中編
遅刻をした三人は、入口に立っていた警備員にひどく叱られたものの、無事に会場に入ることができた。
会場はドーム状になっており、入口から正面と左右の計三つの大きなモニターがステージを映している。
そして会場内には、数千という単位の人間が緊張した表情で立っていた。
もちろん理由がある。
そもそも選考会とは、この国、アルムの中で優秀と認められた成績を収めた者だけがリーダーとなる権利を貰え、自分のチームのメンバー決めをするための行事である。
そしてこれは、『選考会』なのだ。選ばれる人もいれば選ばれない人だって溢れてくる。
そのためドーム内の人達に余裕などないのだ。
「予想はしてたけど、やっぱり本場の雰囲気ってのは違うな……。って、なんでイグニスは平気な顔をしてられんだよ!?」
トラウムが疑問を投げかけてきたので、僅かに筋肉が浮き出た腕を前に出し、親指を立てて、
「オレ、力部門には自信があるからな」
トラウムとベルドが黙った。
……あれ、何か変なことを言っちゃったか。
するとベルドが青ざめた顔に、トラウムが引きつった笑顔になって告げた。
「あのね、この選考会は大会じゃないから部門とかないんだよ。イグニス君の例えでいうなら、選考会は総合部門だから」
「え、そうだったの? でもなんとか選ばれるだろ」
「力は確かにあるが、それ以外は皆無に近いからな……。まあ、運がよければ選ばれると思うぜ、多分」
「それってもう無理って言ってるもんじゃねえか」
しかしだからといって最初から諦めるようなイグニスではない。
彼はとりあえず二人と一緒に待つことにした。
数分後。
会場内を震わせるほど大きな声が降ってきた。
『ただ今より、今年の選考会を始めようと思います。毎年言っておりますが、選考会の発表順は戦績順となっていますので、早く選ばれた方がよりいいリーダーとなります。……それでは、今年に最も良い戦績を収めたニノ・ネイカー君より、選んだ者を発表して頂きます』
ステージの端にいたスーツの男がネイカーと呼んだ男は、ステージの正面に立ち、一礼をしてから言葉を発した。
『私が選出した者は――――』
最初の発表から四時間が経った。
しかし名前が発表される度に起きる、歓声や拍手は一切衰えていない。
そんな状況下、イグニスとトラウムとベルド達は小声で会話をしていた。
「はあ、なんでオレが呼ばれないんだよ」
「お前が選ばれてるなら、俺はとっくに呼ばれてると思うがな」
「言ったら悪いけど、僕もイグニス君よりは先に呼ばれると思う……」
「え、なんで? ベルドはともかく、トラウムになら力で負ける気はしねえのに」
「……だから、見られているのは力だけじゃないって言ってるだろ。それに、俺は力じゃなくて速さに自信があるんだよ」
「あれ、そうだったっけ? まあ、選ばれてないってのは事実は変わらねえけどな」
「君が言わないでよ!」「お前が言うなよ!」
それからも三人が呼ばれない時間は続く。
選考会が始まってから六時間が過ぎ、リーダー格の人数が最初の三分の一まで減った。
そのため、既にリーダー格から呼ばれた者の中には帰宅をした者もおり、選出される側の人数も随分と減っていた。
周りの者たちが消えていくことに、イグニスは黙っていながらも少々の焦りを感じていた。
同様に、トラウムも焦りを感じているため、不安の色を浮かべている。
しかしそれも長時間続いたせいか、張った糸が切れるようにトラウムは後頭部で両手を組み、
「あーあ、やっぱり今年はダメだったのかな」
諦めの声を漏らした。
だから、イグニスはトラウムを見、言葉を投げかけた。
「まだ結構な人数いるんだから諦めんなよ。それに、オレたちの実力だったらここからが本番だろ?」
