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Episode5.正しい【聖剣】の作り方。


 ちらほらと雲が見え、気持ちのいい陽気の若草の月のとある日。

 王都ミランドの大通りから一本はずれた老舗通りに、代々続く風格のあるお店とは一線を画す、お菓子の家のような、どことなく異彩を放つファンシーな見た目のお店が存在します。


「頼む、聖剣を作ってくれ!」


 そんな言葉から、その日の出来事は始まりました。

 昼下がり。客足もだいぶ収まり、品出しに翻弄されていたレフィがやっとのことで一息ついていた、まさにそんな時刻の出来事でした。

 セイケンを作ってくれ。政権を作ってくれ? ……聖剣を作ってくれ?

「お客様。寝言は寝ていうから許されるのですよ?」

 わたしはやんわりと、お客様の正気を疑ってみました。

 なんにせよ、まともな依頼ではないと判断したからです。

「寝言なんかじゃない、金ならいくらでも出す! だから頼む、聖剣を作ってくれ!」

 すごい台詞をわたしは聞きました。

 金ならいくらでも出す! というちょっとアレで陳腐な台詞もさながら、聖剣をお金で買おうとする根性がそもそも、聖剣を持つ者として根本から間違っていました。

「お客様は、聖剣をお金で買えると思っているのですか?」

 直訳すると「さっさと帰ってください」なのですけれども、お客様はわたしのそんな意図に気付く様子もなくしれっとこういいました。

「この世界で、お金以外に価値のあるものなんてあるのか?」

 ……おおぅ……なんというか……むぅ……なんとも深淵な問いでした。

 確かにお金も大切でしょう。けれども、もっと大切なものがあるはずです。

 例えばそう……愛とか、ですか?

 ……愛で、商品が売れれば万々歳なのでしょうけどね。

 ……愛で、素材が買えればどれほどいいでしょうね。

 ……愛で、魔法道具が作れれば不満もありませんけどね。

 わたしはあれやこれやと、愛があれば店が繁盛するかどうかしばし考え、

「確かに、お金以外に価値のあるものなんてありませんね」

「そうだろう?」

 そう結論付けました。

「り、リリアちゃん……でも、きっともっと他にも大切ものがあるはずだよっ?」

「ほう、例えばなにですか?」

 両手を胸の前でぐっと握って言うレフィに、わたしは問いかけます。

「た、例えば……えっと、愛とか!」

 レフィは答えました。

 あなたもですか。あなたもそれを引き合いに出しますか。

「はふぅ。ではレフィ。愛があれば商品が売れますか?」

「う……売れるよ?」

 レフィは少しだけ考えて、そう言いました。

 愛を振りまいて販売すれば、確かにわたしの愛くるしい姿に顧客が増えるかもしれませんね。その分要らぬトラブルも増えそうな気がしますが。

「では愛があれば素材が買えますか?」

「う……それは……」

 次の質問を投げます。レフィは答えに詰まりました。

 想像したのでしょう。愛では難しいでしょうね。いくら愛を振りまいたところで売りに来ていただけるお客様は、愛ではなくお金を求めて来ているのですからね。

「では愛があれば魔法道具が作れますか?」

「うぅぅぅ…………」

 さらなる質問を投げかけると、レフィはもう半分涙目でした。

 絶対的な才能が必要な事柄の前では、愛はなんとも無力なものです。

 愛情を込めても才能がなければ生成は難しいでしょう。

「け、けど、愛があったらリリアちゃんがやさしくしてくれるかも」

「現実を見ましょう。レフィ」

 遮って、やさしく諭すようにそう言ってあげるとレフィは死んだ魚のような目になり、「いいもんいいもんきっといつかリリアちゃんがやさしくなってくれるってわたししんじてるしんじてるしんじてる…………」などと呟いていました。

