中編
カイル達は門を開けて国内に入ってから少々走り、中心に噴水がある広場に到着した。
噴水の周りは石段があり、地上から凹んで噴水を円型に囲んでいる。辺りには点々と人がおり、噴水を眺めていたり、噴水の近くで遊んでいる子どもを見ていた。
カイルは辺りを見回し、隅に座ることにした。体を優しく揺さぶり、少女を眠りから目覚めさせる。
少女はゆっくりと目を開け、眠たそうに手で擦る。
カイルは少女を段差に乗せた。
「そんじゃ、お前等もてきとうに座れ」
イグニスは少女の隣に座り、その隣にウルドが倒れ、しかしメアリは立ったまま微かに震えていた。
「なにやってんだ? さっさと座」
「すみません、自分の家、近くなのですぐに戻ってきます!」
は? とカイルは理解のできない顔をしていると、メアリはメイスを乱暴に手渡しし、どこかに駆けていってしまった。
少しの間の後、とりあえずメイスを地面に置いた。
「……まあいいや。メアリのことは放っておいて、こっちはこっちでやるべきことをすっか」
彼は数段下り、少女と視線を合わせる。
「君の名前は、何かな?」
「え、オレ? 覚えててくれよ。仕方ねえなあ、オレの名前は」
「言わなくていい。てか、お前に話しかけてねえから、ちょっと黙っててくれるか?」
「……ういーっす」
「…………」
少女からの言葉はない。だが、戸惑いの色を浮かべている。
上手く言葉にできないのだろう。カイルはそう判断し、待つことにした。
数秒後、少女はとても小さな声を出した。
「……ニーナ・ドゥルール」
「そうか、ニーナちゃんか。ありがとう。俺の名前はカイル・フローレンだ。で、こいつがイグニス・フィガロだ」
「よろしく」
「それとさっきどこかに走っていったやつがメアリ・コンラッド。その内に帰ってくると思う」
ニーナは小さく頷いた。
「それで、こっちも君のことをいろいろ知りたいんだけど、質問していい?」
頷く。
「それなら、ニーナちゃんのキャバシティを教えてもらっていいかい?」
直後、ニーナの両眼が大きく見開いた。もし明かしたのなら、それは自分の持っている武器を知らしていることと同じ行為だからだ。
カイルとしては、事件の関わりについて知りたかった。しかし直接聴くことは、あまりよくない。本人がした嫌な体験を思い出してしまうパターンが多いからだ。
そのため、消去法を選んだ。最初からこのような質問になってしまうのは一番の欠点だが、相手を刺激しないで済む。
少女は時間が経つにつれて元に戻っていった。ニーナは落ち着くと立ち上がり、カイルへ歩み寄る。そしてカイルの胸元に手の平をそっと当てた。
すぐさま彼女が手を放すと、手の触れていた部分に白い円が描かれていることに気付く。
ニーナは次に、イグニスの胸元に手の平を当てる。放すと赤いバツのマークが付いており、カイルの円が消えていた。
「なるほどね。触れた部分に好きな色で好きなマークを描ける能力か」
ニーナは無言のまま頷く。
これならキャバシティが事件のきっかけになることはありえないだろう。それなら、貴族などの誘拐関係だろうか。いや、それなら情報が流れてきてもおかしくないはずだ。
などと、いろいろ考えていたその時。
メアリが走って戻ってくる姿が目に映った。
「急にすみません。これを取りに行ってました」
彼女はポケットに手を入れると、木製の櫛を取り出した。
「それで何をするんだ?」
「もちろん、彼女の髪をすくんですよ。ええっと……」
「ニーナ・ドゥルールちゃんだ」
「ニーナちゃんの髪をすおうと思うけど、いいかな?」
首が縦に振られる。
了承を得たメアリは、ニーナの後ろで立膝になり、荒れた長い黒の髪に櫛を通していく。
「痛かったら言ってね」
優しく丁寧に櫛ですくメアリの姿を、イグニスは意外そうな顔で眺めている。
「……なによ」
「いや、いつも冷酷だからそういうことをするなんて思いもしなかったというか」
言った瞬間、メアリの視線が鋭くなる。
「あ、いや、すみません」
その光景をただ見てたカイルは、もう詮索はできないと思い、空を見上げた。
メアリはニーナの髪をすき、イグニスは俯き黙り、カイルは空を見つめ、ウルドは寝ていた。
「よし、できた」
彼女の髪は、乱れが一切ないロングヘアーに整えられていた。
メアリは膝に手を乗せて立ち上がり、
「カイル先生、これからニーナちゃんはどうするんですか?」
「ああ、それなら今考えてたところだ。最近の子ども預り所はあまりよくないって噂で聞くからな。だから誰かの家に泊めてやろうって思ってたんだよ」
「それなら私の家に泊めてもいいですか?」
「俺は構わねえよ。まあ、イグニスの家に行かせたら変なことになりそうだから、それだけは避けようと思っていたがな」
「オレは変なことなんてしねえよ!」
「別に変なことしそうとは言ってねえよ。部屋とか整理されてねえから、変なことになりそうだって言ったんだよ」
「…………」
否定ができないのか、再び黙っていく。
「でまあ、俺は構わねえからニーナちゃん次第だな」
「ニーナちゃん、今夜は私の家で泊まってもらってもいいかな?」
メアリが聞くと、ニーナは首を横に振った。
「え? じゃ、じゃあどうしたいの?」
するとニーナは立ち上がり、カイルの服を強く握る。
最初は何が起きたのかわからなかったが、時間が経つにつれて理解していく。
メアリは驚きを隠せないまま、聞いた。
「も、もしかしてニーナちゃんはカイル先生のところに泊まりたいの?」
ニーナは何度も頷いた。
ニーナの行動に、メアリは唖然となってしまった。
「……まあ、本人がそうしたいなら拒むわけにもいかねえし、俺のところに泊めさせるわ」
カイルが言うと、メアリは頭を振り、彼に近づいて耳元に口を寄せる。
「ニーナちゃんは女の子ですから、もし、きちんとされていなかったら……その時は覚悟して下さいね」
彼女はそれだけ告げて下がった。
「そういうわけだから、ニーナちゃんは俺の家に泊めることに異論はないな」
全員が頷いた。
「そんじゃ、明日は各自休日にすっから、今日の疲れをきちんととれよ。そんで、何か質問とかはあるか?」
「はい」
「お、イグニスからか、珍しいな。質問ってなんだ?」
「あのキノコ袋はどうすればいいんだ?」
「……仕事の受付に行ってリベルタだって伝えればその布袋を受け取ってもらえるぞ」
「それをオレにやれと?」
「よろしく頼んだ」
少しの沈黙の後、わかりましたよ!! と怒りを含んだ声でイグニスが返事をした。
「すまねえな。ってことで、今日はこれで解散」