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Episode4.正しい【惚れ薬】の作り方。


 窓から朝日が差し込む穏やかな一日の始まり。月影の月のとある日。

 王都ミランドの大通りから一本はずれた老舗通りに、代々続く風格のあるお店とは一線を画す、お菓子の家のような、どことなく異彩を放つファンシーな見た目のお店が存在します。


「リリアちゃん…………好き。大好き……」


 目を覚ますと、わたしの目の前には頬を赤く染めたレフィの顔がありました。

 かけ布団ははがされ、手は握られてベッドに押し付けられており、覆いかぶさるように腕を着くレフィの金髪が、わたしの銀髪と混ざり合ってベッドの上に散乱しています。

 端的に言うと、わたしはレフィに押し倒され、彼女の手によって拘束されていました。

「……レフィ?」

「ふわぁ……リリアちゃん……髪さらさら……」

 空いている方の手でわたしの髪を梳きながら、レフィがうっとりとした笑みを浮かべます。

「はい……どういう状況ですか、これは」

 思わずそう言ってしまうのも無理はないでしょう?

 いつもどこかおどおどしているはずのレフィに限ってこんな大胆なことをするなんて。

というより明らかに様子がおかしいですし。

「レフィ、落ち着いてください」

 そう言ってわたしは手を振りほどこうとしますが、無駄な抵抗でした。レフィとわたしでは体格が違います。力ではかないません。

「ふふ、そんな恥ずかしがらなくてもいいんだよ? リリアちゃん」

「恥ずかしがってなんていません。そこを退いてください」

「だーめ♪」

 艶やかな笑みを浮かべてレフィは言って、

「リリアちゃん、ふわふわだぁ……」

 そしてそのままぎゅーっと、わたしを抱きしめながら耳元で囁きます。

「すきすきだいすきリリアちゃんー♪」

 と頬ずりされて髪を撫でまわされるがままにされながら、わたしは半ば脱出を諦め、思考に移ります。

 何故こんなことになっているのか。

 ふとわたしの脳裏に心当たりの記憶が甦りました。


 ――ということで、回想、行ってみましょう。


 あれは十数時間前の話です。

 冒険者がやってくる昼下がりからのピークの時間が過ぎ、売れた棚の補充作業を終えてやっとのことで一息吐けると思っていた時に、からんころん! と勢いよく店の扉が開かれました。

「あ、いらっしゃいませー!」

 元気よくそう挨拶をしたのはレフィでした。

 入ってきたお客様にしっかりと視線を向け、笑顔を作っての見事な第一声でした。良くここまで成長したものですね。

 当のお客様はというと、きょろきょろと周りを見渡しながら「へぇ……」やら「わぁ……」やら呟きながら目移りしているようです。しかしそうしていたのも数秒のことで、お客様はふと我に返ったのか「いけないいけない」と言ってカウンターの前までやってきました。

「この店の店主はどなた?」

 おや、なんと失礼な。わたしが店主に見えないのでしょうか、このお客様は。

「いらっしゃいませ。わたしが店主のリリア=クレスメントですが」

「え、あなたが?」

 事実を告げると、目の前のお客様は驚いて目を見開きました。

 まあ、そういう反応はなれっこではあります。

 初見のお客様の多くはそういう態度をとります。しかし本当に失礼なお客様の場合はこの後にさらに嘘を吐くなと疑ってくるのですから。

しかしさすがにこのお客様は……

「嘘を吐かないで。あなたみたいなちっちゃなお人形のような子が、店主なわけがないじゃない!」

 ……うちの店に来たお客様の中でも、トップ10に入るくらい失礼なお客様でした。

 斜め後ろの棚に隠れるレフィが、なんて命知らずな……という顔をしています。

 ふふふ、レフィ。わたしはこんなことでは怒りませんよ? 仮にも相手はお客様。身内のレフィを相手にするのとは訳が違います。怒ったりなんかしていません。誓って。

「帰りやがれですよ」

 ついぽろっと本音が漏れました。

 笑顔を取り繕うことには成功しましたが、言葉までは取り繕うことはできませんでした。

「え、な、なんでよ!?」

「わたしがこの店の店主であることを疑い、かつそれを当たり前のように言葉にするような人は早々におかえりください」

「なっ……わ、わたしは客よ!?」

「店側にもお客様を選ぶ権利はあるのです。取引とは元々対等な立場の交渉です。売れてほしいが為に丁寧な接客をすることはあれど、不躾に礼を失する相手に礼を尽くすほどわたしは愚かではありません。お引き取りください」

