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チキンカレーとミモザサラダ

「うん、まぁこんなもんかな」


私はコンロのカレーの味見をしていた。

Yシャツにスラックス、そして紺色のエプロンをつけて炊事に勤しむ。

目の前には大きな鍋が2つ。中身のカレーは8人前ほどあるだろうか。

もちろん、それらがすべて自分用というわけではない。


「おねーちゃん、できた?」

「もうちょっと。手が空いてたらお皿出してくれる?」


はーい、と間延びした返事をしながら、食器棚へと向かったのは捧家(ささげけ)の次女である千幸(ちさ)だ。

今年から中学生になった千幸は、見るからにやる気のない雰囲気を漂わせている。

外へ出かける時の服装は気を使うのに、家の中ではジャージしか着ない。

相当ラフな格好をしている私が言うのも変なのだが。

姉としてもう少しエネルギーに満ち溢れていて欲しいのだが、傍から見れば引きこもりのように見えてしまう。

それでも、学校の成績は悪くないので、やることは上手くやっているのだろう。

なんだかんだで、私が忙しい時は代わりに家事をやってくれている頼りになる存在だ。


「中学校、慣れた?」

「別に」


素っ気ない声に我が妹も反抗期なのか、と勘繰ってしまう。

忙しい両親に代わって弟妹の面倒を見ている内に、どうも母親のように成長のことを考えてしまう癖が付いてしまった。

別に母親面するつもりはないけれど、どうしてもそんな思考になってしまう。

自分の反抗期はどうだったか、そんなことを考えていると2階から騒がしい音が聞こえてきた。

それはどんどん私の耳に近づいてくる。


「飯まだかー!!」

「まだかー!!」


階段をドタドタと降りて来る音と共に、騒がしい声が家中に響いた。

リビングを通って、台所に勢いよく飛び込んでくると、おたまを持った私の周りをぐるぐると回る。


「あぁ、もうウザい! あんたら宿題やったの!?」

「やってねーな!」

「やってねー!」

「そんなこと自慢すんな!」


胸を張るは捧家の長男次男。

長男の(とおる)は遊んでばかりのやんちゃ坊主で、それを真似するように次男の進二(しんじ)も悪ガキに育ってしまった。

最近は徹の言ったことを、やまびこの如く繰り返すのが進二のお気に入りらしい。

今日も学校から帰るなり兄弟仲良くランドセルを玄関に放り投げ、サッカーボールを片手に公園へと出かけて行った。

部活で帰ってきて、玄関に乱雑に転がっているランドセルを見ると疲れが倍加するようだった。

男子小学生には良くある光景ではあるが、もう少し捧家の長男次男として勉強も頑張って欲しい。

そこまで考えた時、また自分が母親思考になっていることに気付く。

自重しなければ。

あくまで自分は姉であって弟妹達の教育に口出しをする気はない。

相談には乗ってあげるし、問題があれば干渉もするけれど、全てに文句を言うつもりはないのだ。


「宿題しない奴に、ご飯があると思うなよ」


声の調子に少し真剣味を帯びさせて注意する。


「わー、怒ったー!」

「怒ったー!」


一目散に逃げていく弟達。

騒がしい弟達の相手をしていると、不意にインターフォンが鳴った。

時計を見ると既に7時を回っている。

もうこんな時間かと、玄関へ走る。


「こんばんは、有栖(ありす)

「いらっしゃい、楓花(ふうか)


