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ベッドの上と記念写真

 同じ相手とのデートでも、告白の前と後では全く違う。

 それに気が付いたのは楓花とのデートの日の朝に着て行く服を選んでいる時だった。


「うーむ、どれを着ようか」


 ベッドの上に何種類か服を広げて組み合わせてみる。

 そこまで服を持っているわけではないが、自分のできる範囲でベストを尽くしたかった。

 ここまで自分の服装について悩んだことはなく、今までどんな物を着て彼女と会っていたかも思い出せないほど私は迷走している。

 時計を見るとそろそろ家を出なければならない時刻になっていた。

 別に大きく外しさえしなければ問題ないのだが、何せ初デートである。

 楓花のことだから、きっと気合を入れまくってお洒落をしてくるに違いないし、写真を撮りまくることも容易に想像できる。

 一生の思い出とデータに残る今日の服装だから、熟考せざるをえないのだ。


「仕方無い。悩んでいても始まらないし、これで行くか」


 それは前に楓花が似合っていると言ってくれた服だった。

 グリーンのブラウスに白のスカート。

 普段、デートの時に何を着ているか分からないのに楓花が褒めてくれたことは覚えているのは変だが、人間の頭の構造はきっとそんな風にできているのだろう。

 悩み過ぎて正常な判断ができているか怪しかったので、彼女の意見で最後は決定した。

 鏡に自分を映して変なところが無いか確認してから、私は家を出る。

 初デートの朝、空は雲ひとつ無い快晴。

 世間一般的にはデート日和と呼ぶのだろうか。

 こうやって晴れてくれていると、神様が私たちを応援してくれているようで嬉しい。

 そんなことに浮かれながら、時間も押し迫っているので、早歩きで待ち合わせ場所へと向かうことにした。


 私たちがバスに乗って到着した時、時計の針は11時を回っていた。

 駅前は休日なだけあって賑わっていて、右を見れば学生、左を見れば若い女性といった感じで若者中心に人が溢れている。

 意外にも楓花はそこまでめかし込んでいるわけではなかった。

 てっきり新しい服を着て来ると予想していたのだが、見覚えのある白のセーターにグレーのプリーツスカートだった。

セーターのせいなのか楓花の雰囲気のせいなのか、全体的にふんわりとした印象が伝わってくる。

 楓花から差し出された手を握って、1歩踏み出すと心が躍った。

 もちろん、この前の朝の霧崎と星瀬川さんのように恋人つなぎである。


「まず、適当に買い物しようか」

「そうだねー。これから寒くなるから冬物の服を見たいなー」


 そのまま駅の地下へ降りて、服屋が並んでいる通りを歩く。

 ここもバス乗り場周辺と変わらず、混雑していた。

 はぐれそうになるほどではないけれど、思わず握る力が強くなる。

すると、楓花も少し強めに握り返してきた。

 こんなやり取りが楽しくて仕方がない。

 これが恋人同士の為せる技なのだろう。

 何店か回って、何枚か服を試着したが結局購入はせず、ただひたすら服屋の店員を冷やかしていると、あっという間にお昼時になっていた。

 「服屋通り」から「レストラン通り」へと方向を変えると、その通りには和食や洋食、中華など様々な種類のお店が並んでいる。

 私たちは、全てのお店が紹介されている看板の前でどこへ行くか決めていた。


「楓花、何か食べたいものある?」

「ここ。前から気になっていたんだよねー」


 楓花が指差したのは、和食の店だった。

 彼女曰く、普通の定食屋ではなく少し変わった内装になっているらしい。


「前にテレビでやっててねー。ベッドの上に座って食べるんだよー」

「べ、ベッドの……?」


 『ベッド』と聞くだけで思考が変な方向に行くのは、あの時ベッドに押し倒された記憶が残っているからだろうか。

 そんな思春期の男子のような思考をしながら、とにかく言葉だけではよく分からなかったので実際に行ってみると、確かに店の半分は普通の机と椅子だったが、もう半分はベッドのようなマットの上に丸い木の板が置いてあるだけだった。

