第11話 姐さんな姉川さん
ここは平塚ヶ丘オフィス街にある“SILVER MOON”本社ビル。高さ約80m、20階建ての高層ビルである。このオフィス街で3本の指に入る会社であるが他のビルと何ら変わるところはないように見える。そう、見える範囲ではほぼ違いはない。
他の会社との違いは“SILVER MOON”は表向きの会社であり、表があれば裏がある。裏とはもちろん“銀の弾丸”のことである。“SILVER MOON”としての業務があるのでビル内部では裏の仕事を扱うことができない。
では“銀の弾丸”はどこで活動しているか?それは地下だ。地下1階から地下10階までが“銀の弾丸”の活動拠点なのだ。もちろん誰でも行けるわけではない。地下行き専用のエレベーターが用意されているが、乗るためには専用のIDパスとパスワードが必要なのだ。ハッキング対策も万全なので突破されることはまずない。
党夜も今朝このことを知らされた時は大いに驚いた。なんたって起きたら地下にいたのだから。確かに真冬ははっきりとビルの中だとは言っていなかった。それがつまりビルの一部であって中とは一概には言えないという複雑な事情だったのだ。
修羅場をやり過ごし真冬に連れてこられたのはバイト先ではなく“銀の弾丸”の本拠地、“SILVER MOON”本社ビル地下だった。そして今、党夜は地下5階にいる。
「真冬さん、急用って言ってましたけど何なんですか?まさか単なる嫌がらせだったんですか?」
「そんなことないよ。ほんとに急用なのぉ。もうすぐ来るはずなんだけど…」
なにやら真冬は誰かを待っているらしい。ここで待ち合わせをしているということは当然銀の弾丸の関係者だろう。そして、自分が関連する話であろうと推測する党夜。そんなことを考えているとピコンという電子音がなる。エレベーターがこの階に止まったようだ。
エレベーターの扉が開くと二人の人物が出てきた。
一人は女性で黒髪ハーフアップにキリッとした顔立ち。黒いジャケットを羽織りかなり際どい短パンを履いている。真冬が癒やしのお姉さんなら、この人は頼りになるしっかり者のお姉さんって感じ。
もう一人は少年で短髪の茶髪。見た目が少しチャラいがバカなチャラさではない気がする。あと…うん、男の説明はこれ以上いらないだろう。
「真冬、いきなり呼び出して何の用だ?」
「そーっすよ古夏さん。理由ぐらい教えて下さいよ」
「ごめんねぇ…来てから説明する方が楽でしょ!」
「はぁ…そうですか。真冬のそういうとこは治んないの?で、そこの子が関係あるの?まさか…」
「そうだよ未桜。彼があのDoFの移し鏡」
「「!?」」
未桜と呼ばれた女性と一緒に来たチャラ男は真冬の言葉で目を見開き驚いている。
「…そ、それは本当なのか?」
「うん、モモちゃんがちゃんと視たからね。間違いないと思うよぉ」
「水無月さんが言うなら間違いないっすね。彼は本物なんでしょうよ」
「だか些か信じられんな…」
桃香が判断したことは彼・彼女らの中では最も信用できるものらしい。それもそのはず桃香は相手を視る力を持っているからだ。
「じゃあ党夜くん、自己紹介しよっか」
「はい。初めまして、この度銀の弾丸に入りました天神党夜です。よろしくお願いします」
初対面なので党夜は出来るだけ丁寧に自己紹介を心掛ける。少年の方はほぼ同年代だろうが、女性の方は目上だろう。特にこの女性の発するオーラが玲奈に似ているので特に党夜は下手に出ているなだろう。
「私は姉川未桜。党夜と読んで構わないかな?」
「はい」
「そうか。なら党夜、私のことは姉川さんか未桜さんと呼んでくれ」
「何を言ってるんっか!姐さんは姐さんでしょ。だれも姉川さんなんて呼んでぐばっ…姐さん何するんすか!」
