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延命治療と人殺し

掲載日:2013/03/23

 別に信じてくれなくてもかまわない。でも、今から語ることは本当の話だ。少なくとも僕はそう信じている。

 もしかしたら、これを語ることで、君は僕の気がおかしくなってしまったのじゃないかと思うかもしれない。それも無理はないと思う。何しろ、僕自身にだってその可能性を否定し切れないのだから。

 或いは君は、僕の話を聞いて、警察に通報するかもしれない。いや、したいのだったらしてもいいのだよ。僕は別に気にしないから。

 さて。

 じゃ、ちょっと語り始めようか。

 僕は何か特別なものになりたかったんだ。ずっと前から、そういつも思っていた。世の中つまらない。人生つまらない。きっと、このまま生きていたって…

 なにか特別なものになれれば、その気持ちも変わるような気がしていた。

 そして、そんな思いがあったからなのか、いつの頃からか、僕は、人殺しがしたいと思うようになっていたんだ。

 人殺しってのは特別な行いなのだろう。だから人殺しをすれば、自分の中の何かが変わるんじゃないかと思ったんだ。

 毎日のように漠然と思う。

 人を殺したい。

 人を殺したい。

 でも、誰を殺そう?

 そんなある日の事だった。僕の頭の中に、こんな言葉が響いて来た。

 『それは、本当ですか?』

 その声はまるで子供のようだった。本当に子共だったのかどうかまでは分からない。声は子共のようだったけど、話す感じは落ち着いていて、大人の雰囲気を感じさせたから。まぁ、それはどうでもいい。話の続きだ。

 「お前は、何だ?」

 僕はその声に対してそう返した。するとその声はこう言う。

 『ボクはずっと、あなたのような人を探していたんです。人を殺したがっているけど、誰を殺せばいいのか分からないでいるような』

 「答えになっていないな。お前は、何だ? どうして、こんな事ができる?」

 『ぼくの正体は言えません。でも、ぼくには今やっているような超能力がある。テレパシーとでもいうのですかね?

 実はぼくはあなたに頼みがあるのです』

 「頼み?」

 『はい。実は、あなたに人を殺して欲しいのです。

 あなたは、人を殺したいのでしょう?』

 「どういう事だ?」

 それから、その声は僕にこんな説明をした。


 ぼくには祖父がいます。でも、もう寝たきりで、それに認知症にかかっています。食べることも飲むことも上手くできなくて、それでつい最近、胃ろうの手術を行いました。

 胃ろうというのは、腹と胃に穴を開けて、チューブを通し、直接流動食を注ぐというもので、命を繋ぎ止める為の処置のことです。いわゆる延命治療の一つですね。

 ところが、この胃ろうは辛いらしくて、祖父はそのチューブを取ろうとしてしまうのです。それで仕方なしに、病院は祖父の手を縛りました。

 正直、ぼくには拷問に思えました。やりたくてやっている事ではないと分かってはいましたが、それでもやり切れません。

 祖父は、どんな気持ちでいるのだろう?

 ぼくはそう思いました。

 そして、その時です。ぼくは祖父の心の声を聞いたのです。それまで、ぼくにはそんな力はありませんでした。それが切っ掛けで、この力に目覚めたのです。

 祖父はぼくが聞こえていることを知っているのか、ぼくの名を呼ぶと、こう言うのです。

 『お願いだ。苦しい。苦しいんだ。殺して。殺してくれ。

 楽にさせてくれ』

 老衰による死というのは、他人から見ると辛そうに思えますが、実は自然のままなら、それほど苦しくはないといいます。しかし、延命治療で無理矢理に身体を起こしてしまうととても辛いらしい。

 もちろん、ぼくは老衰で死んだ事なんてありませんから、それが本当か嘘かは知りません。ただ、そういうデータがあるのは本当で、そして実際に祖父は死にかけていた時は、楽だったと心の声でぼくに訴えました。だからこそ、殺して欲しいと祖父は言ったのでしょう。

