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EpisodeEX,聖剣の勇者。

 

 ――雲一つ無い快晴。雪花の月のとある日。

 王都ミランドの大通りから一本はずれた通りにある老舗通りに、風格のある他のお店とは一線を画して異彩を放つファンシーな見た目のお店が存在する。


「いらっしゃいませー」


 からんころん、と扉に設置されたベルを鳴らして入ってきた冒険者風の男性に、抑揚のないけれどもよく通る声で魔法道具販売店『リリアーヌ』の店主であるリリア=クレスメントは、カウンターの中の椅子に座ったまま読んでいる本から目をはずすこともなく挨拶を送った。

 かわいらしい見た目とは裏腹に、リリアの接客は今日も辛口だ。

 そんな様子に苦笑しながらも冒険者風の男は商品に目をくれることもなく、カウンターへと向かう。

「よぅ、リリアちゃん」

「おや、ヘイスさんですか。いらっしゃいませ」

 名前を呼ばれてやっとのことで、リリアは顔を上げる。

 長い銀髪に青い瞳。人形のように整った顔。小柄な体格。白い肌はフリルの多くついたかわいらしい衣装に包まれており、寒い季節だからその方にはショールをかけている。

 そのまま縮小すれば本当に人形としてショーウィンドウに飾られていてもおかしくないだろうリリアの年齢は14歳。ぱっと見もう少し幼く見えるかもしれないが、リリアは紛れもなく魔法道具販売店『リリアーヌ』の店主である。

「今日はどうされたのですか。入り用なら商品はあちらですよ」

 ポーションやら毒消しやら麻痺治しやら、様々な銘柄の魔法道具が綺麗に陳列された棚を手で示しながら、リリアは言った。

「いや、今日はそうじゃないんだ」

「……では、どういったご用でしょう。見たところ買い取りでもないようですが」

 魔法道具販売店『リリアーヌ』では、冒険者からの雑多な収集品などの買い取りも行っている。近場に出没するウォルフの爪や牙から、古城に棲むというガーゴイルの羽、果てはドラゴンの鱗まで。魔法道具の材料となる収集品は大抵取り扱っている。

 しかしどう見てもヘイスは腰に帯びた剣以外、特になにかを所持しているようには見えない。

 リリアは、嫌な予感を押し殺して、いつもと変わらない態度でヘイスを迎える。

 このヘイスという男は何度もリリアの店を利用している常連で、歳はまだ若いながらも冒険者の中で一番の強者だ。王都では珍しい真っ黒な髪に少年心を忘れていない勝気な瞳。ひとなつっこく、誰とでもすぐに打ち解けあえる社交性はリリアも見習うべきところだ。

「まあ、そう、悪いな……」

 しかし嫌な予感というのは、えてして当たるもので。

「……そうですか」

 ヘイスはそう言って、けれどもいつものいたずらを行う少年のような笑みを浮かべることなく、リリアが初めて見る寂しい笑いを浮かべ、

「別れの挨拶をしにきたんだ」

 ――そう言った。



    EpisodeEX.聖剣の勇者。



 子供のころから、妹はいつもベッドの上で窓の外を見ていた。

 窓辺のベッドに伏せる金髪碧眼の妹。レフィーナ=アーシア。

 生まれつき身体が弱い妹は、借りてきてもらった本を読むか、王都の代わり映えしない風景を眺めるかしかできなかった。

 幼い時に両親を亡くし、兄であるグレンヘイス=アーシアと二人きりでずっと生きてきたレフィにとって、ヘイスが持ってくる外の世界の話。冒険の話は彼女にとっての世界そのものだった。その中には良い話もあれば、悪い話もあった。たわいもない話もあれば、信じられないほど荒唐無稽な話もあった。

 洞窟で見つけた水の中の遺跡の話。

 西の洞窟に調査に行った時のことだ。何やら不穏な音が断続的に聞こえるという噂を聞き、中に住みついた魔物を倒しながら奥へと進んでいったヘイスが見たのは、鏡のように洞窟を映す開けた湖畔の中に沈む、幻想的な遺跡だった。レフィはその話を気に入ったのか、ヘイスに何度ももう一度見てきてとせがんだことがあった。

