第15話 ご褒美は何?
「お昼も終わったことだし午後の特訓いってみよぉ!」
子供たちのワケアリ事情を聞いた後、何気ない談笑をしながらカレーを食べた党夜たちは真冬の合図で行動に移す。
「お皿は私達が運んでおくから特訓行ってらっしゃい。天神くん頑張ってね。未桜は厳しいわよ」
「それは午前で十分痛感しましたよ」
午前の訓練を思い出し午後が不安以外何もない。
「午後は私と過負荷粒子を用いた組手式と呼ばれる訓練だ。午前の訓練で過負荷粒子に少しは慣れたはずだ。それを実戦に近い形で用いる訓練になるな。本来なら初日でするものではないが……党夜なら大丈夫だろ。真冬も付き添ってくれることだし、倒れても看病してもらえる」
未桜が軽くの訓練の内容について話してくれるが本来なら初日にはしないものだと言われて嫌な予感しかしない。明らかにハードモード仕様だと思われる。午前はなんとか真冬のお世話にはならなかったが、この感じだと午後はそう甘くないもしれない。そう思っていたが、
「そうよぉ。また膝枕してあげるわよぉ。でもねぇ午前は倒れずに頑張ったからぁ…午後も倒れなかったらご褒美あげるわぁ。ご・ほ・う・び♡」
「ご、ご褒美……ゴクリッ…」
胸の下で腕を組み胸部を強調しながらそんなことを言う真冬。これによってただでさえ大きい真冬の巨胸が一段と大きく見える。今にもブラウスのボタンが吹き飛んでもおかしくない。
てかなぜに吹き飛ばないのか?吹き飛べボタン!弾けろボタン!
そもそもこの場合のご褒美とはなんなのだろうか。党夜は可能性を瞬時に思考を巡らせる。
まずは物品としてのご褒美の可能性。俺が甘党であることを調べればすぐに分かること。真冬さんなら必ず知っているはずだ。物ならば甘いもの全般が候補に入ってくる。
俺の情報をより正確に詳しく調査しているならティラミスが最有力ではある。ティラミスなら大喜びだ。他にはチーズケーキ、ガトーショコラ、ミルフィーユ……ドンとこいである。正直甘いものなら何でもいい。
次にご褒美という名のしごきの可能性。何かしらの追加特訓が行われるかもしれない。午前よりも厳しいのが待ち受けているかもしれないのに、その後にまだあるなら体がもたない。
「後日おいで!」のパターンも考えられなくもない。だが姐さんならまだしも、真冬さんはこんなことをするなんて考えられない。ないとは言い切れないが可能性は薄い。ないよね?でも真冬さんは少しSっ気があるからないとは言い難いんだよなぁ。
最後の可能性は……あれだよ……うん。言わなくても分かるよね?話の流れからして…あれですよ…エッチなご褒美ですよ。俺だって高校生だぜ?興味がないって言ったら嘘になる。てか興味ある。
真冬さんは美人だしスタイルもいいし…特に胸がデカイ。ご褒美なんて考えたらもう止まらねぇーぞ。すでに膝枕を体験しているがあれを超えてくるのか…?ダメだ…真冬さんは立場上、俺の上司なんだ。こんなこと考えたらダメだ。この可能性は消すべきだ。ない、ないったらない。
などと考えが走らせる。経過した時間はたった0.2秒である。しかしこの一秒にも満たない思考だったにも関わらず、党夜の弛んだ顔を見逃さなかった者がいる。
「なにいやらしい妄想してるんだ?」
「ふぇっ!?」
「図星か…分かりやすいな全く…困った後輩だな…」
「ふふふ…党夜くんのエッチ♡」
「違います!……違いませんけど違うんです!!」
「本当に仲いいわね。天神くんってこの前入ったばっかりよね?まあ良いことだけど…じゃあ特訓頑張ってね!」
ミランダから激励を貰い、和気あいあいとしながら食堂をあとにする。これから午後の特訓である。
「すいません真冬さん、姐さん。先に行ってもらえますか?トイレ行きたいんですけど…」
