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リベルタ  作者: 絡繰ピエロ
第九章 話されたくない過去、知られたくない事実
28/35

後編

 

「……化け物?」

 両手を広げて喋る男の言葉に疑問を抱いたイグニスは、そう聞き返した。

 対してヴァンジャスは、片目だけを見開いて愉快そうに答える。

「そうさ、化け物さ。こんなに小さくて可愛い子が、お前等にとって最悪をもたらしてくれる道具なんだよ」

 言っている意味がわからない。ニーナとは行動していたが、今までそんな化け物と呼ばれるようなそぶりは一度もなかった。

 ヴァンジャスは両手を下ろし、くっくっくと嘲笑わらう。

「何を言ってるのかわからねえって顔してんなあ。だろうなあ。わかんねえよな」

 焦らすような仕草に、イグニスは苛立ち、睨みつける。

 しかし無視し、笑い声を止め、静かな口調で、

「なあお前等。こんな噂を聞いたことはねえか?」

 腰を曲げ、身を乗り出して、言う。

「キャバシティは遺伝子によって変わるって噂をよお」

「「…………?」」

 その噂についてイグニスとメアリは聞いたことがある。そのため、だからなんだという顔を向ける。

「まあこれについては知っていたか」

 ならよお、とヴァンジャスは再び笑みを浮かべて語り始める。

「どうしてそんな噂が流れたのかは、知っているか?」

 男の問いに、二人は眉間にしわを寄せた。噂は噂であり、それの出所など知ろうとは思わない。

 ヴァンジャスは数歩下がり、縛り付けられたニーナの頭に手を乗せる。

「その原因ってのが、こいつってわけだ」

 ヴァンジャスの台詞に、イグニスとメアリは顔をしかめるだけ。

 だからというように、頬に二つの傷をつけた男は、

「レイ、こっちに来い」

 丸く太った男を呼んだ。レイはヴァンジャスの隣まで駆け足で近寄り、怯えながら尋ねた。

「ど、どうかしましたか」

「お前はそこで立ってろ」

 それより、と呟いてヴァンジャスは首だけニーナの方を向ける。

「ニーナ、今からやること全部、あそこにいる男に与えろ」

 言って指した先は、イグニスだった。対してニーナは、首を横に振って否定する。

 それを見たヴァンジャスは苛立ち、しかし表情には出さず、声に殺意を込めて、

「お前、自分の立場……わかってるんだろうな」

 ビクッ、と樹に縛り付けられた少女は大きく身を震わせて、それから小刻みに震えだしつつ頷く。

 それでいいんだよ、と言ってヴァンジャスはレイに向き直る。両手で握り拳を作り、口の端を吊り上げた。

「レイ、少し我慢しろよ」

「へ、へい」

 返事の直後。

 ヴァンジャスがレイの丸くなった腹部を、右拳で殴り込んだ。衝撃によって丸い体は少々だが曲がり、上半身を前に傾かせた。

「が、はっ」

 痛みによって声が漏れた。レイの声ではなく、イグニスの声が。

 そんなことも気にせず、ヴァンジャスが左拳で男の右頬に追撃の一発を打ち込む。と同時に、イグニスの右頬に強烈は痛みが走った。顎を伝って脳まで揺らした痛みに、眩暈めまいが起こり、立膝をつく。