制服姿で肩に長いバッグを担いだ少女――――楓花が立っていた。

綺麗で長い髪はいつも羨ましいと思うけれど、手入れとかを考えるとやっぱり肩までの長さで良いかな、なんて考えてしまう。


「部活帰り?」


庭の門を開けながら楓花に尋ねると、そうだよーと柔らかい声を出しながらラクロスのクロスが入ったケースを彼女は揺らした。

楓花はラクロス部の部長である。


楓花と私は白百合学園という私立女子高校に通っている。

私は学園に通える範囲なので実家暮らし。

共働きで忙しい両親と弟妹4人に囲まれて騒がしく暮らしている。

対して、楓花は実家が隣の県なので、学園近くのアパートに一人暮らしをしている。

親からの仕送りがあるので、アルバイトはしなくても生活には困らないそうだが、勉強と部活と家事をこなすのは大変そうだ。


「わーっ、楓花ねーちゃんだ!」


徹と進二が2階から玄関を覗いている。

おやつを貰う前の子犬の様に嬉しそうだ。

もし2人に尻尾が生えていたら、ぶんぶんと千切れんばかりに振っているだろう。


「おら、2人とも挨拶しろ」


私が促すと階段を乱暴に降りながら、こんばんはーと元気よく挨拶をする。

言われなくてもこれが出来れば少しは行儀よく見えるのだろうけど。


「相変わらず、元気ね」


楓花は自分の運動靴を揃えながら笑った。


「元気なのは良いんだけどね。もう少し行儀よくして欲しいというか」


階段を降りる勢いそのままでリビングへと突入していく弟達を見ながら、私は嘆息した。


「そんなの無理よー。小学生の男子なんて元気なのが仕事みたいなものだから」

「そんなもんかねぇ」


自分の小学校時代を思い出してみると、確かに男子については遊んでふざけていた姿しか思い出せない。

まともに授業も聞かず、体育と給食と休み時間と放課後にはうるさいほど元気、というのが私のイメージだ。

そして、徹も進二もそのイメージ通りに育っている。


「有栖は男子に負けず劣らず元気だったけどー」

「そ、そんなことない」

「どうだかー」


楓花がそんなことを言い出すので、私も反論をしなければならない。

しかし、その反論も楓花がニッコリと笑えば続かない。

むむ、これでは私が男子並みにやんちゃしていたことを認めることになるのではなかろうか。

小学校時代、男子にちょっかいをかけられて困っている楓花を私は助けに行っていた。

おとなしい性格の彼女は口喧嘩があまり得意な方ではなく、1つも言い返せない事が多かったからだ。

そこに割って入って楓花を助けるのが私の役目だった。


「そりゃあ、楓花みたいに大人しくなかったけど……きちんと女の子していたつもりなんだけどなぁ」

「心配しなくても有栖はきちんと女の子しているよー、今は」

「そ、そうかな」


思わず照れてしまったが、その言い方だと昔は女の子してなかったということなのだろうか。

それを追求しようとすると、リビングから帰って来た弟達に邪魔をされる。


「楓花ねーちゃん、楓花ねーちゃん! ゲームしよう、ゲーム!!」

「しよーしよー!」


手にはリモコンを模したゲームコントローラーが握られている。待ちきれずにリビングから持って来たのだろう。


「コラッ、あんたら。宿題はすんだのか、宿題は!」

「後でやるよ」

「後で、後でー」

「そんなこと言って、この前寝落ちしたのは誰だ!」


弟達はとにかく面倒な事を後回しにする癖がある。

特に宿題はそうで、寝る前に汚い字で適当にノートを埋めて先生へ提出することが多い。酷い時は疲れて机の上でうたた寝を決めている。

しかも、何回注意しようが直らないから困りものだ。


「ゲームゲーム!」

「ゲェーーム!!」


そろそろ本気で怒鳴ってやろうかと息を吸い込んだ瞬間、後ろに立っていた楓花にポンと肩を叩かれた。


「こらこら、あんまり有栖お姉ちゃんを困らしては駄目ですよ。おねーちゃんが見てあげるから、宿題終わらせよう。それでご飯食べて、ゲームしようね」


楓花は落ち着いた口調でそうたしなめると、弟達の背中を押して2階へと上がって行った。

途中で私に向かってウィンクをして。

さっきまであんなに騒がしかったのに、今では借りてきた猫の様に弟達は大人しくなっている。

今に始まったことではないが、見事なお手前だ。

楓花は子どもの扱いが上手い。

何と言うか、子ども目線というか。

そんな才能的なものがある。

幼稚園の先生とか向いてそうだ。

私には子どもの相手は無理だなと感じる。


「調子良いな、アイツら」

 

