Episode5.正しい【聖剣】の作り方。‐後日談‐
後日談
王都が寝静まった深夜。
コンコン……という控えめなノックと共に扉が開かれて、わたしはレフィを部屋に迎え入れました。夕食の時も見ましたが、泣きはらした瞳はまだ少し赤く、お風呂に入ってきたのでしょう頬は少し上気していて髪がしっとりとしています。
「おまたせ、リリアちゃん……話って?」
さすがに夕食の時にする話でもないと思ったので、こうしてレフィを部屋まで呼んだというわけです。
「今日は無理をさせてしまいましたね、レフィ」
「え、ううん、そんなこと……って言っても説得力ないよね……」
「まったくです。そんな赤い瞳で言ったところで、説得力なんてほとんどありません。ってそうではなく」
気を使わせるつもりはなかったというのに、こういう時は自分の不器用さが恨めしくなります。接客の時の対応や素材の買取、取引の心理など、そういったところでは思った通りに物事を進められるというのに、どうしてわたしは身近な人が相手だと、思う通りに言えないのでしょう。
「…………その」
……どう言えば正解なのでしょうか。
……どうすれば考えていることを伝えられるのでしょう。
言葉が出かかっては消えてゆきます。
「どうしたの、リリアちゃん?」
言葉に詰まるわたしに、レフィがそう尋ねてきます。
「えっと……ですね……」
ぐるぐると、頭の整理がつきません。言おうとしていたことだけでなく、何を考えていたのかすら、わからなくなってゆきます。
「あはは」
そんなわたしを見て、レフィは吹き出したように笑い始めます。
「な、何を笑っているのですか」
思わず怒っているように言ってしまったわたしに、レフィはこういいました。
「だって、リリアちゃん、いつものわたしみたいなんだもん」
言われて思わず呆然としました。
いつものレフィというと、あのドジで間抜けでいつもポカをしてわたしに怒られて調子に乗ってまた怒られても能天気なあのレフィですか?
「……死にたいです……」
「ちょ、ちょっとリリアちゃんいつもわたしをどんな目で見てるの!?」
「それは――」
先の想像を言いそうになって、わたしはここで毒を吐いてしまえばいつも通りになってしまう、と言葉を飲み込みます。
「――元気でいつも明るくて」
代わりに出てきたのは、そんな言葉でした。
「……ミスは多いですが、いつも懸命でがんばっていて」
「え、えっ!? り、リリアちゃん?」
ええ、ええ、いつもならこんなことは言いません。言えません。自分で言っていて恥ずかしいですし、今後絶対言うこともないでしょう。レフィもいきなりそんなことを言われて盛大に戸惑っていますし。
「何事にも必死でいつもわたしを助けてくれて、笑っていてくれて」
……レフィが来るまで、わたしはいつも一人でした。
お爺さんが死んで、店を一人で切り盛りするようになってから、ずっと。一人でこの店をまわしてきました。
別にそのことを苦痛に感じていたことなどありませんが、レフィが来るまでユーリがいつも隙を見ては店に来ていてくれたのは、わたしが寂しくないようにと思ってのことだったのでしょう。ヘイスが良く買いものに来てくれていたのも、同じことだったのでしょう。
そして、
「――いつも隣に居てくれていて、ありがとうございます、レフィ」
彼女がここに居るのも、きっと恐らくはヘイスの気遣いがあってのことなのです。
「え……リリアちゃ……っ、あ、あれ……っ」
何故か、礼を言われた側のはずのレフィが、涙を流していました。
レフィが一人にならないように、ヘイスは彼女をわたしのところへよこしたのだとずっと思っていました。それはもしかしたらその通りなのかもしれませんが、けれどもレフィが来たことによって知らずのうちにわたしも救われていたのです。
墓地でユーリに頭を撫でられた時に、そのことに気が付いてしまったのです。
「……なんであなたが泣くのですか」
泣かせるつもりなんてなかったのに、伝えるということは難しいものです。
「だって……っ、だって……リリアちゃんが……そんな、うれしいこと言うから……っ」
そう思うわたしの思いとは裏腹に、レフィはそう言って抱きついてきました。
うれしいことを言うから……うれしくて、泣いているのですか……?
思わず、わたしも目頭が熱くなりました。
こんな拙い言葉だけで。たったいくつかの言葉だけで。
泣くほどうれしいと言われたことが、わたしの胸をぎゅっと締め付けます。
「……レフィ、これからもよろしくお願いしますね」
「……うん」
「……いつもありがとうございます」
「……うん」
ベッドに座るわたしに抱きつくような格好で膝を濡らすレフィの髪を、やさしく梳きながらわたしは何度も彼女に言葉をかけます。
今まで素直に言えなかった分、あの日から貯め込んだ言葉を全て。
レフィがやってきた、あの日から――