第16話 不穏な影
ー4月15日 桃香の撃退後ー
「えらい目に合ったわ…何なのあの小娘…ぺちゃぱいのくせにちょこまかと…地面とキスしちゃったじゃない!ノーカンよねノーカン…」
「未経験なのか?見た目にしては清純なのだな」
「うっさいわよ!悪い?処女で悪かったわね!」
「俺はそこまで言ってないぞ…」
「それよりニシダ、あんたほんと何してんの?増援が欲しくてアンタを助っ人に呼んだのにあんな小娘相手に伸びちゃって…情けないわ…その筋肉は見せかけなの?」
錆びれて寂れた廃墟に苛立ちを含む女の声が響き渡る。涼しい風が吹きほんの少し肌寒く感じる。辺りに人気はなく、女の声以外は風の音しか聞こえない。
「そのことについては散々謝っただろう…あの子が関係者だとは完全に想定外だ。俺達の世界では情報が命だ。報告では標的一人だけだったのだろ?不測の事態だったのだ。致し方ないだろう…」
「分かってるわよ!こっちだってその情報が欲しくて監視してたのよ!情報の重要性ぐらい私だって理解してるわよ。だから捕獲前に対象の身の回りを洗うってことで話がついたでしょ?私が言いたいのは、小娘相手に簡単に気絶させられてるんじゃないわよ!って話っ!」
これまでに何度も同じやりとりをしていたのだろう。ニシダの言い訳に聞き飽き、女は苛つきを隠せない。だがニシダもそう言われて黙っていない。
「おいおい…お前も瞬殺されたのだろ?まあ、この際、戦闘面では文句は言うまい。だが、そもそもあの子の尾行に気付かず、ほいほい連れてきたお前の落ち度でもあることを忘れているんじゃないのか?自分の尾行に集中することは構わんが、周りに対する気配りが足りなかったのではないか?」
「…そ、それは…自覚してるわ…耳が痛い話だわ…気を配ってるつもりだったけど気付かなかった。小娘の方が一枚上手だったってことよね…」
ニシダの正論で女は論破された。自分の失敗を棚に上げて他人にあたっている自覚がったのだろう。
「ようやく頭が冷めたようだな。そうだ。俺もお前もあの子に揃いも揃ってまんまといっぱい食わされたわけだ。これは覆らない事実だ…これを踏まえてどうする?」
「もちろん今度は私達が小娘とその仲間を出し抜く。私達以外にも同じことを考えてる者がいたということは標的はほぼ黒。なら狙わない理由はない」
「なら一度戻って上に報告を…」
「報告はしないわ」
女はニシダの言葉を最後まで聞くことなく、食い気味に答える。ニシダは眉間に皺を寄せる。
「……その心は?」
「リスクとリターンの問題よ。私達が失敗したことはすでに上へ知れてるはずよ。ここで任務続行を報告するメリットはないわ。もし報告して失敗でもしてみようものなら…罰が倍になるだけよ。リスクが増すだけでリターンも求めれない。リターンは精々失敗が帳消しになれば御の字ってところね」
「……なら報告しないメリットはなんだ?」
筋肉になっている脳をフル回転させ女の言わんとしていることを理解しようとする。大まかに理解したニシダは女に続きを促す。
「報告なしに標的を持ち帰ることが出来れば上は驚くでしょうね。失敗したと聞いていたのに挽回したのか…と。この時点で失敗は帳消しになるわ。加えて成功報酬も貰える。もし失敗しても報告しなければバレない。本来の罰だけで済むからこれ以上のリスクを負うことはないわ。これで理想的ノーリスクハイリターンの完成よ」
「なるほどな。お前がここまで頭が切れるとは思っていなかったぞ。見直した」
「脳筋に言われても嬉しくないわよ。でアンタはどうするの?この話にのるの?」
「ノーリスクハイリターンにベットしない奴がいるはずないだろう?」
「オーケー。なら作戦会議にしましょう」
会議の開始と言わんばかりに女はパチンと両手を叩いた。
「作戦に異論はないが、実際問題どうするんだ?相手はこちらの存在に気付いている。警戒されているに違いない」
「警戒されているのはこの際仕方ないわ。だから今回はあなたの大好きなゴリ押し、ゴリ押しよ。力で抑えつける。私達の目的は標的の確保だけ。撃退でも殺害でもない」