 砂漠に揺らめく幻想都市の話。

 南の火山を超えた先にある果てなき砂漠に見える、蜃気楼の都市。おとぎ話の伝説の中ではそれは実在する蜃気楼であり、ある時間にそこに行くと蜃気楼で出来た幻想都市に入ることができるのだという。何度も何度もおとぎ話の本で読んで知っていただけに、レフィは寝る間も惜しんでヘイスに都市の話を聞いた。無理をしたせいでその後寝込む羽目になったが。

 山頂から見た白く輝く風景の話。

 遥か高き峰々が続く北の雪山に、巨大な白い毛むくじゃらの生物が生息しているという。その噂の真偽を測る為にヘイスは雪山へと挑んだが、進めども進めども謎の生物の姿は見つからず。夜が明けるころには息も絶え絶えに山頂へとたどり着いたヘイスが見たのは、一面白に覆われた雲。それを空から太陽が照らす輝く風景だった。レフィが風景を撮影する魔法道具を持ってもう一度行ってきて、とお願いした時は、さすがのヘイスも断ったくらいだ。

 賑わう都市で見つけた綺麗な首飾りの話。

 ダンフレールの蚤の市で見つけた不思議な雰囲気を持った首飾り。妹のおみやげにちょうどいいと購入してから店主に聞いたところ、実はその首飾りは曰くがある品で、鑑定士に持っていったところ見事に呪われていた。その話をしながらレフィに首飾りを見せたところ、レフィが欲しいと言いだして大変だった。

どこまでも緑と青だけが地平線に続く広大な大地の話。

ヘイスがまだ駆け出しだったころ、王都から出て見た初めての風景。空がどこまでも続き、緑の大地が果てまで続く。歩いても歩いても変わらない風景。その果てに魅了された瞬間だったのかもしれない。因みにレフィにそのことを話た時は、まだレフィも子供だったこともありヘイスにずるいずるいと恨みがましく言い数日間口を聞いてもらえなかったそうだ。

 没落した王家から助けた姫様の話。

 小国の姫と、ひょんなことから知り合いとなったヘイスは、国を発つ日に彼女に助けて欲しいと懇願された。貴族の謀略によって傀儡となった国王が暗殺され、逃げ出した彼女を追っているとのことで、迷ったヘイスはしかし見殺しにも出来ないと国外への逃亡を手引きする。正体がばれないようにと銀のマスクと金のウィッグを被り黒いマントで仮装した喜劇にでも出てきそうな風体で襲い来る刺客をちぎってはなげちぎってはなげ……。都市を出て暫くして彼女にずっと一緒に居たいと告白されたらしいが、ヘイスは妹が居るからと実に情けない理由で断り彼女に憤慨されたと後にレフィは聞き、呆れた顔をしていた。

 剣を交わした名も無き吸血鬼との物語。

 閃く剣線がいくつも重なりぶつかりあい、火花を散らす。「やるじゃないか、人間!」「はっ、そっちも俺ほどではないがやるな!」「ほざけ!」剣を交えた理由はただそこに居たからという何とも奇妙な理由だった。最初はただ殺意を持って襲ってくる吸血鬼の男だったが、しかし剣を交わし続ける間にどちらともなく意気投合してしまったらしい。どうやったらそんな状況になるのか、レフィは終始首を傾げていた。

 王城で見た無駄に豪華な料理の話。

 それは年に一度しか収穫できない奇跡の野菜と奇跡の果物と奇跡の肉を使った奇跡の料理だった。食べる手が止まらず、その場に居た貴族でさえも言葉を発することが無粋と言わんがばかりに誰もが料理に夢中になった。後に大量のおみやげを持って帰ったヘイスは、レフィにどうやってそんな量食べるの、とたしなめられて我に返ったが、しかしその日の食卓でかわされた言葉は無かった。

 とある魔法道具店の少女の話。

 最近良く行く店に、かわいい女の子が居るのだという。少し前までは無愛想なお爺さんが店番をしていたらしいが、最近になって店の外装も変わりこちらも無愛想ではあるが美少女が店番をしているとのこと。そのことを話した時にレフィに子供好きなのかと言われてヘイスは大いにあわてることとなった。