 儚い幻想に逃げ込みすぎると後がつらいですよ。レフィ。

「さて……冗談はともかくとして」

 わたしは絶賛放置しっぱなしだったお客様に向き直り、上から下までじっとお客様を観察します。灰色のズボンに黒のインナー。軽装の皮鎧をジャケットのように羽織、腰には長剣が一本。見るからに趣味が悪そうな豪奢なデザインです。何と言いますか、これからはじめての冒険に出かける為に貴族のおぼっちゃんが奮発して金にモノを言わせて装備を揃えたような、そんな違和感。もちろん、わたしに見覚えもありません。

 だからわたしは目線をお客様に合わせて、

「いくらお金を積まれたところで、お断りします」

 言ってやりましたよ。

「な、何故だ!?」

 驚いていますが、何故と言われても当然でしょう。

「そもそもあなたは何故聖剣が欲しいのですか?」

「それはもちろん、かっこいいし強いからだ!」

 言い切る男に、わたしは開いた口が閉まりませんでした。

「再度お断りします。……聖剣を扱うにはあなたは資格が足りなさすぎます。そして、もっと重要な点がもう一つ」

 ぴっと指を立てて、わたしは続けます。

「何故鍛冶師のところではなく、わたしのところに依頼に来るのですか。この店は魔法道具販売店ですよ。剣が欲しければ鍛冶師のところや武器屋にでも行ってください」

 そう、何故わたしのお店に来る人は、明らかに取り扱っていなさそうなものを求めてうちに来るのでしょう。

「もちろん行ったさ。王都でも有名な鍛冶師、ユークリウス=フォルネルシアのところへ行って一週間扉の前で懇願したさ!」

 うわぁ……何をしてるのでしょうこの人。一週間も扉の前で懇願するとか、営業妨害もいいところです。ストーカーの類として騎士団に通報されてもおかしくないくらいに。

 しかも、王都ナンバーワンの鍛冶師とも言われるユークリウス=フォルネルシアと言えば、連日騎士団や冒険者からの依頼が絶えず休む暇もないくらい忙しい鍛冶師です。それなのにこんな妙な依頼人に連日まとわりつかれるとか、いったい何の拷問でしょうね。ご愁傷様と言わざるをえません。

「けれども彼女は、俺に聖剣を作ってくれなかった……」

 それで作ってもらえると思っていたのなら、本当にこの男の頭には何か虫でも湧いているのではないでしょうかね。

「が、しかし!」

 うなだれる男でしたが、しかし唐突に勢いよく顔を上げ、意気揚々とわたしの方へと手を差し出しながら続けます。

「彼女はこうも言った。『アンタの為に聖剣を作ることは出来ない。けど仮に……そうだね。魔法道具販売店リリアーヌの店主、リリア=クレスメントが作っても良いと言ったら、あたしは今ある依頼を全て後回しにしてでも、剣を作ってあげよう』と!」

 ……はぁ。つまり。これは、あれですか。

「……面倒になったのでわたしへと丸投げしたという訳ですか、ユーリ……」

 ユークリウス=フォルネルシアとわたしは、既知の仲です。少なくとも彼女のことをユーリと呼ぶ程度には親しい交流があります。鍛冶師と魔法商人。商売人としての横の繋がりはもちろん、数少ない友人としての交流もある稀有な存在です。もっとも先に言った通り、彼女は忙しい身なのであまり会うことはできませんが。

 しかし聖剣という存在が絡むとなると、だからこそでもないですがわたしのところへと話を振ったのでしょう。

「ああもう……」

 一から十まで説明する暇はないのはわかりますが、こんな面倒そうな人を連絡もなしに振ってくるのはやめてほしいところです。

「作ってくれる気になったのか?」

 そしてこの勘違い野郎は盛大にうざいですし。

 もうレフィに丸投げして魔法道具精製室にこもりきりになりたい気分になりましたが、しかし聖剣なんて代物について説明する機会もなかったので、レフィはほとんど知識がありません。あまり彼女に触れさせたくない話題でもありますし。