「黙れ聖!お前がそんなことを言うから入ってくる後輩はみんな私のことを姐さんって呼ぶんだ!」
「俺のせいっすか?姐さんが姉御肌なのが悪いんでしょ…しっくりきてるじゃないですか…」
聖と呼ばれる少年は見た目通り言動が軽い。未桜もやはりイメージ通りしっかり系お姉さん、いや姐さんのようだ。
「そのことを気にしてるのを知ってるだろうが…まあいいお前も自己紹介しなさい」
「へーい、天神党夜くんだね?俺は八頭葉聖っす。同い年ぐらいっすよね?俺も党夜でいいっすか?」
「あ…はい」
「敬語はよしましょうや。タメ口でいいっすよ。俺のことは聖って呼んじゃって」
「わかった。姐さんよろしくお願いします。よろしく聖」
「姐さんと呼ぶな!」
「いいじゃないっすか!よろしくっす党夜」
今回は銀の弾丸のメンバー紹介のようだ。と党夜軽く考えていた。
「で今回未桜に来てもらったのは党夜くんを鍛えてもらおうと思ったからよぉ」
「そんなことだろうと思ったけど…でも党夜はDoFの移し鏡なんだろ?なら私が教えることなんて何もないんじゃないか?」
「DoFの力の制御ってことじゃないっすか?でもそれはそれで危険過ぎかと思いますけど…さすがに姐さんでも厳しいんじゃないっすか?」
「えーっとね、党夜くんは力が使えないのよ。DoFの移し鏡なのは間違いないの。でもね力を封印されてるようなのぉ」
「え?てことはDoFは党夜に力を封印した上で譲渡したってことか?それって党夜をただ危険に晒すだけじゃないの?」
未桜の言うことは正しい。DoFの力は『能力』の中でもトップ3に入るほどの桁違いである。それを譲渡しただけならまだしも、それを封印してしまったら今回のように襲われた時に自己防衛ができない。この力を狙う者は『能力者』の可能性が高いので、ただただ危険なのである。
「いいんです。彼女も思うところがあったんだと思います。本当は巻き込みたくなかったとか甘いこと言ってましたし。だからこそ、この力を使いこなせるだけ強くなれ、そう言われてるような気がするんで」
「そう言うなら別に構わんが…よし!党夜の訓練、私姉川未桜が任された!」
「頼むわね未桜」
「姐さん!お願いいたします!」
「だから姐さんと呼ぶなと言ってるだろうが全く…」
未桜に託す真冬と礼を言う党夜。未桜は姐さんと呼ばれて不服なのかそっぽを向いてしまった。こういうちょっとした仕草がギャップがあって実に可愛い。腕組みをしているので胸が圧迫されて…えろい。
「じゃあいつからやるんだ?今日からか?」
「今日は帰ります。家で家族が待ってるんで。明日は学校休みなんで明日からお願いできますか?」
「構わんよ。では明日朝9時でどうだ?」
「…はい。頑張ります!」
今日のところは一旦帰宅することになった。明日にお願いした党夜だったが、まさか朝早くに呼び出されるとは思っていなかった。教えてもらう立場でありながら「朝は弱いんですよ」なんてことは言えない。未桜に対する失礼に当たるし、情けないことこの上ない。つまり今回の頑張るは訓練ではなく早起きのことなんだ。
「俺はどうしたらいいっすか?」
「元々お前はお呼びじゃなかっただろ!お前には何もない。それともなにか聖…お前も私の訓練を受けるか?その腐った根性を叩き直さねばと常々思っていたからな。いい機会だ!どうだ?」
「じょ、冗談はよしてくださいよ姐さん。自分遠慮しとくっすホント。せっかく任務明けで自由な時間なのに姐さんにしごかれたくないっすよ。はははは」
「そうか残念だな。ふふふ」
今の未桜と聖のやりとりで、自分は明日からとんでもない人に訓練をつけてもらうのではないかと不安になる。もしかしたら女軍曹のようなスパルタ特訓ではないのかと…聖の焦りっぷりが尋常じゃなかったからだ。
「じゃあ今日はこのへんで…」
