第9話 修羅場 前編
「今日はこのへんにしとこっか。学校もあるでしょ?家まで送ってあげるわね」
ということで、真冬のお言葉に甘えて党夜は帰宅することになった。党夜が襲われたのが夕方6時頃。そして約10時間ほど眠り、5時頃目が覚めてから1時間半ほど真冬との会話。家についたのが現在朝の7時前である。
「真冬さん、わざわざ送っていただいてありがとうございます」
「いいのよ。元はと言えば私達の事情に党夜くんを巻き込んだ形になるんだからぁ。あとこれからは仲間でしょ。真冬お姉さんには遠慮はいらないからね!」
「はい、本当にありがとうございます」
「じゃあねぇ。また連絡するわぁ」
真冬は真っ赤のスポーツカーで颯爽と帰っていった。
「濃い一日だったな…ふぅ」
党夜は今日一日(正確にはここ24時間)のことを思い出し感慨に浸りつつ家に入る。
ガチャリ
「ただいま」
と小さな声で帰宅の合図を口にする。すると…
ダダダダダダッダダダ
「お兄ちゃん!こんな時間まで何してたの!連絡はよこさないし!電話にも出ないし!もう朝だよ!朝帰りだよ!ホント何してたの!心配したんだからね!」
党夜の帰宅を察知した結夏が二階から駆け下りてきた。それと同時に怒涛のマシンガントーク炸裂。結夏の不満は収まるところを見せない。
「なんなの?何してたのさ!あと、さっきのスポーツカーの女の人誰?ま、まさかお兄ちゃんの彼女さん?年上のお姉さんって感じだったけど…あっ!だ、だから朝帰りなの?ホテルインなの?ゴールインなの?」
党夜が真冬に送ってもらったところをバッチリ見ていたらしい。あらん事か、邪推の邪推でもう結夏の頭の中は混乱しっぱなしだ。
「結夏落ち着け。あの人は彼女じゃない。だからホテルインでもゴールインでもない。結夏、お前が勘違いしてるだけだ」
その後、10分間結夏を宥めたが納得することなく…
「訳わかんないよ!もう時間だから私学校に行くから!帰ってきたらきちんと説明してもらうからね!分かった?いってきます!」
「あ、お、おう…いってらっしゃい…」
結夏はプンプンしながらも登校時間になったので学校へ向かう。とことん真面目な妹だ。生徒会役員は早く登校しないと行けないらしい。
党夜はとりあえず風呂に入ることに。
「こりゃ今日も遅刻だな…玲奈ちゃんキレるだろうな…」
と言いつつも風呂へと向かう。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
ー4月16日 午前8時30分ー
党夜は風呂、朝ご飯、身支度を終えて家を出たのは昨日とほぼ同じ時間だった。そして、自転車を走らせ学校へ向かう。もちろん、通学路には党夜以外学生はいない。
昨日と同じ工程を進み、教室の前までたどり着く。これまた昨日と同じく、一度深呼吸をしてから教室の扉を開ける。
ガチャ
「遅れてすいまぶっへ…」
メジャーリーガー並みの弾丸ライナーで飛んできたチョークが党夜の額に命中、そしてチョークは役目を終えたと言わんばかりに粉々に砕ける。
「天神ぃ…貴様はもう昨日のことも忘れたのか?ああ?それもと重役出勤か?何様のつもりだ!」
「いや、これには訳が…昨日いろいろありまして…」
「何かあったのか?」
「色々ですよ。訳ありです。理由を挙げたらきりが無いですね」
「言い訳か?言い訳を聞いて欲しいのか?」
「え…」
まずいこの流れは…と思いつつもこの流れを止めることは党夜には出来ない。
「いやぁ…そのですね…」
「分かった。天神貴様のために言い訳を聞く時間を設けてやる。放課後、生徒指導室に来なさい。今日は貴様の話をじっくり聞いてやる」
「…はい」
なんだかデジャヴ感が否めない党夜。しかし遅刻した時点でこの結果は避けれなかっただろう。
教室からは哀れみの目線が寄せられる。陣は「どんまい」と、紫に至っては「ざまあみろ言わんこっちゃない」と呟いていた。
朝のチャイムが鳴り響く。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「昨日言ったよね?明日は遅刻しない方がいいって…私の忠告を無視するからあんなことになったのよ!」
「仕方ねぇーだろ…今回は寝坊とか二度寝じゃねぇーんだから…」
「だったらなんで遅刻してきたのよ!」
「二人共落ち着いて」
これまた昼休み。すでに購買組と食堂組の姿はない。少しきょうしつないで空席が目立つ中、党夜と紫が口喧嘩をし陣が仲介するという見慣れた風景があった。
「落ち着く?ジン、それは無理な相談よ!これ見てよ!」
紫が取り出したのはピンクのスマートフォン。紫のものだ。そして、少し操作してから画面を党夜と陣に見せつける。
【紫さん、お兄ちゃんが帰ってこないんです。何か知りませんか?】