それにしたって、態度変え過ぎだろうとは思う。

楓花に背中を押されながらも、楽しそうに階段を上がる弟達を見て、溜息を吐いてしまう私だった。




「いただきまーす!!」


あれから少し経って、時刻は8時前。

リビングの大きな丸い机には6人分のカレーとサラダが並んでいた。

カレーは母さん直伝のチキンカレー。

カレーライスという料理は家庭それぞれの味があるというけれど、全くその通りで、母さんからレシピと作り方を教えてもらったのに、私のとは全然違う。

家庭それぞれというより、作り手それぞれと言った方が正しいように思える。


「やっぱ、楓花ねーちゃんの方が料理うめぇー!」

「うめぇー!」


私の左側に座っている弟達がサラダをむしゃむしゃと食べながら叫ぶ。


「ありがとう、気に入ってくれると嬉しいわ」

「実の姉としては微妙に傷つくけどな……」


あら、ごめんなさい、と対面に座っている楓花が謝った。

しかし、彼女はおかしそうに笑っている。

サラダは楓花お手製のミモザサラダ。

レタスやキュウリ、トマトといったオーソドックスなサラダの上に茹でた卵の黄身がほろほろと散りばめられている。

なんでも、黄身がミモザという花に似ているとか。

材料的には野菜を切って、卵の黄身で工夫しただけだが、その上にかかっている楓花お手製ドレッシングが絶妙な味で、野菜嫌いの弟妹達も喜んで食べる。

正に魔法のドレッシングなわけだ。


「おいしー!!」

「あ、彩矢。こぼれるよ」


私の右隣にいる末っ子の彩矢(あや)が、喜んでフォークを持った手を挙げてしまうものだから、その先に刺さったキュウリが落ちそうになる。

それを寸でのところで受け止め、口に運んでやる。

全く、私の作るサラダは嫌々食べるのに、何で楓花のサラダはこんなに笑顔なんだ。

幼稚園の年長を迎える彩矢は成長期なのかよく眠り、よく食べる。

こんな時にしっかり野菜を取ってくれると健やかに育つのだが、私1人の力では中々上手くいかない。

今度の休日に楓花から魔法のドレッシングの作り方を教えて頂こう。


「あの、楓花先輩」


遠慮がちに声を上げたのは楓花と彩矢に挟まれて座っている千幸だった。

中学生になってテニス部に所属し始めてから、楓花お姉ちゃんから楓花先輩に呼び方が変わった。

そんな何気ない所に妹の成長を感じるのは、すっかり母親役が染みついているからか。


「ん、何かしら?」

「あの、英語のテスト範囲で分からない場所があるんですけど」

「そう、それならご飯が終わった後に見てあげるね」

「やった……ありがとうございます」


このやり取りはスルー出来ない。

おいおい妹よ、ここに頼るべきお姉ちゃんがいるでしょう?

