中編
イグニス達の修行が始まってから丁度一週間が経った。
イグニスはカイルと木刀を持って打ち合いをしている。
「ほらほら、お前の実力はこんなもんかよお」
この声の主はイグニスではない。
カイルのものだ。
軽い挑発を誘い、そして自分はまだ余裕だということを伝えているのだ。
しかし茶髪の少年は彼の言葉を真に受けず、ただ冷静に攻めを続ける。
冷静に攻めるイグニスと楽しそうに守るカイル。
真剣さに大差は出ているものの、実力までは変わってはない。
「――――クッ」
イグニスの木刀が真上へと打ち上げられた。右手は空に向かって真っすぐに伸ばされ、しかし顔は正面から少しも外れてはいない。
対してカイルは、武器を持ってない相手に接近をする。
近づいてくると分かったイグニスは、後ろへと跳んだ。まだ跳躍することに慣れてないため、あまり遠くへ移動はできない。
だが、跳んでいる間に相手の体勢を見ることによって、着地した時に相手の攻撃を対処できる構えにすることができるのだ。
カイルは上半身を左に倒し、木刀を隠すようにして進んでいる。
だからイグニスは、地面に足が着いて即座に右方へ再び跳ぶ。こうすればもし剣先が当たっても致命傷は避けれる、とカイルから叩き込まれた。
そしてカイルはただ一直線に進み、木刀を斜めに振り上げる。木刀はイグニスの体に当たることなく、空振りとなった。
イグニスは拳を作り、すぐに攻めれる体勢をとる。
カイルは空振り状態で、口の端を弓のように吊り上げた。
「よっし。ここまでできりゃあ、そこらへんの雑魚には負けねえだろ」
「そうか。そうなのか? でもなんだか実力ってやつが付いた気がするからもっと褒めて」
「すまん、嘘ついた。そこらへんの子どもには負けねえと思う、たぶん」
「相手のレベルが下がった上に、たぶんとか付けられた……。けど、これでオレは合格だろ?」
「ああ、そうだな」
そんじゃと言葉を発しながら、銀髪の男は黒いショートヘアの少女に体を向け、
「次はメアリのテストをすっぞ」
メアリは両手でメイスを持ち、二刀を手にしたカイルと対峙している。
「準備ができたら来いよ」
少女は小さく頷き、メイスを斜めに力強く振り下ろした。
しかしカイルは、その軌道に合わせて体を少し動かしただけで避けた。
空振ったメイスは、勢いを殺すことなく無限大(∞)のように曲げ、再び逆向きから振り下ろす。
だが、簡単に避けられてしまう。
それが何度も繰り替えされた。
メアリが言われたテストの内容は、限界まで攻撃をやめないこと。このままカイルに攻撃がかすらなくとも、彼の期待した数だけ振れば合格にはなるだろう。けれども、
……せっかく刀を持たせてるんだから、使って避けるぐらいなことをしたいわね。
そうは思ってもメイスは重い武器であるため、軌道を大きく変えるには体も大きく動かす必要がある。前回のように背を向ければ縦への軌道補整ができるが、それはできる限りやるなとカイルから釘を刺されている。
だから、両腕に力を入れ、少々強引に、
「――――!!」
軌道を真横に変えた。
突然の変化に、カイルは慌てて二本の刀を上からメイスに押し付け、地面を蹴り、円を描いて回避する。地に足を着けると彼は、すぐさま跳んで距離を取る。
メアリは両手からメイスを放し、地面に落として荒い呼吸をし始めた。
カイルは額に脂汗を吹き出し、少女を見て安堵する。
「あ、危なかったぜ……。油断してたとはいえ、流石にビビったぞ」
「はあはあ、そう、ですか。ありがとう、ございます」
「これでメアリも合格だな」
「ありがとうございます」
正午の時、イグニス、メアリ、カイル、ウルドの三人と一匹は訓練所の門外から出てきた。
カイルはウルドを頭に乗せ、二人に話しかける。
「そんじゃ、訓練は今日でとりあえずおしまいだな。そんで、明日は休みにして明後日からいろいろな仕事をこなしていくぞ」
「はい」「いよいよか」
「で、仕事をするには俺達のチーム名を決めなきゃなんねんだ。なんかいい案はねえか?」
イグニスは腕を組み、メアリは顎に指を当てて悩む。
「まあ、出ないってんなら俺が考えた『カイル様と従順な手下達』ってやつにすっから」
「「…………」」
途端に二人は目を瞑り、うーんと唸りながら考え始めた。
しかしそう簡単にチーム名など出てこない。
「なんだ、出ないんだったら俺のやつにするぜ?」
カイルはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる。
そこへ、イグニスが慌てて右手を上げる。
「はい、はいっ。カイル先生のになるくらいだったら『ドラゴンフライ』にした方がいいと思います!!」
「俺達との関連性がないから却下」
一蹴された。イグニスとしてはまだマシだったが、流石にカイルのものはなりたくない。
……私がなんとかしなくちゃ……!!
メアリは思考をできる限り回転させ、このチームとの関連性のある名前を出そうと必死になる。
数秒後。少女は自信満々に右手を掲げた。
「おっ、メアリか。そんじゃ、これでダメだったら俺のやつに決定するからな」
「わかりました」
では、とメアリは深呼吸をし、言った。
「『リベルタ』って名前はどうでしょうか?」
「ふーん、『自由』ねえ。これならチームの雰囲気も表せてるし、悔しいけど俺のやつよりはかっこいいな。よし、これにすっか」
カイルは満足そうな表情を浮かべて、頷く。
「じゃあ、これでもう解散すっけどいいな」
二人は了解の声を出し、別れて行った。