「……っ」

 一息でぴしゃりとそう言うと、目の前の相手は言葉を失いました。

 まったく、なにやら勘違いしている人が多すぎますね。

 取引とは信用。信用とは片方からの一方では成り立たないものです。問いに対する返答を信用できないようでは、はなから話にはなりません。

 溜息を吐きながらわたしは視線を本に戻そうとしていると、

「…………悪かったわ」

 目の前のお客様は、しばしの葛藤の末にそう呟きました。

「はい?」

「だから悪かったって言ってるの!」

 おやおや? わたしとしては、てっきりそのまま帰ってしまうだろうと思っていたので、彼女の反応は予想外でした。

「そんな怒鳴られながら謝られましても」

「っ……ご、ごめん、なさい、わたしが、悪かった、わよ……!」

 噛み潰すように言葉を区切りながら、しかしそれでも目の前の彼女は頭を下げます。

 そこまでして用があるのなら最初から無駄口を叩かなければいいものを。そう思わざるを得ませんが、しかし引き下がらない様子を見るになにやら事情があるようですね。

「はふぅ……仕方ないですね」

 自分の面倒見の良さに思わず涙を流しそうになります。

 なんてやさしい美少女なのでしょう、わたしは。

「話を聞きましょう。あなた、お名前は?」

 続けてそう言って、わたしは彼女に尋ねます。

「……イーシャ。……イーシャ=F=ティリシアよ」

 告げられた名前は、うちの店に来るには珍しい種類のものでした。

 彼女、イーシャの持つミドルネームのFは貴族の位を指す名です。

 貴族とは、いわゆる上層階級の人種。財を築き古くから王家を支える旧家や、国に対して多くの功績を残した者と家系に与えられる名誉ある称号のことを指しますが、しかし貴族の全員が全員、気高きものであるかと言えばそうでもありません。

 どこの国でも同じく、貴族とは平民に嫌われるものです。

 腐敗した上流階級の貴族は下位の者を浅民と見下し、持たざる者は羨望から貴族に嫉妬する。

 王都ミランドには平民という位はありません。平等主義の名の下に貴族も民衆とひとくくりにされてはいますが、貴族が持つ内向的な優民意識は深く根付いて離れませんし、貴族ではない民衆も、貴族に対し、彼らは自分たちとは違う人種だ、と自らの手で一線を引いてしまっています。

 まあそもそも真の意味で平等というのは存在しえないものですから致し方ありません。

 話を戻しましょう。

 つまり魔法道具店の利用者の多くは冒険者なので、わたしからすればこのイーシャという貴族のお客様は珍しいものがあるのです。

「で、貴族のお嬢様がうちに何の用で?」

 聞き方がぞんざいになるのもいたしかたないでしょう。どう見ても箱入り娘にしか見えない世間知らずの貴族様が持ってくる用件なんて、面倒なものしかないと容易に想像が付きます。先の暴言も貴族様特有の傲慢さが招いたことでしょうし。

 しかしそんなわたしの想像を別の意味で裏切るように、彼女はこんなことを言いました。

 

「――鈍感な幼なじみを振り向かせるために、惚れ薬を作って欲しいの!」




 数時間後、わたしとレフィ、そしてイーシャは揃って彼女が言うところの鈍感な幼なじみを見る為に居住区へ向かっていました。

 貴族のボンボンだろうと予想していただけに向かう先が一般の居住区であることに少々拍子抜けでしたが、イーシャ曰く、

「彼とは子供の頃に知り合って、わたしが貴族だと知ってもずっと仲良くしてくれていたの」

 彼の名前はロイ=ブラウンというらしく、人柄が良く真面目で穏和な男性で、両親も彼のことを知っていて、二人の間柄を容認しているということ。司書の資格を持ち、王立図書館で日々働いている……とイーシャが説明したところで、レフィがもしかしてと外見を尋ねたところ、まさかのレフィの知り合いだったことが判明しました。恐らく前にわたしのお使いで本を借りに行っていた時に知り合ったのでしょう。それはさておき。

「しかし惚れ薬なんて使わなくとも、普通に告白すれば良いのではないですか」

 貴族の娘で両親公認。手に職がある上に穏和で真面目な性格。貴族という身分に対しても嫌悪を抱いていない様子。幼なじみということは相性が悪いということもないでしょう。わざわざ惚れ薬と使う必要性が全く感じられません。

