと同化しているように見える。一般人からすれば、という注釈は必要だが。
見る者が見ればその違いに気付く。同化しているようでまるで違う。純水に目に見えない異物が入ったようなそんな小さな違和感。感じる者にしか感じない些細な齟齬。一種の不快感にも似た感覚を与えている女の存在を党夜はきちんと捉えていた。
そしてすぐに思い浮かぶ疑問。
(なんであの時の女がここにいる?朝家を出てからそんな視線は感じなかった…尾行はされてないはずだ…なら余計おかしい…)
党夜は諸事情により周りの視線にはとても敏感だ。見られていればすぐに気付し、尾行されていたら尚更だ。朝の時点では自分がつけられてなかったと確信できる。党夜はこの状況をきちんと整理しようとする。未桜の教えに従い、まずは状況の把握を行う。
(じゃあ、これは偶然ってことか…?偶然にしては出来過ぎてる気がする…そんな話があるか?向こうだって日常がある。生活がある。外出だって必要だ。そう考えると不思議じゃないが…)
物事は一方向から見てはならない。様々な視点で見ることが必要である。そのことを党夜は認識している。
(ダメだ…俺だけじゃ判断つかねぇ…情報が少なすぎるんだよ…いつもいつも…俺がその大事な情報を見逃してるのも原因なんだが…チッ…こういう時は真冬さんに…)
「げっ!」
真冬へSOSを出そうとした時、党夜は自分の仕出かした過ちに気付いた。
(しまったぁ…俺、まだ真冬さんの連絡先教えてもらってねぇーよ…はぁ…これは失態だな…失敗したわ…とりあえず見失うまでは尾行するか?見失ったらその時で諦めればいい。それだけの話か?)
真冬の連絡先を持っていない。それが引き金となったようだ。引くという選択が党夜の頭から完全に抜け落ちている。ここで警察に連絡するという手段が悪手であることは党夜も理解している。
相手は能力者。警察を呼んだところで頼りにならない。下手をすれば足手まといになるだけだ。警察の領分は人間相手。能力者は範囲外なのである。ちなみに警察内部にも能力者専用部署と部隊があるのだがあまり知られていない。基本的に警察の大部分が一般人だと考えて差し支えない。
党夜が考えている間、女が黙って待ってくれている道理なんてない。もちろん女は歩き続けている。党夜が決断するまでの時間はもうごく僅かだ。
(一旦つける。撒かれたらその場で引く。明日にでも真冬さんか誰かに報告すればいい。よし!)
党夜は見失わないように、相手に気付かれないように、細心の注意を払って女を尾行する。尾行と同時に考えをまとめていく。
(これが罠って可能性はある。なんせタイミングが良すぎる。俺が用事を済んだ直後に駅に現れるなんて普通ありえないだろ。となるとこの尾行はすで相手に気付かれているってことになるな。それもとなにか?俺がこの周辺に来た情報を得て、ずっと周囲をふらついてたってことか?流石に暇人すぎるだろ…)
なんだかんだ言って党夜も男の子だ。気になる女性を見つけたら尻を追っかけるのは男の性と言っても過言ではないが、今回は別に女の魅力に惹かれたとかそんな話でもない。マジでマジで。一度会った女性、しかもワケありな女だからだ。罠かも知れないがまだ判断がつかない。
頭の中で意見を出し、一つ一つ検討していく。もちろん尾行は一先ず継続。駅からは遠ざかる一方だ。
(意図が読めねぇ…なんなんだ…俺はどうすればいい…尾行を続けたとして俺に何ができる?そもそも相手への対処が分からねぇ…捕まえる?懲らしめる?こういう時はどうすればいいんだ…?)
などと考えている内に女はどんどん人気のないところへと歩き進める。そして、ついにその歩みを止めた。そこは廃墟。
(相手のアジトか?まあアジト(仮)ってとこか。見つけたはいいが、問題はここからだ。乗り込むとか否か。罠の可能性だってゼロじゃない。ここで引く選択肢もある。向こうが気付いていないなら、ここで引いて誰かに連絡することだって出来る。さあ、どうする…)
党夜が引こうか決めきれずにいた時、向こうからの不覚の一撃をもらう。
「久しぶりね。いるんでしょ?」
このまま引くか尾行を続けるかどうか判断する前に後ろを振り向いた女に話しかけられた。教科書通りの尾行で電柱の裏に隠れていた党夜だったが、尾行は女にバレていたようだ。党夜は諦めて女に姿を見せる。
「私に会いに来てくれたの?嬉しいわ。興奮して濡れちゃうっ」
「別に会いたかなかったよ。あんたにまんまと誘導されただけだ」
「あら?誘導されたと分かりながらもついてきたってこと?おバカさんなのかな?」
「かもな。今回も話し合いで済めばいいとは思ってる。なんでこんなとこをまだうろちょろしてんだ?」
その質問を待ってましたと言わんばかりの顔をする女。
「その質問に答えてあげる。立ち話もなんだからとうぞ入って。お茶菓子ぐらいなら出すわよ」
「こんなとこでお茶菓子が出てくるとは到底思えないんだが…今ここで答えてくれればいい」
さすがに党夜でもここまで分かりやすい誘導までは引っかからない。廃墟とお茶菓子という言葉がかけ離れすぎて結びつかないのもあるが、万が一出てきた場合、そのお茶菓子に何の仕掛けがされているか分かったもんじゃない。