「このタイミングで?ふふふ…いいわよぉ。先に行ってるわねぇ」
「全く…困った奴だな」
「違いますよ!本当に漏れそうなんです!」
党夜も話の流れからここでトイレに行くことがあまりにもタイミングが悪いことに言ってから気付いた。しかし急を要するのでイジられつつもトイレへと向かうのだった。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
真冬さんらと一旦別れ、先程エレベーターホールで見た地図を思い出しながらトイレへ向かう。少し迷ったが無事トイレに辿り着いた。
「清掃中?でもこの階にはここしかないしなぁ…移動するのもなんだし…いいよな?」
清掃中と書いてある札がかけてあったが気にせず中に入る。これ以上我慢はマジ無理。入ると清掃員の人がトイレを掃除していた。
「あれ?清掃中のかけ札かけてなかったか?今清掃中じゃ。まあ構わんがな」
「すいません…ありがとうございます」
気さくなおじいさんで、俺はその清掃員のおじいさんのお言葉に甘えて用を足す。いやぁ、あと少し遅れてたら結構ヤバかったよ。
「あんた新人かい?見かけねぇ顔だな?」
「はい!最近入りました天神党夜です。よろしくお願いします」
「元気でええこっちゃ。最近の若いのは覇気がなくて困る。何かとつけて草食系男子とかゆう言葉にすがりよって…男は黙って肉食えばええんじゃ肉!もう雑草食って雑草魂なんて古いだわい!」
「そうですねぇ…」
「そうじゃろ?そうじゃろ?若いうちにやることやらんと年取った時に泣くのがオチじゃ。老人になったら相手してくれんからなぁ。わしはまだまだ元気じゃぞ。そこらの餓鬼には負けんわい。経験の浅い若い姉ちゃんなんてすぐにイカしてやるわい。ハッハッハッ」
「………」
心優しいおじいさんかと思ったら、初対面で下世話な話をしてくるとんでもねぇじいさんだった。関わらねぇ方がいい人ってのはこんな人だと俺は思う。癖が強すぎる。俺の手には余るわ。そもそも草食系って草食う訳じゃねぇし。草食系と草食動物をごっちゃにしてるご老人の典型だな。参ったな…早くこの場を去らねば…
「じゃあ俺はこのへんで…お掃除頑張ってください」
「おう!お前さんも頑張れよ!コマツナくんによろしく頼むわ!」
「コマツナ?……はい、分かりました」
俺は逃げるようにトイレをあとにする。もちろん手は洗いましたよ?重度じゃないけど結構潔癖症なんだよな。家に帰ると手洗いうがいは欠かさない健康児そのものだ。風邪なんて滅多に引かない。まあそんなことはどうでもいいか。
てかコマツナくんって誰のことだろうか?小松菜のことだろうか?野菜と人をごっちゃにしたらアウトだろ色々と……てか、まだここに来て数日だからほとんどメンバーにあったことないし。
そもそもメンバーがどれくらいいるかすら知らねぇ。大規模だとは分かるけど正確な人数まではな…確か何とかって計算式で求められるとか聞いたけど忘れたしな。まあいっか。いずれ会えるだろコマツナくんに。
「やべっ、もうこんなに時間経ってんじゃん。真冬さんは大丈夫そうだけど、姐さんキレてるかもな…急がねぇと」
俺は急いで集合場所へと向かう。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「トイレにどれだけ時間がかかってるんだ党夜?」
「いやぁ、ちょっと迷子になっちゃって…すいません」
期待を裏切ることなく7階に着くと、開口一番に苛立った声を発する。やはり未桜は怒っていた。
「怒ってないぞ。ただ早くお前をボコボコにしてやりたくてウズウズしてただけだ」