 ――ヘイスの人生は、レフィの人生と同義だった。

 剣を取り、誰よりも強くならなければならなかった理由は、誰も知らない外の世界を聞いて、見て、知るために他ならなかった。幾千。幾万。振られた剣の数は空の星の数を超え、ただただ世界を見る為に、誰も見たことない伝説を見て、妹に聞かせる為に。それだけの為にヘイスは強くなった。

 冒険から戻ってくるたびに話をせがまれるレフィに、何日にもわたって話を聞かせてはまた冒険へと旅立ってゆく。ヘイスの人生はその繰り返しだった。

 武勇を打ち立て与えられた最強の称号なんて、ヘイスにとっては対して価値は無かった。

 冒険した話を妹と笑いあって過ごせる日々があれば、それでよかった。

 そんな毎日が、ずっと続くものだと、彼は自分に言い聞かせて、信じていた。

 ――しかし、そんなヘイスの願いはかなうことはなかった。

 はらはらと、はらはらと……雪が舞う日。

 レフィは高熱を出して倒れた。

 これまでの報酬や恩賞をなげうって、ヘイスは世界的にも有名な医者やヒーラーを呼び寄せた。だがそれも無意味だった。誰にもレフィの病気を治すどころか、一時的な回復さえも見込むことが出来なかった。

 馬鹿な。そんな馬鹿な話があってたまるか。

 意識が戻らず高熱でどんどん衰弱してゆくレフィを見ながら、ヘイスは己の無力を嘆いた。

 最強と呼ばれる冒険者。数々の伝説を打ち立てた勇者。

 そんな風に呼ばれていたところで、妹の病を治すことなど出来ない。大切な者を護ることが出来ない。それが……勇者だって?

 知れず、涙が出た。

 無力な自分が許せなかった。

 そんな時、ふと。

 ふとベッドの上にあった本に、ヘイスは視線を奪われた。

 ――竜殺しの物語(ドラゴンスレイヤーの伝説)。

 ふらふらと、手を伸ばして掴んだ本は、ヘイスに取ってのたった一つの希望だった。


 その夜のうちに、ヘイスはとある店を訪ねた。

『魔法道具店リリアーヌ』と、書かれた看板には既にcloseの札がかかっていたが、何度もしつこく呼びかけると中から店主の少女が出てきてくれた。

「……どうしたのですか」

 見るなりそう言われて、ヘイスはそれほどまでに自分は酷い顔をしているのだろうか、と思ったが、それも一瞬のこと。考えてる暇さえも惜しいグレンヘイス=アーシアはリリア=クレスメントへ頭を下げてこういった。

「聖剣を、打って欲しいんだ」

 そう言った瞬間のリリアの顏は、驚きに満ちたものだった。

 ヘイスは知っていた。聖剣がおとぎ話で言うただの英雄の武具なんかではないことを。それは恐らくリリアも同じだ。

「……一つ聞きます。聖剣で、何をするつもりなのですか」

 だからこそ彼女が二つ返事で作ってくれるなどとは思っていなかった。

「妹を助ける為に、ドラゴンを殺す」

 二度目の驚愕。

 ドラゴンはある意味不可能の象徴だ。伝説の存在にして最強の存在。種の中で最強の存在ではなく、種として最強の存在。他のどのような生物が相手になろうと、決して歯が立たない幻想の存在だ。

 竜殺しの物語。

 実物するノンフィクションのその物語の中でさえ、ドラゴンは殺せていない。

 竜殺しの物語は、過去に最強と言われていた騎士が三度ドラゴンへと挑戦して三度目に命を落とすまでの過程を描かれた物語だ。

 彼我の戦力は絶望的で、一度目はドラゴンに情けをかけられ逃げおおせ、二度目は辛くも命を拾うも右目を失い、三度目は魔剣を手に挑んだにもかかわらず命を落とした。

「死ぬつもりですか、ヘイス」

 いくら最強の冒険者と呼ばれていたとしても、伝説の勇者と呼ばれていたとしても、勝ち目など存在しない。

「刺し違えてでも、やらなければならないんだ」

「あなたは」

「――頼む。俺は……」

 世界を見てきた。妹の為にと言いながらも、広大な世界を見て伝説を見て、誰も見たこともない光景を何度も見てきた。

 ――それなのに、妹は、実際は窓の外の風景しか知らない。

 ヘイスがレフィに聞かせた世界はレフィにとって幻想の世界だ。

 どれだけ克明に伝えようとも、それは想像の世界でしかないのだ。

 それなのに、そんな幻想の世界を抱いて妹は逝ってしまうのか?