 わたしがそう言うとイーシャは俯きがちに苦々しく答えました。

「したわ……告白。何度もしたのよ……でも」


 その時の結果は、惨憺たるものだったそうです。



「――あなたのことが好きなの!」

「あはは、僕も君のこと好きだよ、イーシャ」

「えっ、じゃあ」

「子供の頃からの付き合いだろ? 嫌いなはずがないじゃないか」

「そ、そうじゃなくて」

「イーシャは僕にとって妹みたいなものなんだからさ」

「い……妹……」



 ――好意はただの親愛と受け取られ、



「ロイ……付き合って欲しいの」

「ああ、うん。いいよ?」

「……言っとくけど、買い物に付き合ってってことじゃないんだからね?」

「わかってるよ。イーシャの気持ちくらい」

「ロ、ロイ……ほんと……?」

「この前言ってたスイーツの店だろ? 女の子ってほんと甘いもの好きだよね」

「――ぜんっぜんわかってないじゃない!」



 ――素直な告白は違う解釈をされ、



「ロイ……その……」

「どうしたんだい?」

「わ、わたしと結婚して!」

「決闘? イーシャ、キミって何か武術とかやってたんだっけ?」

「違うわよ! 決闘じゃないわよ!」

「それに僕も争いごとは嫌いだし……何か怒らせることしたかな」

「ちが、違うってば!」



 ――最終手段のプロポーズは無残にも聞き間違えられる。


 聞いただけで同情を誘う天災の如き鈍感さが、イーシャの話の中の彼にはありました。レフィなんてどこからかハンカチを取り出してほろりとこぼした涙を拭いています。

 女性の方からプロポーズをするというだけでも苦渋の決断でしょうに、それでも攻略不可能とかあれじゃないのでしょうか。

 もう呪いでもかかってるのではないですか、そのロイという彼は。

「ふむ、それで惚れ薬ですか」

「そうよ……ロイがわたしのことを大切に想ってくれてるのはわかるわ……だからこそ女性として相手をされないのが辛いのよ……」

 惚気にも聞こえなくありませんが、本人からすれば死活問題なのでしょう。

「しかし、あなたは何故惚れ薬などという得体のしれない代物を求めてわたしの店にやってきたのでしょう」

 最初に言われた時から気になっていたことの一つを、わたしはイーシャに尋ねました。

「え?」

「惚れ薬は魔法道具ではなく、むしろ魔女が作る秘薬、霊薬でしょう? うちの店には置いていたことはありませんし、依頼されたこともないのですが」

「え、だって、あなた魔女じゃないの?」

 きょとんとした表情で、そう返されてわたしは「あー」と半目になって小首をかしげます。

「イーシャ、あなたは魔女と魔法商人を同一に考えている類の人ですか」

「違うの?」

 もしかしてと思っての問いは的を射ていたようで。

 聞いてくるイーシャにわたしは溜息を一つもらします。

「はふぅ……勘違いしているようなので、説明しましょうか。レフィ?」

 隣のレフィに話を振ると、レフィは「えっと……」と不安げに前置いて、たどたどしく説明をはじめます。

「魔法商人は素材の特性を引き出して魔法道具を作るのに対して、魔女は伝承や迷信で語られる『曰く』……『呪物』を媒体にして薬を作る……んだよね?」

「言葉が足りないところもありますが、おおむねはそうですね」

 前に一度説明しただけなのに、良く覚えているものです。叱るチャンスを逃しました。

「おとぎ話などで聞いたこともあるでしょう。魔女が鼠の尻尾や蝙蝠の爪、深海魚の瞳や土竜の髭を材料にする話を。それはその素材そのものに『曰く』があり、その『曰く』を調合することによって通常の素材の調合や合成では得られない効果の秘薬、霊薬を作りだすことができるのです。そうした秘薬、霊薬を作りだすことが出来る者たちのことを、一般的には魔女といいます」

 これは魔法的なアプローチではなく、魔術的なアプローチから来る製法ですね。

 もっとも、曰くとは即ち人々の恐怖や願いが凝縮された呪物であるが故に、魔女が作る秘薬、霊薬には副作用があるものが多いのですが。

「対して魔法商人はあくまでも素材の持つ特性を魔法によって引き上げたり、特性を合成して違う特性を持つ魔法道具を作ったりする者たちのことです。知らない人は魔女と魔法使いと魔法商人を混同しがちですが、れっきとした住み分けがあるのですよ」

