Episode2.正しい【毒消し】の作り方。‐後日談‐
後日談
「…………ふわああああ、緊張したよーっ!」
クロが出て行ったとたん、レフィが顔を両手で押さえながらその場にうずくまりました。
「レフィ、先にお金をレジにしまってください」
「そ、そうだったっ、あうっ!?」
急いで立ち上がろうとして、レフィは盛大に頭をカウンターに打ちつけます。
本当にこの娘は何をしているのでしょうね。
「仕方ないですね……」
痛みで涙目になりながら頭を押さえるレフィの隣に立ち、カウンター上のお金をレジにしまってゆきます。ふふふ、お金はいいですね。レフィ、ほの暗い笑みを浮かべるわたしを見るたびに「うわぁ……」って顏をするのはやめていただけませんか。
かちん、とレジの閉まる音。はい。とりあえず一息です。
「……そういえばリリアちゃん、これってどのくらい粗利出てるの?」
「先の毒薬ですか?」
「うん」
珍しいことを聞き出しましたね、この娘は。
粗利とは、商品の販売価格から仕入原価を差し引いた金額のことを指す言葉です。
仕入原価が100イェンで、販売価格が1000イェンならば、粗利は900イェン。
粗利率は90%となります。
普段はあまり気にしていないレフィも、今回は値段が値段だけに気になったのでしょう。
「そうですね」
わたしは一息あけて、
「9万9980イェンですね」
考える間もなくそう言いました。
「え? ……ええぇぇぇぇ!?」
粗利率実に99.98%。
「な、なんで!?」
「なんでと言われましても、原材料の仙花・ユーリシアはクロさんの持ち込みですし、後は水溶液代の1イェンと作成にかかる細々とした諸費用だけです」
「えぇ、えぇ……!?」
それほどまでに予想外だったのでしょう。
レフィは驚きにそれ以外の言葉が出てこないようです。
「その分、普通ならば毒薬の作成は、危険と隣り合わせの作業ですからね」
「あ……そ、そういえばそうなんだね。……大丈夫なのー、リリアちゃんー」
完全に棒読みでした。苦笑いすら浮かべている始末。
「言いながら対して心配してなさそうなのは何故でしょうね」
すっと、レフィは目を逸らしました。
大方、リリアちゃんは殺しても死にそうにないし……とか思っているのでしょうかね。
失礼な娘です。
「まあ大丈夫ですけどね。前もって抗毒剤を打って作りましたし」
「抗毒剤?」
「毒消しの一種ですね。仙花・ユーリシアは葉に毒を持つ植物です。けれども花弁自体には逆に強い抗毒作用を持っているのですよ」
仮にも仙花と呼ばれる植物の特徴が毒だけなはずがありません。
「作成の時に使ったのは一時間ほど効果がある抗毒剤ですね。なので万が一、増幅の時に毒素がこちらに浸食してきたとしてもなんの心配もなかったわけです」
逆に言えば、前回クロに頼まれた時には葉だけしかもらえなかったので高くついたとも言えます。
仙花・ユーリシアの花弁の抗毒作用は様々な魔法道具に使うことが出来るので重宝します。
「今回クロからもらった仙花・ユーリシアの花弁もまだ4枚残っていますし、実質の利益は今回の数倍はあるでしょうね」
「うわぁ……」
ドヤ顏でそう言うと、レフィにドン引きされました。
「けれどもちゃんと取引証は書いてもらっていますし。葉以外の部分をどう使うかはわたしの自由ですからね」
次回は花ごと持ってきてくれると助かります、とクロに言っておいたのも事実ですけどね。
「リリアちゃん……それすごく詐欺師っぽいよ……」
「商売というのは、そういうものです」
そうやって人は成長していくのですよ、レフィ。
「それはそうと、レフィ。お仕置きの話ですが」
「お、覚えてたんだね……」
ころころと良く表情の変わる娘です。怯えて一歩後ずさるレフィに、わたしは微笑みを浮かべ、レジを開けて1000イェン硬貨を取り出し言います。
「これを使い切って晩御飯を用意してください。今日はもう店じまいです」
「え?」と疑問符を浮かべながら恐る恐る手を差し出すレフィの手の上に硬貨を乗せ、わたしはclose(閉店)の看板をカウンター後ろの棚から取り出します。
雨が降っているので客足も望めませんし、今日は十分儲けさせていただきましたからね。
「ほらレフィ、早くいかないと店が閉まってしまいますよ」
「え、う、うん」
いつもと違ったお仕置きとも言えない内容に戸惑いながらも、レフィは急ぎ準備をして、扉から出てゆきました。
その姿を見送りながら、わたしは扉にclose(閉店)の看板を取っ手に掛けます。
『――魔法道具店リリアーヌでは、素材の買取も行っております。
一点からでも是非お持ちください。
営業時間9:00~』