【まだ帰ってこないんです。連絡も取れません。どうしたら良いですか?】
【紫さん!お兄ちゃんが帰ってきました!朝帰りです!しかも若いお姉さんに送ってもらったみたいです!今から問いただしてみます!】
【結局、有耶無耶にされました…私もう学校に行かないといけないので、後のことはよろしくお願いします。】
メッセージの画面を開けており、相手は結夏らしい。一連の出来事を結夏が紫に逐一報告していたのだ。
「ん?……なっ…」
「ちゃんと説明してもらうわよ!なんで遅刻しちゃったのかな?あの後何があったのかな?」
紫は引き攣った笑みを浮かべるが目は全く笑っていない真剣そのもの。あの後とは党夜が紫を送ったあとのことである。
「なにあれ修羅場?」
「どうせいつもの夫婦喧嘩だろ」
「喧嘩するほど仲が良いってやつじゃね?」
「違うぽいよ。天神くんの二股疑惑らしいわ」
「嘘!?あのアマトーが?」
「あの恋人は甘い物全般とか言ってる自称甘党のアマトーが?」
「そうそう、女子だらけの店に特攻する馬鹿なアマトーがだよ」
「平塚さんというものがありながら二股とか…許せん許せんぞ!」
「平塚さんを守り隊準備しろ!」
「情報追加!相手は年上たそうだ!」
「なんだと!?」
「しかも人妻とか…未亡人だとか…」
「流石年上キラーの天神くんだね」
「確かに玲奈ちゃんのお気に入りだし…納得かも…」
「待って!玲奈ちゃんも入れたら三股だよ!」
「ホントだ!」
「マジかよ…」
「違うよ!天神くんは風霧くんとのカップリングを忘れちゃダメだよ!」
「玲奈ちゃんガンバ!結婚が遠退くよ…」
「紫も負けないで!」
「クソッ、なんでいつもアマトーだけ…チッ…」
クラスの他のメンバーは話を盛って盛って盛り上げる。なぜか話の中に玲奈も参戦しており、すでに原型がないくらいまでに。これを玲奈が聞いたらブチギレること請け合いである。
ちなみに、党夜は一部のクラスメイトからアマトーと呼ばれている。甘党だからではなく天神党夜を略してアマトーなのだ。高校生だからこその安直なネーミングである。
(あいつら…他人事だと思って好き勝手言いやがって…)
党夜が呆れるのも無理はない。他人事てあるのは自明の理。思春期の高校生が最も盛り上がる話題が恋バナだ、と言い切っても過言ではないだろう。だが、それよりも厄介なのが目の前にいることを忘れてはいけない。
「黙ってたって分からないよ?ほら早く!」
「いや、あの人は命の恩人で別に変な関係じゃないんだ。お前を送ってった後、知らねぇ奴に襲われてさ…そん時に助けてもらったんだよ」
「ふーん、命の恩人ねぇ……じゃあ朝帰りはなんでかな?」
「それはだな。俺襲われた時に気絶しちまって介抱てもらってたんだよ。で目が覚めたのが今朝だったから、その後に送ってもらったんだよ。オーケー?」
今のところ党夜の発言に嘘偽りはない。襲われたこと、助けてもらったこと、気絶したこと、介抱してもらったこと。嘘はついていないはずなのになぜか罪悪感が生じる。
党夜が言い訳をし終えると同時に騒ぎ出すクラスメイト達。
「人妻に介抱してもらっただと…」
「違うわ未亡人よ!」
「大差ないだろ!」
「背徳感が違うだろ!」
「そもそもどこで介抱…まさか!?」
「そりゃホテルだろ…」
「ビジネスホテルってオチはなさそうね」
「うん、きっとあっちの方だよ…」
「ラッキースケべの度を超えてるわね」
「なんでアマトーだけ…いい思いしやがって…」
「年上キラー恐るべし!」
「それでも風霧×天神は譲れないよ!腐腐腐」
「紫!ピンチだよー」
「玲奈ちゃんまたもや婚期が遅れちゃう。」
先程以上の盛り上がりを見せるクラスメイトに党夜は呆れてものも言えない。しかし、紫は「ホテル…」と呟きながら赤面させプルプル震えている。幼馴染の勘がそれを捉えた。
(まずい…これは爆発寸前の…)
だが少しばかり遅かったようだ…
バチン
「トーヤのバカ!アホ!たわけ!クズ!甘党!変態!不潔!もう知らない!」
「紫。きっと勘違いだよ……」
「楓ぇ……」
紫の強烈な平手打ちが党夜の頬にクリーンヒット。パチンではなくバチンという効果音でも分かるだろう。紫はそのまま自分の席に戻ってうつ伏してしまい、弁当組女子勢は紫を慰めにはいっている。
党夜はというと。
「なあ陣さんや。ワシはなにかビンタされるほどの悪事を働いたかいのぉ?」
「党夜さんや。今回ばかりはお前さんが悪いんじゃなかろうか。女の子の気持ちを軽んじたのがのぉ」
「そうでっかそうでっか。理不尽だ……はあ……」
昨日の今日でろくなことがない党夜であった。
読んでいただきありがとうございます
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第10話は火曜日18時投稿予定です