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リベルタ  作者: 絡繰ピエロ
第三章 訓練、そして休日
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後編

 翌日。

 眩い朝日が差し込む狭い部屋で、ベッドで寝ていた銀髪の男は銀の毛を生やした小型犬に顔をなめられて起床した。

 男は片手で小型犬の頭を撫で、ベッドの上に移動させて朝食の準備をする。

 ベーコンに卵を乗せて焼いたものを二つ作る。それを皿に乗せ、木製の丸いテーブルに置く。

「ウルド、朝食がてきたぞ」

 ワンと短い返事をして、ウルドはベッドからテーブルまで跳躍した。

「そんじゃ、食うか」

 カイルは胸の前で両手を合わせて軽く祈り、鉄製のフォークを卵に刺して口に運ぶ。

 ウルドは直接皿に口をつけて食べる。

 お互いが朝食を食べ終え、皿を水だけで洗う。その最中にウルドが急かすように鳴いた。

「もう少しで終わるから待っててくれよ」

 カイルは笑いながら返事をした。

 片付けをした後、カイルは動きやすい服装に着替える。

「よし、そんじゃ行くか」

 カイルはウルドを頭に乗せ、部屋を出た。

 彼らは休日になると必ず散歩をしている。カイルは運動をしたく、ウルドはカイルの頭に倒れてのんびり日光浴をすることが好きだからだ。

 更に言えばカイルは自身のキャバシティで生き物と会話もできるため、ウルドと楽しい一時となっている。

 しかしこのキャバシティは便利なところだけではない。

 自己紹介の時に目が合った生き物と話すことができると言ったものの、目が合ってなくとも生き物の声は常に『聞こえてくる』のだ。目が合った時にできることは自分の意思通達だけだ。

 ……まあ、最初は怖いだけだったけどもう慣れたしな。

 生まれてからずっと周りに生き物がいれば声は止むことなく、しかし人間だけは注視しなければ声など聞こえなかった。

 カイルの思った通り、長年続けば人間は慣れてしまうものなのだ。

 カイルは公園の隅に行き、ウルドを地面に降ろした。そしてできる限り視野を広げ、四方八方から聞こえてくる声の中からどこかに移動したウルドの声を聞き分ける訓練をする。

 たとえ銀色の小型犬が視界に入っても目で追わず、場所の認識をしつつ声の内容をしっかりと聴く。

 戦いの最中にウルドの声が飛んできたとしても、理解ができなくて致命傷を負うことなど避けたい。

 そして何より、イグニスやメアリを守る身としてこれだけはしっかりやっておきたかった。ウルドをあの二人の近くに居させれば、状況把握も簡単になる。

 だからこの訓練は、小さな穴ができないほど細かく正確にやっている。

 ミスなど許されない。そのためカイルは真剣な顔でこの訓練に取り組んだ。


 時が過ぎ、空が赤くなる頃になってカイル達はようやく訓練を終わらせた。

 あまり動いてはいないものの、背中からは汗が溜まっている。

「汗で気持ち悪くなってきたし、さっさと帰るか」

 カイルはウルドを頭に乗せ、走って帰った。

 家に着くとすぐに風呂場に行き、ウルドと一緒にシャワーを浴びた。

 風呂から出ると、家に常備してあるレトルト食品を晩飯として食べ、ベッドに入って熟睡した。




 同日の朝早く、日差しが見えて間もない頃にメアリがベッドから上半身を起こした。

 彼女は即座に立ち上がり、洗面所に行って顔を洗う。目を完全に覚ますと、朝食の準備もせずに木でできた腰掛け付きの立派な椅子に座り、机の上に置いてある分厚い本を開いて読書をする。