 壁にぴったりとくっついたそれは白いカバーに覆われていて、木の板の他に、クッションと膝掛けが置いてある。

 折角なのでそちらを選ぶことにした私たちは店員さんに案内され、一番奥まで歩く。


「では、ここで靴を脱いで下さい。少しマットの方が高くなっていますが、大丈夫ですか?」


 高さはおよそ体育館のステージほどあった。

 だが、体育館とは違って階段が無いので、一度手で体を持ち上げて、もぞもぞと這うように上る必要がある。

 楓花や店員さんだけでなく他のお客さんに見られながらその動きをするのは少し恥ずかしい。

 反面、楓花は私より背が高いので軽くマットの上に立つことができた。

 なんだか、背の高さや足の長さの差を見せ付けられたようで悲しかった。


「ふー、ちょっと上がるにも、ひと苦労だねー」

「えー、楓花はらくらく上れてたじゃない」

「そんなことないよー、いっしょいっしょ」


 楓花は私の正面ではなく、横に腰を降ろした。

 机と椅子とは違って、マットの席では隣同士に座ることがスタンダードであることを、先客たちが教えてくれている。

 なるほど、違和感無く隣同士になれるのは恋人同士にしてはありがたい。

 水と一緒に運ばれて来たメニューを覗き込むと、対面では味わえない楓花との接触があってドキドキする。

 特にお互いの太もも同士が当たっているのが柔らかくて気持ち良かった。

 私はオヤジのようなことを考えながら何を頼むかに意識を向ける。


「へー、ごはんと豚汁は固定で、おかずを3種類選ぶ方式なんだ」

「そーだよー、2人で来れば色々シェアできるなーって」


 玉子焼きや唐揚げ、きんぴらごぼうなど10種類ほどのおかずから私と楓花で被らないように3つを選んで注文する。

 しばらくすると美味しそうに湯気を立てながら、料理が運ばれて来る。

 ちゃぶ台から脚を取り外したような円形の板の上に置かれた料理は、デート効果もあってか光輝いて見えた。


「うわぁー美味しそー!」

「いただきますー!」


 お互いにテンションを上がって思わず大きな声が出てしまうが、気にせずにご飯を頂くことにする。


「あー私、豚汁の大根好きなのよねー。この柔らかくて味が染みている感じがもうたまらなくって!」

「唐揚げすごく上手に揚がってるー! どうやったらこんなに外カリ中ふわに仕上がるのかなー?」

「玉子焼きうまうま。甘くもなく辛くもない絶妙なバランスで」

「日本人の心はやっぱり和食だねー。ご飯おいしー」


 グルメ番組のレポーターのように思ったことを伝え合った。

 何気無いように見えて素晴らしい時間である。

 楓花の表情は緩みまくっていたが、私も人のことを言えないほど、おいしいと連呼しているわけだ。


「有栖の里芋美味しそう……」

「3つあるから分けてあげるよ。空いた皿はある?」


 そう言って箸で里芋の煮物を摘まむ。

 楓花の目は輝いていたが、皿を渡したり、箸で取ったりせずに動かなかった。

 こちらからも空いている皿は見えているにも関わらず、一向に皿を差し出してくれない。


「有栖、ダメだよー。皿から皿に食べ物を動かすのはマナー違反だってー」

「そ、そうなの?」


 箸のマナーには明らかにダメだと分かるものから、普段ついついやってしまいがちなものまである。

 ○○箸と名付けられて禁じられている行為たちの中に、皿から皿へ移動させることも入っているのだろうか。


「えっと、じゃあどうしようか」

「だから、はいー」

「え、えと」

「はいー」


 楓花は少しだけ大きく口を開けて、私に向けて来た。

 一般人からすればどういう意味か混乱するところだろうが、私は彼女の恋人なので、言葉無しでもその意図は十分に伝わっていた。

 ただ、それが周りに人がいる状況では少し恥ずかしいから戸惑っているのである。


「あの楓花さん? 周りにお客さんもいるし、恥ずかしいかなって」

「えー。なんでー?」

「なんでーって言われても……」


 恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 平気で食べさせ合いができるほど私は大人ではないのだが、いくら渋ろうと楓花は見逃してくれない。