「はふぅ……いいですか」

 盛大に溜息を吐いて、わたしは仕方なしに説明をはじめます。

「聖剣とは、誰もが扱える代物ではないのです」

「それはわかってる」

 おや、少しは知識があるのでしょうかと思ったのも束の間。

「俺のように生まれ持った天性の才能がある者にしか使えないんだろう?」

「レフィ、この馬鹿をぶん殴ってください」

「え、えぇぇぇ!?」

 これまでのこの男の発言を聞いて居てなお甘い幻想を抱いていた自分に嫌気がさしました。

「ふふふ、わかりました。わかりましたよ。とりあえずあなた、お名前は?」

 ごそごそとカウンター下を漁りながら、わたしは尋ねます。

「なっ……この俺、フロスト=K=フランヴェルジュを知らないというのか!?」

「――ああ、クローウディア家の、ですか」

 貴族の手合いなんてほんとどうでもいいのですが、クローウディアは王家を支える貴族の中でも有名ないわゆる筆頭貴族です。このフロストという男はそこの息子なのでしょう。

 権力を持つ家柄の息子とは、また面倒ですね。ユーリがストーカー被害で騎士団に通報をしなかったのも、そこが関係しているのでしょうかね。

 いかに騎士団が王都の自治を公言していようと、貴族の持つ権力の力は絶大です。

 王家の私財もありますが、貴族の投資もあって王都は成り立っているのです。王都を護る騎士団もまた然り。となれば、多少の融通は利くというものです。まったく腐っていますね。

「ということで、てい」

 わたしは可愛らしいかけ声と共に、カウンター下から取り出した小さな小瓶の中身を、フロストに向かって投げかけました。

「なっ、何を……っ!? ……っ!?」

 いきなり謎の液体を頭からかけられるという暴挙にフロストは何か言いたげでしたが、ふふふ、どうやら身体がしびれてきたようですね。床に膝を突き動けない様子です。

「り、リリアちゃん、これって……」

「即効性の痺れ薬ですね」

 痺れ薬の入っていた小瓶をカウンターの上に置き、わたしは回り込んでフロストの前に立ちます。貴族が跪いている様子は滑稽ですね。はっはっは。……ではなく。

「説明してる最中に無駄口を挟まれると面倒なので、少し黙ってもらうことにしました。何か反論はありますか? ありましたら次は毒薬を飲ませますが」

 冷めた目で見下ろすと、フロストは血の気が引いた青白い顔で首を横に振りました。

「よろしい」

 まあ、憂さ晴らしはこの程度でいいでしょう。わたしは満足して頷きやっとのことで本題の説明に入ります。

「先ほども言いましたが、聖剣とは扱える者が限られているのです」

 レフィもちゃんと話を聞く体勢に入り、メモ帳を取り出しわたしの言葉に耳を傾けています。

「そもそも聖剣とは、正義の伝承を宿した剣のことを指します。魔物との戦争で勝利をもたらしたカリバーン。天使が世界に安寧をもたらすために作ったとされるシルフィソラリス。有名な聖剣といえば、この二つでしょう」

 所在はどちらも不明ですが、この二つはおとぎ話や神話にも出てくるくらい有名な聖剣です。

「また、それとは違い魔剣という武具も存在します。レフィ、違いがわかりますか?」

「え、わ、わたし? ……えっと……ごめんなさい」

「まあ仕方ないですね。――魔剣とは魔法や特性が込められた剣のことを指します。これらは使い手の魔力を吸い取り、剣に込められた魔法や特性を発現させることが出来る武具のことです。二つの違いを簡単に述べれば、伝承を宿しているか否かですね」

 すっと目を細めながら、わたしはフロストへと視線を向けます。

「魔剣は魔力を持つものならば比較的誰でも扱えます。――けれども聖剣は、剣の伝承を持つに足る伝承を持つ人でなければ、最悪の場合、手にした瞬間拒絶反応で腕がちぎれ飛びます」

「そ、そんなに危ない物なの?」

「ですね。製造した聖剣などの場合だと、弾かれるか骨折する程度で済むかもしれませんが、それでも大怪我を負うことは間違いないでしょうね。精神的な干渉で廃人になることもありますし」

 フロストがごくりと唾を飲み込む音が、聞こえました。

「囃し立てられ英雄の武具と祀り立てられる聖剣とは、つまりは呪具なのです。勝利へと導く呪い、世界を平定する呪い、その領分は魔女の領分です。聖剣を作るとなると、鍛冶師と魔法商人、そして魔女の手伝いが必要になります」

