中編
「あとちょっとで終わるから、お前等頑張れー」
「おー」「…………」
カイルの応援にイグニスはてきとうに返事をし、マイペースで。メアリは黙々とキノコを摘み採っていた。
もちろん、カイルは布袋を開いて突っ立っているだけでなにもしてない。
「ラストスパート!」
「「うるさい!!」」
二人の怒号が飛んだ。
ビクッとカイルの体が震え、それから片手でだがキノコ採りを再開する。
と同時に。
「ワウッ」
離れて座っていたウルドが吠えた。
それに対して誰よりも早くカイルが動く。彼はすぐさまウルドに駆け寄る。
「おい、どうした」
ウルドと視線を合わせる表情は真剣そのものだ。意思疎通したのか、カイルは上を向いて腕を組み、悩み始めた。
しかし数秒もすると、銀髪の男はイグニス達に背を向けて走りだした。
カイルの行動に気が付いたイグニスは、
「おい、どこに行くんだよ!?」
「子どもが誰かに襲われている。お前等も来い」
「キノコは?」
「そんなもんどうでもいい。そこらへんに置いとけ」
言葉が終えた途端、彼の姿は見えなくなった。
取り残された二人は顔も見合わせ、すぐに立ち上がる。
「私たちも速く行かなくちゃ」
「お、おう」
彼等はカイルが消えていった方向に走る。が、すぐに立ち止まった。
「で、カイル先生はどこに行ったんだ?」
「……あ」
姿が見えないのなら追うなんてことはできない。
どうしようもなくなった二人があたふたしていると、遠くからウルドの吠える声が聞こえた。
「ついてこいってことかな?」
「そうでしょ」
イグニスとメアリはウルドを追いかけた。
森の道を走っていたカイルは、男の張り上げる声を聞いて足を止めた。
……どこにいるんだ?
大雑把な位置はウルドから教えてもらったため、近くまではこれた。しかし対象物は逃げるために常に動く。
だから彼は目を閉じ、耳を澄ませ、慎重に足を運ぶ。声のする方向、足音の聞こえる場所をできるだけ正確に捉える。
聴覚に集中した結果、ザッザッザッザという足音が背後から聴こえた。
すぐさま振り返ると、小突いたような衝撃を腹部に感じた。
腹部に目をやる。そこには汚れた布を纏った、小さな少女が存在していた。
少女はカイルの服を掴み、顔を沈ませながら小刻みに震え、何かを呟いている。少女の言葉は聴こえなかったが、このまま前方を向く。
「ようやく観念したか。って、はあ。なんか変な奴がいるじゃねえか」
シルクハットを被った中年の男と丸々と肥った男が現れた。中年の男はずれたシルクハットを片手で直しながら、優しい口調で言った。
「あのー、すみませんが、その娘さんをこちらに渡して頂けないでしょうか?」
その時、少女が服を握る力が一層増した。そのためカイルは目を細め冷静に、しかし吐き捨てるように聞いた。
「お前等はこの子とどういう関係だ?」
大人達は少々黙り、それから答える。
「その子は私たちの店で盗難を行いましてね、ここまで追っかけてきたのであります」
すぐに嘘だと分かった。もし話が本当なら、もうとっくにこの少女は大人に捕まっているからだ。こんな森まで逃げ続けれるわけがない。
カイルは男二人を睨むと、背後から二人の足音が聞こえた。
「ようやく追いついた……って、カイル先生、何してんの?」
「何って保護だよ、保護。まあ、いいところに来てくれた。こいつを守っててくれ、ウルド」
「ワウ」
カイルは少女の頭に手を乗せ、優しく撫でながらしゃがみ、耳元で囁く。
「悪いがこの犬の後ろにいてくれねえか? ちょっとあの悪者たちをやっつけるからさ」
彼の言葉に安心したのか、少女はゆっくりとカイルから離れ、ウルドのところまで歩いた。
「おいおいおいおい、なにしてくれんですか。早くその子を渡してくれよ」
「嫌だね」
カイルは舌を出し、相手を挑発する。
対し、シルクハットを被った男は静かに怒りを煮え上がらせていた。
「ふざけんじゃねえよ。こっちはせっかく友好的に接してやったってのによお」
「なんだ、友好的にすりゃあ何でも許されるとでも思ってんのか?」
「そおじゃねえよ、そっちが怪我をせずにすむって意味だよ」