「明日待っているからな。今日はゆっくり休むんだぞ!」
「党夜、また次の機会にいろいろ喋りましょうや。分からないことあれば教えるんで。一応先輩なんでね」
「なら送っていってあげるわぁ。そのほうが早いでしょ?」
皆から色々と言われる党夜。特に未桜の発言は相当危険と判断できる。スパルタ臭がプンプンする。この後断れず真冬に送ってもらったは言うまでもない。
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本日二度目の真冬の送迎スポーツカー。今や自動車はほぼオートメーション化しており、走行中基本的に運転手も乗ってるだけである。ハンドルもブレーキも自動で行われるので運転手の役目は目的地の設定で終えてしまう。GPSの精度も上がっているため正確な位置情報を入力することができるのだ。
これにより交通事故の検挙数は格段に落ちた。乗っているだけで目的地に着くので居眠り運転は過去の異物となり、ブレーキの自動制御で衝突事故もほとんどなくなった。よって多くの人が自立運転システムの虜となり利用することになった。
しかし一部の人はそれとは異なり、オートではなくマニュアル運転をする人も少なからず存在する。運転好きから言わせれば自立運転システムなんて必要ないのだ。自分で運転することに楽しみを感じる、それが車好きである。真冬もそのうちの一人だ。
しかもマニュアル運転に切り替えてたとしても、衝突などの危険に迫った際には自動でブレーキを踏んてくれるので安心である。
「真冬さん運転やっぱり上手ですね。俺車を運転する人をこれまで見たことなくて…なんだか新鮮ですよ」
「ありがと。確かに自立運転システムの普及で自分で運転する人は少数派だらねぇ。でも自立運転システムなんて邪道よ。せっかく免許取るのに乗るだけなんて意味ないじゃない」
たとえ自動車がオートで運転してくれるからといって誰でも乗れるわけではない。従来通り、車を運転する(実際は運転してもらう)ためには免許証が必要なのだ。免許証を取る方法も変わっていない。
そして無免許運転は原則的に出来なくなっている。今の車には免許証を読み込む機械が導入されており、正式な免許証を読み込まないとエンジンが起動しないよう造ることを義務付けられているからだ。免許証の偽造や読み込み機の改造も原則的に不可能とされている。
「それもそうですね。真冬さんの運転を見て俺も免許取って運転してみたいと思いました」
「そう?でもくれぐれも安全運転だけは心掛けるように!」
「了解です!真冬教官!」
「よろしい!」
この後も他愛もない話をしてるうちに党夜の自宅に着いた。現在午後7時前。辺りは薄っすら暗くなっている。
「今朝に続いて送ってもらってありがとうございます。真冬さんには甘えてばかりです」
「いいのいいの。私が勧誘したんだからお世話は任せてぇ。なんだが弟くんが出来たみたいで嬉しいしね。」
「そう言ってくれたら幸いです。今の俺は何も出来ないただの高校生なんで…」
「明日からただのじゃなくなればいいの。一歩ずつ頑張ってこ!」
「はい!」
真冬の心地好い雰囲気に党夜はすっかり浸ってしまっている。真冬と話をしているだけで和むのだ。党夜の方も姉が出来たみたいだと錯覚してしまっている。
ガチャリ バタン
「お兄ちゃん!何してたのさ!今日はお兄ちゃんが晩ご飯の当番だったんだ…よ…この人は…」
党夜が帰ってきたことを妹版第六感で感じ取った結夏は勢いよく玄関から飛び出してくる。そして不満をぶつけようといつもの如くマシンガントークに入ろうとした時、党夜の側にいる女性を視界に捉えた。
「…あっ…結夏、この人は俺のバイトの先輩で…」
「もしかして古夏真冬さんですか?」
「「えっ!?」」