 ユーリとは面識がほとんどありませんが、わたしには魔女の知り合いも存在します。

 だからこそ、ユーリはフロストをわたしに振ってきたのでしょう。仮に作るとなった場合でも、コネクションがあるわたしが仲介に入らなければ成り立ちませんから。

 わたしは棚へと歩いてゆき、魔法道具を一つ手に取ります。

「仮に聖剣を作ったとしても、一介の冒険者でもなく、功績もないあなたでは聖剣には認められないということです」

 取ってきた魔法道具……万能薬をフロストにかけながら、わたしはぴしゃりと告げました。

「……で、でも、俺は……」

 麻痺が解けたフロストは、それでも納得がいかないのか、こぶしを握り行き場のない感情に身を震わせます。

「なんですか。あなたがクローウディア家の者だから、ですか?」

「そ、そうだ! 俺は王家を建国の時代から支えてきたクローウディア家の息子だ! 聖剣を持つ資格はその功績で十分じゃないか!」

 水を得た魚のように元気になるフロストに、わたしは深く息を吐きます。

「その功績は、あなたの功績ではありません。家名の威を借るだけの者が、聖剣を扱えるはずがありません」

「そ、そんなことはやってみなければわからないだろう!」

 それでもなお食い下がるフロストに、わたしはそこまで言うのならば仕方ないと、レフィへと視線を向けます。

「レフィ」

「はい」

「――いいですか?」

 問いの内容がわからずフロストは怪訝な顔をしていますが、レフィは言われた言葉の意味を理解したのか、瞳を伏せて悩む仕草を見せ、そして、

「……うん、いいよ、リリアちゃん。いこ」

 決心したように頷いて、レフィはそう言いました。

「お、おい、行くってどこへ」

「ついてきてください」

 そう言ってわたしはレフィの手を引き、店を出て老舗通りから大通りへと移動します。そこから北上してゆくと噴水広場を中心にした十字路があり、そこを右へと曲がりややあって、

「おい、ここって」

「着きました」

 見知ったアトリエの扉を無造作に開けて、中へと入ります。

 中に入って真っ先に目に入ったのは、いつも通り鉄骨や工具がそこかしこに散らばっている光景。次いでカン……カン……と一定のリズムで響く熱の籠った室内には炉の炎と熱せられた鉄だけが光を放ち、それに向かい一心不乱に槌を振るう女性。

「……ああ、ごめんね、いま立て込んでるから仕事の依頼ならまた別の日に」

 相変わらず、ものすごい集中力ですね。人が入ってきたというのに、振るう槌のリズムは一切変わらず。定型句を言いながらも一切の感情を言葉に込めず、鉄骨に集中しているその背中に、わたしは声をかけます。

「ユーリ、わたしですよ」

「え、リリア?」

 背を向けたままで槌を振るう炎のように赤い髪を後ろで一つにまとめた女性……ユーリへと声をかけると、彼女はあろうことか振り上げていた槌を放り投げ、一目散にわたしめがけて飛びついてきました。

「おお、このすべすべ感はまさにリリアだね。うりうり、おねーさんに何か用なのかい?」

「何か用なのかい、じゃないです。聖剣の一件の話ですよ。煤だらけになります、手を放してください」

 煤だらけの手で抱きしめ頭を撫でてくるものですから、後でべたべたしそうです。

 これが無ければ、かっこいい女性なのですけどねぇ。

「いやよ。あー、あれかぁ。結局どうなったの?」

 そう言うユーリにはどうやらわたし以外目に入っていないようで。

 後ろに佇むレフィとフロストの方を指さすと、ユーリは指さした先に視線を向けずにわたしを撫でまわすことに必死になっていました。ちょっと、良いからさっさと指さした先を見てください。頬を両手で挟んで無理やり横を向けると、ユーリはやっとのことで二人の存在に気が付いたのか、

