Episode2 正しい【毒消し】の作り方。
ぽつぽつと雨が降り始めて暗雲が立ちこめる太陽の月のとある日。
王都ミランドの大通りから一本はずれた老舗通りに、代々続く風格のあるお店とは一線を画す、お菓子の家のような、どことなく異彩を放つファンシーな見た目のお店が存在します。
その日、扉に設置されたベルの音も立てずに店内に入ってきたのは、上から下まで真っ黒な服装の男でした。
「……頼んでいたものは出来ているか」
低く小さく放たれた声で、わたしはようやく人が居ることに気が付き顔を上げます。
「おや、クロですか」
足音もたてずに近づいてくるのはやめてほしいところですが、彼に限っては存在意義にもかかわるので仕方ないでしょう。
無言ですっと差し出された伝票を、わたしは受け取り確認します。
クロ=クロイツ。職業暗殺者。年齢21歳。住所は秘匿事項なので公表はできません。顧客の信頼に関わりますからね。
「レフィ」
ちょいちょいと手を招き、わたしはレフィを呼び寄せます。
「はーい、すぐ行くね」
空いた棚の品出しをしていたレフィが、ぱたぱたとやってきます。雑用……いえ、店員が居るとほんとうに楽なものです。しかも基本的に素直なレフィは、まるで忠犬のように指示に従います。おかげでわたしはほとんど椅子に座って本を読んでいることができます。
はて、わたしは一人の時どうやってこのお店をまわしていたのでしょうね?
「地下の棚にあるはずです。伝票番号を確認してもってきてください」
それはさておき、わたしはレフィに伝票を渡しながらそう告げます。
「うん、わかった」
レフィはわたしよりも年齢的には年上のはずなんですけどね。
リリアーヌではもちろん、注文を受けての製薬、調合、製作も行っています。
基本的に割高になるので頼まれることはさほどないですが、それでも珍しい素材を使った高い性能を持つ魔法道具や、棚に陳列して販売出来ないような商品なども入手できることがあり、練達の冒険者などはちょくちょく依頼をしに来るわけです。
かくいうこの暗殺者という、やたらと物騒な職業のクロも、うちを利用する中では数少ない練達の冒険者です。暗殺者とはいえ、彼らが相手するのは魔物なわけですしね。
「最近景気はどうですか」
レフィが商品を取ってくるまでの間、わたしは手慰み程度の気持ちでクロに話しかけます。
贔屓にしていただいてる金蔓の前で本を開きなおすのも失礼だと考えてのことです。
「良くもなく悪くもなく……だな。……南の話は知っているか」
クロは腕を組みながらそう言います。視線を合わせず、まるで独り言のように言う様は、せめて背中合わせの席とかでするべきだとは思いますね。まったく、こんなにもかわいらしいわたしを見ないなんて、何のためにうちのお店に来ているのでしょうこの人は。
「南というと、火山の方ですか」
そんなことを考えながら尋ねると、クロはこくりと頷きます。
「休火山だったフェルニア火山が再び活性化し始めたという話だ」
「新しい魔物が発生しているという話を聞きますね」
フェルニア火山は元々休火山でしたが、最近になってマグマが活性化、溶岩が吹き出し、炎をまとった凶暴な魔物が闊歩するようになってきているとのことで、リリアーヌにも発汗を抑える薬や体温調整の為の保冷薬などの製作依頼が王都から来ていましたし、最近の売れ筋商品も耐炎効果のある魔法石やアクセサリーなど、そのあたりのものが多いですね。
「あなたは討伐には向かわないのですか?」
……いえ、暗に魔物を討伐して素材を取ってこいと言っているわけではないです。断じて。まさかそんなことがあるわけないじゃないですか。ねぇ?
しかし耐炎効果のある魔法石の材料などは炎の魔物から得ることが出来るものが多いので、打算で言っている部分も多少あるのは、認めざるをえません。ええ。認めますよ。だから取ってきてください。
「ふむ……」
と、そこで珍しくクロは顔を上げてわたしへと視線を移しました。おや。やはりわたしの愛くるしい姿を見るという行為は捨てがたいですか?