女は自信満々に言い放っているが、それを聞いたニシダは唖然としている。ただでさえ大きな口がさらに大きく開いている。
「……おい、正気か?前言撤回だ。お前はバカだ。俺はゴリ押しなら得意分野だ。だが問題は相手がゴリ押しできる相手かどうかだ。すでに俺達は一度負けてるんだぞ?」
「えらく弱気ね?あの時は油断が招いた失態よ。私もあなたも能力を使ってない。使えば話は別よ。何のために今回の作戦に私達が選ばれたと思う?それは上が標的の確保に私達が適任だと判断したからよ。予定外の連中の介入はあったものの本来なら成功してもおかしくなかった。そうでしょ?」
「………」
「思ったよりチキンなのね?まあ私も臆病だから他人のことは言えないけどね。でも内密に行動しないといけないから、助けを求めることは出来ない。大丈夫。作戦は考えているわ」
「聞かせてもらえるか?」
「もちろんよ。前回は意図してかは分からないけどまんまと罠に引っ掛かったわ。なら簡単よ。次は向こうから罠に引っ掛かってもらえばいいのよ」
「俺にも分かるように説明してくれるか?」
女の言いたいことがいまいちピンと来ないニシダは少し苛立つも話を聞こうと我慢する。
「今度は向こうに尾行してもらえばいい。こっちから行くから警戒されるの。だから罠を張ってそこまで連れていけばいいのよ」
「そう簡単にいくのか?上手くいくとは到底思えないのだが…」
「きっと上手くいくわ。この前の接触である程度彼の内面に触れたからね。彼は私を見かけたら必ず尾行してくる」
「……そこまで言うならその作戦でいこう。もとよりあってないような任務だ。お前の言うとおりに動こう」
「ありがとう。助かるわ。準備が出来次第作戦に移るわよ」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
ー4月16日 党夜帰宅後ー
「報告するわ。今日はタイミングがなかったわ。標的は放課後迎えの車に乗って“SILVER MOON”に向かったわ。用件は不明。帰宅も同じ車で送ってもらってたわ。何者なの?普通の学生には見えないんだけど…」
「移し鏡の有力候補だからな。大手ゲーム会社と繋がりがあってもおかしくない」
「…それもそうね。そっちの調子はどう?」
「ああ、こちらは問題ない。ほぼ完了している」
「了解よ。隙あらば明日にでも…」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
ー4月17日 午後6時頃ー
「うっ激しい……もうダメだ」
「私はまだだぞ。一人で勝手に果てるな」
「いや…ホントもう……らめぇぇぇ…」
党夜の叫び声が部屋中に木霊する。それと同時に党夜は床へ倒れ込んだ。もう動けないのポーズである大の字に寝そべってしまった。
「まあ、よく頑張った方か。それより最後のやつはなんなんだ?本当に果てたか?イッたのか?」
「今の俺に冗談が言えるほど元気が残ってるように見えますか?」
「ふふ……それもそうか」
午後の特訓が始まってから今の今まで組手式をしていたのだ。休憩があったとはいってもそんなものは微々たるもの。水分補給と息を整えるだけの僅かな時間に過ぎない。
トイレ休憩が必要のないくらい党夜も未桜も補給した水分以上の汗をかいている。二人共ウエットスーツに似た何かを着ているが見て分かるほどの大量の汗をかいている。特に未桜は汗を拭う仕草が様になっており格好よくもあり色っぽい。胸の下、所謂下乳をタオルで拭く仕草は少しエロかったりする。
「もう外は暗くなってきている時間だろう。これから党夜はどうする?」
「とりあえずシャワー浴びたいですね。晩飯は妹が用意してくれてるはずなのでシャワー浴びたら帰ります」
「そうか。了解した。ならシャワーを浴びにいこうか」
「え?」
「ん?」
この後の予定を確認していた二人の会話が止まる。原因は美桜の発言で間違いないだろう。もちろん党夜としても勘違いしているわけではなく、反射的に聞き返してしまっただけなのだ。他意でも故意でもなく不意であった。