「ちょっ、大丈夫!?」

 隣にいたメアリが心配して駆け寄る。

 何が起こったのかわからなかった。あの男は一切近づいてない。なのに痛みを感じた。

 右手で頬を擦ると、そこは熱を帯びていた。

「なあわかっただろ? こいつがあの噂の正体さ」

 ヴァンジャスはイグニスたちを見て、高らかに嘲笑わらう。

「これがキャバシティが遺伝子によって変わるんじゃねえかって噂になった原因だ。わかっただろ? ニーナの持つキャバシティは一つじゃないんだよ」

「「――――!!」」

 彼の言葉に、イグニスとメアリは驚愕を隠せずにいた。

 キャバシティは一人に対して一つのものだと思い込んでいた。しかしそれは勝手な思い込みで、実際は違った。

「それで一つは触れた場所にイメージした柄を残せる、全く使えないキャバシティと、誰もが羨ましいと思うようなキャバシティの二つを所持してるってわけなんだよ」

 それでなんだが、とヴァンジャスがくっくっくと笑って、

「ニーナが隠していたキャバシティとはどんなものでしょうか?」

 問いに、ようやく平衡感覚を取り戻したイグニスが立ち上がって答える。

「痛みの共有か」

 ヴァンジャスは楽しそうに破面する。

「いや、違うね。近いが遠い答えだな、そりゃあ。じゃあ、正解は……」

 わざと言うのを伸ばして焦らす。数秒の間の後、ヴァンジャスは言った。

「ニーナが隠していたキャバシティ。そいつは、痛みをすべて触れたことのある人物に送りつける能力さ。まあ痛みの送信源には一日中、受信先には一度触れないと発動できないんだけどな」

「……なっ」

 男の言ったことが確かならば、痛みなどに恐怖せずに戦う狂戦士となることも不可能ではない。そうなれば、人が集まれば国を落とすことさえも可能になってくるだろう。

 ヴァンジャスは疲れたといった表情を作り、暴露する。

「いやー大変だったんだぜ、こいつを誘拐するの。深夜に気付かれないように扉を壊して、ニーナ以外の身内を皆殺しにしてから誘拐したんだからよ」

「「――――!」」

 イグニスとメアリはヴァンジャスの台詞に目を見開き、生唾を飲み込んだ。

 その時ニーナは、苦痛の色を示していた。涙を堪え、嗚咽を押し殺そうとする表情。誘拐をされた時の光景を思い出してしまったのだろう。

 しかし濁った瞳をした男はニーナのことなど気にせずに続けた。

「誘拐できた俺たちは、こいつのキャバシティを使ってアルムを崩壊させようと企んでたんだよ」

 ヴァンジャスは顔を大きく歪ませ、左手で頬についた二本の傷跡を撫で、憎悪を含んだ口調で言葉を吐き捨てる。

「この傷を見ろ! 俺が捕まって監禁されていた時に、監視のやつらがてきとうに言い分けをつけて俺に暴力を振るわれてできた傷なんだよ。他にもたくさん傷をつけられた。アルムって国は、悪人に何をしてもいいと思ってる偽善でできた国なんだよ」

 感情を抑えきれなくなったのか、片手を横に振るい、大声で訴えるかのように叫ぶ。

「ここにいるレイやエニグムだってそうだ。こいつらもアルムに対して憎しみを抱いてるんだよ。俺たちはアルムっていう偽善ぶった国をぶっ壊すために集結したんだよ。俺たちが悪人と言われようとも、アルムは壊滅させなきゃならねえんだよ」

 打ち明けられた真実に、イグニスがヴァンジャスに向かって、怒りが混ざった鋭い目つきで睨みつけて、呟く。

「たった、それだけかよ」

「……なに?」

 それだけという単語に気が触れたのか、頬に二本の傷をつけた男は片目だけを細めて口を開く。

「てめえみたいなクソガキに、俺たちの何がわかるって言うんだ」

「わからねえよ。……わからねえさ」

 けどな、とイグニスは続けて言い放った。

「そんなことに、小さな子どもを巻き込んでいいと思ってんのかよ。てめえらの勝手な私情で他人を傷つけていいと思ってんのかよ!」

「黙れ。圧倒的な力を潰すためには、更に強力な力が必要なんだよ」

「それなら自分の力で人を集めてアルムに攻めて来いよ」

「――――ぐ」

 ヴァンジャスが苦い顔をして、歯をぎりぎりと鳴らす。返す言葉が出ないのか、込み上げてくる憤りを自身の中で抑えようとしているだけ。

 だからイグニスは腰に差してある刀を鞘から抜き出す。先程受けた痛みはもう感じていなかった。体調は万全。

 メアリを一瞥し、武器を取り出すよう促す。メイスを両手で握った姿を見たイグニスは、頬に二本の傷を負った男に向き、鋭い視線を送りつつ言った。

「オレたちはニーナを救う。邪魔をするなら、てめえらを倒してでも救い出す」

 敵意を含んだ台詞にヴァンジャスは唇を引きつらせ、

「は、ははっ。……やれるもんならやってみろやクソガキが!」

 かくして、イグニスとメアリはニーナを救うべくヴァンジャスたちと対峙が始まった。

 

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