前編
石のタイルが敷き詰められている広場に、二人の少年が相対していた。
二人は間に一定の距離をとり、その場から木刀を振って互いにぶつけ合う。
それが始まってからすでに数分、にもかかわらず二人は苦痛の色を一切見せず、木刀の衝突音を辺りに響かせる。
引き締まった身体をした茶髪の少年も、無駄なく整われた身体をした黒髪の少年も、どちらも引けを取らない。
だが終わりは唐突に訪れる。
なぜなら、実力が僅差なのに茶髪の少年が口を開いたからだ。
「けっこうな時間が経ってるんだから、負けてくれよ。てか、負けろ」
直後。
声を出した少年の木刀が、回転しながら横に飛んだ。彼は宙を舞う木刀に目を向け、棒立ちになってしまう。
その隙に、相対していた少年が一歩踏み込み、木刀の先端を相手の喉元に押しつける。
彼は口の端を上げると、ゆっくりと木刀を引いた。
「これでイグニスとの勝負は俺の百連勝が決定だな」
「ちくしょう。オレの木刀が飛んでいかなかったらまだ勝てたのに……」
イグニスと呼ばれた男は悔し顔になり、小声でぶつぶつと不満を言いだす。
対し、黒髪の少年は木刀を収め、呆れた口調で、
「お前なあ……攻め合いの中で声を出したから木刀は飛ばされたんだ。それに、その後も視線を俺に向けていれば次に何をすべきか判断ができたはずなんだよ」
「今回は前回もトラウムにそう言われたから、出来るだけ喋らないように意識したさ。でも、あんな緊迫した雰囲気じゃ、なんか声を出さないと辛いし、視線なんて無意識のレベルなんだから仕方ないだろ」
「余裕もないのに声を出してたら隙ができるだろ。あと視線は癖になっているだけだから、意識すれば直るよ」
「…………」
悔しい。それにトラウムの言っていることが正しくて反論ができないことが、さらに悔しい。
そのため、どうしようもなくなったイグニスは俯いた。
黙った少年にトラウムは、目を瞑ってしょうがないという感じでため息をつく。
「でもまあ、前回より力は上がっていたし、もっと長引いてたら俺の方が負けてたかもな」
言うと直ぐにイグニスは顔をあげ、目を輝かせる。
「そうなんだよ、癖とかそういう難しいことやってるより、力をつければすぐに強くなれると思って筋トレばっかりやってたんだよ。だからさ、実力も上がってると思ってたんだよね。いやー、それをわかっているなんて流石トラウム……」
彼の言葉は止まることなく、次々と力自慢を口にする。
とそこへ。
「おーい、イグニスー、トラウムー」
イグニスから見える――トラウムの後方である――少し離れた場所から、二人を呼ぶ声が入った。
声の主は、ぽっちゃりとした体を一生懸命に動かし、二人の元に向かって走っている。彼は近くまで来ると止まり、両ひざに両手を乗せて荒い呼吸をし始めた。
「おいおい、ベルド。そんなに急いでどうしちまったんだよ」
「はあ、はあ、もうすぐ、選考会が、始まる、時間、だよ」
え? と二人は驚きを顔にする。
まだ時間には余裕があるはずだと思いつつ、広場の中心に設置してある時計に目をやる。
広場の時計は、集合時間の三分前を指していた。
全身から嫌な汗がにじみ出る。
「これ、全力で走らないといけねえ状況じゃねえか!」
「おい待てイグニス。会場はそっちじゃなくてこっちだ」
「僕、今まで、走ってきたんだけど……」
イグニスはトラウムの誘導を頼りに、慌てながら選考会の会場へ走っていった。