前編
イグニスが住んでいる国、アルムから六キロメートルほど離れた場所に、バルバラ森が存在する。
バルバラ森へ続く道は足首に届くほどの草が生え、更に一メートルを超す林に挟まれていた。
その道の上をカイル、イグニス、メアリの一列となり駆けていた。
ちなみにウルドはカイルの頭から落ちないように座ってバランスをとっている。
「ほら、もうちょっとで着くから頑張れ」
「ういっす」「…………」
イグニスは意気揚々と返事をしたが、メアリは無言だった。
彼女は全身から滝のように汗を拭きだし、荒い呼吸をしている。なぜなら、メイスという重い武器を背負いながら走ることは誰でも辛いものであり、それを数十分も維持するには大量の体力が必要だからである。そのため、どうしてもこの状態になってしまうのだ。
それを考慮してカイルは、メアリがぎりぎりついて来れる速さで走る。
時間が経つにつれて息は荒くなり、意識が朦朧としてくる。
……けど、ここで止まっちゃ駄目だ。
挫けそうになる度に、この言葉を自分に投げかける。そして、前を走るカイルとイグニスの背中を追いかけるように、メアリは駆けていく。
バルバラ森の入り口に着くと、メアリは近くにあった木に手をつき、下を向いて激しい咳き込みをした。
「だ、大丈夫か?」
イグニスが心配して寄ると、彼女は俯いたまま首を横に振る。
「今は休ませておいたほうがいいだろ。メアリ、俺とイグニスは先にキノコ採りしてっから、落ち着いたらウルドを追って合流してくれ」
カイルはウルドを地面に降ろし、
「イグニス、行くぞー」
茶髪の少年を誘導して森の中に入っていく。
森の中は、葉の隙間から光がこぼれており、明るかった。等間隔に生えた木は一本一本が太く、そしてなにより大きい。
地面は固く、石畳と変わらないほどだった。
「今回採ってもらうキノコは赤い笠に白の十字が書かれたやつだ。似たやつで毒キノコが多いから注意しろよ。いいか、絶対に注意しろよ」
「なんで二回言ったんだよ」
「お前なら採って、勝手に食いそうだからだよ。これはあくまで仕事なんだから食うなよ? その分だけ帰る時間が遅くなるからな」
どれだけ馬鹿に思われているのかは知らないが、眉間にしわを寄せてはーいとだけ答える。
「よし。探してるキノコは朽ちた木や木の根元に生えてるから、そこらへんを重心に見ていくぞ」
「了解」
銀髪の男は振り返って森の奥に進み、それをイグニスが付いていく。
数分経つと、後方からウルドとメアリが小走りで来、二人と合流した。
「すみません、遅くなってしまって」
「ああ、いいよ。はっきり言って最後まで走れるとは思っていなかったから」
「……は、はあ。そうですか」
困った顔で返事をすると、会話は途切れた。そのため、三人と一匹は黙々とキノコを探すこととなった。
「おーい、こっちに沢山あったぜー」
イグニスが遠くから大声を出し、カイルたちを呼んだ。
イグニス側には大木が倒れており、その表面に埋め尽くすほど探していたキノコが生えていた。
「こりゃすごいな。そんじゃ、摂るとするか」
カイルはポケットから折りたたまれていた大きな茶色の布袋を取り出す。
「よし、摂るぞ。……メアリ、立ってないで手伝え」
「あの、それ以外にキノコを入れるものってないんですか?」
「ないぞ。籠とか持ってくるの面倒だったし」
「……そうですか」
袋をあまり触りたくない彼女は、しかし諦めたのかしゃがみ、色を失った瞳で一つ一つ力強く抜いていった。
イグニス達から離れた場所に、裸足でバルバラ森内を走っている少女がいた。
少女は茶色く汚れ、ところどころ傷ついた布を痩せ細った一メートル前後の体に纏わるように着ている。髪は足元まで伸び、風を受けて大きくなびく。
それに対し、二つの影が声を張り上げ、迫っていた。
「待てや」「逃げれると思ってんのかよ」
しかし少女は背後を一切向こうとせず、一目散に逃げる。
裸足であるため足の皮が剥け、血が滲み、苦痛の色を浮かべるが少しでも離れたいのか、彼女は走り続ける。
そして。
助けを求める叫びが、少女の喉から溢れ出た。