「はっ、笑えねえ冗談だな。俺らとやり合ったら怪我をするのは圧倒的にお前らの方だろうが」
「そうかそうか。……なら、願いどおりにぶっ殺してやんよ」
シルクハットを被った男がカイルに向かって走り出した。
「イグニス、メアリ、その子を守れ。無理だと思ったら素早く逃げろ。あと、相手は絶対に殺すな。いいな?」
「おう」「はい」
男は腰に隠してあったナイフを右手で取り出し、すぐさまカイルに突いてきた。
しかしカイルは体を左に倒し、軽々と避ける。そこから男の手首を掴み、強力な締め付けをした。がっ、と男の声が漏れ、右手の力が緩み、ナイフは落ちる。
そして。
「てめえはこっちにこいよ」
そのまま後ろに大きく跳躍した。男の体はカイルに引っ張られ、強引に引きずられる。
数回の跳躍の後、イグニス達が見えなくなるまで離れると腹部に蹴りを入れ、距離を取った。
男は地面に横たわり、すぐに両足と左手を地につけ、右手で帽子を押さえた状態で見上げるような形で睨みつけてきた。
「ああ、もう許さねえ。絶対に、殺してやる」
男は地を蹴り、カイルに接近する。その最初の蹴りを行った直後、カイルが二つの刀を鞘から同時に抜き、前進した。
やばいと感じた男は足を止めて横に跳ぼうとし、カイルの左手の刀が右肩に深々と突き刺さった。
ぎ、と声が漏れつつ男は歯を食いしばる。その隙に、空いた右手の刀で首元に剣先を当てる。
男の傷口からは赤黒い液体が広がり、大きなシミを作ってゆく。
「痛え、痛えよ」
「これ以上痛いことをされたくなかったら、持ってる武器を全部捨てて降参しろ」
カイルは軽く睨めつけながら男に言った。
しかし、男は余裕な態度で口を開いた。
「降参? なにそれ、マジで言ってんの?」
「…………」
カイルは無言のまま左手に力を込める。
「い、痛え! ハハハハ、マジで言ってたのかよ」
それなら。
「俺様のキャバシティを見てからほざけや!!」
次の刹那。男の傷口から赤黒い縄のようなものが、カイルの左手首に絡みついた。
……なんだ、これは?
左手首に輪のように絡みついたそれは、身に着いただけで危害は一切ない。
だから無視をして右の刀で攻撃しようとした瞬間だった。赤黒い縄が、まさに怪力のような締め付けをしてきたのだ。
カイルは苦い顔をし、反射的に刀から手を放してしまう。
しまったと思い、右手の刀を後方に投げ、男に刺さった刀を抜く。
「おら、そっちの手も傷つけたなあ」
男の声と共に、縄のようなものがカイルの右手首に絡みついてきた。再び締め付けが襲い掛かり、抜いた刀は地面に落ちてしまった。そして、両手首についた赤黒い輪は引き付け合い、重なり、手錠の形に変形する。
そこへ、男は左手で腰から短剣を取り出し、カイルに向かって突き刺す。
しかし、カイルは紙一重のところで後方に跳躍をし、なんとか回避した。
「ちっ、避けやがったか。……まあいいか、ゆっくり甚振ってやるよ」
男は短剣を仕舞い、カイルの刀を拾い上げた。敵に自分の武器を使われる行為に、カイルは男を鋭い目つきで威嚇する。
「ハハハッ、そんなに触られたくなかったのかよ。でももうすぐ気にならなくて済むぜ、自分の武器で死ぬんだからなあ」
男は狂ったように笑いながら走って近づいてくる。
カイルは繋がれた腕をぶら下げ、俯いた。
斬りつけることのできる距離に入った男は、右手で刀を振り上げ、
「じゃあな」
男が声を出したその時、カイルは動いた。右膝を上げ、上半身を左に大きく倒す。
そんなことは気にせず、男は刀を振り下ろす。
その軌道に合わせてカイルは、足の裏で腕に蹴りを与えた。
蹴りの衝撃で男はバランスを崩し、あひ? の声が喉から零れた。
何が起きたかわからない顔をしている男の顎に、すかさず足の裏で強く蹴り上げた。男の体は浮き上がり、抵抗なく背中から落ちた。
男が気絶したと同時に、赤黒い縄のようなものは液体になり、ベチャベチャと音を立てて落ちる。
カイルは大きなため息を吐き、刀を回収する。
「今度デュランさんのとこにいって綺麗にしてもらうとするか」
呟き、男の襟首を掴み、イグニス達の場所へ向かった。