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リベルタ  作者: 絡繰ピエロ
第八章 崩れる安堵
23/35

前編

 アルムに光が差し込む頃、二つの人影がカイルの家の前にいた。イグニスとメアリである。

 メアリはピンクの半袖服に短パンを穿いた姿で小さな布袋を持ち、メイスを背負っていた。普段は重さに慣れるため、常に背負って行動している。流石に昨日は、警戒してるみたいだからやめてくれとカイルから言われたので持っていかなかったが。

 対し、イグニスは黒の半袖シャツと長ズボンを着て帯刀をし、大きな欠伸を片手で隠す。彼にとってこの時間帯は睡眠であるため、眠気を抑えきれずにいる。もちろんだが、今回もメアリに文字通り叩き起こされたのである。

 二人が扉の前に並び、メアリが二回ノックする。

 数秒もすると鍵を外す音が聞こえ、扉が開かれた。

 そこから姿を現したのは、緑と黒の迷彩色のシャツに茶色の長ズボンを着たカイルだった。

「おはようございます。昨日言われた通りにニーナちゃんを見守りに来ました」

「丁度よかった。今俺も出ようとしていたんだよ」

「それはよかったです」

 メアリが答えると、銀髪の男は一旦奥に戻って小さな荷物だけを手にして戻ってきた。そして二人の前に立ち、

「そんじゃ、頼んだぞ」

 二人の肩を軽く叩いて歩き出した。

 それからすぐにメアリが、おじゃましますと言って中に入る。そしてイグニスが続く。

 短い廊下を通過すると、ベッドでニーナとウルドが横になって眠っていた。

 それを見た二人は、近くにあった椅子に座り、彼女を優しげな視線で見守った。



 眠っていたニーナは何かを焼く臭いがし、目を覚ました。

 ベッドの隅まで四足歩行で移動し、立ち上がる。眠そうに目を細めながらも、臭いのするキッチンへ向かう。

 そこにはエプロンを身に付けたメアリが、フライパンを片手に料理をしていた。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 別にいいよという意を込めて、目を擦りながらも首を横に振る。

「ならよかった。あと少しで朝食ができるから、待っててくれる?」

 頷き、ニーナはキッチンから出、ベッドの隅に座って待つことにした。

 数分もするとメアリが大きな皿を持って現れた。彼女はそれを丸く脚の低いテーブルの上に乗せ、イグニスの近くに歩み寄る。

 そして椅子の上で眠っている彼の両肩を掴み、前後に激しく揺らした。

「起きた、起きたから止めてくれー」

 イグニスの声にメアリは肩から手を放し、キッチンに向かって歩き出す。

 頭をクラクラと揺らし、おぼつかない足取りでイグニスがテーブルの近くで胡座あぐらを掻く。それからニーナが彼の左方に座る。

 そして六本の箸と小皿を持ったメアリが、ニーナの左方で正座をした。イグニスとニーナに二本づつ箸を渡し、

「「「いただきます」」」

 食事の挨拶をし、テーブルの中心に置かれた料理に手をつける。

 メアリが作ったものは、薄く細かく切ったベーコンをフライパンで炒め、焦げ目がついたら水気の多い緑の野菜を大量に入れ、全体が温まったら塩を軽く振って完成する、アルムでは有名な朝食の一品である。

 それをイグニスとニーナは箸で掴んで口に運ぶ。メアリはというと、先程持ってきた小皿に料理を乗せて、起きてきたウルドの手前に置いた。

 三人と一匹が食事を始め、数分後にそれは完食された。


 食事が終わるとメアリが、ニーナちゃんを着替えさせたいから皿でも洗ってて、とのことでイグニスがキッチンに立っている。

 皿を水で洗い、布で拭き取って棚に並べる。とそこで、足元にウルドがいることに気付く。

「あれ、お前って雄だったのか?」

「バウッ!」

 怒りを含んだ鳴き声に、イグニスは苦笑を浮かべる。

「すまんすまん、別に悪気があって言ったんじゃねえよ」

「バウ」

 今度は、わかったよといった感じで鳴かれた。

 イグニスがウルドと会話のようなものをして時間を潰すと、居間から声がした。

「もう入っていいわよ」

 扉を開けると、膝まであるフリルがたくさん付いた白のスカートと長袖服を身に着けた、もはやドレス姿のニーナがいた。足元まである長く伸びた髪は、上品な風格を感じさせるものと化している。今のニーナは、まさにお嬢様だ。

 それを見たイグニスは、感嘆する他なかった。

「おお、こんなにも変わるなんてすげえな」

「素質もよかったし、こういうの似合うかなーって思って買ってみたの。予想以上の成果に私も驚いてるわ」

「そうか。……で、今からどうする? 全員で人形遊びでもするか?」

「ちょっ、あんたこの部屋でそんなことする気だったの!?」

「いや、てきとうに言っただけだよ。なら他に何をするんだよ」

 イグニスの問いかけに、メアリが薄ら笑いを浮かべた。

「そりゃ、買い物に行くのよ」

 彼女の台詞に、は? とイグニスは顔を歪める。

「それはおかしいだろ。カイル先生からはニーナちゃんを見守れって言われてるんだぞ」

「でも家の外に出ちゃいけないなんて言われてないわ。それに、ニーナちゃんもしばらくはここで生活するだろうから、女の子としていろいろなものを買わなくちゃいけないの。そろそろ買いに行きたいと思ってたし」