「それは怒ってないんですか?絶対怒ってますよね?」
「怒っていないって言ってるだろ!そう言ってるのに「怒ってるよね?」と言われるのは私は大っ嫌いなんだ。バカにしてるんだろ?」
「してませんよ!ほんと!全然!」
「未桜はただ党夜くんをボコボコにする口実が欲しいんだよぉ。素直じゃないなぁ。ふふふ」
「………」
(ダメだ。この二人を前にするといつも後手に後手に回ってる気がする。こちらも俺には手に負えねぇ…)
「まあ冗談はこれぐらいにして…」
「冗談だったんですか!?」
「本格的な戦闘訓練を行う。私は直々に付き合ってやるんだ。妥協はしないし甘言を言うつもりもない」
さっきまでとは未桜の雰囲気ががらっと変わった。
「党夜は能力を使えない。それは能力者相手には不利でしかない。もちろん、能力を使わないことで生きる戦術というものは確かに存在する。出し惜しみすることで相手を攪乱することも時には必要だ。だが、誰にでも通じるものではない。言うならばアニメや漫画で序盤出てくる雑魚か油断してる雑魚だけだ」
「確かに…」
「だからこそ、過負荷粒子を使いこなせないと話にならん。というより過負荷量子体だけがお前の武器になる。心許ないが致し方ない。あとは状況や相手の能力などの把握で補うんだ」
「俺が能力を使えるようになる、って選択はないんですか?」
党夜の発言で未桜と真冬の顔が強張る。
「いずれは使えるようになってもらわないと困る。でも今はやめたほうがいい。元々能力者じゃない党夜がいきなり能力を使えば、必ず体に死傷をきたす。支障じゃなくて死傷だ。しかもその能力がDoFのものだとしたら尚更だ」
「………」
「桃ちゃんから聞いた話だと党夜くんが引き継いだDoFの能力は何重にもロックされているらしいわぁ。かなり強度の高い封印をしたのね。そもそも私達はその封印の解除方法を知らない。どっちにしろ今すぐ能力を使えるようになることはないわねぇ」
「……分かりました」
なかなか複雑な話になってきた。自分の最大限の力を出せないことがもどかしい。何より早く彼女の力と向き合いたい。党夜の頭の中に様々な思考が行き来する。
「どうせもとよりチートな能力だ。覚醒したら私達ですら手に負えん。暴走なんてしたらそれこそここら一帯が地図上から消えてもおかしくないからな。能力に振り回されるのがオチだ。あとは強大な力を持つ者にありがちな能力依存になる可能性が高い。能力に頼りきって体を鍛えない奴は土壇場で力を発揮できないことが多いからな…」
未桜はひと呼吸おいて続ける。
「…そして何よりも簡単に使えるようになっては私が面白くない!」
「へ!?」
「当たり前だろ!一日や二日で俺様最強キャラが出来たら全くもって面白くない!」
「はあ…」
未桜は堂々と言い切った。党夜が強くなることが面白くないと。自分で言って恥ずかしくなったのか、ゴホンと咳払いをして話題を変える。
「理由はなんにせよだ。長話になったが今から実戦訓練を行う。さっきも少し触れたが、過負荷粒子を使う上で最も効率的な訓練方法として組手式というのがある。組手はあらゆる武術の基本であり、それは私達能力者にとっても同じだ。詳しくはやりながら説明しよう。まず過負荷量子体を纏う。ハッ!」
未桜は構えると掛け声と共に全身に過負荷粒子を纏った。
(やっぱり姐さんはすげぇ…この鮮やかなブルーの輝きは素人目でもかなりのものだと分かる…どれほどの時間を費やせば追いつけるんだ…俺だって…)
党夜もまた過負荷粒子を纏う。
「ほぅ…なかなか安定してきてるじゃないか。今の状態を維持したまま私と組手をする。まずは私の拳を受けろ」
そう言うと未桜は右拳を突き出す。しかしその速度は…
(ん?遅い…?…え?)