言うまでもなく、未桜は一緒にシャワーを浴びるつもりはないしそんな意図など毛頭ない。トゥゲザーではなくレッツである。
「まだシゴキが足りなかったようだな……」
「違っ…うんです…」
「まあいい。なら移動するぞ。それと絶対に覗くなよ。次はないからな?」
「分かってますよ」
などと言いながら党夜と未桜は、忘れるはずもないあの事件が起きた更衣室へと向かう。あの際どい大人びた美桜の下着は網膜に焼き付いて忘れようにも忘れられるはずがない。もちろん党夜は口には出さないが…
更衣室の前に着くと、今度は間違えることなく党夜は男性更衣室に入る。もちろん未桜は党夜とシャワーを共にすることはなく、女性更衣室へと姿を消した。
ここの更衣室は使用者の着替え等を入れるためのロッカーと長椅子が二つといった簡素な作りをしている。そして入って右手に見える扉の奥はシャワールームとなっている。シャワールームは半個室となっており、曇りガラスで仕切られている。曇りガラスは高さ180cmほどで長身の者なら隣を覗こうものなら覗き込むことは可能だ。足元も水が溜まらないようにと20cm程浮いている。
党夜は勝手が分からないシャワールームに悪戦苦闘するも何とか使いこなすことに成功。無事シャワーを浴び、汗を流し落とすことが出来た。その後、着てきた服に着替える。下着はもちろん新しいのを用意して持ってきていたので、それを履いている。
「現世に生き返った心地がする。現実に帰ってきたような気がする。何より気持ちいい……シャワーすげぇわ!」
この空間に一人でいることから、ついつい大きな独り言を言ってしまう党夜。午前、そして午後の訓練を乗り越えたからこそ味わえたこの気持ち。何かを成し遂げることで得られる達成感を改めて党夜はシャワーで特訓の汗を洗い流すことで感じ取ったのだ。
「着替えたはいいものの。これからどうすればいい?帰宅したいが勝手に帰るのはよろしくないな。姐さんにお礼もしないといけないし。真冬さんは今日会えるかわからないしなぁ…とりあえず姐さんが出てくるまで待つか」
と結論がついた党夜は更衣室から出て廊下で待つことにする。更衣室内で座って待つことも可能だがそれは切り捨てた。一応党夜も馬鹿ではない。年上の人を待つ時の姿勢はある程度心得ている。今回の場合、中で座って待つのと外で立って待つのとでは先方の受け取る印象が違う。特訓してもらった身としてはきちんとした礼儀を持って感謝の言葉を伝えねばならない。
待つこと15分。女子更衣室の扉が開かれる。
「ん?党夜か。またいたのか?それとも私を待っていたのか!?」
「ええ。今日のお礼をと思いまして…姐さん、今日は俺なんかのために本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる党夜。
「そんなに改まるな。恥ずかしいだろ!」
シャワーを浴びた後だからか、そうでないかは定かではないが、未桜の顔がポッと赤くなっている。
「本当に感謝してるんです。姐さんのお陰で成長できたと思ってます。でもまだまだひよっこなのは自覚してます。なので、これからもよろしくお願いできますか?」
もちろん未桜の返事は…
「ああ、もちろんだ。党夜、お前も変わった奴だな。私に見てもらいたいなんて直接言いにきた奴は初めてだ。つまり党夜が一番弟子というわけだな」
「そうなんですか?では、これからも末永くよろしくお願いします!姐さん!」
また勢いよく頭を下げる党夜。
「そこは師匠とか師範代とかあるだろ、全く……姐さんはやめろ」
未桜の気になるとこはそこらしい。しかし最後の方はもう聞こえない程の声量による呟き。党夜に聞こえることはなかった。
「姐さん。俺、今日は帰ろうと思うんですけど真冬さんに挨拶していったほうがいいですかね?」
「別にその必要はないだろ。真冬は真冬で忙しいやつだからな。こっちからはそう簡単には捕まらん。探していたら日付が変わるかもしれんぞ」
