第14話 能力孤児
「…もう限界…動けねぇぇぇ…」
肺が活発に運動し、心臓は締めつけられ、体は発熱して熱くなる。そんな熱くなった体を冷えた床で冷まそうとするかの如く、党夜は大の字で寝転がった。あれから纏うそして休憩を約30セット熟した党夜はすでに体力限界を超えていた。休憩と言っても息を整えるだけの時間に過ぎず、すぐに未桜から開始の合図をなされる。姐さんではなく女軍曹ではないかと思うほどだった。そこで党夜は思う。姐さんには逆らえねぇ…と。
「よく頑張ったねぇ。カッコよかったですよぉ」
床に寝転ぶ党夜の顔の汗を真冬はタオルで拭いながら賞賛する。この言葉がお世辞ではなく本心だということは党夜にもよく分かる。それゆえ余計に恥ずかしい。美人なお姉さんから「カッコよかった」など本心で言われて照れない奴はいないだろう。いたらぶん殴ってやる。
「まさかここまでやるとは思わなかったぞ。見直したぞ党夜。これほどの男なら私の下着姿を晒しても惜しくないな」
「あらあらうふふ」
なぜか未桜からの好感度が違う方向に伸びている。未桜自身そのことに自覚していないし、党夜はもちろん全く気付かない。この場では真冬だけがそれに気がつき何やら意味あり気な笑みを浮かべる。
「午前はこれぐらいにして後はご飯を食べてからにしよっか」
「そうだな。じゃあ食べに行くか」
「え?どこに行くんですか?」
「着いた時のお楽しみよ。ふふふ」
など言いながら真冬と未桜のあとをついていく。エレベーターに乗り上の階へと上がる。訓練場は地下7階である。地上へと上がると思われていたエレベーターは1階を示す前に止まった。電子標識が示すのはB2 、地下2階である。そして扉が開き真冬らが降りるので疑問に思いつつもついていく。
党夜はエレベーターを降りるとエレベーターホールにあった見取り図を確認した。この階も保健室(仮)があった階と同様に一般的なオフィスと似た作りになっているようだ。通路に面していくつもの部屋が存在するが、一つだけ他の部屋の何倍もの広さの部屋があること、そして真冬らはそこへ向かっているのだと気付いた。
「ここよ」
予想は外れることなく大部屋の扉前に辿り着いた。
「どうぞ党夜くん。先に入ってぇ」
「あっ、はい」
真冬に促され党夜はその大部屋の扉を開ける。そして全貌を知る。ここは食堂だった。長机がいくつも置かれており100人いても座れるように思える。奥には調理場があり、そこには調理する人の姿が見えた。しかしその人達が普通でないことはすぐに気がついた。遠目から見ても調理スキルが高いことはよく分かる。だが問題はそこではない。服装が問題なのだ。エプロンをしているしていないというのは些細な問題ではない。全体的に違和感しかない。なぜなら皆シスター服を着ているからだ。
「シスター?」
「あらぁ。まずそっちに目がいくのね。党夜くんはシスターが好きなのかしら?」
「いやいや、この際好き嫌いは置いといて…シスターがいることを疑問に持つのはおかしいですか?てかなぜにシスター?本物?」
「ここではシスターに似たことはやっているわね。でも正式なシスターさんではないわ。本物に近い偽物ってことかしらぁ。時に偽物は本物を超えるというけれど彼女たちはその例ね」
聞くと彼女ら、シスターさん(仮)はここで給仕や礼拝など本職の修道女のような暮らしをしているらしい。暮らし、それはこの地下で暮らしいているということだ。もちろん監禁や軟禁されているわけではないのでこのビルから出ることを規制されているわけでない。しかし地上に上がる際には修道服は目立つため私服に着替えるとのこと。
「でも地下にいるってことは…」
「そうだ。彼女らも能力者だ。そして銀の弾丸のメンバーでもある。もちろん非戦闘員だがな。彼女らは私達の任務の管理や経理などもしてくれている。彼女らなしに銀の弾丸は動かないわけだ」
党夜が聞きたいことを未桜がかいつまんで説明してくれる。予想通りシスターさん達も能力者で銀の弾丸のメンバーだったのだ。
「まだまだ謎多き組織ですね。銀の弾丸の全貌が見えないですよ…」
などと党夜が新たな銀の弾丸について知ったところでまたもや驚くべき事態が起こる。