ホラホラ、白百合学園ベスト5に入る頭脳の持ち主が近くでチキンカレー頬張っていますよー。

事実であろうと、流石に自分で頼るべきとかベスト5とか言うのは恥ずかしいから、心の中で自己主張するだけだけど。


「千幸ねえ、ずりぃ! 楓花姉ちゃんは既に俺達がゲームやる為に予約済みなんだぞ!」

「なんだぞ!」


すかさず、弟達から抗議の声が上がった。

加勢して、そうだそうだ!お姉ちゃんでも中学英語くらい教えられるぞ、と言いたいが抑える。


「ゴメン、徹、進二。すぐ終わると思うから少しだけ、ね?」

「えーっ!」

「えーっ!」

いちいちやまびこをする弟達。

あの様子だと、やることは済ませているのだろう。

それだけに、楽しみの前で楓花を取られるのが気に入らないようだ。

当の楓花も、千幸と弟達の間に挟まれて困惑している。

ここは私がレスキューする必要があるだろう。


「千幸も徹も進二も楓花を困らせないの! 楓花は千幸の勉強見てあげて。それまで、ゲームの相手は私がするから」

「えー、有栖姉ちゃん弱いからなぁ」

「弱いからなぁ」

「うっせー。いつまでも私を雑魚呼ばわりするな。姉ちゃんは徹と進二に隠れて修行してるからな。今日はボロ勝ちしてやるから、覚悟しとけよ!」

「仕方ねーなー。その挑戦受けてやるよ」

「やるよー!」

何だが、こっちが頼み込んで勝負してくれと言っている様で大変腹が立つが仕方ない。

弟達が納得してくれたからそれで良い。

あと、修行云々の話はこの場を丸く収める為の冗談ではない。

弟妹達が寝静まった後、密かにゲームの練習をしている。

私はとても負けず嫌いなのだ。


「ん?」

「あっ」

千幸がこちらを見ていた気がしたけれど、気のせいだったようだ。

いそいそと、カレーを口に運んでいる。

少し気になったが、千幸は気のせいだと言いそうなので追求しないことにした。




それからご飯を食べ終えてテーブルを片付け、私は弟たちの、楓花は2階で千幸の勉強を見ることになった。

先日ボロ負けだったのとは打って変わって、今回の私は連戦連勝とまでは行かなくても、正確に換算せずとも勝ち越しだと分かるくらいには白星を重ねた。

前回とは別人のような私のテクニックに弟達は舌を巻いている。

少し大人気ないとはいえ、やはり勝つというのは気分が良い。

ほどなくして、楓花と千幸がリビングに帰って来た。

どうやら、問題は解決したらしい。

おー、と声をかけると楓花は笑って、千幸は2つ括りにした黒髪を弄りながら少し恥ずかしそうに目を逸らして。

その反応が気になるけれど、どうしようもない。

それから、皆でゲームを楽しんでいるとあっという間にお風呂の時間になった。

まず、千幸と彩矢が一緒に入り、次に弟達が入る。

その間に私と楓花で台所を片付けることにした。




「何か話したいことがあるんじゃない、有栖」


シンクの前に立って2人で洗い物をしていた時、不意に楓花が話しかけて来た。


「話したいこと?」

「そう、例えばさっきのこととか」


さっき、というのはもしかして千幸が私ではなく楓花を頼ったことだろうか。


「まぁ多少は、あるけど」


相談してみたいけど、若干気恥ずかしい。

そもそも、楓花はどうしてこんな話を始めたのだろう。

顔に出ていたのだろうか?


「いいから、おねーさんに話してごらん」

「おねーさんって、同級じゃん」

「細かいことはいいから、いいから」


そこまで押されてしまうと、私としても口を割らざるを得ない。

洗い物の手を止めないまま、私は思っていることを話し始めた。

千幸が最近コミュニケーションを取ってくれないこと、徹と進二との接し方のこと、彩矢の野菜嫌いのこと……。

その間、楓花は相槌を打つだけで、何も口を挟まなかった。


「楓花はよくウチに来ているから知っていると思うけど、両親が忙しいからさ。私が面倒見なきゃなーって思うんだよね。でも、家族のことなのによく分からないっていうかさ」

「ふんふん、そうだね」


楓花は最後の1枚のカレー皿を洗い終わると、水道の蛇口を閉じて手をタオルで拭いた。


「どっちかっていうと、楓花の方が捧家のお母さんしているなーって、情けないことに」

「そんなことないと思うけどなー」


楓花は白のエプロンを脱ぎながら、そう言った。

近づいてきた彼女からはシャンプーの良い香りがした。


「有栖はしっかりやっているよ?」

「そうかな?」

「うん、そう。だって、こんなに慕われているお姉ちゃんはいないって」

「慕われている?」

「きっと有栖のことだから千幸ちゃんが私に勉強について頼って来た時に、ここに頼れるお姉ちゃんがいるのにどうしてなんだー、とか考えていたんじゃない?」

「うっ」


見事なまでの図星だ。


「えと、もしかして声に出てた?」

「んーん。単純に予想だよ」


その反応を見るに当たっていたみたいだね、と楓花は付け加える。


「徹くん、進二くんが言う事を聞いてくれなかったり、彩矢ちゃんが野菜を食べてくれなかったりした時も同じでしょ?  有栖っていつもそう。周りの人の為に、自分に出来ること無いかなーって探して、実行するのに凄く一生懸命」