「見かけで判断するのは愚直よ。まあ確かにこの雰囲気にお茶菓子は似合わないわね…そんなに警戒しなくても私は何もしないわよ。逆に君が私を襲うんじゃないか心配。前にも言ったけど私とても臆病だから」
と言って女は両手で自分の肩を抱いて怖がるポーズを取る。誰が見ても分かる演技だ。
「いいから早く答えてくれ。なんでまだこんなとこにいる?お前達の作戦は失敗したんだろ?」
「そんなにがっつく男は嫌われるわよ?肉食系男子はオワコン。私も謙虚な男の子の方が好きだけどなぁ…」
党夜の話に聞く耳も持たない女。党夜は確信する。このまま立ち話では話が進まない、と。そして中に入らないと今の状況も進まない、と。ここは妥協点だ。
「分かった。お言葉に甘えて中には入ろう。そうすれば話してもらえるんだろ?」
「分かってもらえて嬉しいわ。じゃあ入って。少し錆びれてるけど勘弁してね」
結局、女の言葉に流され廃墟の中に入る党夜。中に入ってみると分かったことがある。外見からは分からなかったが、入ってみると中は中々広い(シャレじゃない)。確かに錆びれているが戦う上では問題はなさそうだ。
元々ここが何だったのかは検討がつかないが、そこかしこに机と椅子が見える。女は適当に椅子を見繕って、党夜に渡す。
「座って頂戴。その方が話しやすいでしょ」
「お気遣いどうも」
党夜は差し出された椅子に座る。しかし警戒は怠らない。少なくとも女には一人仲間がいることは前回の件で知っている。今は視線は感じないが油断は禁物である。
そして女も適当に引っ張ってきた椅子に座った。
「さて、質問は何だったかしら?なんで私がここにいるのか?だったかしら?」
「ああ…」
「それは簡単な話。まだ作戦は終わってないから。貴方は未だに私達の標的でターゲット。それでいいかな?」
「諦めないってことでいいんだな?」
「もちろん。諦めたらそこで試合終了って言うじゃない。そもそも諦めた時点で私の人生が終了しちゃうから、諦めることなんて出来ないんだけどね」
党夜はその時見た。女の顔が一瞬陰ったのを。
「失敗すれば上に消されるのか?」
「社会に出たら上下関係は厳しいのよ?下っ端なんて蜥蜴の尻尾切りと同じ。簡単に切り捨てられるの。だから私のような末端は必死に任務を遂行する。なかなかいいシステムだと思わない?下の者からすればたまったものじゃないけどね」
上司の愚痴を言うかのように女は党夜に話し続ける。党夜はそれを黙って聞いていた。そして言い切る。
「あんたの事情は分かった。でも俺はアンタらに捕まるつもりはない」
「まあ私も簡単にあなたを捕まえれるなんて思ってないわよ。でも可能性はゼロじゃない。なんたってあなたは…」
女の口角が釣り上がる。党夜は背筋が寒くなるのを感じた。何かがヤバイと咄嗟に感付いた。しかし時すでに遅し。
「罠にかかった鼠だから!」
女はその場で地団駄を踏んだ。それと同時に党夜の全身に電気が走る。比喩表現ではなく、党夜は正真正銘電気による電撃攻撃を生身で受けることになった。
「がはっ…」
死ぬほどの電圧ではなかったものの全身が痺れ思うように身体が動かせない。とてつもない威力の電撃で党夜は椅子から転げ落ちた。余韻なのか床に身体をついたとき、ビリッと痺れた。
「生きてる?死なない程度に電圧は調整したんだけど。生きて連れて帰らないといけないから死んでもらったらお姉さん困っちゃうっ」
「おがげさまて…いぎてるよ…」
心配するかのように女は党夜に近づき顔をのぞき込み尋ねる。党夜は口も痺れているのできちんと発声が出来ない。
「そう。それは良かった。でもまだ意識があるのね。運ぶ上で意識があるのは面倒だから、ピリッとするけどもう一回だけ我慢してくれる?」
(流石にもう一発食らったら意識を保てる自信がねぇ…さっきだって反射的に過負荷粒子纏ってなかったら終わってたからな)
先程の電撃を受ける直前に党夜は過負荷粒子を纏うことに成功していた。しかし一瞬だったので万全ではなく何割か威力を抑えるので精一杯であった。女がそれに気が付かなかったのは、不安定になった過負荷粒子が吹き飛ばされたフラッシュと、電気によるフラッシュがほぼ同時だったので判別が出来なかったことに起因する。
そして今、党夜は追い詰められている。全力ではなくても過負荷粒子を纏うことは出来るがそれはほとんど意味を成さない。なぜなら党夜が防御に入っても、女がそれを超えるように電撃の威力を上げれば済む話。能力者になりたて、かつ麻痺で思うように動けない党夜では分が悪すぎるのだ。
もちろん、党夜だけでなく女もそのことについて理解している。
「余計な抵抗は無駄だからね。一瞬で楽にしてあげるから」
女はそっと仰向けに寝転がる党夜の背中に優しく手を置いた。
「じゃあ、一旦お休み」
女が能力を発動する…ことはなかった。女の視線は党夜から天井に移っていた。
ドゴーーン!
大きな破壊音と共に天井の一部が破壊された。瓦礫は重力のままに崩れ落ち、粉々になったコンクリートは粉塵となって舞った。
「何者!?」
粉塵の中、空中から舞い降りたのは一人の成年。
「お膳立てご苦労」
成年の声が木霊する。党夜は第三者による乱入というシチュエーションに好かれているようだった。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです
第18話は土曜日18時投稿予定です