前編
翌日。
イグニスは久しぶりに朝早く起き、朝食を取ったり着替えていると、扉からノックの音が聞こえた。
茶髪の少年は扉を開けると、そこには二つの人影があった。
「あれ、俺の予想だとまだ寝てるはずたったんだけどな」
「ふっふっふ。カイル先生、オレをなめちゃあいけませんよ」
イグニスは自慢げな表情をする。
「……偶然のくせに」
カイルの後ろに隠れていたメアリが小さな声で呟いた。
「まあいいや。さっさと着替えて、行くぞ」
「行くってどこに?」
当然の疑問をぶつけるとカイルは心底楽しそうに答えた。
「買い物さ」
街中は沢山の店が通路を挟むようにして並んでおり、武器エリア、防具エリア、道具エリア、食品エリアの四つに分かれている。カイル達は今、武器エリアにいた。
武器エリアはあまり人はおらず、しかし一人一人が店主と一対一で買いたい武具の長所と短所を真剣に聴いている。
「ここの雰囲気ってのはいつになっても変わらねえなあ。って、お前等は何してんだよ!?」
カイルの視線の先には、イグニスとメアリが店内にある長方形のガラスケースに入った刀を見つめていた。その刀は刀身の左右に三つづつ枝刃が刀身の先端と同じ方向を向いている。
「ああもう、それは七支刀だ。祭とかで祭られるために作られたものだよ」
カイルはイグニスとメアリの襟首をつかみ、強引に引きずる。後ろから痛いという声が聞こえたが知るものか。
数分引きずり回すと、カイルの目的地であるディオという武器屋に着いた。
「おら、ここだ。さっさと入るぞ」
銀髪の男は両手を放し、店内に入っていく。イグニスとメアリは首元を押さえながら数度の咳き込みをし、ゆっくりと扉を押して中に入る。
店内には沢山のガラスケースが置いてあり、中には様々な武器が並べられていた。訓練所の受付には及ばないものの、それでも広いと感じれるほどの空間だ。
呆然としている二人に、カイルが筋肉質な中年の男を連れて近づいてくる。
「ここは俺が雄一安心して武器を買える店だ。メジャーなものならなんでもあるぞ。そんでこの人はここの店長のデュランさんだ」
「どうも。君がイグニス君で、君がメアリさんだね、よろしく。カイル君から聞いてるよ」
デュランは右手を差出し、イグニス、メアリの順に握手を交わす。
「まあそんなわけだ。で、今からは俺がイグニスの武器選びをする。メアリには悪いがこの店はメイスを扱ってなくてな、だからデュランさんに作ってもらったから、それを見てくれるか?」
「大丈夫、絶対に気に入ってもらう自信があるよ」
「わかりました」
「それじゃあ、ついて来てくれるかい?」
はいという少女の返事と同時に、中年の男は振り返り、受付へ向かう。
受付に着くと男はここで待っててねと言うと、受付の近くにある扉の中に入り、長細い木箱を抱えて出てきた。彼は数歩だけ歩み、メアリの正面の机に持っていた木箱をゆっくりと置いた。
「これが君のために作ったメイスだ。開けてごらん」
メアリは木箱の上部にあった突起に両手をかけ、上蓋を外す。
箱の中には、白銀に輝くメイスがあった。先端は六角柱の上に六角錐が乗った形をしている。
「これ、持ってもいいですか?」
「もちろん。君に持ってもらうために作ったんだから」
メアリは柄の部分を両手で握り、慎重に持ち上げる。柄は訓練所にあったものより一回り小さく、目に見えない凹凸のおかげで持ちやすなっていた。
「……軽いんですね」
「うん、君は女の子だからできるだけ軽くなるように作ったんだ。でも、振り回して相手に当たった時のダメージもしっかりあるようにも考慮もしてあるよ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
メアリは深々と一礼をし、このメイスを使うことに決心した。
一方、イグニスはガラスの棚に両手を当て、様々な剣に目をやる。
「なあなあカイル先生、武器ってどんなやつを選んでもいいんだよな?」
「ああ、そうだが、値段がすっげえやつとかは止めろよ。お前にはまだ早いから」
カイルは棚から少し離れた場所から腕を組み、イグニスを眺めていた。
少年は沢山並んでいる棚を一つづつ顔を寄せ、おおーとかすげーとか言っている。
「はしゃぎたくなるのはわかるが、さっさと決めろよ。あっちは終わったみたいだし」
「じゃあさ、これにしていい?」
イグニスはガラス越しの刀を指した。カイルは近づき、指された刀に目を凝らす。
その刀は、黄色を主体とした柄と鍔に薄くて長い刃が付いている。
「あー、これは止めた方がいいな。慣れてないお前じゃあすぐに折れちまう。だからもう少し刃が厚いやつを選べ」
「……ういーっす」
イグニスは再び武器選びを始め、
「なあなあ、これはどうよ?」
僅かな時間で選出した。
またカイルが近づき、凝視する。視線の先には、黒に薄く赤を色づけた柄に、半円が四つでできた鍔は花を意識させる形をしており、刃は先程より一回り厚くなっている。
「お、これなら良さそうだな。値段は……げっ、ちょっと高いな。……まあいいや、大半は国から出してもらえばいいし。これにすっか」
カイルは振り返り、デュランを大声で呼んだ。
「はいはい、何ですか?」
「イグニスがこれに決めたから、ケースから出してくれねえか?」
「わかりました」
中年の男はズボンのポケットに手を入れ、十数個のカギが連なったものを取り出す。連なった鍵の中から一つ選び、ガラスケースの鍵穴に刺して開けた。
デュランはイグニスが決めた刀へ手を伸ばし、片手で掴んで手元に持ってきた。
「はい、これ。じゃあこれの鞘を持ってくるね」
男はイグニスに刀を手渡すと、再び受付の扉の奥に行った。
刀を手に入れたイグニスは、口の端を上げ、楽しそうに刀を上下に振る。
「うをっ。あ、危ねえからここで振んな!」
カイルから注意を受け、しかし笑みは止めることはなかった。
数分後。イグニスとメアリから離れた場所で、
「それじゃあ、あの二つで合計銀貨三十枚ね」
「なっ……。もうちょっとまけてくれよ」
「これでもけっこう安くしてるんだよ? それに、あのメイスは特注で作ったんだからこれぐらいしたってしょうがないんだよ」
「ぐぐぐ……。半分は国の支援金で頼んだぞ」
「毎度ありー」
などと会話をしていたが、自分の武器があるということに自惚れていた二人の耳には全く入ってこなかった。