後編
「おい、また視線が木刀の方にいったぞ」
「……くっ」
「顔が動かなくかったのは大きな成長だが、それでもまだ目玉が木刀を追っちまってる。それじゃあ意味がねえんだよな。あ、いいこと考えた」
「い、いいこと?」
「ああ、これは次の段階でやろうと思ってたやつだが、まあいいや。体で覚えさせたほうが早いだろ。俺がお前の木刀を吹き飛ばした後、何かしらの行動をする。それに対処してみろ」
「おっ、面白そうだな、それ」
イグニスは嬉々しながら木刀を拾い、構え直す。
「そんじゃ、始めるぞ」
カイルの声にイグニスは頷き、木刀を振る。カイルはイグニスの軌道に合わせて木刀を振った。
木刀はぶつかり合い、弾かれる。
今回はイグニスの苦痛の声は聞こえなかった。なぜなら、カイルから全身を使って武器を扱う方法を教えてもらったからだ。それにより、手の力だけで振っていた時より数倍の力を発揮しているのだ。
……今はすぐに壊れそうな形だけどな。
しかし、それでも十分力は上がっている。だから、今のイグニスはそう簡単に木刀を放すことはない。
双方の木刀が幾度とぶつかり、その度にガッと木刀の削れてく音が鳴った。
だが、
「――――!!」
カイルに勝つにはまだ早すぎる。
イグニスの木刀が飛ばされ、視線がそれに移ってしまった。
その隙に、カイルが木刀の先端を下に向け、木刀を腹に隠すように前かがみの低い体勢で接近してきた。
カイルが近づいてきたことに気が付いたイグニスは、彼の体勢を見て右へ跳ぶ。
しかし、カイルは急停止をし、全体を返してイグニスが正面になるように動いた。
そしてあまり距離のとれてないイグニスに、木刀を刈り上げるように振るう。
イグニスは何もすることができず、カイルの寸止めによって右脇腹に木刀が軽く当たった。
痛みは全くなく、当たるよりは触れたという感じだった。
「ふう。とりあえずはこんなもんだな。これで視線が外れた時の危険性はわかっただろ」
「は、はい」
「そんじゃ、これをやっていくから、きちんと意識しろよ」
数分の休憩の後、彼らはこの練習を夕刻まで続けた。
空が赤く染まっている中、三人と一匹は訓練所の門の外にいた。
三人は三角形の形に立っており、ウルドはカイルの頭の上で丸くなっている。
「これで今日の訓練は終了な。そんで、今日を含めて一週間、つまり後六日間はここで訓練するから、毎朝集合してくれ。いいな?」
「は、はい」「う、ういーっす」
イグニスとメアリの手のひらには、多数のマメができていた。
一日でマメできてしまうほどの訓練を後六日間も続ける。そう思うと直ぐに、はいとは言いにくかった。
「そんじゃあこれで解散すっけど、何か言いたいこととかあるか?」
「言いたいことというか、質問が一つ」
とメアリ。カイルがどうぞと話を続けさせる。
「私がメイスを飛ばしてしまった時、どうしてあんな対応ができたんですか? こっちを意識していたならともかく、カイル先生はイグニスと話していました。そんな最中にあんなことができるなんて、不可能だと思うんですが」
「ああ、あのことね。そりゃあもちろん、俺の実力」
と、会話の途中にウルドがカイルの頭を引っ掻いた。
「い、痛っ」
カイルは痛みを堪えながら飛び跳ねた。
落ち着きを取り戻した彼は、頭からうっすらと血を流しながらも話す。
「まあ、さっきのは冗談。流石の俺でも一人だったら避けるだけで精一杯だ。でも、あれができたのはこいつのおかげなんだよ」
カイルは右手でウルドの頭を撫でる。
「俺のキャバシティは知ってるだろ? それで、俺がウルドから『メイス まっすぐ飛んでいる 危ない』って信号を貰ったんだよ。だから反応ができた。これでいいか」
「あ、はい。解説ありがとうございます」
ふう、と銀髪の男が短い嘆息をつき、
「もう言いたいこととかねえな。ってことで、解散!」
彼の言葉に、三人は各々の家へと帰っていった。