党夜が紫の時と同じ戦法でこの場を切り抜けよう
と真冬との関係を説明しようとしたら、結夏が食い気味で尋ねてきた。しかも真冬の存在を知っているようだ。党夜と真冬は当然そのことに驚きを隠せない。
「結夏真冬さんと知り合いなのか?」
「やっぱり古夏真冬さんなんだね。知り合いではないよ。でも知ってる人。初対面だけどね」
「どういうことだ?」
「うちの学校では有名人だもん。得票数100%の歴代最強の生徒会長、古夏真冬先輩ですよね?」
「あらあら懐かしいわねぇ。てことは星城女子高等学校の生徒さんなの?」
「いえ、私はまだ中等部です。でも中等部でも知らない人はいないと思います。私古夏先輩に憧れて生徒会役員になったんです」
妹の生徒会役員立候補理由をこんな形で知ることになり党夜はなんとも言い難い気持ちになる。
「ちょっと待ってください。真冬さん、星女のOGたったんですか?」
星女とは字の通り、星城女子中学・高等学校の略称である。
「そうよ。中高ともに星女だったわぁ。随分昔の話だけどね」
出会ってから一日しか経っていないのにすでに気を許せる相手になっていた真冬だが、まさか出身校まで知ることになるとは…銀の弾丸のメンバーでこのことを知っている人はどれほどいるのだろうか…
「お会いできて光栄です古夏先輩!自己紹介が遅れました。私星城女子中学校二年の天神結夏って言います。生徒会で書記をやってます」
「あら、私も中学の時は書記だったのよ。偶然ねぇ」
「ホントですか!?嬉しいです!」
真冬と結夏が星女トークを繰り広げる中、党夜は完全に空気となっている。置いてけぼりというやつだ。共通の話題で盛り上がってしまうと、その話題についていけない者が放置されるのは世の常である。それは時が経っても変わらない。
「てかお兄ちゃんなんで古夏先輩と知り合いなの?私に何にも教えてくれないで…」
「説明しようとしたのを遮ったのはお前だろ?真冬さんは俺のバイトの先輩だよ」
「お兄ちゃんいつからバイト始めたの?聞いてないよ!」
「…つ、ついこないだだよ…」
「ふーん、まあいいや。古夏先輩を紹介してくれたから今回だけは許してあげる。そういえば今朝の車も真っ赤なスポーツカーだったような…ま、まさか…」
真冬の後ろに停めていた車を見て今朝のことを思い出したようだ。ここで正直に答えようと党夜は決める。この流れなら…うまくいくと確信した。
「そーだよ、今朝送ってくれたのも真冬さんだよ。これで納得してくれたか?」
「うわわわわわ…古夏先輩!お兄ちゃんがご迷惑おかけしました。看病していただいたとか…ありがとうございます!」
予想通り、今朝の女性が憧れの先輩だと分かり、その上兄がお世話になったことを思い出しパニックに陥る結夏。計画通り。
「いいのよ。気にしないでぇ」
「はぁ…なんとかなったのかな…」
予想外のハブニングがあったものの、無事誤魔化すことが出来てホッとする党夜。誤魔化すと言ってもこれまで厳密には嘘はついていない。銀の弾丸というバイト?先の先輩てあることは間違いない。少し罪悪感があるのは仕方ない。なんたって彼女のこと、彼女の力のことを妹に知られる訳にはいかないから。巻き込みたくないから。結夏には普通の学生生活を送って欲しいから。
心の中で望むものは非常に大きい。いつ結夏にバレるか分からないが全力で隠し通す。自分勝手だと自覚もしている。家族に隠し事をする。しかしそれが結夏の日常を守る為だと…党夜は信じている。
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第12話は8日後の土曜日18時投稿予定です
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