「そう……なのね」

 レフィの簡単な説明にそうやってわたしが補足すると、イーシャはそう言って頷きました。

「それに魔女は性格が歪んでいる人が多いですからね。わたしのような清く正しい美少女とは大違いの存在です」

「「え……」」

 言った途端、レフィとイーシャの声が重なりましたよ。

「リリアちゃん……それは無理があるよ……」

 レフィに至ってはまさかの追撃まで放ってくる始末。

「ふふふ、レフィは今晩夕飯が要らないようですね」

「そ、そんなこと言ってるからリリアちゃんは魔女と間違えられるんだよ!」

 ずいぶんとかわいいことで魔女と間違えられるものです。それにどうせ夕飯抜きにしたところで、自分で何か買って食べるのでしょうから大丈夫でしょう? ちゃんと給料も渡しているのですから。

「はふぅ、こんなことで魔女と間違えられるなら、世の中魔女だらけですよ」

「そうね……と、ここよ」

 そんな話をしていたらやっとのことでロイの家の前に着いたらしく、イーシャの言葉にわたしはさてとと気を入れなおします。

「ではレフィ。とりあえずノックして出てきたら適当に話をしてきてください」

「えぇ!? な、なんで、イーシャさんの役目じゃないの!?」

 レフィは驚きに声を荒げました。それにイーシャも同意します。

「そうね、わたしが言うのもあれだけど……あの子で大丈夫なの?」

「ええ。幼なじみであるあなたが行くよりも、なじみの薄いレフィに行かせて反応を見たいですし」

 なにより、レフィの方が面白い反応をしてくれそうですしね。ふふふ。

「うぅ……ぜったいリリアちゃんさっきのこと根に持ってるからだ……」

 レフィは嘆きながらもロイの家の扉の前で深呼吸を何度か繰り返しています。

 レフィが言うことはまさにその通りですが、撤回するつもりなんてさらさらありません。わたしとイーシャは向かいの木陰に隠れて様子を見守ります。

「あの……ごめんください……」

控えめな、とても控えめなノックをして、レフィは及び腰で扉に声をかけます。

いつものお店での元気のよい挨拶とは雲泥の差。まるで初めてうちの店で働くようになった時のような態度ですね。

 思えばもう既に五か月ですか。何にも怯えて過ごしていたころに比べれば、これでもマシになった方ですが、それでもレフィは圧倒的に経験が足りなさすぎます。だから、でもないですが、わたしはことあるごとにこうして彼女に経験を積ませているというわけです……いえ本当ですよ?

「…………リリアちゃ」ん、居ないみたいだよ、と恐らく繋げるつもりだったのでしょう。木陰に隠れるこちらに視線を向けて途中まで言った瞬間、中から「はいはーい」と声が聞こえてきてレフィの動きが完全に硬直しました。

「すいません、お待たせしました」

 出てきたのは茶色の短髪の温和そうな男性でした。彼がイーシャの言うロイなのでしょう。

「い、いえ……っ」

 相対するレフィはそう言って、真っ赤に赤面しながらあたふたと続く言葉を模索して、

「……あ、あのそのえっとその……っ!」

 ぐるぐると目を回しながら口ごもる様子に、わたしはにやけが止まりません。ふと視線に気が付いて隣のイーシャを見ると、イーシャはわたしを見て軽く引いていました。何故ですか。