トラウムは一瞬きょとんとした顔になり、しかしすぐに、ははっと笑い、
「確かに、俺たちの実力ならここからが本番だな。けど、お前が言うな」
「あ、それは僕も思ったよ」
「ひ、人がせっかく慰めてやったのにその言い草かよ。しかもベルドまで……」
イグニスは肩を落とすが、二人は笑顔になってくれた。それに満足したように、イグニスも笑顔になる。
もう彼らの不安は消えていた。加えて、自信が各々の中に生まれている。
そのため三人は迷いのない瞳でステージを見つめた。ステージ上には、口と鼻を覆い隠すように黒いスカーフを捲いた男がマイクの前に立っていた。
男は一礼を済ませると、大きく息を吸い、言い放った。
『拙者、クロウ・エヴァンスが選出させてもらった人物の名前は、トラウム・ステラ、ヌエ・チェイリーで御座る』
少しの間の沈黙。そして、
「――――、え?」
トラウムの第一声はそれだけだった。自信を持っていたとしても、ここまで早く呼ばれるとは思っていなかったらしく、誰が聞いても間抜けだと感じる声が漏れたのだろう。
呆然としているトラウムを覚ますように、周りから盛大な歓声と拍手を送られる。同時に彼は選ばれたことを実感した。
「トラウム君、おめでとう」
「……おめでとう、イグニス」
「おう、ありがとう。で、なんでお前はふてくされてるんだよ」
「いや、確かにお前に自信をつけたのはオレだけど、ここまで早いとは思ってなかった驚きと自分より先に呼ばれた悲しみが混じったんだよ」
「そ、そうか。まあ、先に抜けさせてもらったわ」
トラウムは口の端を歪ませ、心底嬉しそうにしている。
そんな彼を一瞥した二人は、再びステージを見つめる。
見つめた先にはすでに、次のリーダー格が現れていた。ステージ上に立っている人物は女性で、金髪のロングヘアに小さな眼鏡を掛けている。彼女もマイクの前に立ち、一礼をした。
『私、エディ・ストレインが選んだ人物は、ベルド・ボルフとセリーヌ・チャンです』
ベルドが選ばれた。
事実に対してベルドは、口を小さく開けて立ち尽くしていた。
トラウムが周りと混ざって拍手をする。数秒後、自分に向けられているものだと気付いた彼は、慌てて周りの人にありがとうございますと言いながら、深々と礼をし始めた。
ベルドを祝福する周りの中に、一人だけ異質の者が混じっていた。
それは先程友人二人を勇気づけた人物でありながらも、まだ選考会で呼ばれていない人物である。その人物の我慢は限界に近づき、
「ぐわああ。トラウムだけじゃなくてベルドにも負けグフッ」
叫ぶなりトラウムの拳がみぞおちに入った。
「悔しいのはわかるが、今はベルドを祝ってやれ」
「う……すまねえ。あとおめでとう」
「別にいいよ。ありがとう」
ベルドは優しい口調でそう言ってくれた。
気が付けば、ステージには次のリーダー格が立っていた。
その人物は緩やかに固めらた銀髪の男性がおり、一礼を済ますとマイクに向かって声を発した。
『ええと、俺、カイル・フローレンが決めた人物は……あれ、なんだったかな』
直後、会場内にどよめきが生まれた。今に至るまで選出した人物を忘れるなんてことは一度もなかった。そのため、あのリーダーは大丈夫なのか、といった小声が大量に飛び交った。
リーダー格である銀髪の男は、メモ帳メモ帳と呟きながらポケットに手を入れ、中から小さな紙を取り出す。
会場内がざわつく中、カイルと名乗った男はマイクに向けて、言った。
『改めて、俺が決めた人物は、イグニス・フィガロとメアリ・コンラッドだ』
少しの間、会場内が凍るように静まり返った。
対して、自分の名前を呼ばれたことに、イグニスは大声を上げて歓喜する。
