中編
三人が訓練所の扉を通ると、広い受付があった。
カイルを除く二人は、感嘆の声を上げた。
「うわ、すげー」
部屋は沢山の武具が棚に整備され、置かれている。武具は、よく見かけるものから珍しいものまで、幅広い種類が整っていた。
カイルは部屋の通路を歩き、L字型の台の壁側にいる、眼鏡をかけている痩せた女性に話しかけた。
「午前十時に予約をしていたカイル・フローレンだ」
「少々お待ちください」
女性はしゃがみ、台の中に手を入れてファイルを取り出した。
「確認しました。それでは、身分を証明できるものを提示してください」
カイルは右ポケットから、リーダー格証明書と書かれた紙を取り出し渡す。
「ありがとうございます。時間ですが、本日使い放題ですので気にしないでください。三名様のフリータイムですので、銅貨十五枚になります」
「はいよ」
カイルは左ポケットから、十五枚の銅貨を差し出す。
それを受け取った女性は、銅貨の枚数を確認し、近くの箱に入れた。そして女性は一礼をする。
「それでは、よい時間を」
カイルは振り返り、メアリの側に歩み寄った。
彼女は、棚に置かれた複数のメイスを見つめている。
「メアリはやっぱりこの武器の種類にするのか?」
「はい。自分はこれにしたいです」
そうか、とカイルは言い、棚に置いてある頭部がバツ印のように四つに分かれたメイスを片手で持ち出した。
「わわっ。ちょっ、いきなり持ち出してもいいんですか!?」
「ん? もう手続きも終わったし、貸出し料金は使用料金の内に入ってるからいいんだよ。じゃあメアリはこれを持って、受付の横にある扉から外の訓練所で待っててくれ」
「わかりました」
メアリが両手でメイスを受け取ると、
「――――!!」
床に頭部を落としてしまった。
「おいおい、大丈夫かよ」
「あの、実物のメイスってけっこう重いんですね」
「まあ、物によるが二から三キログラムまであるらしいからな」
「そう、ですか」
メアリは返事をしてすぐに両手に力を入れ、棒状の部分を肩に乗せて外の訓練所へ向かった。
彼女の後ろ姿を見たカイルは、次にイグニスの側に行く。
「で、イグニス、お前は何をやってんだ?」
カイルの声に、ビクッと全身を震わせたイグニスは、両手に刀を持ってカイルと向き合う。
「え? 貸出しがいいんならオレも持ち出していいんじゃねえの?」
「はあ。持ち出しはいいが折れたら弁償なんだよ。だから次々と壊されたらたまんねえんだよ」
「別に壊す気なんてねえし。てか、なんでメアリがよくてオレがダメなんだよ」
「メアリの武器は俺達とは違って木刀みたいな代わりになるものが少ないし、あっても実物より軽く作られてんだよ。だから実際に本物の武器を持たせて慣らせるようにさせなきゃいけねえの。実戦で武器に振り回されるようなことは起きちゃいけないからな」
イグニスは不満気な顔で質問を続ける。
「いや、だからなんでオレは実物を使っちゃいけねえのって」
「実物は使ってもいいけどよ、だったら今からの練習は誰にでもできる超基本的なことになるぜ」
「は?」
「だから、実物を使いたいのならメアリと同じように慣れるための練習をするってこと。俺から見たら、イグニスなら次の段階へいってもいい実力をもってると思ってたんだけどなー」
「…………」
「木刀で、打ち合いから実戦にまで使える技術を教えようと思っ」
「早く練習をしようぜ、カイル先生」
イグニスは瞳をキラキラと輝かせながら、刀を棚に置き、走って木刀立てから一本の木刀を取り出して外の訓練所へ行った。
その途端、頭の上に丸くなっていたウルドが大きな欠伸をした。
「お、お前もあいつはバカだと思うか。そうかそうか」
カイルは頭上まで手を伸ばし、ウルドの頭を撫でる。
そして、ゆっくりと歩きながら木刀を抜き出し、外の訓練所に出た。
外の訓練所は砂原、草原、林、泥地の四つに分かれていた。
カイルは入口付近にいたイグニスとメアリを呼ぶ。
「そんじゃ、今から練習を開始するぞ。メニューだが、メアリはそのメイスを持って無限大(∞)の形に振っていてくれ。最初は両手持ちで休憩をはさみながらやること。無理は絶対にするな。場所はここ、砂原でな」
「わかりました」
「で、イグニスは俺と一緒に木刀で訓練な。場所はメアリと同じ砂原だが、少し離れた所でやるぞ」
「イエッサー」
メアリはその場から少しだけ歩き、立ち止まった。カイルは、ウルドを地面に降ろし、メアリを見ててくれと呟いた。
それから彼は、メアリから前方に十数メートル離れた場所に移動する。イグニスは彼の後を追いかけるように歩く。
目標地点に着いたカイルはイグニスと向かい合い、左方にメアリが立っている状態になる。
「メアリは俺が気づいたら指摘しに行くから、こっちを気にせずにメイスを振っててくれ。ってことで、始めますか」