 そう言いつつメアリは仕度をしている。どうやら行くしかないようだ。

 一応確認を取るため、ニーナにく。

「なんか買い物に行くらしいけどいい?」

 彼女は頷き、そして言った。

「……二人が守ってくれるのなら」

 その言葉に、イグニスとメアリが同時に答える。

「もちろん」「もちろんだよ」

 するとニーナは満足そうに破面した。

 数分後、三人と一匹は買い物をしに家を出た。



 アルムの商店街の朝は早い。石が敷き詰められた路上は、数十名の人影――主に主婦達のもの――があり、木で建てられた店舗には数人が買う品物を選んでいる。

 その街の通路で三人と一匹は歩いている。ニーナの左手をメアリ、右手をイグニスが握っていた。ウルドは、イグニスの頭上で足を震わせて立っている。どうやらそうまでして歩きたくないらしい。

 左方にいるメアリは空いた手で店舗を指さし、これは服屋であれも服屋ね、と説明をしていた。

 対してニーナは、うん、と小さな声と共に頷き反応する。その姿にイグニスは素直に感心した。

「それでここが私のお気に入りの店なの」

 直後、ニーナと繋いでいた左手がメアリの指した店舗に向かって引かれた。張り切っているせいかわからないが、こちらの意見を聞かずに振り回されても困る。

 だからといって他に行きたい場所がないため、止めるわけにもいかなかった。

 されるがままに、彼らは店の中に入っていく。


 店の中は、二十メートル四方程度の広い空間だった。

 ピンク色に塗られた壁には色とりどりの服がかけてあり、更にはシンプルなデザインの服がかけられている木製のハンガーが設置されていた。そこはまさに服に囲まれた部屋だった。

 店内に入った三人と一匹は、それぞれの行動をしていた。

 イグニスはこの光景に出入り口の近くで棒立ちになり、ウルドはそんなことも気にせずに頭の上で足を震わせ、メアリは目を輝かせて両手に服を持ち、彼女のされるがままにニーナは連れてかれていた。

 少しの間立ち尽くしていると通行の邪魔になっていることに気付き、すぐさまメアリたちの場へ移動する。そして彼女たちから少し離れた位置で眺める。

 メアリはメイスを背負っていながらも、しかしそんなことを感じさせない速さでハンガーにかけてある服を掴んでは、これはどうかな、でもこっちのほうが似合うかも、とニーナに目だけで服を重ねて悩み、元に戻す行為をひたすら繰り返していた。

 ……ここはこいつに任せればいいか。

 そう思い、イグニスは無心になって時間が過ぎるのを待った。

 そして彼女の超加速状態は小一時間続いた。



 全員が服屋から出ると、出入り口付近で紙袋を持っているメアリが満足そうな表情で、

「いやー、いい買い物をしたわ」

 彼女が買ったものは、白のクマが描かれたシャツにピンクのスカートと黒く塗られた、しかし可愛らしさのあるドレスに似た服だった。

 イグニスが振り返り、メアリに顔を向ける。

「よくそんなに買うな。ここにいるって言っても、メアリのお古だけで十分じゃないのか?」

「あのね、兄弟や姉妹ならともかく、あんまり他人の服のお古は着たくないでしょ。だからこれぐらいは必要なの」

 メアリの言葉にイグニスは納得し、なるほどなと返事する。

 彼は空を仰ぎ、今が昼頃と推測する。それを踏まえてメアリに尋ねる。

「なあ、これから」

 どうするんだと声にしようとした時、背後から衝撃を受けた。正確には左肩。

 目を向けると、シルクハットを顔が見えないほど深くかぶった長身の男が存在した。

「おおっと、失礼」

 その男は謝辞を述べるが、足元をふらつかせて反対側にいたメアリの右肩にもぶつかった。メアリが眉間にしわを寄せる。

 そんなことも気にしないで、長身の男は自分の歩調で進み、そして見えなくなった。

「……なにあれ」

「ただの酔っ払いじゃねえのか?」

「もおむかつく」

「あんま気にすんなって。それで、これからどうするんだ?」

「今からは近くで昼食でも食べて休憩しようと思う。それから櫛とかの日用品を買いに行くの」

 どうやら先程のことが嫌だったらしく、彼女の台詞には怒りが含まれていた。

 まあまあとなだめつつ、メアリの左手側にいるニーナに聞く。

「さっきメアリが言った道順になるけどいい?」

 しかし返事をしてくれなかった。あれ、聞こえなかったのかな。

「ニーナちゃん」

 名を呼ぶと彼女は一拍遅れて、

「……あ、う、うん」

 よかった。不満でもあったのかと思った。

「なら昼食でも買いに行くか」

「そうね」

 三人は並び、歩きだす。

 だが歩いてる時のニーナは震えている、ような気がした。


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