「……あ、あの? どうかなされたのですか?」

 再びレフィの方へ視線を移します。レフィのあまりの狼狽ぶりに、ロイは困った顔でそう尋ねていました。

 ふむ……仕方ないですね、話が進まないですし、そろそろ助け舟を出しましょうか。そう思っていると、追い詰められたレフィはとんでもないことを口走りはじめました。

「そ、その――っ、ろ、ロイさんは、イーシャさんのことをどう思っているんですか!?」

「ちょ――っ!?」

 これには隣のイーシャも驚きが隠せなかった様子で、思わず叫びそうになるのをすんでのところで堪えることに成功していました。

「え……えぇっと?」

 ロイもいっそう苦笑いを浮かべながらしかし、ふと何か気が付いたのかレフィを凝視しました。

「ふ、ふぇ!?」

 見つめられたレフィはびくりと飛び跳ねるように驚き、視線をあちこちに彷徨わせています。

「ああ、ごめん。えっと、確か前に図書館で会ったことがあるよね? ひょっとして、イーシャの知り合いなのかな?」

「は、はいそうです!」

 ロイから切り出された話に、レフィは一も二もなく飛びつきます。どんなけ切羽詰っているのですか、あなた。

「そっか、だからさっきの……もしかして、イーシャに聞いてきてほしいとか頼まれたとか?」

「ち、違います! ごめんなさい、さっきのは、わたしが気になっただけで……いきなり変な質問をしてごめんなさい……」

「あ、いや……気にしなくていいよ」

 そう言ってあははと笑うロイに多少の安堵を覚え緊張がほぐされたのか、レフィはほっと胸をなでおろします。

「うぅ……ありがとうございます。わたし緊張しちゃうと良く変なこと言っちゃうから……」

 わかっているなら直してほしいところです。テンパってお客様への対応を誤るという事態が発生すると本当に困りますし。

「そっか、でも本当に気にしなくていいよ。……それより僕は、イーシャに君みたいな友達が居たことの方が驚いたよ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。イーシャって意地っ張りでちょっとひねくれてて、友達が居なさそうだったから少し心配だったんだ」

「へ、へー……そうなんですかー……」

 レフィが棒読みなのは、イーシャが聞いていることがわかっているので返答に困っているのでしょう。当のイーシャは小声で「あんたはわたしのお父さんか……っ!」なんて憤慨していますし。小声で憤慨するなんて、器用な真似が出来ますね。

「? 何か言った?」

「さ、さあ、どうでしょう?」

 イーシャの声が届いていたのか、ロイは不思議に首をかしげながら、少しだけ考える素振りを見せ、

「……でも、さっき君が……えっと」

「あ、わたしはレフィーナです」

「ありがとう。……で、レフィーナさんがさっき言ってた、僕がイーシャのことをどう思っているかっていう質問なんだけどさ」

 そう前置いて、ロイは苦笑交じりに言葉を続けます。

「――イーシャは僕にとって誰よりも大切な人だよ。それこそ、ずっと一緒に居たいくらいに」

「わ……」

「ま、まぁ恥ずかしくて本人には言えないけどさ。……僕にはまだまだ足りないことが多すぎて、彼女と釣り合わない気がするんだ」

 ――でも。

と言葉を区切り、ロイはさらに言葉を続けます。

「いつかきっと、もっと僕が立派になったら、この想いを告げたいって、そう思うんだ」

 力強く宣言するように、ロイはそう言い切りました。

「あはは、ごめんね。いきなりこんな話をしちゃって」

「い、いえっ、わたしの方こそ、ぶしつけな質問だったのに答えてくれたみたいで、ありがとうございます……っ」

 そう言って、レフィは勢いよく頭を下げます。

「一応、イーシャには内緒にしといて欲しいな。本人に言ったらきっと怒りそうだからさ」

「は、はいぃ……」

 目を逸らしながら言う嘘のつけないレフィの様子に、これは人選ミスだったかもしれないと思いながらも、しかし想像以上の成果を得られたのでよしとしましょう。

 隣に視線を向けると、顔を真っ赤にして頬に両手を当てながら俯き視線の焦点が合わないイーシャが居ました。ぶつぶつと「えだってわたしがいったときはきがついてなかったようなけどもしかしてきがついててわざとでもでもそんなえっとええええええ」などと錯乱してわけのわからないことを供述しており。

「はふぅ……うれしいのはわかりますが、落ち着いてください」

 わたしはイーシャのおでこにでこぴんをかまして現実へと引き戻します。

「いたっ! い、痛いってことは……夢じゃないのね」

 夢見心地だったのですか。

 しきりに礼を言いながら家の中に入ってゆくロイに頭を下げるレフィを横目に、わたしはイーシャに言います。

「……それでまだ惚れ薬とか要りますか?」

 正直、惚気を延々聞かされて結局両思いでしたきゃっ♪ 的な展開で胸やけ気味なのです。

 投げやりにそう尋ねると、イーシャは首を振って答えました。

「いいえ♪ 要らないわ」

 まあ、当然でしょうけど。

「はふぅ……まさに骨折り損ですね……」

 向こうからやってくる憔悴したレフィと共に喜ぶイーシャを眺め、わたしは深いため息を一つ吐き出しそう言いました。


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