「……リリアにならば、言っても大丈夫か」
しばし黙考した末に、クロはそう言いました。
「……フェルニア火山の奥地に現れた巨大な魔物を倒すために、近々大規模な討伐隊が組まれることになっている。今回頼んでおいた品も、そこで使うためのものだ」
ああ、なるほど。言われて納得しました。
それで、あれが必要になるということですか。
「リリアちゃん、取ってきたよ」
と、そこにちょうどよくレフィが戻ってきました。
レフィが持ってきたのは、赤い色をした液体の入っている菱形の小瓶でした。
「はい、ご苦労様です」
そんなわたしの適当なねぎらいで幸せそうに笑うレフィを見て、この娘はほんと頭の中幸せそうですね、と思わずにはいられません。
「ところでリリアちゃん、これ、品名書いてないけど、なんなの?」
見たことのない商品に、レフィは興味津々に聞いてきます。
商品に対して興味を持つことはいいことです。わからないことがあれば確認するようにも言っていますし、商品知識が増えればわたしも楽になることでしょう。
見たこともないと言うからには店頭の商品はほとんど覚えているということですし、店主としては喜ばしい限りですね。
「それは毒薬ですよ」
「えっ!?」
しかしそう思いながらさらりと答えたわたしの言葉にレフィが返した行動は、あろうことか両手で持っていた小瓶を放り投げるという愚行でした。
毒薬の小瓶はくるくると回転しながら奇麗な放物線の軌道を描き……地面に激突しようという、すんでのところで惨状を救ったのはクロでした。
激突寸前で見事なキャッチ。目にも止まらぬ身のこなしでした。さすが暗殺者ですね。
「クロ、ありがとうございます。それとレフィ……」
キャッチした毒薬の小瓶をカウンターに置くクロに礼を一つ告げ、わたしは続けてじと目でレフィをにらみます。
「ご、ごめんなさい……」
少し褒めるとすぐこれです。まあ、言葉に出してはないので褒めてもいませんが。
「あなたは本当にわたしをぬか喜びさせる達人ですね。後でお仕置きです」
「……………………はい」
さすがに猛省しているのか、いつもならば拒絶反応を起こすレフィも今回は殊勝なもので、長い沈黙の後に頷きました。
「まあ、お仕置きは後での話です。先に商品の話をしましょう」
そういってわたしは毒薬の小瓶を手に取ります。
「この毒薬は、通常の毒薬とは違う原料を使って生成しています」
レフィにもわかるように、わたしは説明を始めます。涙目になりながらも、きちんとメモを取り出してメモの準備を取ろうとするところは素直に評価してあげましょう。しかし、涙目でメモを取る金髪碧眼の少女というのは、なんというかこういじめたくなりますね。
……おっと、いけません。お仕置きは後です。楽しみですね。話を戻しましょう。
「ネフィリムの根を使って作られる通常の毒薬……というと毒薬が一般的に普及しているようで物騒な表現ですが、ネフィリムの根で作られる毒薬は生成すると緑色の液体になります」
比較用にとわたしはカウンターの下にこっそり忍ばせてある毒薬を取り出し、赤い毒薬の隣に並べます。物騒な冒険者がやってきた時の為に、カウンターの下には様々な魔法道具が忍ばされているのです。
「これは特性を抜き出した段階で毒素が浮き出て液体を緑色に染めるわけです。しかし今回わたしが依頼されて作った毒薬の色は赤。それも血が煮えたぎるような紅の赤です。これは原材料が違っていることを示しています」
「……ラビリオスの森の、仙花・ユーリシアだな」
ちらりと目を向けると、クロはそう答えました。
この仙花・ユーリシアという花は、クロが直々に取ってきた素材です。
「王都ミランドから遙か西に行ったところにあるラビリオスの森の深部に、仙花・ユーリシアという綺麗な白い花があります。群生していることはほとんどなく、水辺や影にぽつりとはかなげに咲くその花はその見た目とは裏腹に、葉に凶悪な毒を持っているのです」
その毒は、ネフィリムの根のおおよそ10倍にも及びます。