「あー、あー、うん、なるほどね」

「これから、墓参りに行こうと思っています」

「そっか……うん」

 ユーリはそう頷いて何も言わずにレフィへと一度視線を向けた後、炉の炎を落としてどこからともなく酒瓶を取り出して言います。

「じゃあ、行こうか」

「ちょっと待て待て。……墓参りってなんだ」

 話についていけていないフロストがアトリエを出て行こうとするわたしたちにそう尋ねます。「まあ、すぐにわかりますよ」

 説明するよりも見た方がわかりやすいでしょう。

 そう言ってわたしたちはユーリを連れて、再び外へと出ます。

 そのまま歩くこと数十分。

 王都ミランドの北西区画。

 教会や孤児院が建ち並ぶ一角の路地をさらに奥へと進んでゆくと、そこには名も無き小さな墓が一つ、ひっそりと存在しています。

 墓碑銘も無く、暫く誰かが訪れた形跡もないにも関わらず、見る人にはそれが墓標だと、一目でわかる光景が、そこにはあります。

 墓石の前に突き立つ銀色の剣。美しき光を悲しげに放つ、一振りの名も無き聖剣――。

 知らない人からすれば誰の墓なのかもわからないでしょうが、その墓所を護り続ける聖剣はどこまでも気高く、草木すら寄せ付けずその場に佇んでいました。

 一歩前に進み、わたしは振り返って順に視線を送って、最後にレフィへと確認の意味を込めて視線を留めます。

「――――」

 こくりと頷いたレフィを見て、わたしはとある冒険者の物語を語り始めます。

「幾度となく魔物の脅威から王都を救い、たった一人の家族の為に命を賭してまで伝説へと挑んだ、剣聖と呼ばれた人物。――ここに眠るのは『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』グレンヘイス=アーシアという名前の冒険者です」

「なっ、『竜殺し』のヘイス……っ!?」

 フロストの瞳が驚愕に見開かれます。『竜殺し』のヘイスと言えば、王都ミランドに住まう人ならば誰でも知っているであろう名前です。最強の冒険者と呼ばれ、最期には死と引き換えに『竜殺し』の称号を得た英雄。

 ――つい8か月ほど前まで実在していた冒険者の名前です。

「齢26にして、王都の騎士団の精鋭でもほとんど相手取ることが出来ないほどに腕が立つ冒険者。グレンヘイス=アーシア。その彼があたしに剣を打ってくれと頼みに来たのが、去年の雪の日だったよ」

 その話はわたしにも関係のない話ではありません。

 ユーリとわたし、後一人魔女を含めた三人での大掛かりな共同作業でしたから。

「銀の刀身は決して折れることなく、どんなものでも切り裂くことが出来る。手にした者に『大切なモノを護る』為の強大な力を与える、名も無き聖剣……。それがあれだよ」

「作った時、正直、わたしたち製作者三人はヘイスでも使えるかどうか怪しいと思っていました。けれども予想に反してヘイスはその聖剣を手に取ることが出来たのです。何故だかわかりますか」

 果たしてそれは、希望的観測だったのかもしれませんが。

「…………資格?」

 そう。聖剣を持つに足る資格が、彼にはあったのです。

 伏せた視線をそのままレフィに向けると、レフィは俯いたまま、けれどもそこは誰にも譲れないというように、絞り出すように言葉を紡ぎました。

「……兄……ヘイスは、わたしの為に、ドラゴンと戦ったんです……」

 レフィーナ=アーシア。

 グレンヘイス=アーシア。

 たった一人の家族。

 妹の病気を治す為に、無謀と知りながらもドラゴンへと挑んだ英雄。

「聖剣はその願いを叶える為にヘイスに力を貸しましたが、払った犠牲は大きすぎるものでした」

 大切なモノを護るための剣。レフィの命を救った剣。その対価は――自身の命。

「そんな……それじゃ、まるで……」

「そう……呪いです。言ったでしょう? 勝利を必ずもたらす聖剣の裏には、戦には勝てども既に帰る国は滅ぼされていたという結末が。世界を安寧へ導く聖剣の裏には、人類、魔族、魔物問わずの平等な破壊が存在します」

「そんな……」

 呟いて、フロストはその場にへたり込みます。

 もしもあの時。

 ヘイスが素材を持ち込みわたしに依頼をしてきた時、聖剣の作成を断わっていたなら、もしかしたら彼はまだ生きていたのかもしれません。

 けれどもそれは、レフィの死を意味します。

 どれだけ優秀な医者やヒーラーですらも治せない。魔法道具を用いたとしても、決して癒すことの出来ない正真正銘の不治の病。余命が幾許もなかったレフィを助ける為に涙を流して懇願するヘイスをどうやって説得することが出来るでしょうか?