 ただ、ぼくには祖父の願いを聞き入れる事はできませんでした。祖父を殺せば、僕は殺人犯になってしまうし、それに、何より、誰かを殺す勇気がぼくにはなかったからです。

 だから、それからぼくは、ぼくの代わりに祖父を殺してくれる人を、ずっと探し続けたのです。

 そして、あなたを見つけました。


 僕は事情を聞き終えると、「なるほど」と答えてから、ゆっくりとこう返した。

 「話は分かった。どうやら僕らの利害は一致したようだ」

 単に騙されているだけで、その話がまったくの出鱈目の可能性もあるし、そもそも、僕の頭がおかしくなっているだけって事も有り得る。だけど、それに僕はそう答えた。

 このまま人生を送ってもつまらない。これで何かが変わってくれるのなら、仮に嘘でも頭がおかしくなったんでも構わない。

 そんな気分だったんだ。

 その声は『ありがとうございます』と、そう返すと、それから僕に病院の場所と病室とを教えてくれた。仕組まれていたのか、それとも単なる偶然だったのかは分からないが、僕は誰にも見つからず、その病室の中にまで簡単に入る事ができた。

 病室では、声の言った通りに、老人がベッドで横になっている。

 腹にはチューブが。手は縛られ、歪んでいるようにすら思えた。顔を近付けると、微かに老人がうめているのが分かる。

 確かに、仕合せそうには思えない。

 僕はそれから彼の縛られた手を解いてやり、腹に繋がれていたチューブを抜く。点滴をされていたから、それも引っこ抜いた。

 老人はビクンと身体を反応させたが、それからは何も動かなかった。僕は病室の鍵を閉める。そして、椅子に腰を下ろし、じっくりと老人を観察した。

 人には思えなかった。

 でも、確かに人だ。

 僕は何か言い知れぬ迫力のようなものを、その老人から感じていた。だけど、同時にこうも思う。

 人だけど、だから何だというのだろう?

 それから僕はその老人を黙って見続けた。老人から少しずつ生命力が失われていくのが分かった気がした。もちろん、気の所為かもしれない。ただし、老人の呼吸は少しずつ弱くなっているようにも思えた。

 多分、死に近づいている。

 首を絞めて殺そうかとも思ったが、僕はそれをしなかった。怖気づいていたのか、単なる気まぐれかは分からない。いや、やっぱり怖気づいていたのかもしれない。

 そのまま僕は、老人が完全に動かなくなるまで、同じ病室にいた。そして、死に向かっていく彼をじっと見守った。何故か、逃げてはいけない気がした。

 夜中になって、老人は完全に死んだ。脈も止まっていたし、息もしていなかったから、確かだと思う。安らかな死だったかどうかまでは分からないけど、少なくとも苦しんではいなかった。

 どうしてなのか、誰も邪魔をする者はいなかった。もちろん、単なる偶然なのかもしれないけど。

 「死んだぜ」

 と僕は言ってみる。でも、あの声はもう頭の中に響かなかった。

 もしかしたら、あの声の主は、老人が死んだ事で、その力を失ってしまったのかもしれない。

 それから僕は病院を出た。これで僕は人殺しになったのだろう。でも、何かが特別変わったようには思えなかった。

 今まで通りの僕だ。

 そして、それからしばらく経ってから、僕は急に怖くなった。今になって人を殺した実感が沸いてきた訳ではない。

 あの“死”には、静かだけど圧倒的な迫力があった。

 でも、普通の出来事だ。

 普通の。

 それは当たり前だった。不老不死の人間なんて、一人もいないのだから。誰だって死からは逃れられないのだから。

 どんなに社会が忌避したって、あんな無理矢理な処置をして抵抗したって。

 そう。

 死が普通の出来事だったからこそ、僕は恐怖を感じていたんだ。そして、その僕には、特別な何かになりたいなんて思っていた自分が、とても小さな存在のように思えていた。

 あんな凄い出来事が、当たり前の出来事としてある世界。僕はそれを受け止めなくちゃいけないんだ。

 その現実に、僕は怯えていた。

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