「じゃあ、あの言葉は嘘だったのー? キスよりスゴいことしても大丈夫なんでしょー?」

「う、それは……」


 忘れるはずもない、楓花の部屋での言葉。

 一度言ってしまったことを反故にするのは良くないと弟妹や吹奏楽部員たちに言っている以上、私が破るわけにもいかない。

 だが、そのような宣言をしたところで人の性格は簡単には変えられない。

 イチャイチャしたい気持ちは分かるが、経験が少ないせいか上手く立ち回れない。


「どうしてもやらなきゃだめ?」

「私に食べさせるのがそんなに嫌なのー?」


 楓花は一転悲しそうな顔をした。

 それが楓花の計画であることは分かっていても、少し心が痛む。

 これくらいできなくて楓花の恋人は名乗れないだろう。

 「キスよりスゴいこと」を許容した言葉に嘘はない。

 私は少し震える手で小皿の里芋を箸で摘まみ持ち上げると、横にいる目を閉じた楓花の口へ持っていった。

 直接キスをしたことがあるのに、私の箸と彼女の口で間接キスだなぁと思いながら、この難行を成し遂げたのである。


「んー、おいしー」

「ふー……」


 難しい手術をこなした医者のように大きく、ゆっくりと息を吐いた。


「どうしたのー? そんなに疲れたような顔をしてー」

「ごめん、楓花。私そんなに経験豊富じゃないから……」

「いいよー、そんなこと気にしなくてもー。こんなことでもドキドキしてくれる有栖の方がかわいいよー」

「む、ま、また……そんなこと」


 からかわれているのは分かっているのに、心ではすごく嬉しがっている自分がいる。

 顔がどうしようもないほど火照るのが分かった。

 楓花はどうして躊躇いもなく、かわいいとか言えるのだろう。


「でも、こんなことって言うけど、結構恥ずかしいんだよ? 周りの目もあるし」


 実際、そこまで注目されてはいないが見られている可能性が0ではない以上、どうしても恥じらいが生まれる。


「じゃあ、私が食べさせてあげるよー」

「良いけど、本当に恥ずかしいよ?」

「いいから、いいからー」


 そう言って楓花は自らの皿から唐揚げを1つ摘まむと、私に差し出して来た。


「はい、あーん」

「あ、あーん」


 つい反射的に口を大きく開けてしまう。

 満面の笑みで彼女は唐揚げをこちらへと近づけてきた。

 ここまでして気が付く、これは受ける側の方が何倍も恥ずかしい。

 周りの目もあるが、口を開けた間抜けな表情を好きな人に晒すことが何より恥ずかしいのだ。


「は、はやく……」

「んー、なかなか狙いが定まらないなー」


 箸で摘ままれた唐揚げが私の目の前で巡遊する。

 それは絶対わざとであり、楓花は完全に楽しんでいるのだ。


「も、もうっ」


 私は運動会のパン食い競争のように自分から唐揚げを迎えに行った。

楓花の前評判通り、カラッと揚がった唐揚げは外側に溢れだす肉汁が素晴らしかった。


「楓花のいじわる」

「ごめんー。有栖が可愛かったから、ついつい」


 そう言って楓花は舌を出した。

 愛らしい仕草にドキッとしてしまう。


「そうだ、今日の記念に写真撮ろうよー」

「いいね。どんな風に撮ろうか?」


 スマートフォンを取り出した楓花は私の返事無しに私の肩を手で寄せて、思いっきり密着した。

 肩を抱かれてドキッとしたにもかかわらず、楓花は息も吐かせぬ間に頬まで寄せてきた。

 横に並んでいるため肩を抱かれると必然的にこうなるのだが、ついつい焦ってしまう。


「ふ、ふうかぁ……」

「ん、なに?」

「近くない?」

「だって、こうしないと2人入らないし」


 楓花は自撮りをするようにレンズをこちらに向けて、私を抱いている手でピースを作った。

 私もつられてピースをすると、楓花の掛け声でシャッターが切られる。

 撮られた写真を確認すると、可愛らしい笑顔の楓花とぎこちなく笑う私が写っていた。


「うん、ばっちり撮れてるねー」

「本当? 私、なんか顔が変じゃない?」

「そんなことないってー。上手く撮れてるよ?」


 若干疑問が残ったが、彼女の笑顔に押し切られて黙ってしまう。


「よし、じゃあもう1枚!」

「ん、まだ撮るの?」

「うん、あ、でも有栖はそのままで大丈夫だからー」


 動くなと言われると逆に不安になってしまうが、とりあえず止まっておく。

 スマートフォンの設定を撮影に戻した楓花は、先ほどと同じように私の肩を抱いてレンズをこちらに向ける。


「いくよー」

「う、うん」


 はいチーズの掛け声でレンズに視線を向けた瞬間、何か頬に温かいものが触れた。

 思考が止まって本当に固まっているとカメラのシャッターが降ろされる。


「うん、今度も上手く撮れてるねー」


 楓花だけがそれを確認すると、私に見せてくれるわけでもなくそそくさとカバンにしまう。


「あ、あ……?」

「じゃあ写真も撮ったし、そろそろ行こうか。すみませーん、店員さんお会計でー」


 わけも分からず物事が進んでいき、店から出る私たち。

 どんな写真を撮られたのかも分からず、何だか怖くてそれを見せてとも言いだせない私。

 上機嫌で私の手を引っ張る楓花。


「じゃあ、次はどこへ行こうかー?」


 こうして楓花に振り回されっぱなしのデートの前半戦が終了したのであった。


次回最終回と言ったな、あれは嘘だ。

次回最終回です。

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