ドタドタドタドタ バタン
「「「「「シスターミランダ!」」」」」
「ふぇ?」
食堂に入ってきたのは10数名の子供たち。大きい子は小学生の高学年、小さい子は幼稚園の年少さんまでいる。子供たちの勢いに党夜は完全に飲まれている。そして真っ先に思う疑問をすぐに投げかける。
「なんでこんなに子供が地下に?」
「……それはね…」
真冬の顔を顰め言い淀む。そしてようやく言葉を出したが続きは聞けなくなった。調理場から飛び出てきた一人のシスターの声でかき消されたのだ。
「いつも言ってるでしょ!廊下は走らない!あと真冬お姉ちゃん達にちゃんと挨拶しないとダメでしょ!」
「「「「「ごめんなさい。真冬お姉ちゃん!未桜姉ちゃん!こんにちは!」」」」」
そのシスターは大きな声で叱り、子供たちは言うことを聞き真冬と未桜にきちんと挨拶をする。もちろん党夜は初対面なので挨拶はない。それに子供たちが党夜を見る目が厳しい。見知らぬ高校生に警戒しているようだ。
「真冬お姉ちゃん。この人誰?」
最年長だと思われる女の子が真冬らに党夜のことを指差し尋ねる。ヘアピンで前髪をとめツインテールにした可愛い女の子である。真っ先に発言するだけあってこの中のリーダー的存在なのだろう。桃香よりもしっかりしてるな、と党夜は思った。
「彼は天神党夜くんよ。私達の新しい仲間。優しいお兄ちゃんよ」
「そうなんだ!よろしくね党夜お兄ちゃん!」
「「「「「党夜お兄ちゃん!」」」」」
真冬からの紹介で警戒を解いた子供たちは党夜の周りに集まってくる。
「党夜お兄ちゃん!高校生なの?」
「強いの?未桜姉ちゃんより強い?」
「さすがにそれはないよ!」
「能力はなんなの?僕は水を使えるんだ!」
「こら!人の能力を聞くのはダメだよ!」
「いいじゃんいいじゃん。俺も知りたい!」
「私も…知りたいかも…」
「気になる気になる!」
「ダメだって!シスターミランダの教えは守らないと!」
子供たちに質問攻めされ完全に処理落ちしてしまった党夜。困り果てた党夜に助け舟が…
「こら!党夜お兄ちゃん困ってるでしょ。ほらご飯にしましょ。みんな席について」
「「「「「はーい!」」」」」
子供たちはミランダに言われた通り各自席に座りに行く。そしてミランダに助けてもらった党夜は子供たちから釈放される。
「ふぅ…びっくりしたぁ」
「ごめんね。あの子たち新人さんには興味津々だから。あっ!自己紹介が遅れました。私はミランダ・クレオディールです。みんなからはシスターミランダと呼ばれています。よろしくお願いします天神くん」
「天神党夜です。こちらこそよろしくお願いしますシスターミランダ」
「軽く自己紹介もしたことだしお昼にしよぉ。ミランダ、今日のランチは何かなぁ?」
「今日は子供たちのリクエストでカレーにしました。甘口と中辛があるので選んでください」
「私は甘口ね。未桜と党夜くんはどうするぅ?」
「私も甘口をもらおう」
「え?姐さん甘口なんですか?」
未桜はその言葉に反応し党夜を鋭い眼光で睨めつける。党夜の不用意な発言で未桜の怒りを買う。
「悪いか?お子ちゃまだとでも思ったのか?私はな、辛いものに滅法弱いんだ。しかもミランダの作る中辛は中辛の領域を超えている。異論反論はあるか?」
「いえありません……俺も甘口でお願いします」
咄嗟に負けると判断した党夜は素直にあやまることを選択する。
「党夜くぅん、私には聞いてくれないのぉ?」
「えっ!?あ、えっと、真冬さんはイメージ通りだったので」
「どんなイメージかな?」
「えー、優しいといいますか、包み込んでくれるといいますか……」
「ふーん、今日のところは許しましょう。ね、未桜?ふふふ」
「私の扱いが不当な気がするが……いいだろう。午後の特訓が楽しみだな?な、党夜?」
「そ、そうですね姐さん」
「あら、二人共天神くんと仲良しなのね。じゃあカレー用意するわね」
ここまできて党夜は気付いた。真冬がわざと自分の話題を持ち出すことで未桜の機嫌を損ねさせたことを。この要らぬ配慮によって党夜は午後の訓練で午前よりも遥かに地獄を見ることになる。そしてそんなやり取りを見ていたミランダは一段落ついたところで調理場へ戻っていった。
