後編
選考会から数日経ち、イグニスの家に一通の封筒が届いた。
送り主は、カイル・フローレン。つまり、チームのリーダーからだった。
イグニスは手破りで封を開け、中に仕舞われた紙を取り出す。
『今日、十三時頃にメンバーの顔合わせ、自己紹介をしてもらうからパナーレ広場に集合』
時間を確認すると、まだ二時間近くも余裕がある。
それならと彼は散らかった部屋から持っていくべき物を取り出し、それらをポケットに入れてから家を出た。
昼過ぎのパナーレ広場に、二つの人影があった。
一つは、銀髪の上に銀色の毛を生やした小型犬を乗せた男、カイルだ。彼は噴水の縁に座り、ただ呆然と遠くを眺めている。
もう一つは、黒髪のショートヘアに、ほっそりとした体の少女、メアリ・コンラッド。彼女はカイルに指名されたメンバーの一人である。今はカイルが噴水の近くに設置したベンチに座って、地面を見つめている。
二人の間に会話はなく、沈黙が続いていた。気まずいとメアリは思うが、何を話したらいいのか分からず、結果として沈黙となってしまう。
そこへ、イグニスが歩いて現れた。
銀髪はこの国、アルムにとって珍しくはないが目立つカイルを見つけたイグニスは手を振って駆け寄る。
「おっ、いたいた。おーい」
陽気な少年に対して、カイルだけが小さく手を振った。
近くまで行き、空いた場所であるメアリの横に座る。
するとカイルは小さく咳き込み、
「これで全員だな。そんじゃ、今から自己紹介でもしていくか。言ってもらうことは名前、趣味、使用予定の武器、キャバシティだけでいいな」
キャバシティ。それは一定の条件を満たすことで使用することのできる、いわば超能力のことである。例えば、水を操る超能力なら水に触れることが条件となる。そしてこれを満たすことで水を操ることができるようになるのだ。
キャバシティは人間なら誰だろうと使用できるが、その原理はつかめておらず、噂では遺伝子によって能力が変わっているのではないかと言われている。
「まずはリーダーの俺から自己紹介するか。名前はカイル・フローレン。趣味は散歩と会話。使用する武器は二つの刀、二刀流だ。キャバシティは、生き物との会話。目があった生き物とは言葉に出さなくても話すことができる」
カイルは両手で、銀毛を生やした小型犬を地面に降ろした。
「そんでこいつが俺の相棒のウルドだ。プライドが高いから、馬鹿にすると襲いかかってくるから注意しろよ」
言い終えた瞬間、ウルドがにやりと口を開き、鋭い牙を見せた。
「そんじゃ、次は……メアリでいいな」
指名されたメアリは、しかしわかっていたように目を閉じ、大きく深呼吸をした。
「名前はメアリ・コンラッドで、趣味は読書と寝ることです。使用予定の武器は、メイスです。キャバシティは勘がよくなること。条件ですが、私のキャバシティは生まれつきなので常時使用中の状態になっています。まあ、外れることもありますが大抵は当たります」
彼女の言葉に、カイルはふーんと鼻を鳴らし、
「ならさ、俺のどっちかの拳に小石が入ってるんだが、どっちか当ててみ?」
メアリに向けて、二つの握りこぶしが突き出された。
彼女は腕を組み、悩む。しかし数秒後には答えを出していた。
「私はカイルさんが小石を持ってるとは思いません」
彼女の答えに、ほおとカイルは称賛し、両手の拳を開いた。
拳の中から落下物はなく、つまりそれは手の中に何もなかったことを示した。
「正解だ。で、最後は……イグニスだな」
指名された直後に立ち上がり、大きな声ではきはきと喋る。
「オレの名前はイグニス・フィガロ。趣味は筋トレ。使用予定の武器は刀。キャバシティは自分の刀に触れた鉄を断ち切ること。条件は十秒間鉄に触れ続けさせることで、途中に離れたらカウントはゼロ秒からになります!」
言い切ると、カイルは額に手を当てていた。
「とりあえずお前は相当な馬鹿だってことだけは理解した」
「ええええ!? ちょっ、どうしてそうなるんだよ」
「こんな近距離で大声を出すのは馬鹿以外にいるか!」
「……、二人ともうるさい」
「すまん」「ごめんなさい」
気まずい空気になるってしまった。
しかしすぐにカイルがんんっと軽く咳き込んだ。
「まあ自己紹介も終わったし、何か言いたいことはあるか?」
「質問は、してもいいですか?」
「おお、どんと来い」
「なんで、私たちをメンバーとして選んだんですか?」
それは、メアリが選考会で指名された時からずっと理解できない、疑問。
メアリはイグニスと同じように実力がないことで有名だった。もし選ばれた者がメアリと有力者なら、なんとなくだが理解はできる。しかし、単に実力のない者を二人も選んだというならば、カイルという男はとんでもない愚か者でしかなくなるのだ。
なぜなら、あの選考会は選考会にいた人物と同様に『リーダー格の人生も大きく変える』からだ。メンバーが決まったらそう簡単に入れ替えることなどできない。
そして、メンバーの戦績が次の選考会でメンバーを選ぶ順番となるので戦績が悪ければ、戦績のいいメンバーのリーダー格のあまりものになってしまう。
つまり、メアリは自分たちを選んだことにはなにかしらの意図があると踏んで、質問をした。
じっと見つめたメアリの瞳に、カイルは目を空へ向け、しかしすぐに向き合った。
「お前らをメンバーにした理由、ねえ。少し長くなるけどいいか?」
「構いません」
「俺は一つ前のグループの時に、俺の順番でできる限り実力のあるやつらを選んだんだ。そしたらさ、最初は俺の活躍で任務を遂行してたんだけどよ、徐々にそいつらが本当の実力をつけて俺の活躍で任務が遂行されなくなっていったのよ。でさ、俺としては俺がいてくれたおかげで任務が達成できたっていうのが続いて欲しかったんだよね。だから、今度選ぶ時はとびっきり実力のないやつにしようって思ってた訳」
「おいおい、それってオレに実力がないって言いたいのかよ」
「自覚しろよ、それで有名にもなってるんだから」
「ええと、話を戻しますけど、リーダーは自分に酔ってるってことでいいですか?」
「酔ってるって言うなよ。思いっきり頼られたいって言ってくれ」
なんだか危ない人だな、とメアリは思うと同時にちょっとした違和感を抱いた。メアリのキャバシティが働いたせいで感じたものだが、その違和感が何のことまでは解らなかった。
今、この違和感のことを言っても話してくれないことは目に見えてる。だから、
「わかりました。解答、ありがとうございます」
退くことにした。
「これでもういいな。夕時だからもう質問とかあっても受け付けねえが」
カイルは立ち上がり、大きな背伸びをする。
「あ、そうだ。明日からは武器選びに武器の決定、実力を向上させるための訓練をしてくから覚えとけよ。場所はサンクロス訓練所の門前に十時頃に集合な。そんじゃっ、解散!」
彼の言葉により、イグニスとメアリは各々の家へ帰っていった。