それは耐毒効果のあるマジックアクセサリーやマジックアイテムを使っていなければ、屈強な冒険者ですら数秒もあれば絶命するほどの毒です。
未加工の状態でもそれほどの毒になるというのに、それを魔法商人が精製すればその致死性は測り知れないでしょう。
「まあ、仙花・ユーリシアの葉は間違って触ろうものなら大惨事になるので、くれぐれも注意をするようにしてください」
これはクロにではなく、レフィに向けた言葉です。
この娘ならば買取の時に知らず無造作に触ってテリブルな状況に陥りかねません。
触るだけなら死に至ることはなく、しばらくの間苦しむでしょうから……おや、これは罰としてはちょうどいいかもしれませんねぇ……。ほの暗い笑みを浮かべてレフィを見ると、レフィは嫌な予感を察したのか、「っ!?」と息を飲みびくりと身を竦めました。
「り、リリアちゃん……?」
そんなことしないよね……? と続けそうな口調でレフィはわたしの名前を呼びます。
以心伝心、アイコンタクトで言いたいことがわかるというのは、やはり日頃からの教育のたまものでしょう。この調子で教育していかなければなりませんね。ふふ。
「さて、それはそうと代金の方ですが」
レフィへの対応を再修正しながらわたしはクロに向き直り、本題に入ります。
「10万イェンでどうでしょうか」
「じゅ……!?」
隣でレフィが、聞きなれない値段に思わず声をあげます。
「……安いな。いいのか?」
「安いんですか!?」
レフィからすればそういう反応になるのも無理はないかもしれないですね。なにせわたしが提示した10万イェンというのは、おおよそレフィの一年の給料に匹敵します。
一般的な野菜や肉、加工食品が大体5イェン~20イェン程度なので、一日100イェンもあれば生活には事足ります。嗜好品に手を出さなければ一か月3000イェンもあれば余裕で食べていけるでしょう。
それを考えるとレフィに月々渡している給料は破格です。住み込みなので家賃も払わなくて良いですしね。
それだけに、今回の10万イェンという値段に驚愕するのは無理のないことでしょう。
「けれども安いのは確かですね。この毒薬は、ほぼうちのオリジナルレシピですし」
一般的に、レシピが公表されている多くの魔法道具は割かしお手頃な価格で入手しやすい傾向にあります。
公表されているレシピでも難易度が高い物は高ランクの魔法商人にしか作れなかったりもしますが、それとはまた別に魔法商人たちが個々に研究して作り出したオリジナルレシピというものも存在します。
「加えて毒薬を作る場合にはそれ相応のリスクがあります」
指を立てて口元にあてながら、わたしは続けます。
「薬師が行う調合薬とは違い、増幅の過程がある魔法道具の場合、素材の持つ元々の特性が強ければ強いほど、増幅の過程で行使者に浸食を起こしやすくなります」
素材の持つ特性というのも、厳密には『魔法元素』に分類されます。
今回で言うならば『毒』の『魔法元素』ですね。
増幅は、何にも染まることのできる無色の『魔法元素』を、『毒』の『魔法元素』へ触れさせることで増幅させて効果を向上させることですが、問題は素材の持つ『魔法元素』が強ければこの増幅の段階で行使者に浸食を起こしやすいということです。
仙花・ユーリシアの毒はネフィリム草の約10倍。
通常の毒薬を作る難易度と比較すると10倍程度ではすみません。
作成に失敗すれば最悪、命を落としかねません。
「……しかし前に作ってもらった時は倍したと思うが、いいのか」
「倍って……20万イェンですか!?」
「レフィ、いちいち値段に驚かないでください」
「で、でもだって……」
言いたくなる気持ちも少しは理解できますが、お客様の前ではちょっと控えてもらいたいところですね。
「良いですよ。前回はレシピの調整もあったので魔光石を保険に使った結果、高く仕上がったということもありますしね」
保険という意味では今回も似たようなものですが、前回は実質的に結構なコストがかかっていましたしね。