「じゃあ私達も座りましょうか」
と言われて党夜は真冬と未桜に続いて席につく。入り口からみて手前に真冬が、その隣に未桜が並んで座り、党夜は真冬の正面に座る。子供たちは何席か離れたところに座っている。
座ってまもなくシスターさんらがトレイに乗せてカレーを運んできた。それをみんなに配ってくれる。そしてミランダは未桜との正面に、ほかのシスターさんたちは子供たちの近くに座った。
「それでは……」
ミランダは胸の前で手と手を握りお祈りのポーズをとる。修道服を着ているからか、かなり様になっている。真冬も未桜も子供たちもが同じポーズをとるので、慌てて党夜も真似をする。
「全ての自然に感謝を。全ての生命に感謝を。あらゆる万物に感謝を。聖なる神に感謝を。命ある限り忘れることなく感謝します…」
「「「「「いただきます。」」」」」
「いただきます」を言い終わると皆カレーを食べ始めた。甘口といっても適度にピリリと辛い、党夜の好みの味だった。甘党だからといっても何でも甘ければいいわけではない。カレーは辛くてなんぼな食べ物なので、党夜はそこまでカレーに甘さは求めない。辛いものを食べたい時もあるのだ。
子供たちはこれまでに何度も食べちょっとした辛さに慣れているのか、すでに談笑モードである。グループごとに話題は違うが非常に盛り上がっている。
「そういえば真冬さん、さっきの質問なんですけど…あの子供たちって?」
先程ミランダの注意で有耶無耶になっていた疑問を再度真冬に尋ねる。真冬はまたもや顔を顰める。しかし今度は続きを聞くことができた。
「あの子たちは能力孤児なの。早い時期に“能力に目覚めた”ことで両親に捨てられた子たちなのよ。未だに能力者に対する忌避は消えてなかったりするの。能力者になった自分の子供を怖がったり、周りの目を気にして子供を手放す親も少なくないわ。もちろん施設に預けられる子たちもいるけど能力者ってだけでイジメの対象になったりして。馴染めなかったりするの」
これは一種の社会問題になっているのは事実だ。能力者という人の枠を超えた存在として認識され差別化されることがある。この世の中、自分の子供が能力者だと分かった上で育て続けれる親だけではない。続けれない親も少なからずいる。そんな親は子供を見捨てるという選択肢を選ぶ。
そこで見捨てられた子供は孤児のための施設に預けられる。しかしそこは一般的な施設で能力者専門の施設は未だに存在しない。中高の教育機関ですら教育者不足なのに、施設のための人員を確保出来るはずがない。つまり子供たちは親から、そして社会からも見捨てられたも同然なのだ。
真冬は続ける。
「だからといってそれを批判非難するつもりはないわ。仕方ないことだと思うの。なんたって私達能力者は普通じゃない、異能を持ってるんだもの」
いつものゆるふわな口調ではない。真剣に子供たちの事情を話す真冬を見て、党夜も真剣に聞き入る。未桜とミランダは黙って聞いている。
「でも!だからって!あの子たちを見捨てる理由にはならないわ。だからこそ私達銀の弾丸でそんな子たちを引き取って育てているのよ。ここにいるのは全員能力者、同志で仲間だから。手を取り合えば生きていけるの。決して世界に絶望してほしくないから…」
まだ出会って間もないが、真冬がここまで感情を露わにしているのを初めて見た党夜は驚いていた。真冬に対するものでもあるが、能力者の苦労など考えたことがなかったからだ。これまで党夜の周りには能力者はいなかったし、忌避どころか憧れを持つ人もいたりする。
ニュースでも稀にしか取り扱われない問題だったし、党夜自身この問題を軽視していた。能力者には力があるから何も不自由なく生活しているものだと決めつけていた。これまで直視したことがなかったのだ。
しかし目の前には実際に10人を超える子供たちがいる。これが事実で真実である。党夜は認識を改めこの事実をしっかり向き合うと決心した。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです
第15話は土曜日18時更新予定です