「妹に……生きて欲しいんだ……」

 人前で決して見せたことのない涙がこぼれる。

 最強の冒険者と呼ばれるほどの男が。伝説の勇者と呼ばれるほどの男が。

 何もかも捨て去って、自分の命さえも捨て去ろうとして頭を下げているのだ。

「…………わかりました」

 リリアにそれを拒めるはずがなかった。

 そうと決まるとその夜のうちに準備は進められ、そうして聖剣は造られ、ヘイスはドラゴンへと挑むこととなった。




 険しい山脈の懐。深き谷の狭間をヘイスは進んでゆく。

 空気は重々しく、しかしどこか清浄な雰囲気を持った空気は魔物の進入を拒み道行く者の足を竦めさせる。

 竜殺しの物語に描かれた東のドラゴンの話を元に、ヘイスは銀色に煌めく一振りの剣を手に谷底を歩く。

 そうしてややあって、空が円形に開けた空間に、彼は居た。

『……ここに来る人間が居るとは、また久しいな』

 聞こえた言葉に、ヘイスは知識としては知っていたが、こうして実際目の当たりにすると驚きを隠せない。

 人などその翼の一振りで吹き飛んでゆきそうなほどに巨大な体躯。赤い鱗に覆われた皮膚はぎらぎらと硬質な色を放ち、獰猛な牙を見せて瞳を細める姿はそれだけで戦意を根こそぎ奪ってゆきそうだ。

『それで何用だ、人間よ』

 ただの問いだというのに、まるで脅迫されているかのような圧力をヘイスは感じた。去れ。ここから去れ。そうすれば無駄に命を散らすこともあるまい。ドラゴンの言葉はそう告げていた。しかし、

「――俺は、グレンヘイス=アーシア。あんたを殺しに来た」

 銀色に煌めく剣を抜き放ち、ヘイスは臆することなく正面から告げる。

 相手が絶望的なほどに強いことはわかっているのだ。そうだとしても立ち向かうだけの理由が、ヘイスにはある。

『ほう……我を見て臆さぬというのか。その覚悟やよし。ならば我も本気で相手するとしよう!』

 ドラゴンの叫びと共に戦いの火ぶたは切って落とされる。

 

 相手より先に動いたのはヘイスの方だった。

 前へ、己が持てる最速の踏み込みでドラゴンの右足に斬りかかる。

 しかしそれを何もせずに見逃してくれるほど、ドラゴンは甘くはない。大きく打った翼が生んだ暴風が、ヘイスへと襲い掛かる。

 ヘイスはそれを最初から予測していたかのように風を斬って、続く返す剣でドラゴンの身体を浅く斬り裂く。

「っ! かってぇ!」

 鱗に阻まれてほんの少ししか刃が立たなかったことにヘイスは憤慨するが、しかしドラゴンはむしろ傷付けられたという事実に瞠目する。

『やるな! 我に傷をつけたのはお主が初めてだ!』

「そいつはどうも、なら敬意を表して死んでくれ」

『ふん、抜かせ!』

 言いながら放たれたファイアブレスが、ヘイスを襲う。たまらずヘイスは大きく横に跳ね、追って来るファイアブレスは何とか剣で斬って捨てる。

 懐に入らせないように牽制を加えながらブレスや翼を振るドラゴンと、向かい来るものを片っ端から斬り裂き活路を見出すヘイス。

 正直、ヘイス自身もここまでまともに戦えるとは思っていなかった。

 それもひとえに聖剣のおかげだ。

 聖剣を振るう資格を持つ者。「大切な者を護る為」の力。それが戦況を支えているのだ。

 

