前編
カイルがシルクハットを被った男を引っ張っていると、その男はいきなり目を覚ました。
「あー、あごとあたまがいてえ。……って、あ? なにがおきてんだよ、いったい」
男の脳はまだ正常に戻っておらず、呂律が回らず、視界は歪んで見え、どこかに引きずられる感覚だけが得られる情報だった。
そんなことに構わず、カイルは男を木に背もたれさせ、しゃがんで肩を押さえて喉元に刀を突きつける。
「お前があの子を追っていた理由を吐け」
「あ? おまえは……さっきたたかったうぜえやつじゃねえか」
「さっさと俺の質問に答えろ」
刀は更に喉元に近づき、しかし男は余裕な態度をとった。
「はっはっは。そんなにかりかりするなよ。おれだってきいてわかるとおもうが、うまくろれつがまわんねえんだよ」
「それでもいいから喋れ」
「……そうかいそうかい。でもまあ、あのこにかんしてはあまりいえないんだわ」
言えない、と男は確かに言った。そうなるとどこかから監視されているか、誰かのキャバシティで言えなくされている、もしくは知られたくない裏があることを示していた。そしてこれは、あの二人だけでなく、団体で何らかを企てていることも示していた。
カイルが一層気迫を強めると、男は笑いながら、
「安心しろよ。今回は運が悪いことにあの二人でしか来てないんだわ。あー、ミスった」
「そうか。で、ようやく呂律が回ってきたことだし、できる限りのことを喋ってもらおうか」
「それに関してだけどよ……悪いが、断らせてもらうわ」
やっぱりと思い、どんな拷問技をかけようか考えていると、男は喉元に突きつけらけていた刀を自ら喉元に押し込んだ。
刀は男の喉元に深い傷を作り、血を噴出させた。血は刀を、地面を、カイルを紅く染める。
「あ、あれ。苦しい。どうして、すぐに、死ねない、んだ」
それもそうだ。首に細い刀を刺した場合の死因は、脳に上手く血液が運ばれずに脳死するか、上手く呼吸ができなくなって窒息死するか、動脈を斬られて大量出血で死ぬといったような即死できるものではないからだ。
カイルは忌々しい顔をし、馬鹿がと暴言を吐いて、もう一つの刀で首を斬った。
男の体は倒れ、そして崩れた。
刀を抜き取り、血を払い落として鞘に納める。右手で後頭部を掻き、
「はあ」
特大のため息をついた。
「お、カイル先生のところも無事に終わったみたいだな」
イグニスが呟き、メアリが立ち上がって振り向く。
カイルの服は元々の黒に血の赤色が混ざり、固まって不気味な色を出していた。
「ちょ、ちょっと。大丈夫ですか!?」
「ん? ああ、これは返り血だから俺は無傷だぞ」
「ってことはカイル先生は……」
「なに辛気臭い顔してんだよ。相手をちょっと斬りつけたら逃げられたんだよ。別に殺してなんかねえぞ」
そうですかとメアリは呟いて、それっきり黙ってしまった。
「まあいいや。そんで、あの子はどこにいるんだ?」
「あそこ」
イグニスが後ろを親指で指す。そこに歩み寄っていくと、少女がぶつかってきた。
再び腹部に顔を沈めるように近づけ、服を握りしめる。
「もう安心しろ。お前を追っかけてっくるやつは取り払ってやったぜ」
言うと、少女は更に強い力で顔を押さえつけた。そして、掠れて消え入りそうなありがとうという言葉が、聞こえた気がした。
「そんじゃ、この子は俺達の国で保護するとして、ウルド、お前は走れ」
「ギャウッ!?」
どうしても走りたくないせいか、ウルドは必死に吠えて訴える。
「そんなこと言ってもなー、俺はこの子を背負わねえといけねえから、お前を乗せると落ちちまうんだよ。そんなに走りたくないんだったらイグニスに乗せてもらうか?」
「キャン!」
「なら走れ。どうしようもねえことだから、諦めてくれ」
話し終えるとウルドは寂しそうに俯き、とぼとぼ歩きだす。
「そんじゃ、アルムに戻るとすっか」
「ちょっと待て」
イグニスがカイルを引きとめた。
「なんだ?」
「キノコはどうするんだよ」
「あ。……お前は特に持つものないんだからお前が持っていってくれ」
少しの間の後、とても嫌そうな表情を浮かばせて、はーいと短い返事をした。
帰りの道。
リベルタのメンバーは小走りでアルムへ向かっていた。
一人はキノコの入った布袋を手にし、一人はメイスを背負い、一人は少女を背負い、一匹は一生懸命走っている。
背負われている少女は、疲労が溜まっていたのか安堵した勢いなのかわからないが、カイルの背に身を預けてぐっすりと眠っていた。