「え?そんなに忙しい人なんですか真冬さんって?」
「一応、真冬はここのトップ2だからな。他で言う社長秘書と言ったところか…」
「ん?………えぇぇぇーーーー!!!???」
突然のことで党夜は発狂する。目にした者なら絶叫したように見えたかもしれない。それもそのはず。あのゆるかわ系のお姉さんが銀の弾丸のトップ2だと誰が予想出来ただろうか…党夜の中では保健室の先生という位置づけであったと告白しよう。
「そんな大声を出すな。耳が痛い。まあ本人があんな感じだからみんな驚くところだか、私からしてみれば当然の結果だ。銀の弾丸結成時の初期メンバーでもあるしな」
「もしかして真冬さんってめちゃくちゃ強いんですか?」
「強い…いや、強かったと言っておこう…もう前線では随分出てないからな…今は秘書としてあのバカの面倒で手一杯だろうからな。昔からあのバカの取りこぼしは真冬が拭っていたから、実際真冬が前線を引いたこと以外以前と何ら変わってないがな」
「はあ…そうなんですか」
また出てきたあのバカ。ここまでくれば誰を指しているか党夜にも分かる。真冬が秘書として補佐する人物。銀の弾丸のトップである頭である。未だ党夜は会ったことがないが、妄想と想像が広がり大変な人物像になっているのは間違いない。
「とりあえず、今から真冬を探すのは得策じゃない。忙しかったら電話にも出ないからな。お前の帰宅は私から伝えておくから気にするな。メールの一本入れておけば時間ができたら見るだろ」
「ありがとうございます。そうしてもらえると助かります」
「じゃあ上まで送っていこう」
そう話はまとまったのて、党夜と未桜は上、地上へと上がっていく。もちろんエレベーターに乗って。
エレベーターを降り来た道を引き返すように歩く。改札を通る際は行きと同じく通行証を持つ未桜の後ろにぴったりとついて通過した。そして受付に向かう。
「お帰りになるのでしょうか姉川様?」
「まだ帰らんが、こいつのIDカード発行が終わったか確認しに来たんだ。真冬が既に手続きをしたと聞いたんだが?」
「少々お待ちください」
受け答えしているのは党夜が今朝会った受付のお姉さんだった。何やらファイルを幾つか触ったところで手が止まった。
「お待たせいたしました。古夏様から天神様のIDカード発行の手続きがされておりました。こちらが発行されたカードになります」
といい受付のお姉さんは党夜にカードを渡す。
「あ、ありがとうございます」
「そのIDカードは原則として再発行不可となっております。紛失等で失くされることがないようにお願いします。一応本人しか使えない仕様になっておりますので盜まれたところで悪用はされませんが、他者に渡ることのないようお気をつけください」
「はい。了解であります」
お姉さんの口調に流されて、少し変な言葉遣いになる党夜。敬礼をしたり戯けているわけではないのでふざけているのではないのだろう。
「真冬さん、こんなこともしてくれてたんですね。ホントお世話になりっぱなしです」
「真冬は世話焼きなんだ。なれるだけ世話になっとけ。じゃあ私は下に戻る。次の予定とかあるのか?」
「いえ、今のところはないですね。また真冬さんから急なアポがあるのかもしれません」
「そうか。私はしばらくの間はここにいると思う。尋ねてきたらいつでも相手してやるぞ」
「ありがとうございます。その時はお手柔らかにお願いします。では今日はありがとうございました」
「ああ、気をつけて帰れよ」
未桜に見送られて党夜はSILVER MOONを後にする。外は夕暮れ。ビル街であるここは光が乱反射し真っ赤に染まっている。そして党夜は駅に向かって歩き始める。
10分ほど歩けば駅に着く。あとは電車に乗って最寄り駅まで帰る。ただそれだけの話のはずだった。しかし見てしまった。視界に入ってしまった。見覚えのある女の姿が。
「ん?あれは…」
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです
第17話は土曜日18時投稿予定です