 繰り返される剣撃。闘いの音だけが、絶えず谷に木霊する。

「さっさと……っ、くたばれ……っ」

 もう幾度目になるかわからない斬撃が、ドラゴンの皮膚を裂く。

 ドラゴンの身体は度重なる斬撃により、そこかしこから血を吹き出している。

 一方のヘイスもそこかしこに傷を負っているが一番酷いのは斬り裂いたブレスの余波から来る火傷だ。持ってきていたポーションも尽き果てた状況では、ヘイスの方がやや分が悪い。

 地を抉るドラゴンの一撃を飛びのいてかわし、ヘイスとドラゴンは対峙する。

『……中々に楽しませてもらったぞ、人間……いや、グレンヘイス=アーシアよ』

「……まだ、終わってないぞ」

 長く続いた応酬の末、唐突に放ったドラゴンの不遜な物言いにヘイスが聖剣を構えなおすが、

『――否。これで終わりだ』

 ドラゴンがそう言った直後、ヘイスが見たのは絶望の光景だった。

「なっ!?」

 空に、地に浮かぶ魔法陣。それも一つや二つではない。それこそ開けたこの空間を埋め尽くすくらいに展開された魔法陣の数に、ヘイスは目を見開いて停止する。

これだけの数の魔方陣は未だかつて見たこともない。そもそも魔法使いの放つ上位魔法だと一発一発が戦況を変えられるほどの威力を持っているのだ。ヘイスが見ているこの魔法陣も、それにもれずに上位魔法のそれだ。それがこれだけの数が展開されているとなると、避けようがない。これほどの量の魔法詠唱を、いつの間に!

その答えはヘイスの知り及ぶところではないが、ドラゴンが使っていたのは上位魔法のリーディングキャストである。リーディングキャストはある一定の魔法使いならば使うことのできる思考のみでの詠唱のことで、ドラゴンはヘイスとの応酬の中、最初から何度も詠唱を重ねていたのだ。

『さらばだ、強き人間よ! 【紫電青霜(ライトニングブラスト)】!』

 そこから先に、ヘイスが見たのは断片的な光景だった。

 空が割れ、雷が所狭しと狂い落ちる中。咄嗟に振り上げた聖剣が雷からの盾となり弾き。しかしそれだけでは決して相殺しきれない雷に撃たれながらもヘイスは聖剣を上段に構えたままドラゴンへと突撃する。

 予想外の行動に虚をつかれるドラゴンを、雷をまとった聖剣が貫いた。

『がぁあああああああああ!?』

 血しぶきが舞い、ヘイスの身体がドラゴンの返り血で濡れ、濡れた血が雷で焼け焦げ身を焦がす。沸騰するほどの痛みに焼かれながら、両者はその場に倒れ伏す。

「っ……ぁ……」

『見事……だ……グレンヘイス……アーシア……我の……負けだ……』

 血だらけで動けないヘイスに、しかしドラゴンは称賛の言葉を贈る。

 永き時を生き、これまで己と対峙することが出来るほどの強者に会ったことが無かったドラゴンは、此度の結末に満足していた。動けないヘイスを叩き潰すくらいの力は残っていただろうが、それをしなかったのはヘイスに対しての敬意と、彼の誇りからくるものだった。

 静かに息を引き取ったドラゴンを見て、ヘイスは己の勝利を噛みしめるよりも先に、這いつくばりながらも耐衝撃バッグから小瓶を取り出しドラゴンの血を中に入れ、魔法道具を取り出し、震える手で転送を行う。

 ドラゴンの血……それが、おとぎ話の中でだけ存在するとされてきた幻の魔法道具、どんな怪我でも病でも治すとされているエリクシルの材料だった。

 ……万が一の為に、リリアに特殊な魔法道具を作ってもらっておいたかいがあった。これで、無事に妹は助かるだろう。そう思いヘイスは身体から力が失われていくのを感じながら、ドラゴンに寄りかかるように背を預けて空を見る。

 不思議と、恐怖は存在しなかった。

 

 ……剣ももう要らない。何もいらない。自分の命さえも、もう要らない。


 だからこれからはどうか、妹が……レフィが様々な景色を見て、幸せに生きられるようにと。


 ――そのことだけを願いながら、グレンヘイス=アーシアは静かに瞳を閉じた。


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