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リベルタ  作者: 絡繰ピエロ
第八章 崩れる安堵
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後編

 

 昼下がり、視界いっぱいに広がる芝生の広場で、彼らから見て右から順にイグニス、ニーナ、メアリがベンチに座っていた。ウルドは地面に座り込んでいる。

 辺りは見通しがよく、若干の人々が歩き去っている。

 三人と一匹はそこで、昼食にしたパシェルを食べていた。これを選んだのはニーナが、これを食べたいと言ったからだ。そしてこの場所も、ニーナが見通しのいい場所がいいと言ったため、ここになったのだ。

 三人はベンチに座りつつ、雑談をする。

「思ったんが、メアリってずっとメイスを背負ってたけど重くないのか?」

「私、常にこれを背負ったり手で持ったりしてるから、力は付いたのよ。それにもう慣れちゃったし」

「慣れたって……どんだけ持ってるんだよ」

「寝る時と入浴する時と読書する時以外」

 メアリの返答にイグニスが、うわ、すげえと声を漏らした。

「慣れといて損はないからね。まあ、攻撃の仕方とかはさっぱりなんだけど」

「その点はオレの方が勝ってるってわけだな」

 言うと、少女は怪訝けげんな顔で、

「……わかってると思うけど、てきとうにその刀を振り回すのが攻撃じゃないからね」

「知ってるわ!」

 普段通りの会話。しかし違和感を感じさせるものがあった。

 ニーナだ。彼女は二人に挟まれて、両手で持つパシェルを口に運んではかじっている。虚ろな表情で。

 ニーナがこちらの会話を聞いて笑顔になることは滅多にない。だからといって、まるで魂が抜けたような顔は今までに一度も見たことがなかった。

 何か嫌なことでもあったのだろうか。気になることでもあるのだろうか。

 どうしてもイグニスは心配せずにはいられなかった。

「ニーナちゃん、どうかしたの? 顔色、暗いけど」

 すると、彼女の瞳に色が戻り、俯いたまま答えた。

「……ううん、なにもない、なにもないよ」

 今度はそれを察していたのか、メアリがく。

「気になることがあったら私に言ってね」

「おい、オレを入れ忘れんなよ」

「大丈夫、意図的に入れてないだけだから」

「ひ、ひでえ」

「……うん、わかった」

「わかっちゃったの!? 少しはオレも頼りにしてくれよ」

 冗談だよね、と困惑を抱きつつも、何かあったら言ってくれる安心を感じる。

 食べていたパシェルの最後の一切れを口に含み、イグニスは立ち上がった。両手を組み、頭上より上げて伸びをする。

「そんじゃ、ニーナちゃんが食べ終わったら買い物を再開するか」

 メアリも食べ終え、同じように立ち上がる。

「そうしますか。ならウルドはそれまでに食べ終えてなかったら置いてくから」

「ギャウ!?」

 メアリの冷酷な台詞に、ウルドは急いで残ったパシェルを口に詰め込む。と同時に、ニーナも最後の一切れを口に運んだ。

「それじゃ、行くか」

 ニーナが立ち上がろうと両手をベンチにつけ、そして硬直した。

 どうしたんだろうと思うと、眼は大きく見開かれ小さな体は震え始めた。更には唇も震わせ、うそだ、いやだ、と繰り返し呟いている。

 だから心配の声をかける前に、イグニスはニーナが見ている場所に体を向けた。彼女の視線の先、十数メートル離れた所には三つの人影があった。

 一つは横に広い、まさに丸の体系をして黒のフードを被った人物。

 一つは獣に引っ掻かれた傷跡が頬に二つついた、白のフードを目が隠れるまで被った人物。

 そしてもう一つは。

「あいつ……」

 先程ぶつかってきたシルクハットを深く被った長身の男だ。

 メアリが嫌悪を含んだ声を上げ、ベンチの横に立てかけていたメイスを背負う。

「私、ちょっと話をしてくる」

 仏頂面で三人の元へ歩くメアリ。

「おいおい、待てよ」

 イグニスが左手を伸ばし、メアリを止めようとする。が、手が届く前に彼の体が固まった。

 なぜなら白いフードの人物とシルクハットを被った男だけが、消えたからだ。

 どこに行ったと思った刹那、その答えが現れた。

 メアリの背後。長身の男が組んだ手を高く上げた姿が出現した。

 しかしメアリは二人が消えたことに驚き、目を見開いている。

「あぶねえ!」

 思わず出た叫びの直後、イグニスの後頭部に重い衝撃が襲った。

 ガッ、と痛みから漏れた声と共に、体は前に傾き、膝から崩れ落ちる。

 そしてすぐに、近くから鈍い音とメアリの体が倒れる音が聞こえた。

 地面に倒れた状態で、しかも意識が朦朧とする中で、ようやく自分に起きたことを把握した。

 消えたのが二人なら、オレの後ろにも一人現れていたんだ、と。

 視界が歪み、思考さえしにくい状況で、一つの声が聞こえた。

「周りの雑魚は片付けたから、さっさと回収していくぞ」

 それは今のイグニスでもはっきりとわかることだった。回収、つまりはニーナを連れて行くこと。

 やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。

 頭の中でどれだけ念じても声にさえならず、阻止しようと思っても指さえ思うように動かせずに。意志とは別に視界は徐々に暗くなっていき、そのまま意識が途絶えた。


 頬に傷跡がある人物はふところから荒く折りたたまれた布袋を、右手で長身の男に渡す。

「エニグム、これにニーナを入れろ」

 エグ二ムと呼ばれた長身の男は、了解と言って布袋を受け取る。そして彼女に近づいていき、しかしそれを妨害するものがあった。

「ギャウッ、ギャウッ」

 ウルドだ。

 小型犬は少女を守るように前に立ち、男に向かって何度も吠える。

 対してエグ二ムは、無言のままウルドを蹴り飛ばした。小さな体は宙に浮き、すぐに地面を転がり、銀色を茶色く染め、動かなくなった。

 守るものは消えた。男が近づき、ニーナは恐怖しか感じない。

 だから、立ち上がり逃げようと右に向かって走る。が、肉の壁にぶつかった。

「ふふふ、こっちには逃げれないよ」

 黒いフードを被った脂肪で覆われた人物に、行く道を塞がれた。

 ならば、と額に汗を滲ませ、焦った顔色で振り返る。しかし今度は長身の男にぶつかった。

 焦りは高まっていき、右を向くが頬に傷跡がある人物が立っていた。

 囲まれた。

 逃げれない事実に足は震えだし、脳内は恐怖の黒に塗りつぶされる。

 悲鳴をあげるという発想も出ないまま、ニーナは布袋に包まれた。


 数分後、三つの人影が大きな布袋を背負い、アルムから出ていった。

 

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