クロに25万イェンまでなら出せると言われていたのもあり、新しいレシピの開発にちょうどいいと、魔光石という希少な宝石を使い、増幅の段階を飛ばして作成を行った結果、値段が跳ね上がったという訳です。
魔光石は『魔法元素』そのものを貯めておけるという大変便利な代物ですが、産出量が極端に少なく、一つでも5万イェン近く値が張ります。おまけに消耗品。こうした機会でもなければ使うこともないでしょう。
「……なるほど。そちらが良いなら、俺の方に特に不満は無い。それで頼む」
「はい。ああ、ついでに毒消しはいかがですか」
店の一角を指し、わたしは商品の追加購入を促します。販売促進トークというものです。毒を扱うならついでに毒消しも。抱き合わせ商法としてやっていけるかもしれません。
「そうだな、もらっていくか」
「ありがとうございます」
リリアーヌの毒消しはポーションとは違い、粉末状です。
液状でも良いのですが、やはり毒消しと言えば粉末でしょう。苦くてマズイ粉末。この微妙な感覚、わかりませんか? ……わかりませんかね。
「ではレフィ。……くれぐれも商品を投げないようにしながら案内をしてあげてください」
「は、はい……」
言っていて少し悲しくなりましたよ。何が悲しくて商品を投げないようにと念を押さなければならないのでしょうか。わたしの心のマニュアルに新しいページが刻まれたところでした。
――商品は投げないように。
驚きの一文です。どんなウケ狙いですか。
棚の前でレフィはたどたどしく、いくつご入り用ですか、などとクロに聞いています。
内装が内装だけに、真っ黒な服装のクロはかなり浮いています。メイド服のような制服を着るレフィは雰囲気に合っていますが、無愛想な表情のクロの前でおどおどした態度を取っている様子はまるで脅迫現場のようでもあります。
はふぅ……もう少々時間がかかりそうですね。
治療薬の棚で他にもいくつかの商品を購入しようか迷っている様子だったので、わたしは本に意識を戻す決意を決めました。
今読んでいる本は、解毒の専門書です。
暗殺者のクロの前で読むと彼に喧嘩を売っているような感じもしますが、毒薬と解毒薬は表裏一体です。今回の毒薬用にも一応ちゃんとした解毒薬を用意していますし。
けれども最近は本を読みふけっていたらいつの間にか閉店時間だったなんてこともあるので、少し注意しないといけませんね。たまに涙目のレフィに助けを求められる以外は居たって平和なものです。
などと考えていると、いつの間にかクロはかごいっぱいの商品を持って戻ってきました。
おおぅ、まさかそこまでお買い上げいただけるとは。
明日は作成が大変そうです。
レフィには魔法道具の作成はできませんし、こればっかりは仕方ないですが。
「……えっと、では合計17点で、じゅ、12万7500イェンに……なります?」
一つ一つレジに打ち込んでゆき、最後にレフィはおっかなびっくりで値段を告げました。なんで疑問形なのでしょうこの娘。いただくものはちゃんといただいてください。
けれどもふと思います。そういえばレフィがうちで働くようになってから、ここまで大きな金額を取り扱ったことはありませんでしたね。
「り、リリアちゃん、1万イェン硬貨がこんなに……っ!」
けれどもレフィ、その反応はダメですよ?
並べられた硬貨を前に、レフィは完全に気圧されています。
怖いものですね、お金の威圧感というものは。わたしもお金が怖いです。ああ、お金が怖いです。ふふふ。
「レフィ、落ち着いてください」
そう言うとレフィは深呼吸を一つして、クロへの対応に戻りました。
「リリア」
ややあって取引が終了し、クロがレフィの肩越しに声をかけてきます。
「はい?」
「助かった。また何かあれば頼む」
「はい、こちらこそお願いします。次はおみやげを期待しています」
「……ああ」
近々フェルニア火山に行くことでしょうしわたしがそう言うと、クロは小さく頷いて袋にまとめられた荷物を持って音もなく出てゆきました。