轟
「え?うわぁぁ〜」
党夜は一瞬で弾き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「ぐはっ…なん…痛ぇぇ…何が起きた?」
「党夜、お前は今私の拳が遅いからって油断しただろ?」
未桜は瞬時に吹き飛ばされた党夜の元に移動し、手を差し伸べる。党夜は未桜の手を取り、立ち上がる。
「ありがとうございます。確かに遅いと思いましたけど、なんで飛ばされたか分かんないんですけど…」
「油断して気が緩んだから党夜が纏った過負荷粒子が不安定になった。そして私の過負荷粒子の威力に耐えきれなくなったんだ。確かに速度も威力に付加されるが、遅いからって威力がないわけじゃない。まあこのことが早々に分かって良かったじゃないか」
「先に言ってくださいよ」
「何事も経験だ。どうせ後で教えるつもりだったんだ。早いか遅いかの話だ。もう一度行くぞ!」
と言うと未桜は先程と同じ構えから、これまた同じく右拳をゆっくりと繰り出す。今度は油断することなく党夜は未桜の右拳をゆっくりと受け流す。美桜の右拳に注意しつつ、全身の過負荷粒子を乱さずに受け流すのはなかなか神経を使う。少しでも気を抜くと上手くいかないことは瞬時に理解できた。
「そうだ。それでいい。次は今のと同じように私に撃ち込んでこい」
「はい!」
言われた通り、見様見真似で党夜も右拳を繰り出す。こちらも過負荷粒子を乱すことなく撃ち出すのにかなりの集中力が必要になる。しかもゆっくりと動かすのが思ったよりキツイ。普段しない動きをすることは想像以上に大変なのだ。
未桜は手慣れた様子で党夜の右拳を綺麗に受け流す。そのまま流れるように左拳を撃ち出す。この洗礼された動きに党夜はつい見惚れてしまった。しかしそれもほんの一瞬で、きちんと未桜の左拳を受け流している。
その後、蹴りの動きを加え、このやり取りを数十回繰り返したところで未桜は動きを止めると同時に口を開いた。
「一旦止め!なかなか筋がいいな。休憩を入れることなくここまで出来るとは…誤算だった。良い誤算というやつだ」
「はぁ…はぁ…いや、結構ギリギリでしたよ…最後の方なんてかなり雑な動きになってましたし…はぁ…まだまだですよ…姐さんなんて息上がってないじゃないですか…」
「息こそ上がってないが、私も疲れた」
「そうには見えないっすよ…はぁ…はぁ…」
党夜は肩で息をしながらその場で座り込んでしまった。
「まあ及第点だな。少し休憩してから次はもう少しスピードを上げるから覚悟しろよ」
「マジっすか…」
口角を吊り上げ不敵な笑みを浮かべる未桜。この後の訓練もただでは済まないと党夜は察した。
「この調子だと私は要らない子じゃないぃ?」
この甘ったるい声はもちろん真冬だ。未桜が党夜をみっちりシメてた間、真冬は隅っこで見学していた。二人の訓練が途切れたところで真冬が近づいてきたのだ。
「すいません。俺の訓練に付き合ってもらって…たぶんもう倒れることはないと思います」
「言うじゃないか。まあそれぐらい自信を持つことはいいことだがな。ふふ」
「うんうん。まだ実感ないと思うけど、党夜くんここ数時間でかなり強くなってると思うよぉ」
「そうですか?」
未桜と真冬に褒められたことで照れる党夜。しかし真冬の言う通り、自信はついたが強くなった実感が持てない。やはり実戦でしか実力を試せないのは何においても同じことなのだ。
「じゃあ私はこのあと用事があるから。未桜、あとはよろしくねぇ。党夜くんもサボっちゃダメだよぉ」
「党夜のことは任せておけ」
「頑張ります」
そして真冬ははエレベーターに乗って上へと上がっていった。残されたのは未桜と党夜の二人。
「よし。十分休憩しただろ。続きといこうか」
「もう?マジっすか…」
悪魔による悪魔の特訓はまだまだ続く。
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第16話は土曜日18時投稿予定です