Episode1.正しい【ポーション】の作り方。‐後日談‐
後日談
その夜。王都ミランドの住民や冒険者が寝静まった遅い時間。
リリアーヌの店頭フロアの裏には小さいながらにキッチンとダイニングがあり、二階には広めの部屋がひとつあります。以前まではわたしひとりで使っていたその寝室には、いまはもう一人、レフィの姿があります。彼女は数ヶ月前にひょんなことからリリアーヌの店員として住み込みで雇うことになりました。職務的にはまだまだひよっこですが、最近の仕事に対する熱意だけは評価できるところです。
すやすやと眠りながら「ごめんなさい……ごめんなさい……もう許してリリアちゃん……」と寝言を呟くレフィに、わたしは夢の中でまで叱られているのですかこの子は。なんて不憫な子なのでしょう。と哀れみのため息を一つ吐いて、彼女を起こさないように一階へ降ります。
そこからさらに地下へと続く階段を下ると、そこには地下室にしては広めな空間に、様々な素材が入れられた棚や箱が整然と置かれた専用の魔法道具精製室があります。
知識のない人が見ればただの物置にしか見えないこの部屋は、わたしにとっては宝箱のようなものです。
「さてと、どこに置いたのでしょうね」
軽い足取りでわたしは室内を歩いてゆきます。魔法道具を作る時もそうですが、自分で作った魔法道具が棚に綺麗に陳列されていたりすると、妙に上機嫌になったりするものです。
手前の本棚からいつも使っている在庫記入用のノートを取り出して新しいページを開き、机の上に置いて室内を見回し、
「ああ、ありました」
そう言ってわたしが手に取ったのは……今日の昼にジャックから引き取った、25年物のポーションです。36本詰めの箱が二つ。1本抜き取ったので、現在は計71本のポーションが綺麗に整列しています。
「本当に、彼はどこか抜けていましたね」
ジャックのとのやりとりを思い出し、わたしは苦笑します。
わたしは彼にちゃんと言ったのですけどね。
「古いポーションは性質が劣化、沈殿する……と」
取り出したポーション瓶を机の上に置き、わたしは両手を添えて精神を研ぎ澄まします。
魔法道具を作り出す時の基本である抽出した他の性質の増幅というものは、魔法を使うときに扱う『魔法元素』を、どの性質にも染まることのできる無色で作り出し、それを抽出した性質に触れさせることでその性質に吸収させて増幅するというものです。一度抜き出した性質は、他の相反する性質と反発すること以外では薄れることはないので、無色の『魔法元素』に触れさせると性質が浸透してゆき増幅されるのです。
けれども無色の『魔法元素』というのは非常に扱いが難しく、それでいて無色の『魔法元素』を作り出せるかどうかは完全に才能の有無にかかってきます。修練を積めば誰でもなれる魔法使いとは違い、才能がなければ魔法商人にはなれません。それこそがわたしたちが魔法商人と呼ばれて確たる立場を約束されているゆえんなのです。
昼間の説明の時に省いた説明がこれです。
まあ確信犯で省きましたが、気付ける材料は結構あったので気が付けなかったジャックが間抜けだということでしょう。
薄暗い室内に、包むように手を添えたポーション瓶から透明色の光が溢れ出します。
無色の『魔法元素』を発現させた時の反応です。
そして、大切な物を両手で包み込むようなイメージと共にその光はゆっくりとゆっくりと手の中に還るように集束して……最後には透明な光の粒が、ポーション瓶の中に残りました。
「……これで、後は半日寝かせれば完成です」
ポーション瓶の中に浮かぶ無色の『魔法元素』の結晶が、液体内の沈殿した僅かな性質に染められて溶けてゆけば、新しいポーションの出来上がりです。底に沈殿していた素材の性質が、まるで地面から空へとさかさまに降る雪のようにふわふわと浮かび上がり、結晶に触れてほどけてゆきます。
それは何度も繰り返しポーションを作ってきたわたしでさえも思わず見入ってしまう、海の中で雪が空に向かって降っているようにも見える、まるで宝石のような光景でした。
一から作るのも嫌いではないですが、売りに来られた劣化したポーションから作る方が一手間も二手間も省ける為、効率が良く、精神的な疲労も少ないのでありがたいところです。
「今回は、材料費もかかってないことですしね」
ふふふ……とわたしはほの暗い笑みを浮かべます。
通常価格で買い取れば1つ150~200イェンの品です。そもそもわたしは買い取ることができないとは一度も口にしていませんしね。
2本目のポーション瓶を机の上に置きながら、わたしは思います。
まあ、これも授業料だと思えば安いものでしょう?
【ポーション】は、当店『リリアーヌ』でも必需品として販売させていただいております。
効果はわたし、王立魔法商検定【A】ランクのリリア=クレスメントのお墨付きです。
――ご来店の際にはぜひ、お買い求めくださいね?