前編
カイルが約束をした午前十時頃。
サンクロス訓練所の門前に、イグニスとメアリが立っていた。
「にしても、カイル、遅いなー」
「それもそうだけど……あんた、リーダーの名前を呼び捨てって、どういう神経してんのよ」
「ん? 別にさん付けで呼べとか言われてねえからよくね」
「暗黙の了解だと思うんだけど」
「ならさ、オレがカイルを様付けで呼ぶから、その反応でどうすればいいか決めねえか」
「様付けって……まあいいわ、面白そうだからやりましょう」
数分後。
カイルは頭にウルドを乗せ、器用に走ってこちら側に向かってきた。
「いやー、すまねえ。いろいろなことやってたら時間が過ぎちまった」
「自分が決めた時間なのに遅れてくるんじゃねえよ、カイル様」
「イグニスもこのように言っておりますが、もう少しカイル様は時間というものを気にした方がいいと思います」
「…………」
カイルが黙った。
メアリは特に問題はないが、イグニスは呼び方がカイル様に変わっただけなので違和感が半端ない。
「すまねえがもう一度さっきの言葉を言ってくんね?」
「カイル様は時間を気にした方がいい、と申しました」
「おいおい、カイル様は耳まで悪くなったのかよ」
カイルは目を閉じ、眉間に親指と人差し指を当てる。
「遅れてきたことは本当にすまねえと思ってる。だから教えてくれ。これは嫌がらせなのか?」
「嫌がらせ、と申しますと?」
「はあ。嫌がらせの訳ねえじゃん。むしろカイル様って呼んでんだぜ? バッカじゃねえの?」
カイルは、話の通じそうにないイグニスを無視することにした。
「なんで俺を様付けで呼んでるわけ?」
「それについてですが先程、カイル様が来る少し前にイグニスがカイル様のことを呼び捨てしてましたので注意をしましたら、なら様付けをして反応を見ようとなりましたので、それに従ってました」
「あー、呼び方か。そういや言ってなかったな。うーん、どうしよ。最初から呼び捨てするチームもあれば上下関係を徹底するチームもあるしな。最初から呼び捨てされるのは嫌だけど、最後まで上下関係を貫く気なんてないしなー」
「なら、最初は呼び捨て禁止で、時間が経ったら呼び捨て解禁でいいと思います」
「あー、じゃあそれでいいや。それ、決定」
カイルは意地悪そうな笑みを浮かべ、イグニスに人差し指を指す。
「ってことで、今からは呼び捨て禁止な」
「マ、マジかよ……」
「俺の呼び方も決まったし、そろそろ中に入るか」
はいとメアリが、ういーっすとイグニスが返事をし、訓練所の中に進んだ。