 聖剣を持ってしてもドラゴンに勝てる保証なんてどこにもありませんでした。

 それでも可能性にかけて頭を下げるヘイスに、わたしが出来ることなど――

「リリアちゃん」

 考え込んでしまっていたわたしは、レフィのはっきりとした声で我に戻りました。

「アンタのせいじゃないさ」

 言ってユーリはぽんぽんとわたしの頭の上に手を置き、前に数歩進み、持ってきた酒をそのまま墓石に浴びせていました。

「……わかっていますよ」

「そっか。えらいえらい」

 むぅ、ユーリだけはいつまでたってもわたしを子供扱いしてくるのですから。

「――で、さ」

 皆を代表するように、ユーリは振り返ってフロストに尋ねます。

「アンタ、それだけの覚悟があってあたしに聖剣を打って欲しいって言ってんの?」

 聖剣の光を逆光にユーリとわたしはフロストに視線を送ります。

「ひっ……」

 今まで自分がかっこいい、強いと思っていたモノの正体が不気味に映ったのでしょう。

「そ、そんなものはもう要らない! お、俺は帰るっ!」

 そう言って及び腰で逃げてゆくフロストをしばらくの間見送り、完全に影も形も見えなくなってからわたしはレフィに向き直ります。

「いやなことを思い出させてしまいましたね」

「そんな……リリアちゃんの方が……」

 言いながらも涙で瞳が潤んでいるレフィの方が、どう見ても辛そうです。

 レフィはわたしの隣に並び、ヘイスの墓を見て呟きます。

「まだ、8か月前のことなんだよね、ヘイス兄さん……」

 彼女の瞳から雫が零れ落ちるのを見て、わたしは一人にした方がいいと思いユーリと一緒に路地へと戻ります。

「……たった一人の家族だもんね。そう簡単に、切り替えられるはずもない、か」

 ユーリにも含むところがあるのでしょう。そう言うユーリの言葉は、どこか寂しげに響きました。

「ユーリは、後悔していたりしますか」

 問いかけると、ユーリは少しだけ考える素振りを見せて、答えます。

「……あたしは後悔してないね。あたしは武器を作るのに妥協はしないし、ヘイスの聖剣の時もその時に出来る全力を尽くしたと思うから」

「ユーリらしいですね」

「そういうリリアは後悔してる?」

「わたしは……どうでしょうね。作るか否かを決定したのはわたしなので、責任を感じないこともなくはありません」

「うん。……酷なこと押し付けちゃったかなって、あたしも思ってる」

 ユーリは無造作に頭の上に手を乗せてきます。

「子供扱いしないでください」

「あたしが子供扱いしなかったら、誰が子供扱いすんのよ」

 そう言って、ユーリはいたずらっぽく笑います。最近はレフィも居ますし、前ほど一人でいることが少なくなったので、こうやってユーリに子供扱いされるのもずいぶん久しぶりな気がします。

「――――ああ、そうだったのですね」

 ふと、本当に唐突に、まるで光が差し込んだかのように、気が付いてしまいました。

「どうしたの、リリア?」

 不思議そうに尋ねるユーリを見て、わたしは、

「ユーリも、ありがとうございます」

 そうお礼を言って、彼女に抱きつきます。

「え、あれ、ほんとどうしたのリリア? リリアの方から引っ付いて来るなんて」

 そう言いながらも妙にうれしそうな声を上げて頭を撫でるユーリの手の感触を感じながら、わたしは決心しました。

「だた、こうしたかっただけですよ」

 微笑んでユーリにそう、言いながら。


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