食器棚にお皿を仕舞いながら楓花は優しい声で続ける。


「でも、それでも上手くいかない事ってあるよ、絶対。人間同士のやり取りだからね。ずれちゃうことも絶対ある。けれど、千幸ちゃん達は有栖が努力していること知っているよ。だから、言う事聞かなくても、コミュニケーションが取れなくても、皆が有栖のことを慕っている。それに嘘は無いよ」

「それって本当?」


未だに信じない私に、楓花は2階での千幸とのやり取りを明かした。

「千幸ちゃんが有栖に勉強を頼らなかったのは、有栖の面倒をこれ以上増やしたくなかったからだって言ってたよ。有栖、昨日遅くまで起きていたんだって?」

「う、うん……課題して吹奏楽部のメニュー考えて、あとゲームの練習をしていて――ちょっとだけ遅くなったかな」

「3時はちょっと遅くじゃないと思うけど。しかも、それ昨日に限ったことじゃないね?」

「…………はい」


どうやら、トイレか何かで起きた千幸に見られていたらしい。

楓花は私の生活スタイルや考えていることをズバズバ当てていく。


「有栖は千幸ちゃん達の面倒だけじゃなくて、吹奏楽部の皆のことや自分の勉強までやることがいっぱい。そのこと を千幸ちゃんは気が付いているんじゃないかな?」

確かに私は忙しい。

最近は、両親が深夜に帰ってくるので家事をこなさないといけないし、吹奏楽部も部長でレギュラーな以上、手を抜くことなんて考えていない。

そして、それを言い訳に成績を落とすわけにはいかない。

優先順位を付けていられないのが現状だ。


「慕われていなかったら、可愛い妹がこんなこと考えてくれないんじゃないかなー?」

「そう……かも」


最近、精神的にも成長していると思っていたけど、これは予想以上かもしない。

自分が介入しなくても、大人になっているようだ。


「無理するな。なんて言葉は有栖にとって最も意味ない言葉だけど、一応言っておくね」

「うん、分かった。ありがとう」

「困ったことがあったら何でも言ってね。家事くらいなら手伝えるから」


自分もラクロス部長だし、成績も良いからキープが大変だろうに。

楓花の顔を見てそんなことを考えてしまう。

本当に無理をしているのは楓花の方じゃないか。


「なんてこと、考えてないないよね?」

「えっ?」


どうして私は楓花に心を読まれまくっているのか。

特に最近はその筒抜け具合が顕著である。


「もう仕方ないねー、これは」

「仕方ない?」


楓花は私の前に回ってくると、手を後ろに回し、低い姿勢から上目遣いに私を見た。


「明日、月に一度の職員会議だから部活ないでしょ? 放課後デートしよ」

「え、あっ、はい。しましょう!?」

「決まりだねー。明日の放課後、教室まで迎えに行くから」

「は、はい。って、え?」


待って、待って。

何だか矢継早にOKを出してしまったけれど、何か流されている感が凄い。


「あー、楽しみだなー。有栖と久しぶりにデート、デート♪」

「ちょ、待ってよ、楓花」

「まさか、断らないよねー? ラクロス部で部員のことを考えながらハードな練習をこなして今にも倒れそうなのに、クロスを杖代わりにして這うように捧家に辿り着き、サラダを作って、千幸ちゃんの勉強を見てあげて、ゲームの相手 をするだけじゃなく、洗い物をしながら頑張り屋さんの人生相談をしてあげた健気な女の子のたったひとつのお願いをまさか断るなんてないよねー?」

 

よくもまぁこんな長台詞を噛まずにスラスラと。普段はおっとりしているにもかかわらず、こういう時だけ饒舌(じょうぜつ)だから困る。


「分かった、分かったから! 明日ね」

「ふふふ……楽しみにしているねー」

「うん、私も」


私も、凄く楽しみだ。

さっき、早く寝るように言われたけれど、これは明日のデートコースを考えることで頭がいっぱいになって眠られそうになかった。


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