「よっしゃー。やっぱりオレの実力が認められてたんだ!!」
だが、次の瞬間。
「「「ええええええええええ!!」」」
会場にいた全員が、会場全体を揺らすほどの大声が起きた。
それもそのはず。イグニスは実力がないことで有名な人物である。そのため、これより後に呼ばれる人物は間接的にイグニスより実力がないということを表していたからだ。
イグニス(自分より格下だと思っていた存在)が先に呼ばれたという事実に、会場内では暴言を吐く者から涙を流して悔やむ者までいた。
拍手さえも起きない状況に戸惑っていると、隣にいたトラウムが肩に手を乗せ、力強く引っ張った。
「え、なに? 何?」
「とりあえずここからづらかるぞ。ベルド、行くぞ」
「うん」
よくわからないがこれはトラウムのやることに従うべきだろう。
そう思い、イグニスは向き直し、自分の足でベルドと共に彼を追いかけた。
背後から聞こえる会場内の嘆きや暴言は消えることはなかったが、走るにつれていつの間にか聞こえなくなっていた。
三人は、先程イグニスとトラウムが木刀をぶつけ合っていた広場の地面に、腰を下ろして息を整えていた。
「にしても凄かったな、会場内のどよめき方」
「うん、少しは起きるとは思ってたけどあそこまで大きくなるなんて考えてもいなかったよ」
「二人してなんだよ。せっかくオレが呼ばれたってのによ」
「ああ、そうだったな。おめでとう、イグニス」
「おめでとう、イグニス君」
「おう、ありがとうよ」
けど、とトラウムは笑いを堪えられないのか俯きながら苦笑する。
「あそこまで早く呼ばれるなんて微塵にも思ってなかったぜ」
「なんだよ。じゃあどれくらいで呼ばれると思ってたんだよ」
トラウムとベルドは互いに顔を見合わせ、同時に言う。
「「最後から三番目くらい」」
「ひどっ。しかも具体的なところが更にひどっ」
「まあ、結果的には俺たちとほとんど同じ力のリーダーに選んでもらえてよかったじゃねえか」
確かにそれもそうだ。オレは選ばれたんだ。
そのことにイグニスは俯き、前髪で目が隠れた状態で肩を上下に揺らして、不気味に笑う。
「ふっふっふ。ふふっ、ふふふふふっ」
「……前から思ってたんだが、その変な笑い方、どうにかならないか?」
「いいじゃねえか。愉悦の浸り方は人それぞれだろ」
「愉悦の浸り方って……」
二人が引いた気がした。
まあいいやとトラウムが言い、その場で立ち上がった。それに合わせて、自分とベルドも立ち上がる。
「これからは各チームで忙しくなる。けれど一生別れるわけじゃねえ。会いたくなったら会える。それを忘れないで、みんな頑張っていこう」
するとトラウムは右の拳を前に突き出した。
初めて見る行為にうろたえ、
「……なにこれ?」
「なにって三人で拳を合わせるんだよ」
「それに何の意味が?」
「いいじゃねえか。こういうこと、一度はやってみたかったんだよ。とりあえず俺に従えって」
意味がわからなかったが、トラウムの言う通りに拳を出し、三人で合わせた。
それから数秒の沈黙が生まれ、気まずそうに各々がゆっくりと拳を引く。
「それで、これの意味は?」
「ああもう。偶然どっかの集団がこれをやっていい雰囲気になっていたのを見かけたからやってみただけだよ。こんなことになるなんて想像もしてなかったよ。すまなかった。そんじゃ、解散!!」
言い終えると彼は脱兎のような速さで逃げていった。
とり残された二人は顔を見合わせ、イグニスが自分の後頭部を右手で掻き毟る。
「まあ、トラウムはあんな感じで別れちまったが。これから忙しくなると思うけどよろしくな、ベルド」
「こちらこそ、イグニス君」
互いに笑い、それから自宅に帰るため、すぐに別れた。