メアリはメイスを振る、というよりゆっくりと動かす。それを見たカイルはメアリに近寄る。
「ちょっと待ってくれ。メイスってのは持ってわかると思うがとても重たい武器だ。だから振る時は腕だけじゃなくて全身を使うんだよ。足とか腰とかな。で、勢いでメイスがすっぽ抜けても構わねえから、思いっきりやってみな」
「は、はい」
言われた通り、腰や足を入れてメイスを振ってみる。すると、周りの砂が舞い上がるほどの風が起きた。
「メアリはこれでいいな。じゃあこっちに戻るか」
そう言ってカイルはイグニスの元に戻る。
「俺達は今から打ち合いをするぞ。これは基本的に見えるが、沢山の技術や意識が必要になるからとっても難しいものだからな。でも普通にやってちゃつまんねえだろうし、お前が俺の木刀を飛ばさせたら今日の晩飯を奢ってやるよ」
「うっしゃー、早くやろうぜ!」
二人は右手だけで木刀を持ち、構え、振っても届かない距離を保っている。
「イグニスから振れよ。俺が合わせるからよ」
「そんなに余裕こいてて、後悔するなよ」
イグニスが木刀を振り、それに合わせるようにカイルも木刀を振る。カイルの力は強く、難なく押し返された。
「ぐっ」
イグニスは押し返された木刀を構え直し、再び右方から振る。それもカイルに合わされ、
「――――!」
木刀を右方に吹き飛ばされた。イグニスは吹き飛ばされた木刀に顔を向ける。
「ほう、了解了解。ほら、早く拾ってまたやるぞ」
くそっと暴言を吐き、忌々しい表情を浮かべて木刀を拾い、戻って構え直す。
「ほら、さっさと来いよ」
カイルの軽い挑発に、イグニスは右手だけで木刀を力いっぱい振るう。
再び、双方の木刀はぶつかり合い、しかし先程より力が落ちてることに気付いたイグニスは、
「手加減なんてしてんじゃねえ!!」
怒号を上げた。
だが、返事など来ることはなく、雄一返ってきたものは、
「――な」
初めてぶつけ合った時と比べものにならないほどの、圧倒的な力だった。
イグニスの木刀がそれに当たると、木刀はいとも簡単に吹き飛ばされてしまった。
そして、イグニスが視線が僅かに動いた瞬間。
「わ!!」
カイルの大声に、強引に視線をカイルへ戻される。
何が起きたのかわからないイグニスは、カイルを見つめたまま、思考を巡らせた。
少しの沈黙の後、カイルが木刀を肩に乗せて口を開く。
「よし、それでいい。木刀が飛んでもそっちに目をやるな。相手からは絶対に視線を外さない。これは戦いの基本だから頭に叩き込んどけ。忘れたら死ぬからな。まあ、ここらへんは流石俺様ってところだな」
あと、とカイルは言葉を区切り、
「あんな簡単な挑発に乗るなよ。これじゃ、後先が辛いぞ」
「売られた喧嘩は全部買う主義な」
んだよ、と言おうとしたその時だ。カイルはイグニスの胸元を平手で力強く押したのだ。
イグニスがしりもちをつくと同時に、カイルは左を向き、低く、そして長い跳躍をする。
そこに、カイルを追う影があった。
それは、メアリの持っていたメイスである。
メイスは高速で横回転をしながら、四つに分かれている頭部が襲い掛かる。
対しカイルは、空中で木刀を振り上げ、両手で構えた。そしてメイスの頭部を見つめ、
「……ンッ」
全力で木刀を振り下ろす。
カイルの一撃は、頭部の溝に当たり、メイスを地面へ叩き付けた。
その反動でカイルの体が上がり、重い攻撃を与えた木刀は、二つに折れた。
長い跳躍が終わり、地面に足をつけたカイルは、左手で頭をかきながら、
「あーあ、木刀割っちまったよ。どうしよ。まあ、いっか。確か木刀は壊しても弁償しなくてもよかったはずだし」
などと、呑気なことを言っていた。
そこに慌ててメアリが駆け寄り、深々と一礼し、頭はあげずに謝った。
「す、す、すみません。メイスを振ってたら、手から放れちゃって……。あ、あの、怪我とかはありませんか?」
「ん、ああ、大丈夫だ」
カイルはメアリと会話をしながらイグニスに近づくと、彼はしりもちをした状態から動かず、ただ間抜けそうに口をぽかんと開けていた。
「おーい、なんか魂が抜けかけてる顔してるけど、大丈夫か?」
「……す」
「す?」
「すっげーー! どうやったらあんなすげえことできるようになるんだよ、カイル先生」
だらけきっていた男は、イグニスの言葉を聞き、嬉しそうな様子で答える。
「そりゃあ、あれだな。この凄い俺の言うことを否定しないで、きちんと言われたようにすれば、できるようになるよな。まあ、けっこうな時間は必要になるがな」
「おお。わかりました、カイル先生」
イグニスはやる気に満ち溢れていた。
だが、
「すまんが木刀を取り換えてくるわ」
カイルは小屋へと向かった。
受付の女性に木刀が折れたことを告げると、彼女は苦笑いして、
「そ、そうですか。木刀は弁償をしなくてもいいですが、次からはあまり折ったりしないでくださいね」
取り換えてもらった。