 メアリの部屋は本で埋め尽くされており、大きな本棚には沢山の本が詰まっている。部屋の壁は本で覆い隠されており、窓とドアとベッドの近くの壁以外は見えなくなっている。

 それほどメアリは本が好きなのだ。

 もちろんのことだが、彼女が本が好きなのには理由がある。

 例えば散歩をしても、毎回風景が予想通りになってしまえばすぐに飽きてしまう。つまり、メアリのキャバシティは嫌でも常に働いてしまうのだ。

 勘で大抵当たってしまう、そんなことがあれば一人でやって楽しいことなど限られてしまう。

 そこで見つけたのは、本だ。

 最初は友達から、いいから読んでみなよと言われて勧められた本を嫌々読んだことがきっかけだ。

 文字なんか読んで楽しいわけがないと思ったり、こういう雰囲気だから次はこうなるだろうとキャバシティが働いたりと、ダメ元で読んでいた。

 しかし、終盤になると話は大きく変わり、予想さえしてなかった場所が伏線となってメアリに感動を与えたのだ。

 この経験があってから彼女は、本を読むことって面白いと考えるようになって趣味は読書となっている。

 メアリは早朝からずっと水分補給やトイレ以外の時は立たず、夕方になるまで読書をした。

 夕方になったことに気付いたメアリは一旦読書を止め、野菜だけで作った簡単な料理を食べ、風呂に入り、寝るまでずっと読書をしていた。




 同日の昼頃、イグニスは床に引いた布団の上で手や足をだらしなさそうに投げ出した状態で寝ていた。

 そこへ、部屋の扉を叩く音が響いた。

「おーい、イグニス。起きろー」

 声が耳に届いたイグニスは、眠たそうな顔をして起き上がり、ゆったりとした歩調で扉を開ける。

 開けた扉の先には、トラウムとベルドの二人が経っていた。

「…………、誰?」

 次の瞬間、イグニスのみぞおちにトラウムの拳が入った。

「ぐぼっ」

「久しぶりの親友に会って、その第一声が誰? たあ、いい覚悟してんじゃねえか」

「まあまあ。イグニスも寝起きだから頭が働いていなかっただけだと思うよ」

「いや、まあ、体が勝手に動いちまった。お前もそんなところでのびてないでさっさと起きろ」

 トラウムは中腰になって腹部を腕で押さえているイグニスの両肩を掴み、力を入れて起き上がらせる。

 そして、前後に大きく揺さぶった。

「おい、起きろ」

「ちょっ。まっ……!」

 イグニスは抵抗さえもできないまま、体を大きく揺らされる。

「よし、これでいいだろ」

 動きを止めると、茶髪の少年は目を回して、混乱状態に陥ていた。

「…………」

 そこに、トラウムはイグニスの腹部に膝蹴りを叩き込んだ。


 その後、イグニスは連行させられ、ミロワール広場という地面にタイルが敷かれている広場に着いた。

「てめえ、最初の一発目はしょうがなかったものの、なんで膝蹴りを入れた?」

「すまねえ、つい手が出っちまった」

「つい、じゃねえよ! おかげでこっちは意識失いかけたんだぞ」

 なら、とトラウムは声を出しながらイグニスに木刀を投げた。

「これで鬱憤を晴らさないか」

「……その鬱憤の理由がお前にあるんだけどな。まあいい、後悔させてやる」

 イグニスは木刀を受け取り、直ぐに構える。トラウムも同時に構えた。

 二人の間に、ベルドが割って入る。

「それじゃあ僕は二人の仲介をさせてもらうね。危ないと思ったら止めにかかるから」

「はいよ」「お願い」

 ベルドはそれだけを言うと、木刀が届かない位置まで下がった。

 イグニスとトラウムは視線をぶつけ合い、外れる気配はない。

 そこで始めに動いたのは、イグニスだ。彼は訓練中にやっていた時と同じように、木刀を大きく、そして鋭く振るう。

 対してトラウムは、イグニスより圧倒的に速い一撃を放つ。そのため、木刀のぶつかり合う場所がややイグニスよりとなり、イグニスに多少の不利を与えた。

 だが。

 ……重い!?

 今まで腕だけで振るわれていた力が、全身を使った一撃になると比べものにならない。

 重さという不意打ちを喰らったトラウムは、弾かれた衝撃で腕ごと後ろにけ反った。

 そこにイグニスは容赦なく二撃目を打ち込む。

「――――くっ」

 慌てて合わせるが、そんな容易に受け止められるものではない。

 トラウムの木刀は地面に叩き付けられ、遠くまで滑っていく。

 好機だとイグニスは思い、構え直してトラウムに接近をしようとする。

 しかしイグニスは見た。トラウムが膝を曲げた姿を。

 イグニスは見た。トラウムが跳躍をした姿を。

 イグニスは見た。トラウムが三メートル近くも離れた場所に着地した姿を。

 ありえない光景に呆然と立ち尽くすイグニス。

 トラウムは額に出た汗を手で拭き、安堵の息をつく。

「ふう、危ねえ危ねえ」

 少年の声にようやくイグニスは我に返った。

「ってお前、そりゃ卑怯じゃねえのかよ!?」

「卑怯もなにも、これも一つの方法なんだしいいだろ。別にキャバシティを使ったわけじゃねえし。それに、こっちが跳ぶ前に決めればよかっただろ?」

 トラウムが意地悪そうに笑う。

「まあまあ。どちらとも負けと思わせる場面がなかったから引き分けかな」

「お、そうだ。ベルドもこいつとやってみねえか?」

 トラウムが木刀をベルドに突き出す。

「それじゃあ、少しだけ……」

 ベルドは木刀を受け取った。


 三人の戯れは日が暮れるまで続いた。


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